見直してみたら、凄かった! 『春のめざめ』

 Google Videoで、アレクサンドル・ペトロフの『春のめざめ』を発見しました!

 日本でのDVDリリースとほぼ時期を同じくして、動画が投稿されるというのは、全世界的にほぼ同じ時期にDVDがリリースされた(そしてその中でDVDを購入した誰かがGoogle Videoに動画を投稿した)ということなのでしょうか。

画像

 今回、ここにアップした動画には日本語字幕はついていませんが、一度、日本語字幕つきで観た人であれば、日本語字幕なしでもほとんど支障なく楽しむことができるはずですし、そうでない人でも、下記の【物語】を参考にしてもらえれば十分楽しむことができると思います。



 さて、劇場公開時に、劇場で観た時は、私は、今更「動く油絵」に驚くものでもないし、<アレクサンドル・ペトロフの技法が発揮されるのは、こうした何人かの人間関係を主軸としたドラマよりも、光と色彩が乱舞するような、背景に大きく自然(特に川や海)を取り込んだ作品ではないか>という先入観もあったものですから、『春のめざめ』に関しては、ペトロフは、自分の技法を生かしきれていないんじゃないか、あるいは、自分の技法を生かすためには今回は題材を間違えたな、という印象(感想)を持ちました。で、当ブログでもそのように書きました

 ところが、今回、当ブログに動画をアップするために、パソコン上で『春のめざめ』をもう一度見直したところ、これが映像的な見せ場が連続している作品であることに気づかされ、劇場で観た時は自分はいったい何を観ていたんだろうと、ショックを受けるくらいの衝撃を受けてしまいました。

 『春のめざめ』が劇場公開された時には、併映作品『岸辺のふたり』上映の間に、客席を出入りするお客さんが多くて非常に気が散って仕方がなかったとか、日本語字幕に気をとられてしまって映像に集中できなかったとか、理由はいろいろあるのでしょうが、私は『春のめざめ』の素晴らしさに全く気がついていなかったんですね~。

 『春のめざめ』は、アレクサンドル・ペトロフが題材を選び間違えてしまったためにできてしまった「凡作」などでは決してなく、ペトロフのこれまでの作品の集大成というか、これまでの作品の制作過程で培ったすべての技法を駆使した「大傑作」なのでした!(ホントは「大傑作」というより「意欲作」というところに落ち着く作品なんだと思いますが)

 今回見直すに当たっては、字幕がないこともあって、字幕に気を取られずにただ映像だけに集中して観られたこともよかったのかもしれません(ちょっと言い訳っぽいですが)。

 というわけで、以下に、『春のめざめ』を再見、再々見して見つけた、本作の主な見どころを書き出してみました。26分44秒の作品の中で、最初はほぼ30秒おきに見どころがあり、後半に至ると、めくるめく映像表現がたたみかけるように続きます。凄いな、凄いなと思って、時間を見るとその間1分も経っていなかったというシークエンスが多々ありました。

 やっぱり、短編だからといって1本1本味わい尽くさないうちに何本も続けて観るものではありませんね。短編(特にアニメーションや実験映画)は、ネット上やDVDでじっくり観てこそその細かな表現や味わいがわかるものです(またまた言い訳っぽいですが)。

--------------------------------

 【『春のめざめ』の中の主な見どころ】

 ・庭で男性たちと過ごしていた女性が男性たちを魔法で虫に変えてしまう。(約30秒後。以下カッコ内の数字は映画が始まってからそのシーンが始まる大体の時間を指します)

画像

 ・寝そべっているアントンに女性(『初恋』の中のジナイーダ?)がキスしたかと思うと、馬に乗って走り去ってしまう。(1分35秒)

画像

 ・馬に乗って空を駆けていた女性(『初恋』の中のジナイーダ?)が、一瞬にして、ランプを持って部屋に入ってくるパーシャに変わる。(2分)

 ・パーシャが姿を消したドアのすきまが本のページに変わり、さらに、水辺で小船を浮かべて、鷹匠をしているアントン(?)のシーンへと変わる。すぐそばではパーシャ(?)が畑仕事をいる(という幻想? あるいは、アントンが読んでいる本『初恋』の中のイメージ・シーンということなのかもしれません)。(2分30秒)

画像

 ・牧夫の息子の妻が笑っているシーンから、彼女がアントンを誘惑するシーン(幻想)に変わる。(6分40秒)

画像

 ・ベランダで食事をしているセラフィーマの背中に翼が生えて、天使に変身してしまう。そしてそこから落ちた1本の羽根をアントンが手に入れて、羽根ペンにして手紙を書く。(9分)

画像

 ・アントンの書いた手紙を読むセラフィーマ。→セラフィーマの姿が、のぞき眼鏡の中のエロティックな女性たちに変わる。(12分)

画像

 ・ランプに蛾がまとわりつく。→抱き合うアントンとパーシャ。→パーシャの顔~パーシャの目のアップ→キスする2人。→うずを巻いて→パーシャの胸元(14分10秒)

画像

 ・パーシャの去ったドアの隙間からネコが入ってきて、アントンが抱き上げるが、ネコはすぐアントンの手元から飛び出して、窓から外へ。ネコは窓外を伝って歩いて、服を脱いで寝ようとしていたパーシャの部屋の窓の下を通り過ぎる。(14分50秒)

画像

 ・強風に飛ばされる洗濯物を追う形で、カメラが360度、街を俯瞰する。そして友人と口論するアントンの姿をとらえる。(16分)

画像

 ・パーシャがアントンに香水瓶を投げつける。→パーシャが下りていく階段を回り階段のように見せる。鐘→赤い破片がハート型のアメに変わり、それを牧夫の息子の妻が舐める。

画像

→彼女がいる窓際からカメラが外へ出て、上昇し、俯瞰で彼女の家を映し出す。→闇→戸口に立つ男→禁断の関係を思わせる暗がり、そして寝室、ベッドにムチが振り下ろされる→女の高笑い→炎に包まれる牛→ベッドの2人に斧(?)を振り下ろす牧夫の息子→アントンの部屋のドアをたたくパーシャ(17分50秒~18分40秒)

画像

 ・セラフィーマから手紙を受け取ったアントンの気持ちの昂ぶりを表すように、アントンは気球に乗って空に舞う(手紙がパラシュートのようにパッと開いて気球に変わり、アントンを空へと導く)。→雲の中→箱型のブランコで揺れるセラフィーマ→遊園地の空中ブランコに乗っているアントンとセラフィーマ→長いスカーフを風になびかせるセラフィーマ→バイオリン弾きが現れたと思ったら、手をつないで飛んだり跳ねたりしている男たちが登場。セラフィーマも手をつないでいる。セラフィーマの手につるが巻きついたかと思うと、アントンとセラフィーマがゴンドラ型のブランコに乗って揺れているシーンに変わる。→セラフィーマが空に消えて、地面から牛が現れる。(19分40秒~20分30秒)

画像

 ・タオルで頭を冷やして横になっているアントン。馬に乗っているパーシャ(?)の幻想が消えて、アントンは起き上がって、帽子を取り、その中に入れてあった手紙を小箱にしまい、帽子をかぶって出かける(この間、映像が不安定に揺れる)。部屋の外ではパーシャが祭壇に祈りをささげていて、映し出されていた天井が教会のそれに変わり、教会の中で並んで立つアントンとセラフィーマを映し出す。2人は手を取り合ってそのまま外へ。(21分35秒~22分20秒)

画像

 ・セラフィーマに手を引かれたアントンはそのまま水の中に落ちていくような幻想に陥る。(22分50秒)

画像

 ・セラフィーマの義眼→闇に落ちていくアントン→暖炉→体に炎が燃え移った牛→うなされるアントンと彼を取り巻く人々→祈るパーシャ→小舟に横たわる人物(アントン?)。なぜか頭が燃えている。→雪の中にうずもれたアントンを助け出してくれるパーシャ→ボートを漕いでいるパーシャ→ボートが光の中に消えて、風にそよぐカーテンに変わる。(23分30秒~24分40秒)

画像

--------------------------------

 上で、見どころとして書き出したシーンを改めて見つめ直してみると、主に2つのパターンがあることに気づかされます。

 ①カメラの移動やメタモルフォーズ、イメージの連鎖によって、シーンが移り変わる。

 ②現実のシーンから、アントンの空想や気分を示す幻想シーンへとさらっとシフトし、それが次々と変化する。

 多様に変化するイメージの連続、そしてあまりにも多いアントンの夢想や幻想が、この作品を一度観ただけではわからないようにしている、ということもできるでしょうか。
 「ここが見どころ!」と誰にでもわかるようなメリハリのついたシーンを1箇所か2箇所くらいに抑えておけば、この作品もぐっとわかりやすくなったかもしれません。

 公式サイトには、本編の中には本作の元になった(そしてアントンも読んでいるということになっている)ツルゲーネフの『初恋』のイメージが何度も登場するとありますが、冒頭シーン以外で、それがどこに当たるのか、私にはよくわかりませんでした。

 
 ↑ ↑ ↑ ↑
 クリックしてね!

--------------------------------

 ※以下は、以前に書いた記事の再録です。

 【物語】
 木立の下で、男たちと戯れる女性がいて、アントン(トニーチカ)は好奇心いっぱいで塀の隙間からその様子を覗き見ている。そんなアントンの視線を知ってか知らずか、女性は魔法で男たちを虫に変えてしまう。
 アントンがハッとした瞬間に、彼は、名前を呼びかけられて、自分が食事の席でボーッと夢想にふけっていたことに気がつく。

 アントンの家には、住み込みで働くパーシャという娘がいて、身分の違いはあるけれど、気安く話ができる相手で、アントンは彼女と話すのが楽しく、パーシャも自分に好意を持ってくれていることを感じている。アントンが、パーシャに小鳥の形をした青い香水瓶のプレゼントをすると、彼女はとても喜んでくれる。
 アントンは、パーシャとの未来を想像してみたりもするが、そんなアントンに対して同級生のジェーニカは、彼女など恋の対象ではないとたしなめる。

 アントンの隣の家にある一家が引っ越してくる。アントンは、大人の雰囲気を持った女性セラフィーマに夢中になってしまう。アントンの家の庭に彼女の子猫が迷い込んできたことから知り合いにもなり、アントンは本から詩を書き写して(?)、彼女に贈る。
 そんなアントンの気持ちを試すかのように、アントンはパーシャに縁談の話があることを聞かされる。相手は御者のステパン。パーシャは、ずっとこのままアントンのそばにいたいという気持ちも抱きつつ、どうしようか迷っているようにも見える。なんとなく気持ちが寄り添って、2人は軽いキスを交わす。

 近所で事件が起きる。かねてより、牧夫が息子の嫁とただならぬ関係にあると噂になっていたが、息子の方が、自分の妻と父親を刺し殺してしまったのだ。引き立てられてくる牧夫を、人々は、怖いもの見たさもあって、遠巻きに見つめる。

 セラフィーマは、16歳のアントンの熱い思いに対して、うれしくもある一方で、自分はもう25歳で、あなたとつきあうには年寄りすぎると答える。しかし、手紙の返事はどうすればいいのかと聞き、アントンは返事を入れておく場所を教える。

 アントンは、セラフィーマへの憧れがありながらも、パーシャがステパンとつきあうことは快く思わず、彼女がステパンとじゃれ合ってるのを見て、嫌な気分を味わう。そのことをパーシャに話すが、彼女はアントンとセラフィーマのことを知っていて、あなたにそんなことを言う資格はないと言って、アントンのくれた香水瓶を投げつけて割ってしまう。

 主人のいなくなった牧夫の家の牛が暴れて、騒ぎになる。恐ろしくて誰も手が出せなかったが、ステパンが自分がなんとかしてやろうと名乗り出る。
 それを家の窓から見たパーシャは恐ろしくなって、やめてと叫ぶ。
 ステパンは牛に向かっていくが、凶暴な牛の角で突かれて、あっけなく死んでしまう。
 パーシャは、それを見て、「だからやめてと言ったのに……」と泣き崩れるのだった。

 アントンの元にセラフィーマから手紙が届く。「教会に来てください」。
 教会にやってきたアントンをセラフィーマは手を引いて、外へと連れ出す。
 初めての逢瀬に気を高ぶらせているアントンは、セラフィーマがいつもしている青いサングラスに触れて、それを外させてしまう。それで、彼女の片目が義眼であることがわかり、アントンは、ショックを受け、逃げ帰ってしまう。

 ベッドでうなされるアントン。高熱を発してずっと起きることができない。夢に見るのはパーシャのことばかり。
 ようやく熱が引いて、「パーシャは?」と訊く。すると、「パーシャは出て行ってしまったよ」と聞かされる。彼女はアントンの病気が治るように願かけをして、この祈りが届くなら修道院に入ると誓い、それを実現に移したのだ。アントンは、かけがえのないものが、自分のすぐ近くにあったのに、それに気づかず、今はもうそれが永遠に失われてしまったことにショックを受け、心の痛みを感じるのだった……。

--------------------------------

 ◆原作者イワン・イメリョフについて

 シメリョフ,イワン・セルゲーエヴィチ[シメリョフ,イワンセルゲーエヴィチ]
 1873‐1950。モスクワの富裕な商人の家庭に生まれ、大学卒業後に税務署員として働きながら創作を行い、「小さな人間」への共感に貫かれた短篇・中篇を書いた。革命後の失望にくわえて、白軍義勇軍士官であった息子がクリミヤで赤軍に銃殺された事件が引き金となって1922年に亡命。クリミヤを舞台に内戦をドキュメンタリー風に描いた長編『死者たちの太陽』(1923)はロシアの未来への暗い展望に彩られ、各国語に翻訳されノーベル賞の候補に推された。フランスで精力的に活躍。ソ連時代は国内ではほとんど黙殺され、近年になって作品集が頻繁に出版されはじめた。日本では初紹介。自伝的長篇『主の歳月―祝祭・喜び・悲しみ』(1933)にはロシア正教の祝祭を中心にめぐった革命前のロシア人の暮らしを回顧的に綴った味わい深い作品で、ソ連邦崩壊後のロシアに広まった古き良きロシアへの懐古趣味の流行に乗ったかたちでも版を重ねている。(Kinokuniya BookWeb『ロシアのクリスマス物語』より)

 モスクワの中流商家に生まれる。信仰心篤い家庭環境、職人らの話す野卑でフォークロアに満ちた民衆の言葉に充ちた作品は、革命前のモスクワの市井と信者の心情の細やかな描写し、「失われた聖なるロシア」時代を語る貴重な本。幼い日々を回想した「主の歳時記」(このうち「クリスマス」田辺佐保子訳を群像社刊『ロシアのクリスマス物語』に収録)、「巡礼」、「レストランから来た男」、「モスクワの婆や」など。「ロシア文学を読もう」第4号に特集。(<「ロシア文学を読もう」のためのノート>(http://gunzosha.com/note.html)より)

 邦訳作品
 ・『春のめざめ』(スタジオジブリ 2007年刊)
 ・「クリスマス」(『ロシアのクリスマス物語』群像社 1997年刊)
 ・同CDブック(群像社 2006年刊)
 ・「レストランのボーイ」(『世界文学全集 第60巻』集英社 1979年刊)

 映画化作品
 「レストランから来た男」“Chelovek iz restorana”が、Yakov Protazanov監督によって1927年に映画化されています。

--------------------------------

 ◆監督について
 アレクサンドル・ペトロフ
 1957年ヤロスラヴリ州プリスタチャ村生まれ。

 美術専門学校で絵画を学ぶ。卒業後、モスクワのゼンソ映画大学アニメ画学部に入学し、イワン・イワノフ=ワ—ノの講座をとる。3年の時にユーリ・ノルシュテインの『話の話』を観て衝撃を受ける。81年、卒業と同時にウラルのスベルドロク(現エカテリンブルグ)の映画スタジオで、アニメーション美術を担当する。
 その後、改めて映画大学の“アニメーションの監督とシナリオライターのための特別コース”に入学し、ユーリ・ノルシュテインに教わる。

 卒業制作作品『雌牛』で広島国際アニメーションフェスティバル グランプリ受賞。

 ガラス板に油絵の具で絵を描くという手法(ガラス・ペインティング)を得意とし、文芸色の強い作品を発表し続けている。

 日本・カナダ・ロシアで共同製作した『老人と海』でアカデミー賞短編アニメーション賞を受賞。
 『マイラブ 初恋』は、広島国際アニメーションフェスティバルで観客賞&国際審査員特別賞を受賞。タイトルを『春のめざめ』と変えて、三鷹の森ジブリ美術館の配給で2007年3月17日より、東京・渋谷シネマアンジェリカにて劇場公開(同時上映『岸辺のふたり』)。「『春のめざめ』原画展」が2007年1月27日より三鷹の森ジブリ美術館ギャラリーで開催。

 アレクサンドル・ペトロフ選出によるベスト・アニメーション(『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと))は―
 『クラック!』『木を植えた男』『話の話』『霧につつまれたハリネズミ』『あおさぎと鶴』『岸辺のふたり』『禿山の一夜』『手』『灰色のめんどり』『草上の朝食』『タンゴ』『ボニファティウスの休暇』『犬が住んでいました』『ストリート』『がちょうと結婚したふくろう』『丘の農家』『ウォレスとグルミット ペンギンに気をつけろ!』『作家』『柔和な女』『ストリート・オブ・クロコダイル』。

 ・1981年 “Khalif-aist”<TV>[脚本]

 ・1984年 “Poteryalsya slon”[プロダクション・デザイナー]

 ・1986年 “Dobro pozhalovat”(Welcome)[アート・ディレクター]

 ・1988年 “Marathon”[アニメーター]

 ・1989年 『雌牛』 “Korova”(Cow)[監督]

 ・1991年 “I vozvrashchaetsya veter...”(And the Wind Returneth)[プロダクション・デザイナー]

 ・1991年 “Tsareubiytsa”[セット・デザイナー]

 ・1992年 『おかしな人間の夢』 “Son smeshnogo cheloveka”(Сон смешного человека、The Dream of a Ridiculous Man)[監督]

 ・1997年 『マーメイド(水の精)』 “ Rusalka”(Mermaid)[監督]

 ・1999年 『老人と海』 “The Old Man and the Sea” [監督]

 ・2003年 『冬の日』の「影法の暁寒く火を焼きて あるじは貧にたえし虚家」(杜国)を担当[アニメーション制作]

 ・2006年 『春のめざめ(マイラブ 初恋)』“My Love” [監督]

 ・2006年 ニューファンドランド・ラブラドール州 プロモーション用アニメーション “Pitch Plant”

 ・2007年? “Pacific Life” [監督]

--------------------------------

 
 ↑ ↑ ↑ ↑
 クリックしてね!

この記事へのコメント

髭ダルマLOVE
2008年07月12日 17:37
あっ!
あれからまた違う記事をアップされたんですね!

その時の状況や、自分のコンディションで作品の印象って違いますよね!私にも経験があります。こういう再発見ってとっても嬉しいですよね!

この記事へのトラックバック