命を刻む  『ライフライン』 ヴィクトル・エリセ

 You Tubeをさまよっていたら、偶然に見つけました!

 そうそうたる世界の映画作家が競作したオムニバス映画『10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス』の中でもマイ・フェイバリットの1本、ヴィクトル・エリセの『ライフライン』です(他の監督は、アキ・カウリスマキ、ヴェルナー・ヘルツォーク、ヴィム・ヴェンダース、スパイク・リー、チェン・カイコー)。



 【物語】
 赤ん坊の声が映像に先行して聞こえてくる。
 ベッドに眠っている赤ん坊のシーツ(産着?)に血が滲んでいく(あとで、へその緒が開いて、そこから出血していることがわかる)。すぐそばでは母親らしい若い女性が添い寝しているが、なかなかそれに気づかない。
 家の近くでは、いつもと変わらぬ日常が繰り広げられている。自分の腕に時計を描き込んでいる男の子、独りでカード遊びをしている老人、ミシンでシャツに刺繍をしている女、テーブルの上で粉をこねている女、鎌で草を刈る男たち、洗濯物を干す女、ひもを編んでいる青年、ブランコをこぐ少女、キューバ製の車の中で運転ごっこをしている4人の子ども、靴をみがいている2人の女、……。

 時は、1940年で、国境検問所にナチスの旗が揚がる、と書かれた新聞記事が写される。

 落ちたリンゴの間を蛇が這う。

 赤ん坊の血の匂いに誘われたのか、黒猫が赤ん坊が眠っているゆりかごを覗き込む。
 赤ん坊がぐずり始め、母親もようやく目覚めて異変に気づき、「赤ちゃんが死にそうよ!」と叫び声を上げる。
 その叫び声を聞きつけて、村人が一斉に集まってくる。
 赤ん坊は手当てされて、無事、命を取り留める。
 母親も父親も赤ん坊を見てニッコリ。「どうして私たちをおいて行こうとしたの?」

 ♪おねむり いとしい子よ
 ママが見守っているわ
 庇を持たぬ白い小鳩よ
 今はだめよ 私の息子よ
 よくねむりよ
 あなたのパパはよい人だった
 もしパパが生きていたなら
 あなたの首に銀の首飾りをかけたでしょう
 今はだめよ 私の息子よ
 よくおやすみよ

 新聞紙に水が染み込んでいく。
 新聞紙の日付は1940年6月28日。

画像

 【解説】
 日常生活の中で、ひそかに忍び寄る不安や不幸、暗い影といったものを直接&間接的に表現した作品として素晴らしいのはもちろんですが、約10分の中にたくさんの工夫がさりげなく織り込まれていて、まさに傑作というのにふさわしい作品です。

 直接的な不安というのは、赤ん坊の出血のことで、間接的な不安というのは、新聞の見出しで示される第二次世界大戦を巡るスペインの状況を指し、それが忍び寄るヘビや黒猫という形でも暗示的に示されています(ただし、黒猫は、一見するとかわいらしくもあり、赤ん坊の出血を心配しているようにも見えてしまいます)。

 そうした不安を、日常と対比させる意味で、赤ん坊の血がどんどんシーツに広がっていくさまと村民の生活をテンポよく交互に見せていきます。

 この作品を観ていて、誰しもある種の心地よさを感じると思うのですが、それはこの作品の中で、ある一定のリズムが連続して刻まれているからで、柱時計のコチコチいう音、鎌を金鎚でたたく音、鎌で草を刈るシュッシュッという音、水道の蛇口のしずくがポタポタ垂れる音、靴をみがく音、がほぼ同じリズムで続き、シーンとシーンをスムーズにつなぎつつ、この映画にリズム感を与えています。
 このリズムは、やはり赤ん坊の心臓の鼓動とイメージを重ねるという狙いもあるのでしょうが、時をテーマにした『10ミニッツ・オールダー』という作品で、映画自体の中でしっかりと時が刻まれていっているということを示しているのだとも考えられます。

 新聞の見出し以外にも、さりげなく示されていることはいろいろあって、母子の眠る部屋には聖母子像があり、老人の部屋の壁には家族の写真とともにこれまでの人生を写したらしい様々な写真が貼られています。ひもを編んでいる男性は左脚を失っていて、傍らには松葉杖もありますが、これはスペイン内戦での犠牲でしょうか。
 壁の写真がハバナのバーで撮った記念写真で、車がキューバ・ナンバーであることを考えると、この家族はキューバからスペインへの移民だということなのかもしれません。
 2度映し出される畑の中の案山子は、忍び寄る暗い影に対して何もできずにいる無力感を感じさせたりもしますが、片足になってしまった青年の心情と重ねあう部分もあるのかもしれません。

 映画の中で、柱時計はほぼ10分進んで(3時40分~3時50分)、映画の中の時間がほとんどリアルタイムで進んでいることを示し、ポタポタしずくが垂れていた水道の水は洗面器いっぱいになって、血が滲んだ産着(?)がひたされることになります。途中で中断されたシャツの刺繍は完成されて“Luisin”となり、おばあちゃんが孫のために、孫の名前を刺繍していたのだということもわかります。

 子守唄も意味ありげで、戦争で帰らぬ人となった夫のことを思いつつ、母独りで育てることになった子どもを寝かしつける歌で、時代を超えて同じような悲劇的な状況が続いたために、共感を以ってこうした歌が歌い継がれてきたのだと思われます。

 1940年6月28日の新聞は、ナチスが国境にやってきたことを示していますが、第二次世界大戦自体は、ヒトラーからの支援の要請があっても、スペインのフランコ政権はそれに応じようとしなかったので、スペインにおけるナチスの脅威というよりは来るべき時代それ自体の不安を示しているのだろうと思われます。

 ちなみに、この2日後にヴィクトル・エリセ本人が生まれているので、この赤ん坊の運命にエリセは自分の運命を重ねているのだろうとも思われます。

 ◆作品データ
 2002年/西(・英・独・フィンランド・中国)/10分52秒
 台詞なし(歌あり)/英語&伊語字幕あり
 実写作品

 *この作品は、『10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス』として劇場公開されました。

 *この作品は、DVD『10ミニッツ・オールダー』に収録されています。

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 ◆監督について
 ヴィクトル・エリセ
 1940年、スペインのバスク地方にあるビスカーヤで生まれる。
 マドリード大学の政治学科で学びつつ、併行して、映画研究実験センターの監督コースをも受講する。その後、映画誌「われらの映画」を創刊する。
 大学卒業後は、いくつかの短編を制作するが、すぐには監督デビューせず、しばらくは映画評やエッセイを書いたりして過ごす。
 1963年にオムニバス映画“Los Días perdidos”の1編で監督デビュー。
 長編第1作は、1 973年の『ミツバチのささやき』。
 以後、10年に1本しか新作を発表せず、寡作な映画作家として知られていく。

 ドラマチックでありながらも静けさをたたえた作品世界、詩的な映像美と、作品から感じられる映像作家としての豊かな感受性が魅力的で、世界中にファンも多い。

 2006年に開催された溝口健二監督のレトロスペクティブ<溝口健二の映画>では、国際シンポジウム参加のために来日して、兵役時代の貴重なエピソードを披露し、聴講客を感動させた(この時の模様は、『国際シンポジウム 溝口健二』(朝日選書)に採録されています)。

 ・1961年 “En la terraza(On the Terrace)”[短編]
 ・1962年 “Páginas de un diario perdido” [短編]
 ・1966年 “Entre vías” [短編]
 ・1967年 “Oscuros sueños eróticos de agosto(Obscure August Dreams)”[脚本のみ 監督:Miguel Picazo]
 ・1967年“El Próximo otoño”[脚本のみ 監督:Antonio Eceiza]
 ・1969年 “Los Desafíos(The Challenges)” [短編]
 サン・セバスチャン国際映画祭 銀の貝殻賞受賞
 ・1963年 “Los Días perdidos”(オムニバス映画の第3エピソードを担当)
 ・1973年 『ミツバチのささやき』
 サン・セバスチャン国際映画祭グランプリ、シカゴ映画祭シルバー・ヒューゴ賞受賞
 ・1982年 『エル・スール』
 カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品
 サンパウロ国際映画祭批評家賞受賞、サン・ジョルディ賞特別賞受賞
 ・1992年 『マルメロの陽光』
 カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品 国際批評家連盟賞、審査員賞受賞
 ・2002年 『ライフライン』(『10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス』の1編)
 ・2006年 “La Morte rouge(Soliloquio)”[短編]
 ※マドリッドで行なわれたヴィクトル・エリセとアッバス・キアロスタミの往復書簡を展示したエキジビジョン'Erice - Kiarostami. Correspondences'のために制作した32分の短編。

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