ただ黙って朽ちていく…… その2 『J・S・バッハ G線上の幻想』

 当ブログで取り上げるヤン・シュヴァンクマイエル作品もこれで11本目。
 パッと見て、その面白さがわかるような作品はもういくつも残されてはいないのですが……。
 『J・S・バッハ G線上の幻想』は、シュヴァンクマイエルの第2作で、カンヌ国際映画祭短編部門で審査員賞を受賞している作品です。



 【物語】 男が建物の中に入っていき、鍵を開けて、ある部屋に入る。
 男は、コートを脱いで、かけた後、ピアノの前に座り、リンゴをかじる。
 おもむろに鍵盤に指を下ろすと思われた瞬間に、映画の中にバッハの音楽が流れ、それに合わせて、リズミカルに、壁の穴が広がったり、ひび割れができたりして、廃屋が少しずつ朽ちていくイメージが映し出されていく。やがて(約7分後)、いくつもの扉が開くイメージを重ねたあと、カメラは部屋から外に出る。廊下から屋外へ。地面、そして壁。ここでも壁に穴が開き、崩壊が始まる。いくつかの閉ざされた窓(そのうちの1つはレンガで埋められて窓としての機能を果たせないようになっている)が映し出されて、映画は終了する。

 人形、アルチンボルド、お互いを破壊しつくし合う男たち、博物学、食べることへの強迫観念、『不思議の国のアリス』や『ファウスト』、人々のグロテスクな欲望、機械、等、シュヴァンクマイエル作品に頻繁に登場し、シュヴァンクマイエルの代名詞となっているようなテーマやモチーフはいくつかありますが、『J・S・バッハ G線上の幻想』は、そうしたわかりやすいモチーフは出てこない作品です。

 この作品について考えられることの1つは、シュヴァンクマイエルが、映像と音楽をシンクロさせて、ある種の映像詩を作ろうとしたのではないかということです。
 テーマは“ゆっくりと灰燼に帰そうとする(または、大地の一部に戻ろうとする)建物”で、これを、「無生物が意思や生命を持ったかのように動き、やがて組織が崩壊・解体し、“死”を迎える(動けなくなる)」ことととらえると、他のシュヴァンクマイエル作品にぐっと近づいてきます。

 映像と音楽のシンクロという意味では、『コストニツェ』や『自然の歴史』が同じ趣向が見られる作品ということになりますが、イントロ部分があり、それがある目的までの道程である、という意味では、『コストニツェ』により近いと言ってもいいかもしれません。『コストニツェ』では美しく並べられた人間の骨を映し、『J・S・バッハ G線上の幻想』は朽ちていく建物を映し出しているわけですから、何らかの死を映したという点でも共通性が見出せます。

 モノが朽ちていく、崩壊していく、骨になる、最後に食べられてしまう、というのも実は、シュヴァンクマイエル作品によく出てくるモチーフであって、そういう意味では、例えば、『フローラ』あたりとも非常によく似ているといえるかもしれません。作品の終わりに見られる絶望感のようなものも似ていますね。

 この作品は、一般的には特に物語性がない作品ということになっていますが、全く物語性がないかというと必ずしもそうでもなくて、“崩壊していく家に閉じ込められた人物がいて、なんとかそこから脱出してみれば、家の外も家の中とあまり違いはなく、しかも他の家は「彼(または彼女)」を絶望的に拒絶しているのだった”というストーリーを見出すこともできます。

 この作品が、カンヌで審査員賞を受賞したのは、この作品の作風とある種の作家性が評価されたためでしょうか。

画像

 ◆作品データ
 1965年/チェコスロバキア/9分22秒
 台詞なし/字幕なし
 実写+アニメーション

 *1965年 カンヌ国際映画祭短編部門審査員賞受賞。

 *この作品は、DVD『『ジャバウォッキー』その他の短篇』に収録されています。

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 ◆監督について
 ヤン・シュヴァンクマイエル
 1934年 プラハ生まれ。
 1942年 クリスマス・プレゼントとして人形劇のセットもらい、以後、人形に魅せられるようになる。
 1954年 プラハの芸術アカデミー演劇学部人形学科に入学する。
 1960年 セマフォル劇場で仮面劇を上演。
 1962-64年 視覚芸術ラテルナ・マギカに演出家として加わる。ここで初めて映画と出会う。
1964年 ラテルナ・マギカを離れ、以降は、フリーの立場で活動。
 1964年 最初の短編『シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック』を制作
 1970年 シュルレアリスト・グループのメンバーとなる。

 当局による改変要求を受け付けず、上映禁止や国内で映画が撮れないという状況を度々経験しながらも、映画制作を続け、今ではチェコ・アニメを代表する映画作家の1人となっています。

 国際的な評価としては―
 カンヌ国際映画祭には、これまで 『J・Sバッハ G線上の幻想』(1965)、 『レオナルドの日記』(1972)、 『男のゲーム』(1988)と3度短編部門のコンペに出品し、 『J・Sバッハ G線上の幻想』でグランプリを受賞。
 ベルリン国際映画祭には、 『対話の可能性』(1982)を短編部門のコンペに出品し、金熊賞(グランプリ)を受賞。 『闇・光・闇』(1989)では名誉賞を受賞。
 そのほか、 『棺の家』(1966)でマンハイム国際映画祭ジョゼフ・フォン・スタンバーグ賞受賞、 『陥し穴と振り子』(1983)でモントリオール国際映画祭短編部門作品賞を受賞しています。

 日本でのチェコ・アニメやアート・アニメーションが続々と公開されるようになったのは、ヤン・シュヴァンクマイエル作品が契機になったと言ってもいいほどで、現在でもシュヴァンクマイエルは監督名だけである程度のお客さんが見込めるほとんど唯一のアニメーション作家だと言っていいと思われます。

 ・1964年 『シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック』 11分43秒
 ・1965年 『J・Sバッハ G線上の幻想』 9分49秒
 ・1965年 『石のゲーム』 9分
 ・1966年 『棺の家』 10分19秒
 ・1966年 『エトセトラ』 7分15秒
 ・1967年 『自然の歴史(組曲)』 8分55秒
 ・1968年 『庭園』 16分50秒
 ・1968年 『部屋』 13分05秒
 ・1969年 『ヴァイスマンとのピクニック』 11分05秒
 ・1969年 『家での静かな一週間』 20分14秒
 ・1970年 『ドン・ファン』 32分45秒
 ・1970年 『コストニツェ』 10分29秒
 ・1971年 『ジャバウォキー』 13分52秒
 ・1972年 『レオナルドの日記』 11分44秒
 ・1973-79年 『オトラントの城』 17分57秒
 ・1980年 『アッシャー家の崩壊』 15分40秒
 ・1982年 『対話の可能性』 11分45秒
 ・1982年 『地下室の怪』 15分20秒
 ・1983年 『陥し穴と振り子』 14分55秒
 ・1987年 『アリス』 84分30秒
 ・1988年 『男のゲーム』 14分35秒
 ・1988年 『アナザー・カインド・オブ・ラヴ』 3分33秒
 ・1989年 『肉片の恋』 1分05秒
 ・1989年 『闇・光・闇』 7分30秒
 ・1989年 『フローラ』 30秒
 ・1990年 『スターリン主義の死』 9分45秒
 ・1992年 『フード』 17分
 ・1994年 『ファウスト』 96分
 ・1996年 『悦楽共犯者』 82分40秒
 ・2000年 『オテサーネク』 127分
 ・2006年 『ルナシー』 123分

 当ブログでは、ヤン・シュヴァンクマイエルについて、かなり突っ込んで書いているので、詳しくは以下の記事を参考にしてください。

 ・ヤン・シュヴァンクマイエル 本と作品

 ・ヤン・シュヴァンクマイエル 日本公開史

 ・もっとシュヴァンクマイエル スタッフ&カンパニー篇

 ・もっとシュヴァンクマイエル テーマ&モチーフ篇

 ・造形と映像の魔術師 シュヴァンクマイエル展

 ・チェコ映画祭2006、または、エヴァ・シュヴァンクマイエロヴァー

 ・ヤン・シュヴァンクマイエル 2007年 夏!  

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