衝撃的なラストシーンて何なのさ 映画『隠された記憶』

 何かと話題の映画『隠された記憶』。

 まずは、信頼すべき映画評論家のレビューの引用から紹介してみたいと思います。
 引用元は、http://rogerebert.suntimes.com/apps/pbcs.dll/article?AID=/20060112/REVIEWS/51220007/1023
 シカゴ・サン・タイムズ、ロジャー・エバートの映画レビュー、2006年1月26日の記事です。拙訳なので、ちょっと怪しいところもありますが、「?」と思ったら原文に当たってみてください。

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 ミヒャエル・ハネケの『隠された記憶』のオープニング・ショットは、パリの裏通りにあるタウンハウスの正面を映し出したものだ。クレジットが出るとともに、その通りのありふれた日常がスタートする。それから、私たちは、この場面がビデオを映し出したものであり、アンとジョルジュ・ローラン夫婦(ジュリエット・ビノシュとダニエル・オートゥイユ)がそれを観ているのだということを知る。そのタウンハウスは彼らの家だったのだ。彼らには、誰がそのビデオを撮り、何故彼らの元に送ってきたのかが皆目見当がつかない。

 こうして本作は、非常に効果的なやりかたで観客を困惑させ不安にさせる始まり方をし、誰かに見られているという単純な事実がいかに快適な生活を動揺させるのかを示していく。ジョルジュは、本に関するテレビ番組のホストをしている。そう、フランスでは、観客が観ている前で知識人が本について議論するという番組があるのだ。ジョルジュとアンは、息子ピエロ・ローラン(レスター・マクドンスキ)とたくさんの本が並ぶ家で暮らしている。ピエロは、10代で、いまどきの10代のように、不満があってもなくても不機嫌でよそよそしく見える。

 別のビデオが送られてくる。そのビデオには農家が映っているが、それはジョルジュが子ども時代に家族で暮らした家だ。彼らが受け取るビデオは、すべて同じスタイルを取っている。すなわち、離れたところにカメラがあって、ただ写しっぱなしにしているだけだ。映画の中の多くのショットも同様にして撮影されているので、映画『隠された記憶』自体が、送られてきたビデオそのものであるようにも見える。カメラ位置も変わらず、動かず、編集もされず、ビデオが何を主張しようとしているのかはわからない。いや、たぶんずっと同じ主張をしているのだ。つまり、おまえたちのことを見ている人間がいることを知って欲しい、ということだ。

 また別のビデオが届く。それでは、カメラが郊外の通りを下って、ある建物に入る。ジョルジュは、ビデオを静止させて、通りの名前を読み取る。彼は、ビデオと同じ道順をたどって、あるアパートの前に立つ。中にいるのは彼が知っている誰かである。しかし、この人物(それが誰であるのかは私は言いたくない)は、警告ビデオの作者であるとは思えない。

 ジョルジュはこの訪問の結果を妻には話さない。また別のビデオが届く。今度は、彼がアパートの住人と話しているのが映し出される。ジョルジュとアンは激しい口論をする。アンはジョルジュのことが信用できない、と感じる。ジョルジュは、その人物が誰であるのか彼女に話さなければならないが、そうしない。わけあって、それができないのだ。彼女はビデオによって脅されていると感じ、彼女が知る必要があるはずのことを夫が隠しているという理由でも脅える。ジュリエト・ビノシュは、夫から裏切られたという思いで怒りに震える妻を演じ、ダニエル・オートゥイユは、秘めた思いを誰にも話すことができず、自分を追い込んで、孤立してしまう夫を演じている。

 ともかく彼らは生活を続ける。ジョルジュはテレビ番組に出、息子は学校に行く。食事会があって、そこで犬についての話が出る。それは彼に何かを思い出させるが、彼は何とか食事会を続け、次回の約束をして解散する。ジョルジュは母親に会いに行く。彼は、少年時代、1961年に起こったことについて尋ねる。母親は彼に何があったのかと訊く。彼は何もないと言うが、母親は見抜く。彼女は息子のことをよく知っているし、何かが起こったということがわかったのだ。

 私は、意図して、多くの事柄に触れていない。それは、『隠された記憶』を通して得られるものを直接映画を通して体験してもらいたいからだ。例えば、背景の中で起こっているテレビのニュースと、ジョルジュの過去のできごとの間には関係がある。ビデオの謎が解かれ、説明され、意味がわかるようにしてもらいたいと思うだろうが、それはたぶんかなえられないだろう。奇妙なことがある。いくつかのビデオでは、カメラは立ち位置がわかるところから撮影しているが、どこから撮ったのかわからないものもあるのだ。

 『隠された記憶』が2005年のカンヌで上映された(監督賞を受賞した)時、英語題は“Hidden”だった。それは原題“Caché”よりもいいかもしれない。英語にすれば同じ意味かもしれないが、“Caché”だともっと曖昧なのだ。映画では、カメラは隠されている。ジョルジュの生活が始まり、彼が知っていることのいくつかは、妻には隠される。息子は両親に秘密を持ち続ける、などなど。映画は、もしローラン家の人々が、誰かが彼らについて何かを知っていて、誰かが彼らのことを見ていると知らなかったなら、快適な生活を送っていたはずだと言っているようにも見える。

 映画のラスト・ショットは、他のショットと同じように、カメラは据えっぱなしで動かない。建物の出口の階段のところで起こっていることを映し出しているだけだ。たくさんの人が動き回っている。人々が集まっているところより手前に背中を向けている人物がいる。真ん中の右側だ。そこは、基本的な構図のルールとして、このショットで映し出されるものがすべて同等であるなら、自ずと目がいくところである。多くの観客は、このショットでもう1つの要素があることに気がつかないかもしれない。もしこれからこの映画を観る予定なら今このレビューを読むのはやめて、後で読むのに取っておいた方がよい……。

 ……よく観るとスクリーンの左側上方に向かい合って話をしている2人の人物が見える。私たちは2人が誰だか見分けることができるが、彼らは知り合いであるはずがないし、何故会っているのかも見当がつかない。彼らはどうやって知り合ったのか?彼らのこれから行動がそれを教えてくれるのだろうか?それが何かを説明することになるのだろうか?まだほかにも、答えのない問いがあるのだろうか?『隠された記憶』は底なしの陰謀が仕組まれた映画である。「魂の探究なき生活は人間にとって生甲斐 なきものである」とソクラテスは言っている。魂を探求する生活はある種の不安をもたらすのだ。

 カンヌで『隠された記憶』が上映された時、問題が解決されていないと非難した批評家がいた。私は、この映画が観る者を宙ぶらりんにするのが目的の映画なのだから、これはこれできちんと完成されていると思う。ビデオの謎を解くのが目的ではなく、被害妄想をあぶり出し、自分たちが作り出したものに疑いの目を向けさせるのが目的なのだ。もし映画の終わりのシーンで誰がビデオを送ったのかとかその理由とかをはっきりさせていたら、つまらないものになっていただろう。私たちは、登場人物たちが感じたようなものと同じ感情を抱いたままほったらかしにされるのだ。顔のない観察者によって、不安にされ、侵害され、覗き見され、取り囲まれる。不可解なラスト・シーンが説明なしで提示されることで、新たな憶測が広がる。それもまた解決しないし、決着もつかない。ジョルジュの昔の秘密は、罪という名の蔓を伸ばして次の世代へと受け継がれていくのだ。

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 世界中の映画人から篤い信頼を寄せられるロジャー・エバート。
 正直なところ、ロジャー・エバートだって、思い違いや記憶違いがけっこうあるので、私個人は必ずしも絶対的な信頼を寄せているっていうわけではありませんが、やっぱり世界中の映画人から篤い信頼を寄せられているだけのことはあって、「さすがにうまいこと言うなあ」と思わされたりすることも多いわけです。

 日本の配給会社では、「ラストカットに全世界が驚愕」などとヘンに強調していて、それはどうなのかなあと思っていたのですが、どうやら、その元ネタはこのロジャー・エバートの映画評なんじゃないかっていう気がしますね。私が見たところでは、他に「ラストカット」について言及している映画評論家はいないようだし、日本の映画会社が海外での映画評のチェックする際にロジャー・エバートの映画評を読まないということはまず考えられませんし。

 ラストカットが驚愕すべきものなのかどうかはわかりませんが、意味深なことは確かでどうやら、マジッドの息子がピエロを伴って歩み去る様子が映っていて、それが不吉な未来(悲劇がまた別の悲劇を呼ぶという)を予感させ、それゆえに「驚愕すべきラストカット」とされていることのようです(2人が組んでビデオを撮っていたんじゃないか、という説もあるみたいですが)。といいつつも私自身はそんな宣伝文句など知らずに観て、意味ありげな長回しだなあ、と思って目を凝らして観ていただけで、何が起こっていたのかは実際のところよくわかりませんでした。まあ、気づかなくてもどうってことはないし、気づいた人だけが面白がれるというようなハネケのいたずらのようなものなんじゃないかと私は考えますね。

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 で、犯人は誰だったのか?
 この映画では、「盗撮ビデオ」を使って、「おまえのことはいつも見ているぞ」「おまえが昔やったことは忘れてないぞ」と言って、主人公たちを恐慌に陥らせるわけで、それはまるで映画『ラストサマー』みたいですが、その盗撮(のいくつか)は、誰にも気づかれないようにするには、どう考えても物理的に不可能なものです(そのことはロジャー・エバートも指摘しています)。

 常識的に考えて、ああしたビデオを撮影することは物理的には不可能であるということを素直に認めるかどうかでこの映画に対する受け入れ方は違ってきますが、私はその「常識」に従いたいと思います。その「常識」に従うところからしか、先へは進めませんし。

 つまり、“犯人”は、……物語の中の登場人物ではなくて、物語とは別の次元の存在、すなわち“神”、もしくは、この映画に“神”として君臨する存在、監督ミヒャエル・ハネケ、ということになります。

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 自分の作り出した物語に、作者が別の次元から介入して、物語や登場人物をいじくり倒す。実験的な手法を使う小説やメタ・ミステリにはよくある手法ですが、映画でこうしたことをする人はあまり多くはないようです。そういう小説では、逆に、登場人物がそうした作者に逆らおうとしたりもしますが、それもまた作者によって牛耳られていたりするわけで……。
ハネケ作品では、かつて『ファニーゲーム』にもそうした試みがありました。

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 主人公たちは、自分たちの生きている世界(パラダイム)では理解しようのない出来事に巻き込まれているわけで、そういう意味では、この映画は“不条理もの”ということになってきます。そういえば、ハネケ作品には、カフカの『城』の映画化作品もありましたよね。

 「ビデオの謎を解くのが目的ではなく、被害妄想をあぶり出し、自分たちが作り出したものに疑いの目を向けさせるのが目的なのだ」。そう、ロジャー・エバートは書いていますが、以上のように考えてくると、映画『隠された記憶』のコンセプトは、ジョルジュを不条理な世界に追い込むことで、ジョルジュを通して、彼が代表するようなフランス人(観客)にとっての「やましい過去」を挑発的にあぶり出す、というところにありそうです。
 この作品が、カンヌで評価されたのは、こういった試みとコンセプトなのではないでしょうか。

 [日本で公開されたオーストリア映画]

 [オーストリア映画ってどんな映画?]

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この記事へのコメント

2006年05月28日 19:10
ほほぅ、なるほど。
色々なブログで色々な推理がなされていますが、これはまた面白いですね。
また観たくなってしまいました。
上映館が少なすぎなのが恨めしいです。
うーん。
2007年06月17日 19:25
これはつまり、「犯人になれる映画」ってことですか?
「観客」の視点、つまり「犯人」の視点を通して話が進むってことでしょうか?観客は話が進むにつれて「ああ、このビデオを送ったのは自分なんだ」「カメラを仕掛けたのは自分だ」「彼の過去を知ってしまった」・・・ということに気づく。
動機のない、意味のない犯罪をさせるには他でもない第三者の「観客」ということかなあ・・・なんて思ったりしました。それでも謎は残るんですが。

無理がある浅はかなコメント、失礼しました。
umikarahajimeru
2007年06月22日 20:58
う~ん。さま
コメントありがとうございました。
「犯人」の視点を通して話が進むのではなく、登場人物が、物語の創造主=監督の意思に翻弄されながら話が進む、というのが私の解釈ですね。まあ、「犯人」は誰かと言えば、監督以外にはいないので、“「犯人」の視点を通して話が進む”というのもあながち間違った解釈ではありませんが。

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  • 『隠された記憶』

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  • 隠された記憶

    Excerpt: 2005年 フランス・オーストリア・ドイツ・イタリア 2006年4月公開 評価: Weblog: 銀の森のゴブリン racked: 2007-03-03 13:05
  • mini review 07050「隠された記憶」★★★★★★☆☆☆☆

    Excerpt: カテゴリ : スリラー/サスペンス 製作年 : 2005年 製作国 : イタリア オーストリア ドイツ フランス 時間 : 116分 公開日 : 2006-04-29~.. Weblog: サーカスな日々 racked: 2007-05-20 13:21