時間が止まっていたはずの世界がゆるやかに動き出す 『夜の蝶』

 ベルギー出身の幻想画家ポール・デルヴォー(1897-1994)の絵画世界が、ラウル・セルヴェの描く夜の蝶によって、動き始める……。

 

 【物語】駅の待合室に一羽の蛾が舞い込んでくる。幻想的で、まさに絵画の中のようなその世界は、時間が止まったまま、だったのが、蛾が触れたものから順に生気を取り戻し、動き始めていく。
 楽隊の指揮者(の人形)が指揮を始めると、オルゴールがなり始め、時計も進む。待合室にいた2人の女性は、鏡の中からそれぞれダンスのパートナーを誘う。
 4人の女性のダンス。
 蛾が駅舎から線路に舞い出て、信号に触れると、ポイントの切り替えが行なわれる。
 踊っていた女性たちがガラスが割れるように粉々になって消える。
 こちらに向かう列車の汽笛が聞こえる。
 駅舎の中に入ってくる男性。蛾を見つけて、帽子をかぶせる。
 男は、待合室の女性に気づき、帽子を取って、会釈しようとする。帽子からまた蛾が舞い出る。
 男の視線を感じて、足元を扇子で隠す女。
 男がカバンを開けると、空気の動きを感じてか、ひらりと蛾が飛翔しようとするが、男はさっとその蛾をつかまえてしまう。
 一瞬の躊躇いの後、男が蛾をひねりつぶすと、時間が止まり、世界は再び静寂を取り戻す……。

 現時点での、ラウル・セルヴェの代表作とも言うべき作品がこの『夜の蝶』です。

 スクリーンで観ると細部までクリアに見えるのですが、パソコンでは解像度に限界があって、ちょっと残念なのですが、まあ、作品の雰囲気やニュアンスは伝わるかと思います。

 完成に長い年月がかかった長編『タクサンドリア』の後、解放感の中で自由に作ったのがこの『夜の蝶』(と言いながら、完成までに1年半かかっていますが)。

 作品世界のユニークさもあることながら、この作品には、セルヴェ自身が「セルヴェグラフィー」と名づけた技法が全面的に使われていて、それが最近のコンピュータで制御された作品にはない独特の味わいを出しているとして、高く評価されています。
 「セルヴェグラフィー」がどんなものなのかは具体的にはよくわからないのですが、資料によると「実写をセルにプリントした上で着色し、背景画と重ねて撮影した」というもののようです。『ハーピア』で着手した実写とアニメーションの融合をより進化させたもの、とも説明されています。

 技法についてはともかく、蛾に導かれて、ポール・デルヴォーの幻想絵画の中に彷徨いこんだような、不思議な感覚が味わえるユニークな作品だと思います。
 理性的に考えて、これはどういうことなの?と訊いてみたくなる部分もありますが、作品世界に浸ることができれば、別に理性的に説明されなくってもかまわないじゃないかという気もしますね。

 ちなみに、ポール・デルヴォーに関しては、
 Paul Delvaux Online(http://www.artcyclopedia.com/artists/delvaux_paul.html
 からリンクをたどっていけば、たくさんの作品を見、彼について知ることができます。

 ◆作品データ
 1998年/ベルギー/8分
 台詞なし/字幕なし
 アニメーション
 1998年アヌシー国際アニメーションフェスティバル グランプリ受賞

 『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと)で118位。

画像

 ◆監督について

 ラウル・セルヴェ
 セルヴェは、絵画や壁画も描くが、特に短編アニメーションの作り手として有名で、ベルギーではアニメーションの父として慕われています。

 1928年 ベルギーのオーステンデ生まれ。
 父親は中国服の商店主だったが、新し物好きで、パテの映写機を購入して、日曜の午後などにチャップリンやフェリックス・ザ・キャット等の短編映画の上映会を催したりしていた。
 12歳でドイツの攻撃で家が焼かれ、父が収監される。
 16歳の頃、第2次世界大戦で戦火が激しくなると、ドイツでの強制労働を逃れるためもあって、装飾のアシスタントに就く。
 戦後、そのまま仕事を続けることもできたが、セルヴェは本格的な勉強がしたくて、ゲント(ヘント)にある王立アカデミーRoyal Academy of Fine Artsに進み、装飾美術(Decorative Arts)を学ぶ。そこでAlbert Vermeirenからアニメーションを教わる。
 兵役の後、自らのアニメーション制作への道を切り開くために、イギリスのランク・スタジオやパリのジェモー・スタジオに赴くが、望みを果たせず、帰国。8mmでドキュメンタリー映画を撮影したりする。
 ルネ・マグリットとカジノの室内装飾の仕事をしたりした後、1957年、ゲントの王立アカデミーの装飾美術の教師となり、そこでアニメーションの制作に着手する。3年かけて16ミリで“Havenlichten”「港の灯」を完成させる。この作品は、アントワープ・ナショナル・フィルム・フェスティバルに出品されて、アニメーションとして初めての賞を受賞する。
 次に35mmで制作したアニメーション作品が“The False Note”で、2年の歳月をかけて1963年に完成(これに先立って1962年に“Omleiding november”という実写作品も制作している)。“The False Note”はアントワープ・ナショナル・フィルム・フェスティバルでグランプリを受賞。この作品で、セルヴェはアニメーションとしての技法を確立したとされる。
 同年(1963年)に、セルヴェによって王立アカデミーにアニメーション映画学部が設立される。これはヨーロッパで最初に設立されたアニメーション映画に関する学部・学科となる。

 1976年には、the Centre Belge du Film d'Animation(アニメーション映画ベルギー・センター)をゲントに設立。

 1984~94年には、ASIFA (international association of film animators).の会長を務める。

 ラウル・セルヴェ・ファウンデーションを作り、初等・中等教育でのアニメーション・コースの組織化にも尽力している。

 ・1960年 『港の灯』“Havenlichten”(“Harbour Lights”)
 ・1962年 “Omleiding november”(“November Diversion”)
 ・1963年 『調子外れの音』“De Valse noot”(“The False Note”)
 ・1965年 『クロノフォビア』 “Chromophobia”
 ・1968年 『人魚(シレーヌ)』 “Sirene”
 ・1969年 『ゴールドフレーム』“Goldframe”
 ・1970年 『語るべきか、あるいは語らざるべきか』“To Speak or Not to Speak”
 ・1971年 『オペレーションX-70』“Operation X-70”
 ・1973年 『ペガサス』“Pegasus”
 ・1976年 “Het Lied van Halewijn (Halewyn's Song)”
 ・1979年 『ハーピア』 “Harpya”
 ・1982年 “Die Schöne Gefangene”
 ・1994年 『タクサンドリア』“Taxandria”
 ・1998年 『夜の蝶』 “Papillons de nuit”
 ・2001年 “Atraksion”
 ・2003年 『冬の日』のうち「わが庵は鷺に宿貸すあたりにて 髪はやす間をしのぶ身のほど」(芭蕉)のパートを担当

 『クロモフォビア』『人魚』『語るべきか、あるいは語らざるべきか』『ハーピア』『夜の蝶』は、2000年に<夜の蝶 ラウル・セルヴェの世界>としてユーロスペースにてレイトショー公開。
 “Goldframe” “Operation X-70” “Pegasus”は上記作品とともに、DVD「「夜の蝶」他 ラウル・セルヴェ作品集」に収録されています。

 ユーロスペースで上映した5作品は、吉本興業による配給作品で、これらは、これまで様々な形で映画に関わってきた吉本興業が初めて手がける外国映画となりました。
 吉本興業がこれらの作品を買い付けることになった発端は、吉本興業のスタッフ(当時)が広島国際アニメーションフェスティバルでセルヴェの作品を観て感激したことで、彼女が、吉本興業が経営していた劇場(当時)のレイトショー枠でならこれらの作品を上映することができるのではないかと考え、上司の許可を取って買い付けた、と聞いた記憶があります。

 *参考サイト:http://www.raoulservais.be/index.htm

 *参考書籍
 ・『アートアニメーションの素晴らしき世界』(エスクァイア マガジン ジャパン)p81
 ・『ユーロ・アニメーション』(フィルムアート社)p44~49

 *関連DVD
 ・a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000FHVV5Q%3ftag=kattenieigade-22%26link_code=xm2%26camp=2025%26dev-t=D31ZR0ROP0WVXQ" target="_blank">DVD「「夜の蝶」他 ラウル・セルヴェ作品集」
 ・『冬の日』

 *当ブログ関連記事
 ・アヌシー国際アニメーションフェスティバル グランプリ リスト!

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