ハーヴェイ・ミルクの遺言 「カストロ通り575番地」

 英語による説明文の後、通りに面した薄暗い部屋の内部が映し出され、やがて(開始から約1分経った頃に)、1人の男性のモノローグが聞こえてくる。“This is Harvey Milk speaking from the camera store……”(カメラ店からハーヴェイ・ミルクが話しています……)。



 この作品のタイトルは“575 Castro St.”(カストロ通り575番地)。

 映画『ミルク』の公開に合わせて、制作された7分の短編ドキュメンタリーで、『ミルク』を配給するFocus Featuresがネット上で配信し、また、サンダンス映画祭2009ではスクリーンでも上映され、さらに、2月5日から始まるベルリン国際映画祭でも上映されることになっている作品です。

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 冒頭に示される英文は以下の通りです。

 1977年2月にサンフランシスコ・ゲイ・フィルム・フェスティバルが誕生した。それは、自称「社会のくずでヒッピーでおかまの映画監督」がつるんで映画を撮っていた頃の話で、スーパー8で撮った短編をベッドのシーツに映していた。それらの多くはゲイのテーマを模索していたが、その多くは、(同時代の他の実験映画と同じように)単純な光と動きをとらえただけのものだった。ほとんどのフィルムは、ハーヴェイ・ミルクのカストロ・カメラ店に出され、現像された。
 2008年、カストロ・カメラ店はガス・ヴァン・サントの映画『ミルク』のために同じ場所に再現された。この映画はそのセットの中で撮影されたものである。

 [原文]In February 1977,the San Francisco Gay Film Festival was born when a self described “ragtag bunch of hippie fag filmmakers” got together and projected their Super 8 short films on a bed sheet. Many of those films explored gay themes , but ( like other experimental films of the era ) many were simple light and motion studies. Most of these films passed through Havey Milk’s Castro Camera Store at 575 Castro St. for processing.
 In 2008, the Castro Camera Store was recreated at that address for Gus Van Sant’s film MILK. This film was shot on that set.

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 ハーヴェイ・ミルクなんて知らないという方は、Wikipediaでも見て調べてほしいのですが、簡単に言うと、ゲイであることをカミング・アウトしてアメリカの大都市の公職に当選した初めての政治家、ゲイの活動家で、当選後、1年を待たずして、凶弾に倒れ、ゲイの権利運動の殉教者ともみなされるようになった人物です。

 この作品のバックに流れてくるのは、ハーヴェイ・ミルク本人の肉声で、彼がサンフランシスコ市議会議員に当選する数週間前に録音したものです。

 驚くべきことに、静かな語り口で淡々と彼が語っていることは、実はハーヴェイ・ミルクの「遺言」で、絶えず身の危険を感じていた彼が、「自分が暗殺された場合のみ再生すること」とただし書きをつけて、録っておいたものです。

 録音内容は以下の通りです。

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 11月18日、金曜日の夕方、カメラ店からハーヴェイ・ミルクが話しています。これは、私が暗殺によって死んだ時にだけ再生するものです。私は、私のような人間を、つまり、活動家というか、ゲイの活動家を不安に思ったり、恐れたり、目障りだと思っているような人々の攻撃対象、または潜在的な攻撃対象になるということを知っています。いつ何時、私が暗殺されるかもしれないので、私はここで私の考えをまとめておくことが大事なのではないかと感じています。だから、これから私が言うことは、私の考えであり、私の希望、願望で、なんであれ、私が実現したいと思っていて、しかるべき人々のために行なわれなければならないというようなことです。
 (中略)
 私は、自分で立候補したいとは思っていません。私は、いつも自分を活動の一部であり、選挙活動の一部であると考えているのです。活動することと選挙活動は同じなのです。「活動を利用する人」と「活動の一部でありたいと思っている人」には明らかな違いがあります。私は自分がしたすべてのことについて説明する時間が欲しい。ゲイ活動の視点でほとんどすべてのことを行なってきました。
 このテープを通して伝えたいもう1つのことは、もし私が暗殺された時にどうして欲しいかということです。私は、人々が怒ったり、情緒不安定になったり、狂気に駆られたりするのを防ぐことはできません。でも、情緒不安定になってもいい、怒ってもいい。そしてそれを力に、5人でも、10人でも、100人でも立ち上がって欲しいのです。私は、ゲイの医者がカミング・アウトするのが見たい。ゲイの弁護士も、ゲイの官僚も、ゲイの建築家もカミング・アウトして欲しい。立ち上がって、世界に公言して欲しい。それは、想像以上に、偏見をなくすのに役に立つはずです。それが私たちが権利を獲得する唯一の道なのです。
 私は宗教的な儀式は望んではいません。どんな儀式もいらないのです。でもそういうことをしたがる人がいることは知っています。起こってしまうことは避けられません。オー・マイ・ゴッド! と言っても、宗教的な意味じゃなくてですが、教会というものは、信仰についてとても悩んでいたアニタ・ブライアントのような人を否定したりするくせに、ユダヤ教でも、キリスト教でも、何でも、言葉でいいことは言っても、実際に行動したり役に立つことをしたりはしないものです。
 (中略)
 私は、この活動が続いて欲しいし、もっと大きくなって欲しい。というのも、先週、私はペンシルバニアのアルトゥーナから電話をもらい、私の立候補が誰かを、ひとり以上の人を元気づけたということを知ったからです。結局それがすべてです。個人の利害でもなく、エゴでもなく、権力志向でもない。ペンシルバニアのアルトゥーナにいる若者に希望を与えられる。活動を続けるなら、こういうことができるのです。

 [原文] This is Harvey Milk speaking from the camera store on the evening of Friday, November 18. This is to be played only in the event of my death by assassination. I fully realize that a person who stands for what I stand for, an activist, a gay activist, becomes a target or the potential target for somebody who is insecure, terrified, afraid, or very disturbed themselves. Knowing that I could be assassinated at any moment, any time, I feel it's important that some people know my thoughts. And so the following are my thoughts, my wishes, and my desires, whatever, and I'd like to pass them on and have them played for the appropriate people.
(中略)
 I have never considered myself a candidate. I have always considered myself part of a movement, part of a candidacy. I considered the movement the candidate. I think that there's a distinction between those who use the movement and those who are part of the movement. I think I was always part of the movement. I wish I had time to explain everything I did. Almost everything was done with an eye on the gay movement.
The other aspect of this tape is the business of what should happen if there is an assassination. I cannot prevent some people from feeling angry and frustrated and mad, but I hope they will take that frustration and that madness and instread of demonstrating or anything of that type, I would hope they would take the power and I would hope that five, ten, one hundred, a thousand would rise. I would like to see every gay doctor come out, every gay lawyer, every gay bureaucrat,every gay architect come out, stand up and let that world know. That would do more to end prejudice overnight than anybody would imagine. I urge them to do that, urge them to come out. Only that way will we start to achieve our rights.
 I hope there are no religious services. I would hope that there are no services of any type, but I know some people are into that and you can't prevent it from happening, but my God, nothing religious. Until the churches speak out against the Anita Bryants who have been playing gymnastics with the Bible, the churches which remain so quiet have the guts to speak out in the name of Judaism or Christianity or whatever they profess to be for in words but not actions and deeds.
(中略)
 I ask for the movement to continue, for the movement to grow, because last week I got a phone call from Altoona, Pennsylvania, and my election gave somebody else, one more person, hope. And after all, that's what this is all about. It's not about personal gain, not about ego, not about power -- it's about giving those young people out there in the Altoona, Pennsylvanias, hope. You gotta give them hope.

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 殺されるかもしれないと身の危険をひしひしと感じていた人が殺される前に遺したメーセージを、本当に彼が殺された後になって聞かされるなんていうのは、ショッキングで、センセーショナルで、聞く者を居たたまれなくしますが、内容的には、実は、彼が演説などで語っていたことと重なる部分もあり、ゲイの活動家がひそかに綴っていた「未来への希望に関する手記」のようなものの1つ、と考えると受け入れやすいかもしれません。
 まあ、そういう私も、これがそういうものであることを知った時にはゾッとしたのですが、これを何度も聞いて、ここに書き出す頃には、「万一自分が殺されたら」という部分より、「将来はこうなってもらいたい」という部分の方が大事で、そういうつもりでこれを吹き込んだのだと感じるようになりました。演説慣れした政治家らしいアジテーションやレトリックを感じさせる部分もないではありませんが、だからといって、それがこの「遺言」に込めた真意や価値を下げるものでもありませんよね。

 ◆監督について

 ジェニ・オルソン Jenni Olson

 ジェニ・オルソンは、レズビアンやゲイのビデオを扱う通販サイト Wolfe Video.comの監督であり、LBGT映画史の専門家で、2005年に“The Joy of Life”で監督デビューしています。
 LBGTというのは、レズビアン、バイセクシャル、ゲイ、トランスセクシャルの4つをまとめて言う言い方で、彼女は、1985年からこのジャンルについて書き始め、“The Queer Movie Poster Book”という本も著しています。

 彼女は、サンダンス映画祭 クィア部門設立に尽力した1人であり、また、ゴールデン・ゲート・ブリッジ自殺防止柵設置に関する討論会で大きな役割を果たした人物としても知られているようです。

 ◆作品データ
 2008/米/7分9秒
 英語台詞あり/日本語字幕なし
 ドキュメンタリー

 この作品は、ネット上で配信されたほか、サンダンス映画祭2009でコンペティション・ドキュメンタリー作品“Shouting Fire: Stories from the Edge of Free Speech”の前に上映されました。第59回ベルリン国際映画祭では、ドキュメンタリー『ハーヴェイ・ミルク』と合わせて上映するプログラムと、Teddy Short Film というプログラムで上映されます。

 日本では、DVD『ミルク』の特典として収録されるのではないでしょうか。ひょっとすると、東京レズビアン&ゲイ映画祭でも上映されるかもしれません。

 
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 ◆参考サイト

 ・ハーヴェイ・ミルクに関するWikipedia:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%82%AF

 ・ジェニ・オルソンのブログ(記事は1つしかありませんが) 「575 CASTRO ST.」:http://575castrostreet.blogspot.com/

 ・Film in Focusがこの動画をアップしているVimeoのサイト:http://www.vimeo.com/2206973
 他の関連動画もあります。

 ・ハーヴェイ・ミルクの写真(SFGate):http://www.sfgate.com/cgi-bin/object/article?o=0&f=/g/a/2008/10/16/george_moscone__harvey_milk.DTL
 サンフランシスコ・クロニクル紙が提供したハーヴェイ・ミルク関連の写真がアップされています。

 ・Harvey Milk photo history by Strange de Jim, with photos by Daniel Nicoletta:http://www.strangebillions.com/harvey/

 ・ヘーヴェイ・ミルクのクォート集(SFGate):http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/c/a/2008/11/21/PKBJ13VKO5.DTL&type=gaylesbian

 *当ブログ記事

 ・第59回ベルリン国際映画祭ラインナップ:http://umikarahajimaru.at.webry.info/200901/article_36.html

 ・サンダンス映画祭2009 コンペティション部門ラインナップ:http://umikarahajimaru.at.webry.info/200812/article_9.html

 ◆関連書籍・ビデオ

 ・ビデオ『ハーヴェイ・ミルク』“The Times of Harvey Milk”
 ハーヴェイ・ミルクに関するドキュメンタリー“The Times of Harvey Milk”は『ハーヴェイ・ミルク』というタイトルで1988年に日本でも公開され、2002年にパイオニアLDCからDVDリリースされています。アメリカでは2004年に20周年記念デジタルリマスター版DVDがリリースされています(監督やゲイであると公言しているハーヴェイ・ミルクの甥へのインタビューを特典として収録)。日本では、これはまだ出ていないので、『ミルク』公開を機に発売されるかもしれません。

 ・書籍『ゲイの市長と呼ばれた男―ハーヴェイ・ミルクとその時代(上)(下)』(草思社)“The Mayor of Castro Street: The Life and Times of Harvey Milk”

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 ◆コメントを少しだけ

 何かすべてがつながって、(2009年アカデミー賞に向かって?)収斂してきているような気がします。

 『ブロークバック・マウンテン』で同性愛者を演じたヒース・レジャーの死、ショーン・ペン監督作品『イントゥ・ザ・ワイルド』で描かれたクリストファー・マッカンドレスの死、そしてハーヴェイ・ミルクの死。それぞれの死の意味は全く違うものですが、どこか重なり合うような気がしますね。

 そして、ブッシュ再選時に反ブッシュを旗頭に民主党を応援したショーン・ペンらハリウッドのリベラル派のキャンペーンと、今回のブッシュからオバマへの流れ、同性愛禁止法制化問題の中で映画『ミルク』が公開され(ハーヴェイ・ミルク自身は性的志向を理由に教師を解雇することができるという条例の廃棄に努力した)、ショーン・ペンがミルクを演じていること……。(ちなみに、映画『ミルク』はハーヴェイ・ミルク没後30年にあたる年に制作され、命日である11月27日の前日に公開されました)

 2006年のアカデミー賞で、『ブロークバック・マウンテン』が最有力とされながら(ゴールデン・グローブ賞受賞)、保守的なアカデミー会員は『ブロークバック・マウンテン』を敬遠するのではないかとも噂されていたのが、その通りになったこと、それが2009年の今、『ミルク』を通して繰り返されるのかどうかも、注目されます。

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 ◆ハーヴェイ・ミルク 映画と人物

 ・ゲイ・パレード

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 ・ダン・ホワイト/ジョシュ・ブローリン

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 ・ハーヴェイ・ミルクとジョージ・マスコーニ市長

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 なお、ドキュメンタリー『ハーヴェイ・ミルク』や書籍のおかげて、これまで「ハーヴェイ・ミルク」と表記されてきましたが、映画『ミルク』では「ハーヴィー・ミルク」という日本語表記を使っているらしくで、今後は「ハーヴィー・ミルク」が一般的になっていくのかもしれません。

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