こんなに違う!? 小説版『キング・コング』読み比べ!

 今、書店に行くと小説版『キング・コング』が何種類も並んでいます。原作(と言ってもノベライゼーション)が50年以上前の作品なので、版権がフリーになって、それで何社も出せるんですね。最初に映画化された『キング・コング』が1933年で、最初のノベライズは1932年に書かれたもののようです。

 各社の『キング・コング』の基本情報をまとめてみます。

 【基本情報】
画像 ①角川文庫版『キング・コング』 エドガー・ウォーレス&メリアン・C・クーパー著 各務三郎訳 昭和五十一年十一月十日初版発行 平成十七年十一月二十五日改版初版発行 本文218ページ 総ページ数240ページ 本体価格514円+税



画像 ②創元推理文庫版『キング・コング』 エドガー・ウォーレス&メリアン・C・クーパー著 石上三登志訳 2005年10月31日初版発行 本文222ページ 総ページ数272ページ 本体価格600円+税



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 ③ハヤカワ文庫NV版『キング・コング』 エドガー・ウォーレス、メリアン・C・クーパー、デロス・ラヴレス著 尾之上浩司訳 二〇〇五年十一月十五日初版発行 本文228ページ 総ページ数256ページ 本体価格580円+税



画像 ④集英社スーパーダッシュ文庫版『キング・コング』 小説:田中芳樹 脚本:フラン・ウォルシュ&フィリッパ・ボウエン&ピーター・ジャクソン 原案:メリアン・C・クーパー&エドガー・ウォレス 2005年12月17日第1刷発行 本文298ページ 総ページ数312ページ 本体価格619円+税



 みんな似たり寄ったりだろうと思われるかもしれませんが、実はそれぞれ結構差異があります。
 まずは、著者のクレジットですが、表記の違いは別にして、①と②は同じ、③は①②にデロス・ラヴレスが加わっています。④は、脚本家の名前が追加されているほかに、「小説:田中芳樹」とあります。
 ①②③は、実は同じ小説を翻訳したものです。つまり、エドガー・ウォーレスとメリアン・C・クーパーが書いた1933年版『キング・コング』(の原案)をデロス・ラヴレスが小説にしたもの、すなわちノベライズを翻訳したもので、①②に関しては何故かデロス・ラヴレスのクレジットが抜け落ちています。④は、デロス・ラヴレスを介さずに、作家・田中芳樹がエドガー・ウォーレスとメリアン・C・クーパーの原案から様々な資料を駆使しつつ小説化したものです。現在アメリカ版やイギリス版のペーパーバックでもノベライズが出されていますが、それらとは別物です。

 もっと重要な違いは、発行年です。一番古い翻訳が①で、あとのは今年出た新訳……というのは間違いで、②も1976年に奇想天外社から出された、1976年の翻訳(の文庫化)です。
 ②の「文庫版あとがき」によると、ラヴレスのノベライズは、1932年にグロセット&ダンラップ社からハードカバーで出され、1965年にバンタム・ブックスから「ペーパーバックに初登場」し、1976年の再映画化の時に、再びグロセット&ダンラップ社でハードカバー版が出された、とあります。映画のノベライズとしては、最古典のものではないか、とも訳者である石上さんは書いています。
 この1976年の再映画化の時に、①と②の元になった翻訳が日本でも映画公開に合わせて出版されたことになります(1933年版映画のために書かれた1932年のノベライズが、1976年版の映画のために翻訳されたということです)。①の発行の日付を見ると、1976年版『キングコング』(邦題に「・」は入りません)も日本ではお正月公開だったようです。この作品は、1977年の興行成績でぶっちぎりのトップとなっています(2位の『遠すぎた橋』の約1.5倍)。
 というわけで、小説版『キング・コング』で新しいのは③と④ということになりますが、これについては、もう少し後で触れることにします。

 さて、内容の比較に行く前に、それぞれのオビの文言と表紙(カバー)について書き出しておきます。

 【オビ】
 ①「すべてのモンスターの王者コングを生んだ70年代の幻の名著を完全復刻!

 ②オモテ「ピーター・ジャクソン監督作品の原点 キング・コング」
 背「映画「キング・コング」の原点、完全小説化!」
 ウラ「ぼくは子供の頃『キング・コング』を観て、映画をつくる人になりたい、と思った。――ピーター・ジャクソン」「特撮映画の金字塔が全世界にもたらした熱狂が、今、『ロード・オブ・ザ・リング』のスタッフにより蘇る!」

 ③オモテ「史上最大の驚異が最新訳で甦る! KING KONG キング・コング」
 ウラ「1933年に作られた映画「キング・コング」は、世界中で大ヒットし、あらゆるエンタテインメントに多大な影響を与えた。わが国もその例外ではなく、昭和8年の公開時には配給権をめぐる裁判沙汰まで起こる事態となり、日本中を熱狂させた。その後、続篇やそのキャラクターを使用した映画が日本も含めて続々と製作され、1976年にはディノ・デ・ラウレンティス製作。ジョン・ギラーミン監督でリメイク版も実現している。そして2005年、ふたたびキング・コングが復活する!本書は、そのすべての原点となった1933年版「キング・コング」のオリジナル・ストーリーである。」

 ④オモテ「すべてはこの小説のために 100冊目記念出版 田中直樹vsピーター・ジャクソン、KINGの出会い!」「「こんなキング・コングが読みたかった。」夢枕獏氏絶賛!」「映画スチール構成の口絵8ページつき」
 背「田中芳樹 超ノベライズ!!
 ウラ「「金剛」アンには中国の表意文字は読めなかった。「なんて読むの?」「Kin・Kong」「……キング・コング?」「大きくて強くて硬い……そして守護者だね。大きくて強いものが何かを守っている」(中略)「金剛」と記された下に、「石」と書かれている。「石?そう、キング・コングの石という意味なの。一体どういう石なのかしらね?」「ダイヤモンドだよ、ミス・ダロウ」(本文第二章 魔界を航る より一部抜粋)

 ①のオビは、誤解を与える書き方をしていますが、70年代に出た小説版『キング・コング』の翻訳を復刻した、ということです。
 ②は、「背」の文言がなければ、まるで映画本編のキャッチ・コピーです(笑)。翻訳書として、あるいは小説としてのPRを全くしていません(笑)。まあ、映画が注目されれば、この本もそれにつられて売れるだろうということであれば、それはそれで構わないのですが。
 ③は、「最新訳」というのがこの本のウリなのですが、そんなに強調しているわけでもありません(最近いろんな作品の新訳版を出しているので、取り立ててアピールする程のことではないのかもしれません。「ウラ」は、これも映画についての解説です。
 ④は、田中芳樹版『キング・コング』であることを前面に打ち出しています。
 ちなみに、①②③はみんな、エイドリアン・ブロディがナオミ・ワッツの肩をぎゅっと抱き寄せている同じスチール写真が使われています。④は、キング・コングがナオミ・ワッツを手のひらに乗せて見つめているスチールが使われています。

 【カバー】
 ①キング・コングが何かの台(実はエンパイア・ステイト・ビルの最頂部からアンテナもしくは避雷針を取り除いたもの)の上に登って、複葉機をわしづかみにしているイラスト。イラスト=吉岡篤(挿絵も)

 ②キング・コングが翼竜と闘っているイラスト。その足元には地面に横たってその様子を見つめる女性が描かれている。カバーイラスト=山野辺進

 ③大きく口を開けて牙をむいているキング・コングの顔のアップ。バックにニューヨークらしい街が見える(イラスト)。

 ④2005年版映画『キング・コング』からのスチール写真をオモテ・ウラ・袖と3点使用。オモテは大きく口を開けて牙をむいているキング・コングの顔のアップ。ウラは夜の街を徘徊するキング・コング。袖はキング・コングvsティラノザウルス。

 ①は、キング・コング本来の凶暴さを示しているようでもあり、追い詰められて激しく抵抗しているようにも見えます。
 ②は美女を守る野獣の図。
 ③は、キング・コングの凶暴さを示しているようでもあり、こんなところ(人間社会)に連れて来られたキング・コングがパニクッているようにも見えます。同じ原作でありながら、切り取り方が全く異なっているというのは、ちょっと面白いですね。

 次に、翻訳を見てみたいと思います。オリジナルの最初の書き出しはこうです (英語が得意な方、または翻訳にも興味があるという方は、下の訳例を見る前にまずご自身でを訳してみるといいかもしれません)。

 Even in the obscuring twilight, and behind the lightly floating veil of snow, the Wanderer was clearly no more than a humble old tramp freighter.


 ①日没後のうす明かりの中、舞い降る雪のベールに隠されていても、不定期貨物船ワンダラー号はおんぼろ老朽船としかみえなかった。


 ②夕闇も、降りしきる雪のヴェールさえも、<漂泊者号>がオンボロ貨物船にすぎない事実を隠してくれはしなかった。←<漂泊者号>には「ワンダラー」のルビあり


 ③黄昏の薄暗がりのなか、舞い散る雪のヴェールがかかっていても、<ワンダラー号>がひどく古ぼけた不定期貨物船なのは、はっきりわかった。


 ④はオリジナルのノベライズなので、該当部分に相当する文章はありません。小説としての書き出しは「勢いよくドアをあけたとき、カーツ・デナムの前には、肥満した中年男が立っていた。」

 たかだかこれだけの長さの文章でしかありませんが、結構違いますね。②の「にすぎない事実を隠してくれはしなかった」はいかにも翻訳調でちょっと読みにくい。③は、①②という過去の翻訳を踏まえた新訳です。
 ここで一番最初に挙げた基本情報に戻ってもらいたいのですが、3冊の本文のページ数を見比べると、同じものを訳していながら、218ページ、222ページ、228ページと10ページもひらきが出てきています。本文の割付が違うにしても、5%の違いは大きすぎます。
 ③の訳者・尾之上さんによれば、この小説版『キング・コング』には、複数の書き手が参加しているために、スタイルの違った文章が混在していて、かなり混乱した内容になっているのだそうです(ここら辺に関する尾之上さんの推理は面白いので、③の訳者あとがきをご覧ください)。
 それで、過去の翻訳者は読者に配慮してわかりにくい部分、混乱している文章を削除して調整してあるらしいんですね。尾之上さんはどうしたかというと、「できるだけ一文=一文対応を心がけ、混乱していたり意味がわかりにくい部分については熟考したうえで、加筆訂正して最適と思われる文章に直すことにした」そうです。
 それがどこなのかは、全部読み比べてみなくてはわかりませんが、これで、大分③の株が上がったかもしれません。

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 小説の本文が、本としての価値を決めるのはもちろんですが、本文のうしろついている「あとがき」も侮れません。特に翻訳ものは、あとがきや解説も充実していて、読んで面白く、本文の理解を助けたりもする資料性が高いものもたくさんあります。

 【あとがき・解説・資料】
 ①「1976年版解説」(内田庶)+「解説」(柳下毅一郎)
 「1976年版解説」は、この小説が1932年に発表されたノベライゼーションの翻訳であるということの説明とオリジナル版が公開された1933年当時の世界情勢を解説しています。
 「解説」は、「キング・コングに取り憑かれた男」として、特殊メイクのリック・ベイカーと映画監督ピーター・ジャクソンを取り上げ、彼らがそれぞれ「キング・コング」のオマージュ作品を作るまでについて解説しています。柳下毅一郎さんは、ピーター・ジャクソン監督による映画『コリン・マッケンジー物語』の小説版の訳者でもあります(柳下さんは、あえてこの作品のことは本文中でふれていませんが、秘境冒険ものとしての『コリン・マッケンジー物語』と『キング・コング』が無関係でないことは間違いありません)。
 1965年のBantam版ペーパーバックと1976年のGrosset&Dunlap判ハードカバーの表紙、1954年再映じでの日本版パンフレットの表紙も掲載されています。

 ②「『キング・コング』学入門」(石上三登志)+「ぼくの<キング・コング論>論」(石上三登志)+ 「文庫版あとがき」(石上三登志)
 「『キング・コング』学入門」では、ジュール・ヴェルヌからアーウィン・アレンまで、キング・コングとロスト・ワールドに魅かれた数多くの人々についての人物ごとの解説と、石上さん自身の「ロスト・ワールド」史が綴られています。19ページ。1976年版に書かれたものの再録。
 「ぼくの<キング・コング論>論」は、「季刊映画宝庫」(1977年新年号)に書かれたものの再録。「ヒーロー」「恐竜」「特殊効果」「象徴」「死」など、たくさんのキー・ワードを挙げて、石上さんにとっての「キング・コング」を解釈・再解釈する試みとなっています。16ページ。
 「文庫版あとがき」は、小説版『キング・コング』の成立事情や小説版と映画版の違いを解説しているほか、「『キング・コング』学入門」以降ピーター・ジャクソン版までの流れを押さえています。

 ③「怪獣の原点、ついに完全映画化!」。
 訳者・尾之上さんによる、オリジナル版映画『キング・コング』と『キング・コング』もの映画に関する詳細な解説があります。そして1932年版ノベライズの成立事情に関する推理と本書の訳出スタイルについて説明がなされています。20ページ。

 ④「田中芳樹インタビュー」。
 作家・田中芳樹さんがはじめてノベライズを引き受けたいきさつをインタビュー形式で答えています。ピーター・ジャクソンが『キング・コング』を映画化するからノベライズをやってみないかという話が、2003年秋にオフレコであって、1年以内だとスケジュール的に厳しいけれど、2年もの余裕があったから引き受けることにしたのだそうです。書く前に観ることができたピーター・ジャクソン版の映像は約12分だけだったとか、どうやって物語を構成していったとかが書かれています。10ページ。参考にした資料のリストが2ページ。

 どうでしょうか。結構どれも捨てがたい魅力があります。

 訳者について。

 【訳者】
 ①各務三郎 アガサ・クリスティ作品の翻訳など訳書多数。『超自然と怪物』『吸血鬼と魔女』等の著書もある。

 ②石上三登志 『キング・コングは死んだ 私説アメリカ論』『SF映画の冒険』『男たちのための寓話 私説ヒーロー論』などの著書のほか、『私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか : ロジャー・コーマン自伝』『ジョージ・ルーカスのSFX工房』など映画関係・SF関係の翻訳書あり。

 ③尾之上浩司 リチャード・マシスンなどSF系、ホラー系作品の翻訳が多い。『《猿の惑星》隠された真実』『ザ・キューブリック』など映画関係も訳書もある。

 ④田中芳樹 『銀河英雄伝説』『アルスラーン戦記』など、SF・伝奇系の長大なシリーズを得意とする作家。著者自身も秘境冒険小説やモンスターもののファン。

 最後にペーパーバックについて。
画像
 洋書が売れないこともあって、書店店頭で洋書を手に入れることは日増しに難しくなっています。最新ノベライズ版“KING KONG”は比較的容易に入手できるものの、デロス・ラヴレス版は結構入手が困難です。洋書を取り扱っている書店を何軒かまわって、丸善丸の内本店でようやくゲットしました。The Modern Library Classics版が$5.95で800円+税でした。グレッグ・ベアによるintroduction付き。

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 [作品レビュー]

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 King Kong (Modern Library Classics)

この記事へのコメント

2006年01月23日 10:33
はじめまして 
映画を見た後、原作が読みたくなりどれを選べばいいのか迷っていいるうち、こちらの記事にたどり着きました。さっそく記事を参考にハヤカワ文庫NV版『キング・コング』を読みました。
映画を見てすっきりしないところが、原作どおりだったり、逆に原作と違っていたり、面白かったです。それに文章のちぐはぐ感も翻訳者のコメントで納得。
トラックバックもさせていただきました。ありがとうございます。

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