桐野夏生 vs 阪本順治 『魂萌え!』

 桐野夏生さんと阪本順治監督とは、共にお互いの仕事にも注目し合っていて、実際に何度か接点もあったようなので、いつか桐野さんの原作を阪本監督が映画化することもあるだろうなとは思っていたんですが、この度、阪本監督が桐野さんの小説を映画化することが発表されました。作品は『魂萌え!』

画像

 え~、なんで『魂萌え!』? 桐野夏生さんの小説のファンだったり、コンスタントに阪本作品を観てきた者としては、作品が違うんじゃないかという気もするんですが、そう思うのは私だけでしょうか。アウトローばかりを描いてきた阪本順治がなぜ (日本における中高年女性の現在とその再出発を描いている) この小説を……?

 私が桐野夏生作品で最も映像化を期待したいのは、『グロテスク』ですが、人物関係が入り組んでいるし、長い。阪本監督だったら、『光源』でもいいし、『玉蘭』もある、『柔らかな頬』や、『残虐記』『I’m sorry,mama.』でもいいのに、なんで『魂萌え!』なんでしょうか?そもそも『魂萌え!』は阪本監督の得意としているような“アクション”(=視覚的に動きで見せる部分)よりも、新しい出会いや登場人物どうしの思いをぶつけ合うことで変化していく主人公の内的な側面を描いた作品であるのに……。

 1つ考えられることは、阪本監督にとって、『魂萌え!』が『亡国のイージス』に続く作品になることで、前作が男だらけの作品だったから、今度は女性を描く作品に挑戦したかったのではないか、ということ。
 もう1つは、製作がシネカノンを中心にした製作チームで、シネカノンによって全国公開されることが既に決まっている――ということからの想像なんですが、『ぷりてぃ・ウーマン』を手がけたシネカノンが、また中高年の女性をターゲットとした映画を作りたいと考えて、企画を練っていたところにこの作品が候補として浮上してきたのではないかということ、です。

 プロデューサー発信の企画なのか、監督本人から出た企画なのか、近日中に記者会見があるみたいなので、ある程度はそれではっきりすると思うのですが……。シネカノンが製作記者会見をすること自体珍しいので、かなり力が入っている作品ということのようです。
ちなみに、現在発表されているキャストは、風吹ジュン、三田佳子、加藤治子の3人(これも私のイメージとは大分違うなあ~)で、2007年初春、シネカノン有楽町、渋谷シネ・アミューズほかにて全国ロードショーの予定だそうです(←ひょっとしてもう既に2007年お正月映画くらいまではプログラムが決まっていたりするということでしょうか?)。

 ◆『魂萌え!』主な登場人物

 ・関口敏子:59歳で夫を心臓麻痺で亡くす。いつも自分を一番最後に考えてしまうタイプ。夫の死後、夫に愛人がいたことを知る。

 ・関口隆之:敏子の夫。光学器械のメーカーに勤めていたが、3年前に定年退職。心臓麻痺で急死。享年63歳。

 ・関口彰之:敏子の長男。35歳。都市銀行に勤めながら、音楽への未練が捨てきれず、仕事を辞めて渡米。しかし、音楽では食えず、古着の卸売業を始める。LAで知り合った由佳里と結婚し、4歳と2歳の子がいる。この機会に帰国しようかとも考えている。

 ・関口由佳里:彰之の妻。実家は千葉で運送業を営む。元ヤン。

 ・関口美保:敏子の長女。31歳。就職したことはなく、2年前に家を出て、現在はコンビニでバイトしている。兄夫婦が帰ってきて、家を自分のものにしようと言うなら、自分と恋人のマモルが敏子と同居した方がいいんじゃないかと言い出す。

 ・マモル:美保の恋人。5歳年下。美保と同じコンビニで働く。

 ・山田栄子:敏子の友達、仲良し4人組(高校時代の同級生) の1人。40代で夫を亡くすが、元々資産家の娘でもあり、子供もいないので、生活には困らず、自由を謳歌している。派手好き。ヘビー・スモーカー。敏子が息子夫婦に好きなようにされるのではないかと心配し、同居をとどまるように言う。ホセ・カレーラスの後援会に入って世界中を飛び回っている。強引なところもある。

 ・西崎美奈子:敏子の友達、仲良し4人組の1人。定年退職した夫は再就職している。30代の未婚の娘2人と息子1人がいる。家族思いで、敏子とは一番仲がいい。マイペースで仕切り役に回ることが多い。

 ・江守和世:敏子の友達、仲良し4人組の1人。息子が海外に行ってしまい、戻らないので2歳年下の夫ときままな生活を送っている。自宅の1階でセレクトショップを開いている。物静か。

 ・今井:隆之が通っていた蕎麦打ち教室の先生。69歳。元銀行マン。妻を脳梗塞で亡くしている。

 ・伊藤昭子:隆之の愛人。元は隆之の職場の社食で働いていて、隆之と知り合う。現在は娘夫婦と開いた蕎麦屋で働いている。年齢は敏子と同じくらいか、少し上。

 ・宮里:カプセルホテルに長逗留している老女。76歳。夫は飲食店のチェーンをしていたが、輸入健康食品の仕事を始めた甥の保証人となったことから破産。その後、夫も病死。現在は自分史を原稿に書いている。

 ・野田:カプセルホテルのマネージャー。48歳。敏子が少し好意を寄せる。

 ・塚本:隆之が通っていた蕎麦打ち教室の仲間。元デパートの営業部長。67歳。やり手の遊び人。何かと気遣いのできる塚本に敏子も好感を持つ。

 ・小久保:隆之が通っていた蕎麦打ち教室の仲間。リゾート会社社員だったが、倒産して仕事を転々とする。若作りをしている。61歳。敏子に興味があるらしいが、敏子は煩わしく感じる。

 ・辻:隆之が通っていた蕎麦打ち教室の仲間。高校の国語教師。57歳。

 ・伊藤昭子の娘

 ・カプセルホテル留守番の女

 ・水野:カプセルホテルの経営者。

 ・久志:由佳里の兄。父とともにタチバナ運送を営む。

 ・加納:立川市役所生活福祉課職員。

 ・柴田夫人:左隣の隣人。夫婦双方が実親の同居問題を抱えている。

 ・西泉佐和子:敏子がデパートのカフェテラスで知り合った女性。62歳。シニア向けの投稿雑誌の編集をしている。夫は戦記作家。

 主役の敏子が風吹ジュンで、栄子役が三田佳子(ちょっと年が合わない?)、宮里役が加藤治子でしょうか? 作品の出来次第では、主演や助演女優賞を狙える作品となるような気がします(作品賞や監督賞ではなくて)。

 阪本監督がなぜ『魂萌え!』を映画化するのかについて、 登場人物リストを書き出していて気づいたのですが、ひょっとすると、この物語自体が、中高年女性のサバイバル=“仁義なき戦い” (ただし日常生活レベルでの)を描いた作品だからなのかもしれません。

--------------------------------

 これまでの、桐野夏生&阪本順治監督の接点について書き出してみたいと思います。

 ① 次に挙げる「本の話」に書いてあったのですが――
 『光源』のリサーチ中の桐野さんが、撮影監督である笠松則通さんの講演会があった時に、その講演会に出席し、阪本監督もその場にいることを知らずに、Q&Aで「監督のいうことは聞くんですか」などと笠松さんに質問したりしたようです。そして講演会後、桐野さんと阪本監督は、対面して、話もしたらしい。

 ②「本の話」(2000年10月号 文藝春秋)~『光源』の出版記念の対談で、阪本監督はちょうど『新・仁義なき戦い』の公開を控えていた頃。全8ページ。

画像

 出版記念対談であり、どこかに再録されることもなさそうなので、お互いのことについて語っている部分だけ以下に書き出してみたいと思います。

 ・阪本 どんなに安物であろうが、自尊心の話をやりたいと思って『顔』を撮ったんです。それで『光源』を読んだときに非常に似たものを感じました。

 ・桐野 私は小説を書くことは恥をかくことだと思ってて、なるべくみっともない話を書きたいんです。阪本さんの映画に、下世話で通俗的な人たちの視点をすごく感じて、なんだか私と似てると勝手に思ったんです。
 阪本 これは合わせるわけじゃなくて、僕も結局どれだけ恥かいたかで、自分の映画の満足度は決まる。だから、僕は映画館でお客さんと自分の映画観れないんですよ。
 桐野 ああ、同じですね。

 ・桐野 私は阪本さんの『トカレフ』が好きなんです。日本人らしくない感性というんでしょうか。
 阪本 関西人ってことですかね(笑)。
 桐野 一人の女を巡って二人の男が戦争するような話でしょう。すごくバタ臭いというか、西洋の感性だと思うんですよね。あの女の人が自分の子供を殺した男だと知らないのか、薄々知ってるのか分かりませんけれども、佐藤浩市のほうに行く。大和武士のほうはもう自分の悲しみでいっぱいになって、忘れちゃいますよね、妻のことを。女としては佐藤浩市のほうに行くの当然だと思うんですよ(笑)。本当に恐ろしい話なんだけど、ものすごく面白い。

 ・桐野 あまり辻褄が合うのは面白くないですよね。
 阪本 事件が起こると、精神科医なんかがコメント出すじゃないですか、トラウマがどうのこうのって。そんなもん本人に聞いたって分からないでしょう。そういう犯罪者にしようと思ったんです。『トカレフ』の佐藤浩市も、『顔』の藤山直美もね。
 桐野 よく分かります。私は推理小説でデビューしてますけど、必ず動機が分からないと言われる。動機で小説の流れやプロットた謎を解き明かそうとすると、それこそ精神分析みたいに、近代的なもので割り切られてしまう。でも実際自分が暮らしている中で他人と喧嘩するときって「あの言葉にムカついたから」とかそんなものでしょう。次の日はムカつかなかったりするわけですね。そう書いたらきっと動機薄弱だと言われてしまう。推理小説には動機が必要だと言われ続けて、私はそれはおかしいんじゃないかと思ってたんですね。

 ・桐野 至らないと思いますけど、実は私、『光源』は、映画づくりの“仁義なき戦い”だと思って書いたんですよ(笑)。『仁義なき戦い』って、私はすごい好きな映画で。「この世はすべて仁義なき戦いじゃ」と思って生きてるところがあります(笑)。だから阪本さんがどう撮るかとても楽しみです。

 ・阪本 主演の豊川にも悪役だけど実はいい人みたいなのはやめてくれと。とことん魂の小さい、性格の歪んだ役をやってくれと言いました。
 桐野 「魂の小さい」っていい言葉ですね。私も使わせてもらおう。

 ・阪本 あいつとやりたいということで、もう当てのない当て書き。そうやって脚本でオファーします。無茶苦茶忙しいやつだったら、とりあえずちょっと待っといてくれ、スケジュールは入る場合は教えてくれというオファーの仕方をしますね。
 桐野 その点はまったく私と違いますね。よく「この小説は誰をイメージしてお書きになったんですか」と聞かれて、戸惑うんですよ。でも、書いてる私にしてみるといつも顔がないんですよ。それだけ自在なんですけど、そのぶん、こっちの魂の大小が問われるわけだし。

 ・阪本 いまシナリオライターから小説家になる人が多いね。それはやっぱり自分の作業が変形されていく絶望からはじまると思うんですよ。それは脚本家と監督にどうしてもつきまとってしまうものなんですよね。
 桐野 そうですねえ。自分の小説が映像化されたときに、強烈な違和感てどうしてもありますね。

 ・桐野 私はロード・ムービーが好きなんです。『傷だらけの天使』や『顔』みたいに、どういうふうにこの人は転がっていくんだろう、という話。
 阪本 僕は「道路ムービー」と言ってますけどね(笑)。風景が変わること自体がやっぱり映画の力だしね。
 桐野 阪本さんの映画は、風景の選び方がすごく私の生理に合ってるというか、いいなあ、っていつも思います。

 ・阪本 そのときに自分で自分に意表を衝いていかないと、定番の演出にしかならないから。
 桐野 有名な麻雀プロの安藤さんという人がいるんです。ツキが来ないで膠着しているときは、ペンチャンで待ったり、変な待ちにしたり、自分のセオリーと全然違うことをすると、劇的にツキが変わる。それを亜空間殺法というんですけど。
 阪本 亜空間殺法。俺もこれからそう言おうかな(笑)。
 桐野 私も書いてて膠着というか、物語が進んでいかないときは、やっぱり変なこと、やってはいけないことをしますね。
 阪本 膠着は必ずあるんですか。
 桐野 あります。どうしても人間がつまらなくなる。そうすると動かない。でも、私の場合は、つらいけれどパソコンのその部分を消せばいいわけです。それを集団でやるというのは大変でしょうね。
 阪本 でも、役者にしろスタッフにしろ、それこそ驕りじゃなくて、僕個人の作業から始まるんですよ。
 『光源』を映画監督の立場で読むと、小説には心理描写があるから、もしかしたら俺とあおの役者が揉めたとき、あいつはこういうことを考えていたのかなとかね、言葉にされているような感じでした。それこそ自尊心と自尊心の“仁義なき戦い”。
 桐野 映画にせよ小説にせよ、生み出す作業は“仁義なき戦い”ですよね。譲ったら負け。

 ③ 桐野夏生 映画評『KT』(桐野さんによる阪本監督作品『KT』についての映画評。映画『KT』プレスシート(2002年)に掲載)→ 桐野夏生著『白蛇教異端審問』(文藝春秋 2005年1月30日発行) に再録。全3ページ。
 桐野さんによる映画『KT』評。桐野さんが『KT』をどう観たか、どこが面白かったか、ということについて書かれてあります。

画像

 ・『仁義なき戦い』が、組織における男の躍動を描いた陽画だとしたら、『KT』は陰画である。組織から与えられた「仕事」が、自分の倫理や価値観と違和が生じた場合の、組織人の苦悩を描いているからだ。この映画は、「仕事」の内容より、任務の遂行がどうなされたか、その過程を見た方が面白い。

 ・余談だが、この映画のモノへの拘りに感心した。七〇年代の車、時計、洋服、女の髪型、部屋、大量のモノによって世界が変わってみえるのだということを再認識した。無論、映画においての最大のものは俳優であろう。韓国と日本の男優陣の顔付きの差異に、両国のあの時代の違いを感じて興奮した。

 ④.阪本順治 エッセイ「暗がりへ、そして暗黒へ」(小説新潮別冊『The COOL! 桐野夏生スペシャル』(新潮社 2005年9月28日発行)に掲載)約1ページ半。

画像

 ・『玉蘭』の薄暗がり。『グロテスク』の暗がり。『残虐記』の闇。『I’m sorry,mama.』の暗黒。桐野夏生は加速しながら、自問自答の重力のまま、手の届かない所に沈んで行く。

 ・この人の独り世界は、一体どうなっているのだろう。ここ何作かの桐野夏生は私たちに「さようなら」と言っている。

 ・映像を想起させる描写。(中略)そんな“場所”が、私の心に浮かぶたび、背筋がぞっとする。

 ・桐野夏生さんの小説は、設定された“場所”が、人物の人生を決めている気がする。

 ・オレは主人公にはなれない。なりたくない。だが、主人公の恐ろしく近い所に立っている自分に気付いて、ぞっとする。

 ・桐野夏生と決別しながら、それでも、読む。おいおい、そんなに人を試すなよ、と、言いたくなる。ハルシオンを飲みすぎた時に似ている。未来を打ち消された気になる。

 ・作り手は作り手を見透かさなければならない。言い方を変えると、深い興味を持たなければならない。どんな独り言を発しているのか、どんな顔で、この小説を書いたのか。単なる読者であってはならない。

--------------------------------

 この映画の企画を目にした時には、ちょっとどうなのかなあと思ったのですが、こうして書き出してみると否が応でも興味が増してきますね。阪本監督がどう桐野ワールドを映像化してくれるのか。劇場公開まで1年弱あるみたいですが、楽しみに待ちたいと思います。

  ←この記事を読んで、映画『魂萌え!』に興味が湧いたら、是非ワン・クリックどうぞ!

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

  • 「魂萌え!」

    Excerpt: 「魂萌え!〈上〉〈下〉」   桐野 夏生:著   新潮文庫/2006.12.1/514円 「平凡な主婦」が直面せざるを得なくなった リアルな.. Weblog: 月灯りの舞 racked: 2007-08-08 15:35