アルメニア・フィルム・セレクション 鑑賞記録

画像 会場のキャパからすれば、これ以上望みようがないと言うほどに好動員だったアルメニア・フィルム・セレクション。そのわりには、ネット上で鑑賞記録を書かれたりしている方はあまり多くはないようで、この映画祭にいらした方(年齢層はわりと高かった)にはブロガーは少ないのでしょうか。前回私が書いた「アルメニア映画について調べてみました!」の記事へのアクセスもさほど多くはありませんでしたし……。なので、今回はここで軽く「アルメニア・フィルム・セレクション」の鑑賞記録を残しておきたいと思います。

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 ◆上映作品に関する簡単なメモ

 『ナーペト』(1977年/ヘンリク・マリャン監督)

 トルコ人によって家族を殺されたナーペトがただひとり流れ着いたアルメニアの村で、やさしく受け入れられ、土地ももらい、新しく家族を形作っていく、という物語。家族が増えていく様子がたわわに実ったリンゴの樹とそこから落ちて次々川へと流れ流れていくリンゴの実によって象徴的に示される。
 ソ連内の各民族共和国で、あの当時に作られた他の映画と同様の民族色、地方色が色濃く感じられます。未来に対して(最終的には)楽観的であり、「ソ連のイデオロギーに対する賛歌」(レーニンへの賛辞)という部分も垣間見られるのは、当時の政治的配慮、なのでしょうか。

 『リターン・トゥ・ザ・プロミスト・ランド』(1991年/ハルチュン・ハチャトゥリヤン監督)

 字幕なしの作品。冒頭に出てくる文字がタイトル・ロールの一部かと思っていたら、映像に対する説明のインサート(アルメニア語に英語が併記されている)だったので、うっかり見落としそうになり、出だしからちょっとあせってしまいました。

 [物語] 1988年にアルメニアであった大規模なデモとその鎮圧による犠牲者らしい人の姿、続いて大地震で家が倒壊し、家族を失って嘆く人の姿、が示される(ここまではドキュメント映像)。
 主人公は、(そうした町から逃れて)まだ雪の残る荒涼とした高地に家族(妻とまだ小さい娘)とともにやってくる。廃屋に住み、荒地を耕し、牛も飼う。牛が出産するが、彼にも第二子ができる。季節がめぐり……、(収穫祭か何かに)大道芸人がやってきて、綱渡りを見せる。人々はにこやかに興味津々でその様子を見つめる。
 (また季節がめぐって?)夜、“野焼き”(?)の火がゆっくりと広がっていく。

 アルメニアがまさにソ連から独立しようとしている、ちょうどその頃に作られた作品で、アルメニアという国とアルメニア人の現在・過去・未来を象徴的に示した記念碑的な作品、ということになるようです。
 物語的には、新藤兼人『裸の島』(1960)を連想させたりもします。
裸の赤ん坊を何枚もの布で包んで蓑虫状にし、寝かせる様子、アクロバティックな綱渡り師の演技(綱の上で両足をバタバタさせてみたり、子どもを背負ったまま綱渡りしたり、綱渡りしている両足からロープをぶら下げ、ループになっている部分にブランコのように子どもを乗せてみたり等)が、とても印象的。

 『カレンダー』(1993年/アトム・エゴヤン監督)

 カレンダー用の写真を撮るためにアルメニアにやってきて、アルメニアの教会の写真を撮っているカメラマンのパートと、出来上がったそのカレンダーがかかっている部屋で女性と食事している男性(アトム・エゴヤン)のパートで構成されます。

 当映画祭のパンフレットにアトム・エゴヤン本人による作品解説があり、それを読んで監督の意図を知って、な~るほどと思ったりもしますが、解説を読まないとわからない映画っていったい……?と思ったりします。解説されてもまだわからない部分が残ったりもしますし。“アルメニア・パート”のカメラマンがもう1つのパートで出てくる男性(アトム・エゴヤン)であるということは、彼がその部分で画面に映り込まないとわからないし、“部屋のパート”で食事の途中でどの女性も電話を貸してくれと言って席を立つというのもちょっと意味(意図)がわかりません。

 まあ、それはそれとして、監督による解説では、①アルメニアに生まれ育ったアルメニア人と、②(ディアスポラの結果、祖国を追われつつも)他国で形成されたアルメニア人社会で生まれ育ったアルメニア人、③アルメニア社会とは全く無関係に国外で生まれ育ったアルメニア人、という3者の意識のズレを描いた作品で、②を私生活でもアトム・エゴヤンのパートナーであるアルシネ・カーンジャンが演じ、③をアトム・エゴヤン自身が演じています。
 この映画は、ベルリン国際映画祭で上映されて、賞をもらったりしていますが、コンセプチュアルな映画を評価する傾向にある、ベルリン国際映画祭ならではだと思いますね。

 『神よ、あわれみたまえ』(1996年/ヴィゲン・チャルドゥラニヤン監督)

 映画が撮れず、お金もない映画監督を主人公とした物語で、アメリカで映画を撮らないかという誘いがありながらもそれには応じない彼は、事件に巻き込まれたりしつつ、やがて希望を失い、知人たちの前から姿を消してしまう。――比較的わかりやすいものだったはずのストーリーは、現実なのか、誰かの幻想なのかというシーンが挿入されるに伴って非現実感を増し、また、物語の途中で「映画に出たい」という女性が現われ、「それならあいつらに言え」とばかりに主人公がこの映画を撮影しているスタッフを指差すなど、フィクションとしての物語の境界すら曖昧にさせてしまいます。オープニング・シーンとラスト・シーンもちょっと不可解なシーンでした。

 [オープニング・シーン] 撮影所のドアをたたく男。中ではSF風の作品が撮影されていて、ガスマスク姿のたくさんの人物がいて、大きな玉が転がされてくる。大きな玉と見えたそれは、レーニンの頭像に変わる。その映像は、テレビのディスプレーの中に納まり、そこで、タイトルが出る。タイトル以降、映画監督である主人公の物語が始まる。
主人公は木にロープで首を吊ろうとしていたが、邪魔が入ってその場から逃げてしまう。そのままロープを手に歩いていると、トラックで果物を運んでいる男から荷をくくりたいからそのロープを譲ってくれと言われて、譲り渡してしまう。

 [ラスト・シーン] 主人公の男友だちが、バスの中で、この辺で金をばら撒いていた男がいたというのを聞いて、ハッとしてバスを降りる。
 彼がいる部屋を見つけた男友だちは、喜び勇んで、シャンペンでも買ってくると言って、でかけるが、戻って来てみると、彼は首を吊っている。
 ゆっくりと人形の動きが止まるイメージ。
 扉が開くと外は荒野。止まっているバスはエンジンをかけていて、今にも出発しそう。
 そのバスを遮るようにして機材車のような車が出て行き、バスがそれに続く。
 その後に車椅子(?)に乗った男(主人公?)が取り残される。
 暗転。エンド・ロール。

 物語の中で、男友だちが連れてきたロシア人女性と、男2人女1人というトリュフォー的というか『ドリーマーズ』的というか、な状況が訪れます。それは、この映画の中で(主人公にとっても)唯一ハッピーなシーンであるのですが、やはりチャルドゥラニヤン監督によるトリュフォーへのオマージュなのでしょうか。

 『ドキュメンタリスト』(2003年/ハルチュン・ハチャトゥリヤン監督)

 「石切り場」「産院」「物乞い」「物乞いたちの祝祭」「孤児院」「亡命者たち」「ドッグ・シューティング」というパートに分かれ、ハルチュン・ハチャトゥリヤン自身が演じる映画監督がスタッフとともにドキュメンタリー映画を撮影していく様子が描かれる。
 撮影されている“映画内映画”がどんなものであるかははっきりとは描かれていないが、「過酷な現実世界での“生”」(赤ん坊、物乞い、受刑者、孤児、亡命者等)と「死」(亡命者、ドッグ・シューティングで殺される犬、死産で生まれてくる赤ん坊等)とが対比が色濃く出たものに感じられる。
 ただし、「物乞い」のパートで、家族がバラバラになっている物乞いの少年が話した後、涙を流せと監督が“演出”しているシーンが挿入され、それが、この映画の持つ“現実感”を曖昧なものにしていく。

 『マリアム』(2005年/エドガル・バグダサリアン監督)

 [物語] 聾唖学校で教師をしているマリアムは、予知夢が見え、自分にささやきかける声が聞こえるようになる。そういうことが起こる直前には光が見え、ガラスが割れたりもする。彼女は精神科医のサムエルに相談するが、彼は統合失調症ではないかという仮の診断を下す。もしそんな声が聞こえるならテープに録音して来いという彼に躊躇していたマリアムだったが、最終的にはそれに応じ、今は開けないでくれといってホチキスで止めたメモを渡す。
 一方で、既に30代になっているマリアムは人工授精で子どもを生むことを検討している。
 サムエルは、マリアムのことを仲間に相談してみたりもするが、自分の診断が正しいのかどうかという疑念がつきまとう。マリアムが持ってきたテープには確かに人の声らしきものが録音されていて、それは彼の母の声にように聞こえる。サムエルが母に会いに行った直後に母は他界。サムエルは、マリアムが母の死を予言していたのかと驚き、ふと気づいて以前にもらったメモを開けると「ご冥福をお祈りします」と書かれてある。
 サムエルは、こっそり向かいのビルからマリアムのことを観察するようになる。
ある日、サムエルは彼女が部屋の中で倒れているのを発見し、部屋のドアを蹴破って彼女を病院に運ぶ。マリアムは病院で赤ん坊を産む。

 映画の中で、何度も、世界の不安定な政治情勢(特にイラク)をテレビが伝えているのが映し出されていて、こういう時代に人々はどう生きていけばいいのか、正常(健常)とはどういうことか、など、この映画は「心とコミュニケーション」について問題にしているように思えます。どこか大江健三郎の諸作品を思い出させると言ってもいいかもしれません。

 マリアムがテープを渡す代わりにサムエルに短いメモ(ホチキスで閉じたものとは別のもの)を渡すシーンがありますが、そのメモが開かれた時、何と書かれていたのかは字幕には出ません。それがちょっと気になりました(字幕は画面下に英字幕、画面右に日本語字幕が配されていて、日本語字幕は英字幕を元に作られたもののようで、英字幕が出ていないその部分には日本語字幕もついていないのでした)。

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 ◆今回のセレクションについて
 
 これらの作品を観て感じるのは、どうみてもこれらすべてがアルメニア国民が観て楽しむために作られた作品なのではないんじゃないかということで、それがまず最初に気になったところでした。それじゃあ、これらはいったいどういう作品群なのか?
 別に、ヒットねらいの作品でなくても全然かまわないのですが、商業公開されないような映画であるのなら、これらは何を目的として、どういう興行形態で公開された作品なのか、というが気になるということですね。いくつかの作品に関しては、どうも国内の映画ファンにすら想定としておらず、国外の映画祭向けに作られた作品なんじゃないのかとか、そういう印象すら受けます。

 そんな疑問に対するケアをすべく、今、アルメニアにおいて映画はどういうことになっているのか(映画館はどのくらいあり、どういう映画が公開され、その中でアルメニアはどういう受け入れられ方をしているのかとか)ということに関して、映画祭のパンフにでも解説が欲しかったのですが、こういうことにまで気がまわらなかったのか、(日本で初めてのアルメニア映画祭であるわりには) パンフにはそういう情報は一切記載されていませんでした。
 ひょっとすると、アルメニア映画はまだ黎明期で、作る側も観る側も映画に対して自覚的な一部の層だけ、ということなのかもしれません。そう見えるのは、今回のセレクションがそういうものばかり集めたからという可能性もありますが。

 とはいうものの、『ナーペト』『リターン・トゥ・ザ・プロミスト・ランド』『ドキュメンタリスト』を縦軸にし、『カレンダー』を横軸にしてみると、ここ30年くらいのアルメニアの歴史と現在の状況が見事に浮かび上がってくることに気づかされます。そういう意味では、本映画祭はアルメニアという国を知るためにはなかなか面白いセレクションだったと言えるかもしれません。

 「映画」や「アルメニア人としてのアイデンティティ」に関して描いた映画ばかりの中にあって、唯一『マリアム』だけはオリジナルの物語や作品世界を伝えようとしている現代の物語作家の作品であって、こういう作品であれば一般の劇場でも上映できるし、また、こういう作品が増えていくことでアルメニア映画も成熟していくことになるのではないかと思われます。

 前回の私が調べた段階では、あそこまでしか私は辿りつけなかったのですが、1996年にはアルメニアにも国際批評家連盟の支部が作られ、アルメニア映画に関するデータベース化が進められ、2004年には、ハルチュン・ハチャトゥリヤン監督らを中心として、イェレヴァン国際映画祭も開催されるようになったようです(第1回のグランプリ(ゴールデン・アプリコット)は『アララトの聖母』)。
 
 アルメニア映画のデータベース Armenian Cinema:http://www.arm-cinema.am/index.htm
300本以上の劇映画、1000本以上のドキュメンタリー、100本以上のアニメーションが紹介されています。

 イェレヴァン国際映画祭の公式サイト:http://www.gaiff.am/en/

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 ◆映画祭の作られ方

 ちなみに、アテネ・フランセで金曜日に4作品、土曜日に4作品、アップリンク・ファクトリーで土曜日に5作品の上映で、ざっとのべ1200人の客入りでしょうか(アテネ・フランセの6回の上映がほぼ満席、2回の上映がほぼ50%の入り、アップリンク・ファクトリーでの上映がすべて満席近い入りとし、前者のキャパを150人、後者を80人として計算しました)。1回券が前売りで800円、当日券で1000円、3回券が前売りで2200円、当日券で2800円なので、1人1回900円平均として、総額108万円というところでしょうか(あくまで私の推察ですが)。
3日間で100万円以上得られるならけっこういい商売ではないかということにもなりそうですが、例えば、日劇1クラスの劇場であればたった1回の上映でそのくらい稼げてしまうわけで、単にお金を儲けることを目的とするならば、労多くして実りが少ないというのが映画祭というやつなんですね。
 また、上映権に関わる費用、DVDやビデオの輸入費、(国内にある2本の作品の)フィルム・レンタル費、字幕翻訳&字幕製作に関する費用、会場の使用料、ポスター&チラシ&チケットの制作費、映写技師に対する経費、講演者への謝礼、そして作品セレクションまでにかかった経費……。パンフ制作費は別会計とし、さらに、スタッフ(5人くらい?)の人件費を一切無視しても、お金なんか残りそうにありません。頼れるスポンサーでもつかないかぎり、(今回のような)比較的うまくいった映画祭でもやっぱり利益は出ない、という勘定になります。

 なんでこんなことを書くかというと、この映画祭が「映画上映専門家養成講座[シネマ・マネジメント・ワークショップ]」の実習企画でもあるからで、たくさんある映画の中から何を見せるか、どう見せるかということに興味がある私にとっては、実に面白い試みでもありました。
 どうやってこの企画が立ち上がり、実現に向けて動いていったのか、(ブログか何かで)随時公表していってくれれば映画祭自体にも興味をそそることにもなるし、また、映画祭の次の展開や後進のために役に立つのに、と私は思ったのですが……。
 ロードショー期間中に映画館で観なくても、ちょっと待てばDVDで好きな時に観られるようになるという時代に、何をどう観せればお客さんが来てくれるのかというのはとても大きなポイントになりますよね(何を観せるかよりも、観せたい作品の方が先にあるという場合もあるでしょうが)。「BOW30映画祭」なんかの盛況を知るにつけ、そういう思いはいっそう強くなります。

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この記事へのコメント

2006年08月23日 21:32
こんばんは、TBありがとうございました。
私は一回しか行けませんでしたが、お客さんよく入っていましたね。
でも確かに、どういう意図で選出された作品なのかがいまひとつわからなかった気はしました。コンセプトというか。

>ロードショー期間中に映画館で観なくても、ちょっと待てばDVDで好きな時に観られるようになるという時代に、何をどう観せればお客さんが来てくれるのか
確かにその辺は、いち映画ファンとしても気になります。
アルメニア映画祭にこんなに人が来るんだ、とちょっとびっくりしたので。皆何を求めて来ているんだろうな、と。自分もその一人なんですが(笑)
umikarahajimaru
2006年08月23日 21:57
わかばさま
コメント&TBありがとうございました。
ラインナップの中に、アトム・エゴヤンとパラジャーノフが入っていたのが潜在的観客の興味をそそり、動員に効果的に響いたと私は考えるのですが、どうでしょうか? それにしても観客の年齢層は高さには驚かされたのですが。
2006年08月24日 22:31
こんばんは。
年齢層の高さは私も感じました。
「ロシア・ソビエト映画祭」「ソビエト映画回顧展06」もちょこちょこ行きましたが、同じく年齢層が高いなと感じました。
関係ないかもしれませんが、最近たまたま母と話していて、母の若い頃(50~60年代?)って労働運動が盛んで、そういう人は共産主義寄り?で、ソ連は憧れの国だったんだそうです。そういう世代の人は、またソ連やロシア関連に対する想いが違うのかもなーなんてちょっと思いました。(的外れかもしれませんが)
エゴヤン&パラジャーノフのネームバリューももちろんあったと思います。

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