『電子頭脳おばあさん』 イジー・トルンカ

 邦題からは、ユーモラスな作品を想像してしまうかもしれないんですが……。イジー・トルンカの1962年の作品。

 Part1
 

 Part2
 

 Part3
 

 ◆作品データ
 1962年/チェコスロバキア/29分8秒
 台詞あり/日本語字幕あり
 人形アニメ

 【物語】
 少女がおばあさんと2人で暮らしている家。
 空から手の形をした装置によってハガキが届けられる。
 おばあさんがそれを受け取ってレコード・プレーヤーにかけると、今の暮らしが終わるというようなメッセージが伝えられる。
 おばあさんは少女を裏山に誘う。すると、目の前に大きな飛行場が開ける。
 おばあさんが、大きなコンピュータに何やら入力すると、「ACH028」と書かれた札が出力される。
 おばあさんは、少女にその札をつけて、彼女を送り出す。
 少女が、2つのカプセルに乗り、動く歩道を通過すると、札と同じ番号が書かれたエレベーターがある。
 エレベーターから降りた先には、あなたのおばあさんよという、椅子型で電気仕掛けの、電子頭脳おばあさんが待っている。
 電子頭脳おばあさんは、少女と遊ぼうとするが、少女が怖がっていることもあってうまくいかない。
 少女は、無理やりブラシで磨かれたり、運動させられたりもする。
 その後、何故か、「ブロック、ブロック、プルップ」というアニメーションが始まる。卵型のブロックとブロックとプルップは、燃やすものがなくなると、仲間を燃やし始め、最後には自らをも燃やしていまう。
 少女を探して、また電子頭脳おばあちゃんが追いかけてくる。
 少女が、逃げ惑っていると、本物のおばあさんが現われ、電子頭脳おばあさんを杖でコツンとたたく。すると電子頭脳おばあさんは壊れてしまったのか、静かになる。おばあさんは、少女を抱くと、電子頭脳おばあさんに腰掛ける……。

 終わってみると、なんだったのコレ?って感じですが、そういう印象は時間をおいて見直してみてもやっぱり感じてしまいます。

 時代背景から考えると、この作品が作られたのは、1962年で、1962年といえばキューバ危機のあった年であり、東西の緊張と核戦争への恐怖がピークに達した時期でもあります。
 そうした未来への先行き不安感が、このような作品を生んだのだと考えると多少は納得ができるでしょうか。
 不安感を募らせる音楽、この先に何が待っているのかわからない物語とそういう世界に独りで送り出された少女の孤独……。物語としてのオチはともかく、そうした先行き不安感を観客にも味わわせようとしたのだとしたら、この作品はそれに見事に成功していると言えるかもしれません。

 といいながらも、作品世界と、あの人形の少女とはかなりギャップがあるんですが……。

 作品の中で描かれる未来像は、わりとありきたりな感じのするものばかりですが、途中でちらっと登場する、CDめいた音楽の再生システムが、未来を予測していてちょっと面白く感じたりもしました。

 内容に暗い影が感じられる『電子頭脳おばあさん』の後、トルンカは、『天使ガブリエルと鵞鳥夫人』を作り、そして、遺作となった『手』を手がけることになります。

 『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと)で396位。

 *DVD『イジー・トルンカの世界2 「電子頭脳おばあさん」その他の短篇』に収録されています。

画像

 ◆監督について
 イジー・トルンカ
 1912年 チェコのピルゼン(プルゼニュ)で鉛管工の父と婦人服の仕立てを行なう母の間に生まれる。
 1923年 中学時代に人形作家であるヨゼフ・スクーパに出会い、人形劇に興味を持つようになる。
 1929-35年 プラハ美術工芸学校(現UMPRUM)応用グラフィック学科で学ぶ。
 1936-37年 スクーパの助手をしながら、人形劇団「木の劇場」を立ち上げ、プラハのロココ劇場で芝居を打つが、挫折。新聞にマンガや挿絵、児童文学を書くようになる。
 1939年 プラハの国民劇場で舞台美術を担当。大手出版社メラントリフにイラストレーターとして勤務。
 1945年 戦後、AFIT(アトリエ・フィルム・トリク)の仕事を任されたことをきっかけとして、映画に関わるようになる。AFITは国営化(クラートキー・フィルム・プラハ)され、トリック・ブラザーズ・スタジオとなる。トリック・ブラザーズ・スタジオは、セル・アニメを中心に制作するスタジオとなり、トルンカを中心とした人形アニメーションを制作するスタジオは別に設けられる(トルンカ・スタジオ)。
 最初は、お手本にする作品がディズニーくらいしかなく、見よう見まねでセル・アニメからスタートしたが、のちに自分の好みや才能と合った人形アニメと出会い(1947年『チェコの四季』)、以後、人形アニメを中心に続々と作品を発表。
 幼児向けの作品や民話、正直すぎる兵士が活躍するコメディー「善良な兵士シュベイク」シリーズ、『駅馬車』のパロディーである『草原の歌』、アンデルセンを原作とする『皇帝の鶯』やチェーホフ原作の『コントラバス物語』、シェークスピア原作の『真夏の夜の夢』、ボッカチオ原作の『天使ガブリエルと鵞鳥夫人』など、様々なタイプの作品を作って、チェコ・アニメに一時代を築き、今なおスタジオにその名を残す。
 1955年 芸術功労賞
1963年 人民芸術功労賞
1968年 プラハ工芸美術大学(現UMPRUM)教授となる。国際アンデルセン大賞画家賞受賞。
 1969年 プラハにて没
 2004年 日本で<チェコ・アニメの巨匠 イジー・トゥルンカ展 子どもの本に向けたまなざし>開催

 1946年に『動物と山賊たち』でベネチア国際映画祭国際批評家連盟賞受賞、1950年に『バヤヤ』でロカルノ国際映画祭優秀賞受賞、1959年に『真夏の夜の夢』でカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。ほか受賞歴多数あり。

 ルネ・ラルーや川本喜八郎も弟子の1人。

 『ほたるの子ミオ』『わんぱくビーテック』『ふしぎな庭』『花むすめのうた』などの絵本に挿絵を描いていて、絵本作家としてアンデルセン大賞も受賞している。

 ・1945年 『おじいさんの砂糖大根』
 ・1946年 『動物たちと山賊』
 ・1946年 『贈り物』
 ・1946年 『バネ男とSS』
 ・1947年 『チェコの四季』
 ・1948年 『皇帝の鶯』
 ・1949年 『悪魔の水車小屋』
 ・1949年 『コントラバス物語』
 ・1949年 『草原の歌』
 ・1950年 『バヤヤ』
 ・1951年 『金の魚』
 ・1951年 『楽しいサーカス』
 ・1952年 『チェコの古代伝説』
 ・1953年 『おじいさんの物々交換』
 ・1954年 『二つの霜』
 ・1954年 『クティチャーセクとクティルカ』
 ・1954年 『善良な兵士シュヴェイク~コニャックの巻』
 ・1954年 『善良な兵士シュヴェイク~列車騒動の巻』
 ・1954年 『善良な兵士シュヴェイク~堂々めぐりの巻』
 ・1955年 『フルヴィーネクのサーカス』
 ・1958年 『ユネスコの話』
 ・1959年 『真夏の夜の夢』
 ・1961年 『情熱』
 ・1962年 『電磁頭脳おばあちゃん』
 ・1964年 『天使ガブリエルと鵞鳥夫人』
 ・1965年 『手』

 *参考書籍
 ・「イジィ・トルンカ・アニメフェアー」パンフ(1989年川崎市市民ミュージアム発行)
 ・『夜想34 パペット・アニメーション』(ペヨトル工房)
 ・『夜想35 チェコの魔術的芸術』(ペヨトル工房)
 ・『チェコアニメの巨匠たち』(エスクァイア マガジン ジャパン)
 ・「チェコ・アニメの巨匠 イジー・トゥルンカ展 子どもの本に向けたまなざし」図録

 *参考サイト
 ・ユトレヒト:http://www.utrecht.jp/person/?p=248
 *トルンカの絵本について、とても詳しく書かれています。
 ・クリチカ:http://kulicka.ocnk.net/product/153
 *チェコの絵本やアート本を扱う古書専門のネットショップ。
 ・Ciatrogatos:http://www.cuatrogatos.org/galeriatrnka.html
 トルンカの絵のいくつかを見ることができます。

 (注) トルンカのプロフィールはいくつかの資料などを参考にしましたが、資料により、固有名詞やデータにかなり食い違いがあります。

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