私が棄てた男 映画『ゆれる』

画像 真木よう子さん彼女が演じる川端智恵子は、内に欲望や願望を秘めながらも、日頃は感情の露出を抑えて、慎ましく生きようとしている、または、そうあろうとしているように見える女性。現状から抜け出したい、今より満足のできる生活をしたいとは誰しも思うものであって、それは決して分不相応というものではないし、至極自然なものです。そういう感情に確かな肉体を与えたのが、監督である西川美和さんであり、演じる真木よう子さんでした。その結果として、彼女の死は衝撃として、大いなる痛みとして観る側に迫って来て、その後の展開に観客を引き付けることにもなります。
 主演は、オダギリジョーさんと香川照之さんなんですが、そういう意味でこの映画のキーとなっているのは、(総出演時間は短いにしても)真木よう子さんだと私は考えるわけです。

 映画が終わったところからもう一度物語をたどり直してみると、猛の行動も、それを受け入れる稔も、どうかしていると思うし、自分の思い過ごしだったという方もそれで済まされる方もたまったものではありませんが、この映画の、最後まで観客を引き付ける力には並々ならぬものがあったと思いました。
 もっとも、混乱のうちに猛も稔もともに現実がそうだったと思い込んでしまったのか、猛が持ち前の傲慢さで兄を裁き、何でも諦めて受け入れる癖がついている稔がそれを黙って受け入れることにしたのか、映画本編の中でははっきりとは描かれていないのでわかりませんが……。

 物語のパターンとしては、「私が棄てた女」ならぬ「私が棄てた男」物語ということになるかと思います(ま、「私が棄てた女」でもあったんですが)。「私が棄てた女」とは、ある時、愛を誓いながらも、体裁や気の迷いからその女性を棄ててしまった男が、あとからその女性に対して罪の意識を持つ物語で、同名の映画やジュゼッペ・トルナトーレ『明日を夢見て』(1995)やタヴィアーニ兄弟『復活』(2001)など、これまで繰り返し映画や小説のモチーフとして採用されています。今回は、兄弟ではありますが、そのバリエーションとしての「私が棄てた男」なわけです。
 猛が智恵子にキスの仕方を教えるシーンがありましたが、あれは『明日を夢見て』からの引用だとも思ったのですが、単なる偶然でしょうか。

 事件の真実と、その時の心理状況を描いた作品としては、『羅生門』や『氷壁』が思い出されます。

 とっくりからこぼれた日本酒がズボンを濡らす、まな板の上の切られたトマト、置き忘れられたタバコ、その匂いを嗅ぐ智恵子、ガソリンスタンドでのたうつ水道のホース、居酒屋の鯛の目、ファミレスに置き忘れられた赤い風船……。各シーンで、登場人物たちの心情を示すかのように、さりげなく挿入された描写の数々も印象に残ります。智恵子の部屋のすぐ目が届くところに毅の写真集があるのだけはわざとらしくていただけませんが。

 残念なことは、せっかくオープン・エンディングにしておきながら(監督自身が書いたノベライズでもそうなっている)、♪うちへ帰ろう、などというBGMをエンディングに使うことで、全く台無しじゃないかと思ってしまいました。

 伊武雅刀の憔悴の仕方、新井浩文の心やさしさと許し、木村祐一の執拗さ等、他のキャストもなかなかよかったですね(田口トモロヲだけはミス・キャストだったような気がしますが)。

 西川監督にとって、『ゆれる』は第二長編であり、まだその才能は未知であるとも考えられますが、本作を観る限りでは、ミステリ・タッチの作品でも才能を発揮するように感じられました。次回作が期待される監督の1人になりましたね。

 *応援、よろしくお願いします。
 ↓ ↓ ↓ ↓
 

 *関連記事[今、ちょっと気になる真木よう子]

この記事へのコメント

2006年09月02日 18:59
おー、umikarahajimaruさんは、智恵子にスポットを浴びせて観られましたか。
男兄弟で、一人の女性が介入してくる、って、なんだか一番嫌なパターンだなぁと思いましたよ・・・。
一人の人間として甲乙つけられて見られがちな兄弟間なのに、さらに一人の女性の取り合いということになっては・・・嫌ですねぇ。
友達同士でも嫌です。女同士では地獄を見ますよ、兄弟なんて、いやはや、いやはや・・・。

あのホースや、風船の意味、居酒屋の鯛の目・・・なるほど、と思って読ませていただきました。
あのエンディングですが、そうですね、おっしゃる通りです。
ですが、自分としては、希望を持たせる気持ちで、ホッとしたのも事実でしたよ。あれが無かったら、どう捉えていたか、ちょっと違ったと思います。
umikarahajimaru
2006年09月02日 19:21
とらねこさま
コメント&TBありがとうございます。
「姉妹の法則」ってあるんですよ。姉妹が主人公の映画では、姉妹は必ず同じ男性を好きになるっていう。例外もありますけど、姉妹を主人公とする映画ではかなりの確率で、そういうことが物語の大きなモチーフとなるんです。女性を主人公とした場合、テーマが「愛」となることが多いので、必然的に姉妹の物語はそういう方向に進んでしまうんですね。
姉妹を主人公とする映画について、このブログのどこかに書いた気もしますが……。
2006年09月02日 22:01
TBどうもでした~♪
実生活で弟がいるんですけど、映画観終わってから彼が僕のことどう思ってるのかとっても心配になりました・・・
umikarahajimaru
2006年09月03日 01:40
はっちさま
コメント&TBありがとうございました。
女にもてる弟と女に縁の薄い兄、自由業の弟と実家を継いだ兄、東京で自由に暮らしている弟と山梨で慎ましく暮らしている兄……。
実はけっこうステレオタイプなんですよね、この映画。実際の田舎はもっとふてぶてしくたくましいですよ。
まあ、それはそれとして、前作も併せて考えると、監督は「兄」に対して特殊な感情を持っているみたいですね~。
2006年09月03日 09:52
TB有難うございました。
観ているこちらも「ああでもないし、こうでもない」と結構揺れ動く作品でしたね。
「私が捨てた男」的見方も面白いですね、確かに彼女の欲望が招いた事件ともいえるし。
あのスタンドは結局 新井浩文家族が継ぐことになるんでしょうかね(笑)
umikarahajimaru
2006年09月03日 13:19
マダムSさま
あ~、そうですよね。
新井浩文さんは、最初、「あれっ、こんな小さな役で出てるの?」と思ったら、後半でふくらみましたもんね。しかも、猛のことを恨むでもない。
心やさしいので、「稔さんが帰ってくるまでは自分がやらせてもらいます」なんて断った上で、実質的に彼が店を切り盛りすることになるんではないでしょうか。
てんてん
2006年09月04日 19:41
>実はけっこうステレオタイプなんですよね、この映画。実際の田舎はもっとふてぶてしくたくましいですよ。
この考えもステレオタイプのような
自分の出身地は過疎化が進んでて
とても、ふてぶてしくたくましくもありません
umikarahajimaru
2006年09月04日 20:32
てんてんさま
そういうことでもないですけどね。
別の例を引けば、例えば、「少年ジャンプ」の物語の典型は「努力・友情・勝利」と言われてますが、努力-怠慢、友情-確執、勝利-敗北という二項対立で見てみれば、その組み合わせにより、物語のバリエーションは限りなく考えられるということですよ。
映画『ゆれる』はそういう意味で、ステレオタイプの度合いが強く、小さな視野、小さな世界観で物語が紡がれているということです。まあ、必ずしもそれが悪いというわけではありませんが。図式的でありながら、それを超えようとしている部分がこの映画の魅力なのではないでしょうか。
私自身は、都会の人が、現実を知らずに言うような「田舎暮らしに対する幻想」は、肯定的なものであれ、否定的なものであれ、持っていないつもりですけどね。
2006年09月05日 11:16
>各シーンで、登場人物たちの心情を示すかのように、さりげなく挿入された描写の数々

とても効果的でしたね。
しかし、セックスシーンにガスのポンプが重なるのは、写真集とともに饒舌だと思いました。
umikarahajimaru
2006年09月05日 11:47
マダム・クニコさま
コメントありがとうございました。
そうなんですよね~。
でも、今、絶賛の嵐の中でこの映画にケチをつけることはタブーのようになってますよね。ちょっとこわい。
マダム・クニコさんの記事も何だか凄いことになっていて(いくつか断定表現があるでしょう?そこまで言っちゃいますか?と私は思うんですが。例えば冒頭部分とか)ちょっとこわかったですね~(笑)。
haiji
2006年09月09日 20:31
あやままさんのところからきました。
この映画を見たとき、何がなんだかわからないというのが正直な感想だったのですが、でも何かしら心には残ってて、それを上手く言葉で説明できないというもどかしい感が残ってました。

智恵子の方から観るとこうなるんだと興味深く読ませていただきました。
umikarahajimaru
2006年09月10日 15:51
haijiさま
わあ、凄いですねえ、あやままさんのネットワークは。
まあ、一般的には猛の方から、彼の心の動きを好意的に読み取ろうとする映画評が多いみたいですね。
コメントありがとうございました。これを機会にこれからもどうぞよろしくお願いします。
2007年03月03日 13:46
TBのお返しありがとうございました。
TBさせていただいたときに、うまく送れなかったと勘違いしてしまい、コメントを残さず申し訳ありませんでした。
智恵子の目線から書かれた文章、興味深く読ませていただきました。
umikarahajimaru
2007年03月03日 16:21
hyoutan2005さま
コメント&TBありがとうございました。
TBは、ブログによっては相性が悪くて反映されないこともあります。その場合はコメント欄にURLを残していただければこちらからも記事を辿ることができます。
映画『ゆれる』は絶賛の嵐のわりには、智恵子=真木よう子という切り口で書かれたレビューはほとんどなかったような気がしますね。
といいながらも、真木よう子さんはこの映画で山路ふみ子賞新人賞を受賞したわけですから、評価する人はしてるという感じでしょうか。
当ブログで書いた彼女に関する記事もすごくアクセス数が多いですね。
2007年08月03日 21:46
こんにちは。この映画はほめてある批評がほとんどなので、弱点もきっちり指摘してある貴記事、興味深く読みました。たしかに、監督の「青さ」もあちこちに見え隠れする映画でしたね。でも、心理描写はやっぱりすごかったなあと思います。TBさせていただきました♪
umikarahajimaru
2007年08月03日 23:10
ぴむさま
おひさしぶりです。
この作品は、かなり作りの粗い作品なんですが、世評はかなり高いですね。高すぎるくらい。
でも、真木よう子の再発見も含めて、いろいろ見どころはあったので、まあ、これはこれでよかったというところでしょうか。

ちなみに、この作品にからめて書いた真木よう子さんに関する記事は、現在当ブログのナンバーワン・アクセス記事になっています!
ほかにもいろいろ記事がある中で、なぜこの記事が!という気もしますが……。

この記事へのトラックバック

  • 『ゆれる』

    Excerpt: 監督:西川美和 CAST:オダギリジョー、香川照之 他 東京でカメラマンをしている早川猛(オダギリ)は、母の一周忌の為に帰省する。翌日、温厚で優しい兄の稔(香川照之)と幼なじみの智恵子.. Weblog: **Sweet Days** racked: 2006-09-02 18:52
  • 61.ゆれる

    Excerpt: 深くこころを揺さぶられる、出色の出来映え・・・オダギリジョーは、カッコイイばかりでなく、演技も本当に心に残るものだった。 Weblog: レザボアCATs racked: 2006-09-02 19:02
  • ゆれる 2006-39

    Excerpt: 「ゆれる」を観てきました~♪ 東京で写真家として活躍する猛(オダギリジョー)は、母の法事で山梨の実家に帰る。兄の稔(香川照之)が実家のガソリン・スタンドをついで、年老いた父(伊武雅刀)と暮らして.. Weblog: 観たよ~ん~ racked: 2006-09-02 22:00
  • ゆれる

    Excerpt: 脚本・監督=西川美和。『雪に願うこと』『間宮兄弟』に続いて、またまた兄弟を中心に置いた作品だが、心理ミステリーなのがポイント。母親の一周忌で帰郷したキャメラマンの弟、ガソリンスタンドの家業を継ぐ実直な.. Weblog: ようこそ劇場へ! Welcome to the Theatre! racked: 2006-09-03 00:54
  • 『ゆれる』

    Excerpt: 泣けた、とても・・ この兄弟関係に自分たちを重ねて共感し、 目頭を熱くした観客は多いと思う。。 レディース・デイだったからか、 それとも口コミで評判が広がったからなのか? 公開してもう一ヶ月近く経つ.. Weblog: Brilliant Days racked: 2006-09-03 09:43
  • 兄が内に秘めるモノ。弟が内に秘めるモノ。『ゆれる』

    Excerpt: 山梨の実家にあるガソリンスタンドを継いだ兄と、東京に出てカメラマンとして成功した弟の、ある事件をめぐる物語です。 Weblog: 水曜日のシネマ日記 racked: 2006-09-03 10:30
  • ゆれる

    Excerpt: ゆれる を見てきました。 わたしが見に行った回は夜の9時だったのに、 たくさんお客さんがいて、.. Weblog: wonderful music♪ racked: 2006-09-04 01:23
  • 『ゆれる』

    Excerpt: リアル度[:スペード:][:スペード:][:スペード:][:スペード:]      2006/07/08公開  (公式サイト) 緊迫感 [:ラブ:][:ラブ:][:ラブ:][:ラブ:]  満足度 .. Weblog: アンディの日記 シネマ版 racked: 2006-09-04 03:01
  • ゆれる

    Excerpt: 【映画的カリスマ指数】★★★★★  ゆれ堕ちた…その先にあるもの   Weblog: カリスマ映画論 racked: 2006-09-18 23:18
  • ゆれる

    Excerpt: 夏休みは大作、話題作ばかりだったので、 ミニシアター系の地味なやつが見たいと思い、 ちょうどあってたこの映画を見て見ることに。 原案・脚本・監督  西川 美和 出演  オダギリ ジョー.. Weblog: PLANET OF THE BLUE racked: 2006-09-19 16:04
  • ゆれる  @渋谷アミューズCQN

    Excerpt: ゆれる  @渋谷アミューズCQN  7月13日 企画:是枝裕和 原案・脚本・監督:西川美和 出演:オダギリジョー、香川照之、伊武雅刀、新井浩文、真木よう子、木村祐一、ピエール瀧、田口トモ.. Weblog: シュフのきまぐれシネマ racked: 2006-09-23 07:20
  • ゆれる  映画に心が揺れた!?

    Excerpt: ぷち情報 2006年7月8日 順次劇場公開 監督 西川美和 出演 オダギリジョー 、香川照之 、伊武雅刀 、新井浩文 、真木よう子 、蟹江敬三 『蛇イチゴ』で様々な賞を新人なが.. Weblog: ★☆★梅の役者生活★☆★ racked: 2006-09-28 03:19
  • 映画「ゆれる」を観る

    Excerpt: 『蛇イチゴ』の西川美和監督が兄弟を主人公に、家族のきずなや絶望からの再生を描くシリアスドラマ。旧知の女性が転落死したことをきっかけに、法廷で裁判にかけられる兄と弟の姿を見つめる。『スクラップ・.. Weblog: 酒焼け☆わんわん racked: 2006-10-29 13:36
  • 『ゆれる』

    Excerpt: あの橋を渡るまで、兄弟でした。     ■監督・原案・脚本 西川美和■キャスト オダギリジョー、香川照之、伊武雅刀、新井浩文、真木よう子、蟹江敬三、 木村祐一、田口トモロヲ、.. Weblog: 京の昼寝~♪ racked: 2006-11-14 12:25
  • ゆれる

    Excerpt: 出演 オダギリジョー、香川照之、伊武雅刀 ほか 母の一周期で帰省する。 猛(オダ Weblog: いろいろと racked: 2006-12-13 23:01
  • 「ゆれる」

    Excerpt: ワーナーマイカル(板橋)のアンコールシネマにて、見逃していた2006年話題の邦画「ゆれる」を観賞。監督は西川美和。出演はオダギリジョー、香川照之、真木よう子ほか。東京で活躍しているカメラマンの猛は、母.. Weblog: やまたくの音吐朗々Diary racked: 2007-03-02 02:05
  • ゆれる、ゆれる。

    Excerpt: 『ゆれる』(2006年・日本/119分)公式サイト『第28回ヨコハマ映画祭』2007年2月4日(日)横浜関内ホールにて鑑賞。以下ネタバレ「あの橋を渡るまでは、兄弟でした。」・・・本当に?本当に彼らは「.. Weblog: ひょうたんからこまッ! racked: 2007-03-02 09:45
  • ゆれる

    Excerpt: ゆれる 出演:オダギリジョー 監督:西川美和 時間:137分 公式HPstory東京で写真家として成功し、久しぶりに帰郷した猛は、実家に残って家業を継ぐ兄の稔、幼馴染の智恵子と近くの渓谷へと出かける。.. Weblog: playtcafe*cinema*art* racked: 2007-03-18 11:35
  • 奪うもの、奪われるもの。~「ゆれる」~

    Excerpt: いやもう、どんだけ待ち焦がれたかって。(笑) これだけはスクリーンで絶対見ようと思っててやっと行ってきました。 ゆれるオダギリジョー 西川美和 香川照之 バンダイビジュアル 2007-02-23売.. Weblog: ペパーミントの魔術師 racked: 2007-03-29 22:07
  • か細い橋は朽ちていなかった●ゆれる

    Excerpt: 「兄を取り戻す」 取り戻したのは、兄が弟を取り戻していた。 主人公のカメラマンである、弟の早川 猛(たけし)役には、 『激辛カレーを食べて、あなたは「辛い!」と怒ります?●SHINOBI.. Weblog: Prism Viewpoints racked: 2007-04-21 00:10
  • 橋の日/ ゆれる (06・日)

    Excerpt: 8月4日は「橋の日」。 Weblog: 毎日が映画記念日 racked: 2007-08-03 21:43
  • ≪ゆれる≫(DVDレンタル@2008/01/01)

    Excerpt: 元旦の昼は<バーミヤン> で食事した後にすぐ隣にあるレンタル店へ 今年一本目の映画に何を観ようかと悩んだ結果… ゆれる まぁ、暗めで正月っぽくはな.. Weblog: ミーガと映画と… -Have a good movie- racked: 2008-01-15 16:34