カレル・ゼマン 『プロコウク氏 発明の巻』

 カレル・ゼマン流『モダン・タイムス』?



 【物語】
 プロコウク氏は、工場労働者で、毎日、ベルトコンベアーで流されてくる部品に穴を開けるという単調な仕事をしている。
 今日も5時まで働いたが、ずっと同じ姿勢なので腰が痛くて仕方がない。
 家に帰ってから楽しみにしているのは、発明について考えることだ。
 自転車の前輪のところに犬をつけて走らせてみたり、車の上にベルトコンベアーをつけ、囮のウサギを使ってその上で犬を走らせて動力にしたり。
 自分の工場に行ってみれば、すべてはロボットがやってくれていて、コーヒーも自動で運ばれてくるし、ロボットのスピードも手元で自由自在だ。
 大きなベルが鳴って何事かと思うと、目覚まし時計が鳴っていて、すべては夢の中の出来事だったとわかる。
 今日も5時まで働くが、今日は発明のための本を借りて帰る。
 帰る道すがら、塀の向こうで球技大会をやっている。
 プロコウク氏が本に夢中になっていると、塀の向こう側の試合の様子が気になる人が、こっそりプロコウク氏の本を拝借して、それを踏み台にして塀の向こう側を覗き込んでいる。
 その様子を見たプロコウク氏は、ハッとひらめく。作業台の下に何かを入れて、高さを調整すれば作業中でも腰が疲れない、と。
 プロコウク氏の思いつきは、新聞に写真入りで取り上げられる。
 それを見て、鼻高々なプロコウク氏だったが、座っていた椅子がガタガタで、ふいにバラバラにくずれて、プロコウク氏は床に投げ出されてしまうのだった。

画像

 【コメント】
 本作は、カレル・ゼマンのプロコウク氏シリーズの第5作になります。

 本作のテーマは、「機械化・オートメーション化の中で、単調で非人間的な労働を強いられる労働者の疎外的状況を社会風刺的に描く」といったところで、チャップリンの『モダン・タイムス』に通じるところがあります。
 『モダン・タイムス』は、この作品の10年以上前、1938年の作品なので、ゼマンが知らないはずもなく、チェコスロバキアを舞台に、プロコウク氏を主人公に同様のテーマで映画化してみたらこんな感じになったというところでしょうか。

 「単調で非人間的な労働」に対比されるのが、「発明」なわけですが、プロコウク氏の発明は、夢の中であっても機械化をさらに進めるだけというちょっと“夢のないもの”で、「この夢」に対しては、ゼマン自身、ちょっと恐怖心を抱かせるような描き方をしています。科学の行き過ぎについては、ゼマンは、後年、作品を通して警告を発したりしていますが、本作のこの部分の描写は、そのはしりと言えるかもしれません。

 ゼマンは、「非人間的な科学的進歩」よりも、「人間くさい発明」が好きなはずで、プロコウク氏の「発明」を、結局、作業台の高さを調整するという他愛もないものに落ち着かせる、しかも、灯台下暗しというか、自分の椅子もちゃんと直せないということで、プロコウク氏をズッコケさせてしまうというのは、そんなゼマン流のユーモア、というか、好みの反映なのだと思われます。

 カレル・ゼマン作品には、さまざまなレベルの空想科学的な乗り物(特に空を飛ぶ乗り物)が出てきて、それがゼマン作品の1つの特徴のようになっていますが、本作に出てくるいくつかの乗り物には、その萌芽のようなものが感じられます。

 ◆作品データ
 1949年/チェコスロバキア/9分40秒
 台詞なし/日本語字幕なし
 人形アニメーション

 *この作品は、DVD『幻想の魔術師 カレル・ゼマン 「狂気のクロニクル」/短編「プロコウク氏 発明の巻」」に収録されています。

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 ◆監督について
 カレル・ゼマン
 1910年 オーストリア・ヘンガリー帝国(現・チェコ)のオストロムニェジェに生まれ、1989年 プラハで没。
 幻想の魔術師、映像の錬金術師、チェコアニメ3巨匠の1人などと称される。

 少年の心をくすぐる冒険ファンタジー、次々と襲い来る試練とロマンの物語、イマジネーションあふれる“未来の”マシーンやメカの創造(特に空を飛ぶ乗り物)、技術の不足をアイデアで補った特撮、……。子ども向けの作品ばかりでありながら、(今となってはレトロとも思える)その作品の魅力にとりつかれたファンは多い。

 父親は貝ボタン職人。
 幼い頃から人形劇が好きだった。
 フランスの広告美術の学校で学び、マルセイユのスタジオに就職。最初に手がけた仕事はスープの広告。
 帰国後も広告の仕事がしたいと考え、まずは、ショーウィンドウのディスプレイのデザインなどを担当した後、ズリーンのクゥドロフ・スタジオに広報担当として就職(1943年)。そこで、アニメーション作家ヘルミナ・ティールロヴァーと出会い、アニメーションの制作に興味を持つ。
 1945年 ティールロヴァーと共同で『クリスマスの夢』を監督。正確には、撮影所の火事でフィルムが焼失してしまったことで失望して降板したティールロヴァーに代わって、カレル・ゼマンが再撮影を買って出る。実写部分をボジヴォイ・ゼマンが監督。この作品は、1946年のカンヌ国際映画祭で最優秀アニメーション賞を受賞。
 1947年 ゼマンとしての最初のプロジェクト「プロコウク氏」シリーズを手がける。
 1950年 最初の中編『王様の耳はロバの耳』を制作。この作品でアニメーションの監督として国内でも知られるようになる。
 1955年 俳優を使った、最初の実写作品『前世紀探検』を制作。
 続いて、ジュール・ヴェルヌ原作の『悪魔の発明』、『ほら男爵の冒険』、『彗星に乗って』など、子ども向けのSFや冒険ファンタジーを制作して、一躍人気監督となる。

 1987年には第2回国際アニメーションフェスティバルに国際名誉会長として来日している。

 娘のリュドミラ・ゼマンは、1984年にカナダに移住し、父の『シンドバッドの冒険』のアニメーターだったEugene Spalenyと結婚(http://www.bookcentre.ca/gg/lzeman.htm)。Eugene Spalenyは、“Certík Fidibus”(1981)、“Lord of the Sky ”(1992)等の監督作品を発表している。

 【フィルモグラフィー】
 ・1945年 『クリスマスの夢』
 ・1946年 『ハムスター』
 ・1946年 『幸福の蹄鉄』
 ・1947年 『プロコウク氏 在役中の巻(靴屋はいやだの巻)』
 ・1947年 『プロコウク氏 試練を受けるの巻(家作りの巻)』
 ・1947年 『プロコウク氏 ボランティアの巻』
 ・1947年 『プロコウク氏 映画製作の巻』
 ・1947年 『生者の中の死者』
 ・1947年 『労働者』
 ・1948年 『水玉の幻想』
 ・1949年 『プロコウク氏 発明家の巻(発明の巻)』
 ・1950年 『王様の耳はロバの耳(ラーヴラ王)』
 ・1952年 『鳥の島の財宝』
 ・1955年 『前世紀探検』 1958年日本公開
 ・1955年 『プロコウク氏 動物の友の巻』
 ・1958年 『悪魔の発明』 1959年日本公開
 ・1958年 『プロコウク氏 探偵の巻』
 ・1959年 『プロコウク氏 アクロバットの巻』
 ・1961年 『ほら男爵の冒険』 2004年日本公開
 ・1964年 『狂気のクロニクル』 2003年日本公開
 ・1966年 『盗まれた飛行船』 1987年日本公開
 ・1970年 『彗星に乗って』 1987年日本公開
 ・1971年 『シンドバッドの冒険 第1話 はじめての冒険』
 ・1972年 『シンドバッドの冒険 第2話 ふたたびの海へ』
 ・1972年 『プロコウク氏 時計屋の巻』
 ・1973年 『シンドバッドの冒険 第3話 巨人の島(巨人の国)』
 ・1973年 『シンドバッドの冒険 第4話 磁石の山』
 ・1973年 『シンドバッドの冒険 第5話 空飛ぶじゅうたん』
 ・1974年 『シンドバッドの冒険 第6話 閉じ込められた魔神(かいならされた悪魔)』
 ・1974年 『シンドバッドの冒険 第7話 海のサルタン』
 ・1976年 『千一夜物語』
 ・1977年 『クラバート』 2003年日本公開←1981年 池袋西武スタジオ200にて上映
 ・1980年 『ホンジークとマジェンカ』 2003年日本公開
 ・1981年 『カレル・ゼマンと子供たち』

 *資料によりデータ(邦題、制作年、作品そのもの)が異なる場合があります。

 *2003年にシアター・イメージフォラムにて<カレル・ゼマン レトロスペクティブ>が開催され、長編8作品(『鳥の島の財宝』『前世紀探検』『悪魔の発明』『狂気のクロニクル』『盗まれた飛行船』『彗星に乗って』『シンドバッドの冒険』『クラバート』『ホンジークとマジェンカ』)、短編5作品(『クリスマスの夢』『プロコウク氏 映画製作の巻』『水玉の幻想』『王様の耳はロバの耳』『鳥の島の財宝』『カレル・ゼマンと子供たち』)が上映されました。2004年 同劇場で『前世紀探検』『ほら男爵の冒険』が上映されました。

 *参考書籍
 ・『アニメーターズ1 カレル・ゼマン』(日本出版社)
 ・『夜想35 チェコの魔術的芸術』(ペヨトル工房) 
 ・『チェコアニメの巨匠たち』(エスクァイア マガジン ジャパン)

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