1つの生き方、1つの死に方 映画『マイ・アーキテクト』

 『ボウリング・フォー・コロンバイン』や『ディープ・ブルー』『皇帝ペンギン』ほどの大きな注目を集めている作品はまだありませんが、2006年に入っても、なかなか興味深いドキュメンタリー映画がいくつも公開されています。
 私のおすすめの1本は、『マイ・アーキテクト ルイス・カーンを探して』です。

 この作品が面白いところは――
 ①建築家ルイス・カーンがこの世に残したユニークで美しい作品(建築物・建造物)と、そうした作品が生み出されるに至った考え方(の一端)に迫っていること、

 ②ルイス・カーンという、1つの生き方と1つの死に方、そして1つの家族のあり方が描かれていること、

 です。

 この映画が「ある建築家についての単なる記録映画」に終わらずに、建築に特に興味を持っていない人にも広く受け入れられる作品になっているのは②があるからですね。
 ルイス・カーンは、今よりもずっとモラルが厳しかった時代にあって、家庭を同時に3つも持ち(建築家であるのに、自分が暮らす“家庭”を1つところに特定していない)、それでいて特に悪びれることも罪の意識を感じることもなく、飄々としていて、そうであっても許されるような人物であったようです。加えて、最期は、ペンシルバニア駅の男子トイレで倒れ、数日間、身元不明の遺体として収容されるという死に方をしています。
 そうしたルイス・カーンについての「謎」を、息子ナサニエル・カーン(愛憎半ばする感情があると思われる)が、父の死後25年経って、父の残した足跡(建築物・建造物)をたどりつつ、解き明かそうとしているのが、本作『マイ・アーキテクト ルイス・カーンを探して』ということになります。

 この映画の中で、実現しなかった建築計画の1つとして、フィラデルフィア都市計画というのがあるんですが、ルイス・カーンは、フィラデルフィアを車が入れない、歩行者だけの街にしようと考えていたらしく、それは実にユニークで、時代を先取りしていた考え方だと思います。
 ちなみに、建築家であり、フィラデルフィア都市計画委員長として、ルイス・カーンのプランをつぶした人物がエドマンド・ベイコンという人なんですが、実は、この人は俳優ケヴィン・ベーコンのお父さんなんだそうです(映画の中では明らかにされていませんが、知る人ぞ知る存在のようです。そういえば、ちょっと似てるかも)。

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 ◆映画本編の構成
 ①beginning:プロローグ

 ②西へ:父の足跡をたどる旅の始まり

 ・スコットランドが霊感を与えた。

 ・深い精神性。

 ・施主ともめてばかり。
 「大事なのは残した建物の数じゃない。50年後も残っているかどうかだ」(建築家イオ・ミン・ペイ)

 ・ソーク生物学研究所 65歳にして初めて満足できた建物
 「美しく機能的。コンクリートの傷も隠さずにそのまま残してある。壁作りの難しさを隠さないためなんだ」(建築家・弟子ジャック・マカリスター)

 ③移民:エストニアからの移民としてアメリカにやってきたルイス一家のこと

 ・1951年にアメリカンアカデミー研究員としてローマやエジプトやギリシャへ旅。古代遺跡を見て人生が変わる。永遠性と不朽の存在感。

 ④よりよい街への夢:フィラデルフィア都市計画(1967年)

 ・講演は断らず。
 「何かに形を与える時は、本質と語り合うべきだ。素材には敬意を払わなければならない」(ルイス・カーン)

 ⑤海に向かって:アメリカ吹奏楽団のための船

 ・自由を愛した

 ⑥私に関する事実:ナサニエルは母32歳、父60歳の時の子であること

 ⑦遊牧民:エルサレム巡礼と元エルサレム市長マイヤー・T・コレックが語るルイス・カーン(実現しなかったエルサレムユダヤ教会)

 ・1948年ヨルダン戦によって破壊されたオールド・フーバ教会

 ・「彼らしい死に方だ。彼は遊牧民の心を持っていた」(コレック)

 ⑧家庭の事情:ノーマン・フィッシャー邸で異母姉たちとルイス・カーンを語る

 ・「互いを気遣うと決めたら家族よ。共通の父がいるというだけではダメよ」(スー・アン)

 ・「父は最後には僕と母を選ぶと信じていた。だけど誰も選ばなかった」(ナサニエル)

 ・「彼のやり方に耐えられなくて辞めた。彼は女性への思いやりにかけていた」(建築家・元職員ダンカン・ブエル)

 ⑨旅の終着点:インド経営大学、バングラデシュ国会議事堂

 ・「彼は建物をスピリチュアルに語り、無や光について語ることができる」(建築家B・V・ドーシ)

 ・「父は変わっただけで、また会える。偏在するなら、今ここにもいる」(ナサニエル)

 ・「過去にあったものはあり、今あるものもあり、これからのものもある」

 ・バングラデシュ国会議事堂は、建設に23年費やされた。タージマハルと同じ。独立戦争の時も遺跡と見なされて攻撃されず、ルイス・カーンの死後9年経ってようやく完成した。
 「我々に民主主義を教える場所として、世界一貧しい国に最大の建物を作った」(建築家シャムール・ウォレス)

 ・「大勢を愛するがゆえに家族を疎かにする」

 ・「実像が見えた。さらに会いたくなって、さよならを言う場所を見つけた」(ナサニエル)

 ◆ルイス・カーン年譜
 (元の資料が1つではないため、データは不統一です。年代は資料により数年の違いがあります)

 1901年 エストニア領サーレマー島で生まれる。

 1905年 家族とともに渡米、フィレデルフィアに移り住む。幼少期に顔に火傷を負う。

 1928年 フィラデルフィア大学から奨学金を得て、ヨーロッパで古典主義建築を学ぶ。

 1930年 エスターと結婚。10年後にスー・アンをもうける。

 1947年 イェール大学の建築学教授になる。

 1951年 アメリカンアカデミー研究員としてローマやエジプトやギリシャへ旅する。

 1953年 イェール大学アート・ギャラリー(1951-)(コネチカット)

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 1955年~ ペンシルバニア大学で教鞭を取る。

 1961年 エシャーリック・ハウス(1959-)(ペンシルバニア)

 1965年 ペンシルバニア大学リチャーズ医学生物学研究棟(1959-)(ペンシルバニア)

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 1965年 ソーク生物学研究所(1959-)(カリフォルニア)

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 1959年 ユダヤコミュニティセンターバスハウス(1954-)(ニュージャージー)

 1960年 ノーマン・フィッシャー邸(テキサス)

 1963年 ナサニエル・カーン誕生

 1965年 アードマン・ホール・ドミトリーズ(1959-)(ペンシルバニア)

 1965年 デンマーク建築協会より名誉賞(F.A.I.A. Medal of Honor)授与。

 1967年 アメリカ交響楽団のための船(ペンシルバニア)

 1969年 ファースト・ユニタリアン教会&学校(1959-)(ニューヨーク)

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 1972年 フィリップ・エクセター・アカデミー図書館(1968-)(ニューハンプシャー)

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 1972年 キンベル美術館(1966-)(ペンシルバニア)

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 1971年 A.I.A.( アメリカ建築家協会:the American Institute of Architects)から金賞(Gold Medal)授与。

 1972年 R.I.B.A.( イギリス建築士協会:Royal Institute of British Architects)より金賞(Royal Gold Medal)授与。

 1974年 イェール大学英国美術研究センター(コネチカット)

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 1974年 インド経営大学(アーメダバード)

 1974年 ペンシルバニア駅男子トイレで心臓発作で倒れ、そのまま亡くなる

 1983年 バングラデシュ国会議事堂(1962-)(ダッカ)

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 ◆関連サイト

 ・オリジナルの公式HP(http://www.myarchitectfilm.com/)

 ・GREAT BUILDING ONLINEのルイス・カーンについてのページ(http://www.greatbuildings.com/architects/Louis_I._Kahn.html)
 ルイス・カーンの主な作品を写真つきで見ることができます。

 ・A Digital Archive of American Architectureの中のルイス・カーンについてのページ(http://www.bc.edu/bc_org/avp/cas/fnart/fa267/kahn.html)
 ソーク生物学研究所とフィリップ・エクセター・アカデミー図書館を様々なアングルからとらえた写真を見ることができます。

 ・Yahoo! Searchによるルイス・カーンについてのリンク集(http://dir.yahoo.com/Arts/Design_Arts/Architecture/Architects/Masters/Kahn__Louis_I___1901_1974_/)

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 ◆スタッフ

 ・ナサニエル・カーン(監督)
 1989年 “Owl’s Breath”<短編?>監督・脚本
 1992年 “The Room”<短編>脚本
 1996年 ドキュメンタリー映画“My Father's Garden”に脚本家として参加
 1997年 “Lifebreath”(監督P.J.Posner)というルーク・ペリー主演の劇映画にプロデューサー&俳優として参加
 2003年 初長編作品『マイ・アーキテクト ルイス・カーンを探して』を監督
 2004年 “The Buried Secret of M. Night Shyamalan”<TV>。監督。M・ナイト・シャマランやジョニー・デップも出演しているSFタッチのフェイク・ドキュメンタリーらしい。

 ・ジョゼフ・ヴィタレッリ(音楽監督)
 TV作品が多い。映画作品も日本では劇場未公開作が多い。
 1994年 『甘い毒』(ジョン・ダール)<未>
 1995年 『クロッシング・ガード』(ショーン・ペン)(additional music)
 1996年 『大いなる相続』(ダニエル・J・サリヴァン)<未>
 1997年 『コマンドメンツ』(ダニエル・タプリッツ)<未>
 1997年 『シーズ・ソー・ラブリー』(ニック・カサヴェテス)
 1999年 『ファルコーネ マフィア大捜査線』(リッキー・トニャッツィ)

 ・ロバート・リッチマン(撮影監督)
 クリストに関するドキュメンタリー“Umbrellas”(1994)や『メタリカ:真実の瞬間』(2004)など数多くのドキュメンタリー作品を手がける。TV作品も多い。

 ◆アカデミー賞長編ドキュメンタリー作品賞
 本作は2004年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー作品賞にノミネートされています。
 受賞作品は、『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白』(2003)。
 ちなみに、本作は、全米監督組合賞やシカゴ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞しているほか、多くの映画祭で観客賞を受賞しています。

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 ◆フィラデルフィアが舞台の映画
 比較的保守的な都市とされるフィラデルフィアは、ユダヤ人移民であるルイス・カーン一家にとって決して居心地のいい場所ではなかったらしいのですが、ルイス・カーンはここを離れようとはしなかったようです。

 このところフィラデルフィアを舞台(の一部)とする映画が多いような気もしたので、それらを書き出してみました。フォラデルフィアは独立宣言起草の地なので、米国の起源や伝統を象徴する地として使われることも多いようです。ちなみに、デイヴィッド・リンチが絵画を学んだアート・スクールもここにあります。

 ・フィラデルフィア物語(1940)
 ・ロッキー(1970)
 ・スローターハウス5(1972)
 ・イレイザーヘッド(1977)
 ・ゾンビ(1978)
 ・フィラデルフィア(1993)
 ・12モンキーズ(1995)
 ・シックス・センス(1999)
 ・ドッグ・ショウ!(2000)
 ・72時間(2002)<未>
 ・コールドケース 迷宮事件簿(2003~)<TV>
 ・ナショナル・トレジャー(2004)
 ・イン・ハー・シューズ(2005)
 ・ヒストリー・オブ・バイオレンス(2005)

 ◆建築家を扱ったドキュメンタリー
 ・フランク・ロイド・ライト『落水荘:ライトと弟子たち』(1996)(ケネス・ラブ監督) ボルテックスよりビデオ発売。

 ・ミース・ファン・デル・ローエ『ミース・ファン・デル・ローエ』(2004)(パトリック・デマース&ジョゼフ・ヒレル監督) IMAGICAよりDVD発売中。

 *DVD『ミース・ファン・デル・ローエ』は、販売が本作の配給元でもあるレントラックジャパン。だから、レントラックジャパンが『ミース・ファン・デル・ローエ』のようなアート・ドキュメンタリー作品を探していて、この作品を見つけ、これはこのジャンルに興味を持つ人以外の人が観ても面白いんじゃないかという判断がなされ、その結果として劇場公開に至ったのではないか、と想像されます。

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 本作は一般の映画ファン以外に、多くの建築関係者・研究者にも観られているようで、いろんなブログにも取り上げられています。
 一映画ファンとはやはり違う視点で観られているようで、とても参考になります。以下にその一部を紹介させていただきます。

 ・oyabin304さんのブログ「一酔千日戯言覚書2」(http://oyabin304.exblog.jp/3641412/)
 oyabin304さんは本作の劇場パンフのお手伝いもされているようです。

 ・ブログ「ケンチクネタ」(http://scrapbook.ameba.jp/kenchikun_book/entry-10009229037.html)

 ・reikoyamamotoさんのブログ「Y’not Report Revival」(http://reikoyamamoto.blogzine.jp/ynot/2006/01/index.html)

 ・architects’ café cibermetric の「TWISTED COLUMN」(http://www.cybermetric.org/50/twisted_column/twisted_column_2.cgi?key=2006-01)。1月25日の記事。

 ・tuttiさんのブログ「tuttizm」(http://blog.livedoor.jp/tuttizm/archives/50555624.html)

 ・ブログ「Memo 風の記憶」(http://kazearchi.gr.jp/memo/archives/2006/02/myarchitect.html)

 ・Susumu Igarashiさんのブログ「MADCONNECTION」(http://madconnection.uohp.com/mt/archives/000912.html)

 ・藤崎圭一郎さんのブログ「Design Passage」(http://cabanon.exblog.jp/2672342/)

 ・アトリエフルカワさんのブログ「af blog」(http://af-site.sub.jp/blog/archives/2006/02/post_468.html)。

 ・u-ochさんのブログ「続・U設計室」(http://uoch.exblog.jp/3556453)

 ・astak0501さんのブログ「建築士のつぶやき」(http://blogs.yahoo.co.jp/astak0501/24763566.html)。

 【番外】 Q-AXcinemaが入っているビルを建築した北山恒さんのサイト(http://www.archws.com/works/index.html)。

 本作で字幕監修もなさっている香山壽夫さんは、ルイス・カーンに直接指導を受けた建築家で、ルイス・カーンについての著書もあります。香山さんについての情報は、たとえば、ここ「ARC STYLE」(http://www.arcstyle.com/architect/hisao_koyama.html)で知ることができます。

  [キャッチ・コピーで選ぶアメリカ映画 2006年1月~3月]

   ←ワン・クリックどうぞ 

 Louis I.Kahn Houses―ルイス・カーンの全住宅:1940‐1974ルイス・カーン―光と空間ルイス・カーンの空間構成―アクソメで読む20世紀の建築家たちルイス・カーンとはだれか

この記事へのコメント

2006年02月25日 03:01
TBや記事の紹介ありがとうございます。しっかりしたリサーチに基づいた記事ですね!自分は恩師である建築家の設計した映画館でこの映画を見ることが出来たということが、なによりも感慨深いものでした。
2006年02月25日 10:49
memoへのTBとコメントありがとうございました。
「親の背中を見て子は育つ」
そのようなことを教えられる映画でもあったと思います。
2006年02月25日 21:25
TBとコメントありがとうございました。
af_blogのfuRuこと、アトリエフルカワの古川です。
映画の覚え書きとして
実に有用な記事を書かれておられるので嬉しくなってしまいました。
それにしても、僕としては女性が見たらこの映画をどう感じるのだろうかと、そんなことを考えていました。ふむ。
2006年02月27日 10:18
>umikarahajimaruさん
TBありがとうございました。
おかげさまで、映画は講評でモーニングショーもはじまりましたし、関西での上映もほぼ決定したようです。
エドマンド・ベイコンがケヴィン・ベーコンの父だったというのは初耳でした。
これも「Six Degrees of Kevin Bacon」の法則ですかね?
2006年02月28日 09:28
「マイ・アーキテクト」を観た!
トラックバックさせていただきます。
よろしくお願いします。
harulun
2006年03月10日 16:49
すばらしいブログで感動しました。今まで建物に感動したことってあまりなかったんですが、この「マイ・アーキテクト」、ルイス・カーンの建築には素人ながら心動かされました。

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