フランス人によって映像化された東洋幻想譚 ルネ・ラルー『ワン・フォはいかにして助けられたか』

 今となってはルネ・ラルーの遺作となってしまった作品が1988年の『ガンダーラ』ですが、その前年にラルーが同じチーム(ピョンヤンのスタジオ、原画=フィリップ・カザ、音楽=ガブリエル・ヤレド)でフランスのRevcom Télévisionのために作った短編が『ワン・フォはいかにして助けられたか』です。

 フランス語のナレーション&台詞があり、日本語字幕なしでは、ちょっとわかりづらいとは思うのですが、まずは予備知識なしで観てみることをお勧めします。
 私自身も日本語字幕なしではつらいなあと思いながら観て、その後で、この作品に関する情報をいろいろ集めて、もう一度見直してみたのですが、初見ではわかりにくかったことが次々と意味を持ってきて、とても面白かったですね。

 この作品について調べてわかったことはあとで、解説として書きますが(日本語字幕がついたもので見直したりはしてないので、多少間違いがあったりするかもしれません)、『ファンタスティック・プラネット』のようなファンタスティックなイマジネーションは、欧米的なSFやファンタジーのみにとどまらず、東洋の幻想譚からも十分得られるものだとわかって、新鮮な感動を覚えました。



 【物語】
 老絵師・汪佛(ワン・フォ)の弟子・玲(リン)は、漢の皇帝に出頭を命じられた師とともに馬車に乗せられて宮殿に向かっている。その間に、玲の頭の中をめぐるのは、師とのこれまでの思い出だった。
 玲と汪佛の出会いは、ある夜の居酒屋のことで、玲と同じテーブルについた汪佛は、玲にテーブルにわざとこぼした酒の跡の美しさを、そして稲妻の持つ力強さと輝きを、説いて聞かせる。
 特に深い思い出となっているのは、自分の妻に関してのことで、玲は居酒屋で会った汪佛を家に招き、そこで妻に引き合わせたのだ。妻は,、木陰で琴を弾く皇女や弓を引く皇子の姿で、師のモデルを務めてくれたのであるが、玲は、本物の妻を顧みないで、師が絵に描いた妻の姿に夢中になってしまい、その結果、彼女を自殺に追いやってしまった、という過去があるのだ。しかし、そういうことがありながらも、玲は師に心酔し、こうして旅に同行している。

 宮殿に着き、皇帝の前に出された2人は、皇帝の話を聞かされる。
 皇帝は、子どもの頃から、名人と言われる汪佛の絵に囲まれて育ち、やがて帝位についたのであるが、それから自分が治める帝国を見てまわって、考えることがあったのだ。自分は、世界を治める皇帝であるのに、自分の帝国は、汪佛の描いた絵の世界と比べて遥かに見劣りがする。世界で最高のものでなければならない帝国が汪佛の帝国より見劣りするのは皇帝に対する侮辱にほかならない。だから、天下の皇帝を侮辱する汪佛は処罰しなければならない、と。
 あまりの無茶な論理を聞いて、玲は、小刀を手に皇帝に向かっていくが、もちろん皇帝を刺すことなどできず、押さえつけられて、あっさり首を刎ねられてしまう。
 皇帝は、汪佛を処罰する前に、未完の絵画を完成させよ、と言って、1枚の絵を持って来させる。その絵は、穏やかな海と柔らかな光を放ってその上に浮かぶ夕日を描いた作品。
 汪佛は、絵の中の海から屹立している岩に次々と影を付けていく。すると、絵の中の太陽がゆっくりと沈み始め、それと同時に、宮殿の中に潮が満ちてきて、絵と一体化してしまう。
 海の向こうから玲が小船を漕いで、師を迎えに来る。
 「哀れなものですね。この人たちは画の中に入るようにはできていないのです。きっと、自分の袖が濡れたことにも気づかないでしょう。師よ、船出いたしましょう。波の彼方の国に向かって!」
 小船は2人を乗せて去り、宮殿には呆然とする皇帝と家来が残されるのだった。

画像

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 原作は、マルグリット・ユルスナールの短編『老絵師の行方』で、日本では短編集『東方綺譚』(白水社)(白水Uブックス、他)に収められています。
 『東方綺譚』の中でも特に『老絵師の行方』は出色であるようで、調べてみると、ネット上でもこの短編の素晴らしさについて述べてある記事はたくさんみつけられます。

 例えば――
 ・「Moon Light Cafe」さんのBook Review:http://members.aol.com/lachette/Moonlight/review_yourcenar.htm
 ・lapisさんのブログ「カイエ」:http://blog.so-net.ne.jp/lapis/2005-06-19

 『ワン・フォはいかにして助けられたか』を観て、私は原作を読んでみたいと思ったのですが、同様に感じられた方も少なくないようです。

 ・なおひこさんのブログ「雲のシンフォニー」:http://naotch.blog.drecom.jp/

 『老絵師の行方』が収められているのは、英語版の原書だと“Oriental Tales”(1938)で、ここから調べて、同巧の作品が、『ラーマーヤナ』や、Algernon Blackwood の“The Man Who Was Milligan”、M.R. Jamesの“The Mezzotint”にもあるということがわかりました。

 ・http://www.kirjasto.sci.fi/margyour.htm

 ユルスナール作品の映画化では、1991年にPARCO SPACE PART3で公開されたアンドレ・デルヴォー『黒の過程』(1988)があります。ひどく難解な作品だったという印象しかないのですが、果たして今見てみるとどうでしょうか……。

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 この作品の音楽を手がけたのは、ガブリエル・ヤレドで、彼のフィルモグラフィーを調べてみると、『ベティ・ブルー』(1986)と『ガンダーラ』(1988)の間に、この作品の音楽を作っていることがわかります。

 ちなみに、ガブリエル・ヤレドは最近公開された『善き人のためのソナタ』(2006)や『こわれゆく世界の中で』の音楽監督でもあるのですが、ハリウッドのメジャー作品もヨーロッパの映画作家の作品も分け隔てなく手がけるベテラン音楽監督(1949年生まれ、出身はベイルート)で、フィルモグラフィーを見ると誰でも知っているような作品がぞろぞろ出てきます。

 『トロイ』(2004)、『Shall we Dance?』、『コールド マウンテン』(2003)、『ボン・ヴォヤージュ』(2003)、『シルヴィア』、『抱擁』(2002)、『銀幕のメモワール』、『2番目に幸せなこと』(2000)、『オータム・イン・ニューヨーク』、『メッセージ・イン・ア・ボトル』(1999)、『リプリー』(1999)、『シティ・オブ・エンジェル』、『裸足のトンカ』(1997)、『メランコリー』(1993)、『愛人/ラマン』(1992)、『IP5/愛を探す旅人たち』(1992)、『心の地図』(1992)、『ベティ・ブルー インテグラル 完全版』(1992)、『ゴッホ』(1990)、『ダニエルばあちゃん』(1990)、『マスカレード/仮面の愛』(1990)、『カミーユ・クローデル』(1988)、『ニューヨーカーの青い鳥』(1986)、『ベティ・ブルー/愛と激情の日々』(1986)、『溝の中の月』(1982)、『勝手に逃げろ/人生』(1979)。

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 ◆作品データ
 1987年/仏・北朝鮮/15分
 フランス語台詞あり/字幕なし
 アニメーション(セル・アニメ)

 *この作品は、DVD『ルネ・ラルー コンプリートDVD-BOX』DVD『ルネ・ラルー傑作短編集』に収録されています。

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 ◆監督について
 ルネ・ラルー René Laloux
 1929年 パリ生まれ。2004年 死去。
 3つの長編アニメーションと約10本の短編アニメーションを残す。
 ローラン・トポールやメビウス、フィリップ・カザらと組み、イマジネーションあふれるSFタッチの作品を作る。3つの長編は、それぞれ、チェコスロバキア、ハンガリー、北朝鮮で制作した。

 1943年、13歳で学校を辞め、叔父の元で木彫を学ぶ。
 併行して、パリの市立学校の、夜学のデッサン教室に通うようになる。この頃、ラフカディオ・ハーンの『果心居士』を読んで、アニメーション映画を作りたいと思うようになる。
 1956-60年、27歳で、オルレアンのクール・シュヴェルニー医院で患者の芸術活動を指導するコーチとなる(同僚が、のちに思想家・精神分析学者として知られるようになるフェリックス・ガタリ)。ここで影絵やマリオネットを上演。
 1960年、患者との共同作業の中で生まれた作品を撮影して、短編作品として仕上げる。その中から『猿の歯』が生まれ、映画館のレイトショー枠で上映される
 『猿の歯』がきっかけとなって、画家ローラン・トポールと出会い、彼のデッサンを元に、『死んだ時間』(1964)、切り絵アニメーション『かたつむり』(1965)、『ファンタスティック・プラネット』(1973)を発表する。
 『ファンタスティック・プラネット』は、ステファン・ウルの『オム族がいっぱい』が原作で、チェコのトルンカ・スタジオで制作、ラルーの最初の長編となった。
 1987年には、ハンガリーのパンノイア・スタジオで最初のセル・アニメ『時空の支配者』を制作(原作=ステファン・ウルの『ペルディド星の孤児』、原画=メビウス)。
 1987年、北朝鮮で第3長編『ガンダーラ』を制作しながら、フランスのテレビ局のアニメーション・シリーズ『彼方より』のために、短編作品『ワン・フォはいかにして助けられたか』(原画=フィリップ・カザ)を制作。『彼方より』では、ラルーは製作にも関わっていて、そこで作られた若手作家の作品のいくつかはDVD『フランス・アート・アニメーション傑作選 VOL.2 ルネ・ラルー・フェイヴァリッツ』で観ることができます。
 1988年、『ガンダーラ』(原画=フィリップ・カザ)を発表。
 1996年、フランスの国立コミック映像センター デジタルイメージ研究所のディレクターに就任。CGの研究とアニメーター志望の後進の指導にあたる。

 ・1957年 “Tic-Tac(Tick-Tock)”
 ・1958年 “Achalunés”
 ・1960年 『猿の歯』 “Les Dents du singe”
 ・1964年 『死んだ時間』 “Les Temps morts”
 ・1965年 『かたつむり』 “Les Escargots” *クラクフ映画祭審査員特別賞受賞。
 ・1973年 『ファンタスティック・プラネット』 “La Planète sauvage(The Fantastic Planet/ The Savage Planet)” *カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品、特別賞受賞。
 ・1975年 “Le Jeu(The Play)”
 ・1977年 “Les Hommes machines”(パイロット版)
 ・1982年 『時空の支配者』 “Les Maîtres du temps(Time Masters)”
 ・1984年 “La Maîtrise de la qualité(Quality Control)”
 ・1985年 “La Prisonnière(The Prisoner)”
 ・1987年 『ワン・フォはいかにして助けられたか』“Comment Wang-Fo fut sauvé”
 ・1988年 『ガンダーラ』 “Gandahar(Light Years)”

 *参考書籍
 『アートアニメーションの素晴らしき世界』(エスクァイア マガジン ジャパン)p136-142
 『ユーロ・アニメーション』(フィルムアート社) p50-55

 *参考サイト
 ・Wikipedia(英語):http://en.wikipedia.org/wiki/Rene_Laloux

 ・トポールの原画と『かたつむり』:http://www.lezards.buissonniers.com/realisations/topor.htm

この記事へのコメント

2007年05月16日 14:58
こんにちは。初めまして。ご紹介ありがとうございました☆

ええと・・・>オカモト チアキさんのブログ「雲のシンフォニー」:

このオカモトというのはブログのデザインをされている作者のお名前なのです。
恐縮ですが私は「なおひこ」と申します。「雲のシンフォニー」・・つらつらと詩や短歌、雑感を書いております。。

博覧強記のような映画記事で感嘆しております。
このアニメはたった十数分ですが珠玉の作品だと感動しきりでした。
ため息が出まして、続けて後三度見返しました。特に素晴らしいと感じたのは「絵の中の水の世界へ入る」ももちろんですが、玲にとっての妻は「絵師が描く絵の中の妻」の方を愛してしまったという悲哀みたいなものです。

映画の字幕も詩のように美しい言葉が鏤められていました。全てに魅了された私はこれを書かずにはいられませんでした。
拙文であり、エンディング辺りはまだ未完ですが、読んでいただけると幸甚に存じます。。

http://naotch.blog.drecom.jp/  
「玲なる水・1」 4/1日記事
「玲なる水・2」
2007年05月16日 21:22
はじめまして
TBありがとうございました。
日本語字幕なしでは、かなりきつかったのですが、大変興味深く拝見しました。あのラストシーンをこれほどの完成度で映像化するとは、本当に素晴らしい手腕だと思いました。
素晴らしい作品を御紹介いただき、ありがとうございました。
umikarahajimaru
2007年05月17日 01:50
なおひこさま
早とちりをしてしまい、大変失礼いたしました。取り急ぎ訂正させていただきました。
「玲なる水」も楽しみに読ませていただきます。
umikarahajimaru
2007年05月17日 01:58
lapisさま
コメントありがとうございました。
この記事を書いた後で私も原作を購入したのですが、ほとんど原作通りでしたね。
当ブログでは、同じ監督の動画がもう1つ観られるので、よかったらそちらの方も観てみてください。一見すると全く違うタイプの作品に見えるかもしれませんが、何かしら監督が嗜好(志向)するものが見えてくると思います。

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