これもチェコ・アニメ 川本喜八郎 『いばら姫またはねむり姫』

 昨年『死者の書』が劇場公開された川本喜八郎監督の『いばら姫またはねむり姫』(1989)。
 原作は、岸田今日子さんの短編で、童話“Sleeping Beauty”をパロディーにした大人のおとぎ話。ナレーションも岸田今日子さんが担当しています。

 前作『不射之射』(1988)と同じく海外(チェコスロバキア)との共同制作作品です。

 独立した人形アニメーションとしては、この作品の後、『死者の書』まで16年も待たなければならないわけで、いかに人形アニメーションを一個の作品として制作するのが難しいか、ということを思い知らされます。

 前半


 後半


 【物語】
 ある国の王と王妃の間に待望の赤ん坊(娘)が生まれる。
 その祝賀の祭典には内外から多くの客が訪れる。
 しかし、黒衣の女が現れたのを見て、王妃は気を失ってしまう。黒衣の女は祝賀に招かれなかった仙女で、彼女は招かれなかった怨みで赤ん坊に呪いをかけたという。その呪いとは、王女が15歳になった時、錘に刺されて命を落とすというもので、予言では、その後、彼女は妖精の助けによって命は取り留めるが、ずっと眠り続けることになるだろうという。
 その予言を受けて、国中の錘が焼かれることになる。
 そして15年後。王女の15歳の誕生日がやってくる。王女は衣装部屋で生まれて初めて錘を見かける。彼女が触れた錘は落ちて転がっていくが、その転がった先に母の秘められた恋が綴られた日記があるのを見つける。
 母には、若い頃、将来を誓い、一対の十字架を分け合った恋人がいたが、彼は戦場に行くことになる。しかし、彼は戦死したと報じられる。母は悲嘆にくれるが、その彼女を慰めたのが、現国王だった。
 ところが、彼は深い傷を負ったものの、生還し、恋人に裏切られたことを知る。
 王女は、母の日記を読んだ後、母の恋人を訪ねていく。
 彼は王女に素っ気ない態度を取るが、彼女が「母を許してほしい、母の代わりに自分を抱いてくれ」というのを聞いて、彼女と一夜をともにする。
 王女は、城に帰るが、彼の愛撫が忘れられない。自分の体の中で新しい生命が宿っていることも感じる。
 再び彼の住まいを訪ねてみると、十字架が残されているだけで、もう彼の姿はない。
 それ以来、王女は心を閉ざし、笑うことも唄うこともしなくなった。病の床についている王妃だけが娘に何があったのかを悟るがそれを口にすることはなかった。
 王は、彼女が結婚することになれば、気持ちも変わるだろうと思い、各国の王子と見合いさせるが、どんな王子が来ても彼女は断ってばかりで、彼女の心はいっこうに晴れない。見合い相手の中には、彼女が本当に15歳の誕生日に錘に刺されたのかどうか知りたがる者もあり、そういう相手には彼女は「あなたの錘の形は?」と男たちが赤面するようなことを口にするのだった。
 やがて、彼女は、その態度から「いばら姫」とも「眠り姫」とも呼ばれるようになる。
 王女は、母の死とともに自分の心の中で何かが変わるのを感じ、喪中とも知らずに彼女に会いに来た王子と結婚する。
 彼女には赤ん坊が生まれ、彼女は明るさを取り戻す。
 そして、2人は一生幸せに暮らしましたとさ……。
 「物語はそう語っているのですから、そうだと答えるのが礼儀ではないかしら」と王女は話すのだった。

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 【解説】
 原作は岸田今日子さんの短編(『ひとみしりな入り江』『大人にしてあげた小さなお話』(大和書房)に収録)。
 川本氏がこの短編を知ったのは1980年で、岸田今日子さんから贈られた原作によって。

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 1989年に、チェコスロバキア留学時代に知り合ったトルンカ・スタジオの友人から合作を持ちかけられたことで、映画化が実現した。

 日本からは、アニメーション=峰岸裕和、撮影=田村実など、川本組のスタッフがプラハ入りし、チェコスロバキアのスタッフと共同で作業を進めた。

 『川本喜八郎 アニメーション&パペット・マスター』の岸田今日子さんへのインタビューによれば、川本監督は、王女が男のいる森の小屋に行くシーンが撮りたかったのだとか。

 ミニチュアの木は、本物の木の根っこを逆さまにすることで表現したという。

 日本語のナレーションは原作者・岸田今日子さん本人が担当。

 この作品の3ヶ月後に、チェコスロバキアでは民主化革命であるビロード革命が起こり、チェコスロバキアのアニメーション制作も大きな変化を強いられることになる。

 【コメント】
 川本作品を観ると、人間の怨念や妄執と、それを癒し、鎮めることが一貫して描かれていますが、それは本作にも見受けられます。

 とはいうものの、いつもの川本作品とは少し違うと感じさせるのは、(チェコスロバキアとの共同製作というのは別にしても)乙女チックというか、メルヘンぽい装いがあることと、若い娘を主人公にしたある種のラブ・ストーリーでもあるからでしょうか。

 川本作品としてはほとんど例外的にセクシーなシーンもあります。私は、「錘」というが、男性器の象徴なのではないかとちらりと頭をかすめたりしたんですが、それはまさにその通りだったことが物語の後半で明らかになりました。
 まあ、岸田今日子さんがわざわざ語るべき物語として少女趣味的な物語を語る必要もないわけで、子ども向けのおとぎ話『眠れる森の美女』を大人向けに語り直したらどうなるかと考えて作った物語がこれであり、その結果、当然入れられるべき物語の要として性愛シーンが入れられた、と考えるべきなのでしょう。

 川本作品は、人形アニメーションであるにも拘らず、必ずスペクタクル・シーンがあり、それが見どころにもなっているのですが、本作にはそれがなく、それがまた他の作品と少し違う、という印象を与える理由になっていると考えられます。

 今回、見直してみて、気づいたのは、雨や霧、光や影の表現の見事さで、他の人形アニメーションでこれだけの表現をしたものがあっただろうかとも考えてみたんですが、ちょっと思いつきませんでした。

 人形の素振り(歩き方や日記のめくり方など)では、日本とチェコでは違いがあり、それを本作にもいろいろと取り入れているらしいのですが、その部分を見極めるのはなかなか難しいですね~。

 物語としては、岸田今日子さん自身が「ハッピー・エンドではない」と語られていて、実際ほろ苦い物語なんですが、川本作品の中ではかなりハッピー・エンドな作品であるようにも思われます。

 久々に川本作品を観たら、面白くて、AmazonでDVD『川本喜八郎作品集』(11作品も収録していて3990円!)を注文してしまいました。

 ◆作品データ
 1989年/チェコ・日/22分
 日本語台詞あり/英語字幕あり
 人形アニメーション

 *この作品は、1990年 第28回毎日映画コンクール大藤賞、チェコ チェスケーブディヨヴィッツェ アニメ祭アニメーション賞を受賞しています。キネマ旬報ベストテン文化映画部門第10位。

 *この作品はDVD『川本喜八郎作品集』に収録されています。

 
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 *当ブログ関連記事
 ・映画『死者の書』、または、リスペクト川本喜八郎!

 ◆監督について
 川本喜八郎
 映画監督、人形作家、アニメーター。
 1925年 東京・千駄ヶ谷の雑貨屋に生まれる。
 1937年 建築家を目指して旧制東京府立工芸学校(現・東京都立工芸高校)木材工芸科に入学(5年制)。
 1942年 旧制横浜高等工業学校(現・横浜国立大学)建築科入学
 1944年 学徒動員で満州に渡る。帰国後横浜高等工業学校卒業。
 同年 陸軍入隊。陸軍少尉として国内勤務。
 1946年 軍隊時代の上官に誘われて建築会社に入るが、工芸学校時代の同級生 村木与四郎に勧められて東宝を受験し、合格。東宝では美術助手を務める。
 1950年 東宝退社。フリーの人形美術家になる。
 1952年 イジー・トルンカ作品と出会い、人形アニメーションを一生の仕事にすることに決める。
 1953年 持永只仁氏に人形アニメーションについて教わる。
 1953~62年 人形絵本、TVCMの人形制作やアニメーションなどを担当。
 1963~64年 チェコスロバキアに留学。トルンカ・スタジオで『天使ガブリエルと鵞鳥夫人』の制作に加わる。
 1961年~ NHKの子ども向け番組の人形美術やアニメーションを手がける。
 1968年 人形アニメーション『花折り』を自主制作。
 1975年 国際アニメーションフィルム協会理事。
 1981年 初長編『蓮如とその母』の監督とアニメーション、人形美術を手がける。
 1982年~84年 NHK「人形劇 三国志」の人形美術を担当。同作品は第26回児童文化福祉奨励賞、第17回テレビ大賞特別賞を受賞。
 1985年 国際アニメーションフィルム協会賞受賞。
 1988年 中国・上海美術電影スタジオで『不射之射』を制作。
 同年 アニー賞受賞。紫綬褒章を受賞。
 同年 アニメーション作家の共同プロジェクトである「セルフポートレート」に参加。
 1989年 チェコのトルンカ・スタジオで『いばら姫または眠り姫』を制作。
 1993年~94年 NHK「人形歴史スペクタクル 平家物語」の人形美術を担当。
 1995年 勲四等旭日小綬章受賞。
 1996年 第24回伊藤熹朔特別賞受賞。日本アニメーション協会会長に就任。
 2005年 長年の夢であった『死者の書』を完成させる。同作品でシッチェス・カタロニア映画祭で特別賞を受賞。
 2007年 飯田市に川本喜八郎人形美術館オープン。

 その他、個々の作品で国内外の受賞歴多数あり。

 *バイオグラフォー&フィルモグラフィーの詳細は、『川本喜八郎 アニメーション&パペット・マスター』(角川書店)で読むことができます。

 自主製作、つまり誰かがお金を出してくれるわけではないところから映画作りをスタートさせて(自分でお金を出して、自分の満足できる作品を作るところから始めて)、現在のようなアニメーション作家となり、ファンや同業者、後進のアニメーション作家からも深い尊敬を集めている。

 【フィルモグラフィー】

 ・1968年 『花折り』(14分/16mm)[脚本・演出・人形・アニメーション]
 人形アニメーション。台詞あり。

 ・1970年 『犬儒戯画』(8分/35mm)[脚本・演出・美術・人形・アニメーション]
 人形の動きを1コマずつモノクロで撮影し、それを紙焼きしたものを1枚ずつフィルムで撮影。台詞あり(フランス語、日本語字幕)。

 ・1972年 『鬼』(8分/35mm)[製作・演出・人形・アニメーション]
 人形アニメーション。台詞なし、字幕あり。

 ・1973年 『旅』(12分/35mm)[製作・脚本・演出・アニメーション]
 切り紙アニメーション+実写写真。冒頭と最後に蘇東坡の漢詩が字幕で入る。

 ・1974年 『詩人の生涯』(19分/35mm)[製作・演出・アニメーション]
 切り紙アニメーション。台詞なし、字幕あり。

 ・1976年 『道成寺』(19分/35mm) [脚本・演出・人形・アニメーション]
 人形アニメーション。台詞なし、説明字幕がインサートで入る。

 ・1979年 『火宅』(19分/35mm) [脚本・演出・人形・アニメーション]
 人形アニメーション。ナレーションあり。

 ・1981年 『蓮如とその母』(93分/35mm)[監督・人形・アニメーション]
 人形アニメーション。台詞あり。

 ・1982~84年 『NHK人形劇 三国志』(各45分、全68話)[人形美術]
 人形劇。

 ・1988年 『不射之射』(25分/35mm)[脚本・演出・人形美術・アニメーション]
 人形アニメーション。ナレーションあり(北京語版・日本語字幕付バージョンと日本語版バージョンあり)。上海スタジオでの製作作品。

 ・1988年 『セルフポートレート』(1分/35mm)[演出・人形美術]
 クレイ・アニメーション。BGMのみ。

 ・1990年 『いばら姫またはねむり姫』(22分/35mm)[脚本・演出・人形美術監督]
 人形アニメーション。ナレーションあり(チェコ語バージョンもあるらしい)。チェコとの共同製作作品。

 ・1991年 『注文の多い料理店』(19分/35mm)[監修]
 セル・アニメーション。

 ・1993~95年 『NHK人形歴史スペクタクル 平家物語』(各20分、全48話)[人形美術]
 人形劇。

 ・1996年 『オムニバス 李白』(?/?)[?]
 CM?

 ・2003年 『連句アニメーション 冬の日』(105分/35mm)[企画・監督・アニメーション]
 人形アニメーション、クレイ・アニメーション、セル・アニメーション等、様々な手法の作品あり。川本自身は人形アニメーション。朗読あり。

 ・2005年 『死者の書』(70分/35mm)[脚本・監督・人形・アニメーション]
 人形アニメーション。台詞あり。

この記事へのコメント

2007年09月20日 10:28
はじめまして。
「すてちにボリーナ」の管理人です。
トラックバックありがとうございました。
素晴らしく詳しい情報が!
YouTubeって何でもあるんですね・・・
またお邪魔させていただきます。
ありがとうございました。
umikarahajimaru
2007年09月20日 21:31
ボリーナさま
コメントありがとうございました。
ボリーナさんのブログで紹介してあったのは「いばら姫またはねむり姫」だけでしたが、DVD「川本喜八郎短編集」でご覧になったのではないのでしょうか。

You Tubeは、何でもあるわけじゃありませんが、DVDやビデオで簡単に観れないものがYou Tubeで手軽に観られたりもするので無視できないですね。当ブログでもたくさん紹介しているのでよかったら覗いてみてください。
2010年04月15日 03:47
ありがとうございます!
なつかしかったと思いました。
私は韓国人です。
あなたのYou Tubeのこの映画のため
大学の時が思い出しましたね!
本当にありがとうございました!

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