これもまた青春を思わせる? 映画『ナイロビの蜂』

 前評判は知っていて(マスコミ試写も超満員で観られない人もいたとか)、観たいとは思っていたのですが、なんとなく観るのを先送りにしていたのは、「外交官夫人が、製薬会社による国際的な陰謀を明るみにしようとして殺されるという事件をきっかけに……」というプロットの「外交官夫人が」という部分に多少ひっかかりがあったからです。全世界的な自由・平等・平和をめざして、日夜、世界を飛び回っている外交官もいないことはないのでしょうが、ごく普通に考えて、国際的なパワー・バランスのせめぎ合いの中で、エリート意識も強いはずの外交官が果たして正義のために命を張るなんてことがあるだろうか。むしろ、陰謀の主体となるのが、外交官なのではないか、と。

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 観てみると、そういう部分がうまく処理されていて、そうか、そういうことになっていたのか、と大いに納得しました。
 元々そういう活動に人生を捧げているような、意欲的で、活動的な女性に主人公(外交官)が恋をすればいいんですね。

 主人公の妻テッサに心魅かれるのは、物語や、演じるレイチェル・ワイズの魅力にもよるのでしょうが、個人的には、大学時代に、そういう活動に身を投じていた女性を何人か間近で見ていたことが大きいと思います。私利私欲からではなく、まっすぐに、そして実に行動的に活動する彼女たち(実際には男子学生もいっぱいいたけど)のなんと眩しかったことか。
 私は、といえば、主人公ジャスティン以上に無知で臆病で、これといった行動にも出られず、そうした青春の日々(私個人のそれはひどく薄っぺらでしたが)を思い出させるから、『ナイロビの蜂』に対しては、感慨も一入となるわけです。

 庭いじりが好きで、平和主義的で、でも上からの指示を正確に伝えるしか能がないと見られていて、「事件」が起こるまでは実際にその通りであったジャスティンにも心を惹きつける部分があります。
 映画では曖昧にぼかされていたと思うのですが、目的のためには駆け引きも厭わないところのあるテッサが、果たして自分のことを本当に愛してくれていたのだろうか、目的に近づくための手段として自分と結婚したのではないか、とジャスティンの頭によぎったこともあると思われるからで、そういう思いがよぎってしまうことが切ないんですね。愛した相手が確かに自分を愛してくれたことを信じたいんだけれど、果たして自分に本当にその価値があっただろうか?   「大丈夫だよ、そんなこと当たり前じゃない、心配しなくていい」と言って、抱きしめてくれる相手はもういないという寂しさ……。たまらないですね(ちょっと夏目漱石的なメンタリティを思い出させたりもします)。

 私の感想はこのくらいにして、もっとよく『ナイロビの蜂』を知るために調べてみたことを以下に書き出してみたいと思います。

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 ◆監督フェルナンド・メイレレスについて

画像  日本で公開される彼の監督作品はこの『ナイロビの蜂』が2本目。
前作『シティ・オブ・ゴッド』(2002)はブラジルのスラム街に住む少年たちをリアルに描いた衝撃的な作品でしたが、今回の『ナイロビの蜂』は、地元ブラジルの役者ではなく、ハリウッドでも活躍する映画スターを起用した作品。言語も制作環境も全く変わって、果たして彼にどれだけの作品が作れるのかと期待半分、心配半分でしたが、実際に観てみるとそれは杞憂で、本作によって彼の実力がホンモノであることが証明されました。
 現実に、普通に行われている「最底辺の暮らし」を間近に見て知っているメイレレスだからこそ、この『ナイロビの蜂』が成功し、この作品の中で描かれるようなケニアの現実がリアリティを持って迫ってきたということはあると思われます。頭で理解しているだけのものとは違うリアルさが感じられますね。

 【フィルモグラフィー】
 1955年ブラジル、サンパウロ生まれ。

 ・Olhar Eletrônico (1983-86) [監督・脚本] TV
 メイレレスが仲間たちと作ったプロダクション「オリャール・エレクトリコ」のテレビ番組(1983~86)。中心にいたのは、ディレクターでもあるMarcelo Tasで、Ernesto Varelaの名前で自ら出演し、突撃レポートをする。脱税、金鉱、ホームレスなど、扱うトピックスは多岐にわたる。

 ・Menino Maluquinho 2: A Aventura(The Nutty Boy 2(1998) [監督] 共同監督:ファブリツィア・ピント
 8歳~13歳の4人の少年少女の冒険物語。自分たちでサーカスを開きたいと思っていた4人だったが、その中の1人の少年が魔法に出会って、悪魔祓いの狂信者たちに追いかけられるハメになったりする。“Menino Maluquinho - O Filme”(1994)の続編(ただし、物語的なつながりはない。メイレレスは参加していない)。

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 ・"Brava Gente" (2000) [監督] テレビ・シリーズ
 "Palace 2"
 2000年~2001年にかけて放送された全53回のテレビ・ドラマ。メイレレスがディレクター(共同)を担当した"Palace 2"はABC撮影賞(撮影監督セザール・シャローン)を獲得(2001)、プロデューサーのGuel Arraesはサンパウロ芸術批評家協会賞グランプリを受賞している(2002)。"Palace 2"は再編集されて、短編映画Golden Gate (Palace II)となった。
撮影監督セザール・シャローンは、この後、『シティ・オブ・ゴッド』『ナイロビの蜂』でも組むことになる。

 ・Domésticas(Maids)(2001) [監督・脚本] 共同監督:Nando Olival
 サンパウロで暮らす5人のメイドの物語。結婚を夢見る女、死んだ娘のことが忘れられない女、モデルを目指している女、悪い男にカモされている女、夫と愛人の間で揺れ動いている女。5人の女はそれぞれ付き合いがあり、情報交換を行なう。それぞれに夢はあるがなかなか思い通りにはいかない。
 ロッテルダム国際映画祭正式出品(2001)、トゥールーズ・ラテン・アメリカ映画祭(2002)グランプリ。

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 ・Golden Gate (Palace II) (2002/ブラジル) [監督] 短編 共同監督:カティア・ルンド
 主人公は、リオ・デ・ジェネイロの中で最も危険な場所であるCidade de Deusに住む2人の少年。彼らはコンサートに行くためのお金が欲しかったが、そのためにはドラッグ・ディーラーのために働くしかなかった……。
 テレビ・ドラマ"Brava Gente"(2001)の再編集版で、のちの『シティ・オブ・ゴッド』の原点。
 ベルリン国際映画祭パノラマ部門最優秀短編作品賞(2002)、ストックホルム国際映画祭最優秀短編映画賞グランプリ(2002)、メルボルン国際映画祭最優秀短編映画賞グランプリ(2002)等受賞。
 DVD『シティ・オブ・ゴッド スペシャル・エディション』に収録。 DVD

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 ・『シティ・オブ・ゴッド』Cidade de Deus(City of God)(2002/ブラジル・仏・米) [監督] 共同監督:カティア・ルンド
 公式サイト:http://cityofgod.asmik-ace.co.jp/
 2004年米国アカデミー賞監督賞、撮影賞、編集賞、脚色賞ノミネート。BAFTA編集賞受賞(2004)、ブリティッシュ・インディペンデント・フィルム・アワード最優秀外国語映画賞受賞(2004)、シカゴ批評家協会賞最優秀外国語映画賞受賞(2004)、シネマ・ブラジル・グランプリ監督賞、撮影賞、脚本賞、編集賞、音響賞他受賞(2004)、その他多数受賞。 DVD

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 ・Contra Todos(Up Against Them All)(2003) [プロデュース] 監督:Roberto Moreira
 サンパウロ郊外に住むロー・ミドル・クラスの3人家族が主人公のドラマ。主人にも妻にも愛人があり、仮面夫婦を続けている。敬虔なキリスト教徒である主人は実はヒットマンでもある。妻の愛人が殺されるという事件が起こり、表面的には平穏だった一家の歯車が狂い始める。
 香港国際映画祭火鳥銀賞受賞(2004)、サンパウロ芸術批評家協会賞最優秀女優賞受賞(2005)など。
 監督のRoberto Moreiraは、"Cidade dos Homens"でもディレクターを務める。

 ・『GiNGA ジンガ』Ginga: The Soul of Brasilian Football (2005/ブラジル)[プロデュース] 監督:ヘンク・レヴィン、マルセロ・マシャード、トシャ・アルヴェス
 公式サイト:http://www.ginga-cinema.jp/
 サッカー、フットサル、フットバレー、障害者サッカーなど、ブラジルにおける広い意味でのサッカー文化を取り上げたオムニバス・ドキュメンタリー。
 都市部でもジャングルでも、男も女も、健常者も身障者も、みんなサッカーが好きで、家族全員がサッカー経験者であったりもする。ブラジルではまさにサッカーが国技であり、言語でもあるというのが伺える。
 『シティ・オブ・ゴッド』がブラジルの陰の世界であるとすれば、『GiNGA ジンガ』は陽の世界であり、『シティ・オブ・ゴッド』は『GiNGA ジンガ』の陰画である。

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 ・『ナイロビの蜂』The Constant Gardener (2005/英・独) [監督]
 公式サイト:http://www.nairobi.jp/
 2006年米国アカデミー賞助演女優賞受賞、脚色賞・作曲賞・編集賞ノミネート。2006年ゴールデングローブ賞助演女優賞受賞、作品賞ドラマ部門・監督賞ノミネート。BAFTA編集賞受賞(2006)、ブリティッシュ・インディペンデント・フィルム・アワード男優賞・女優賞・作品賞受賞(2005)など、受賞多数。

 ・"Cidade dos Homens"(City of Men)(2002~2005/ブラジル) [監督・製作] テレビ・シリーズ
 “Uólace e João Victor” (2002)
 “Em Algum Lugar do Futuro ”(2005)

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 ◆原作者ジョン・ル・カレについて

 スパイ小説の巨匠として知られるジョン・ル・カレ。米ソの諜報戦が物語のモチーフとしてほとんど使えなくなった今、次にどういう方向性を目指すのかが注目されていましたが、今度はこういうところに活路を見出しましたかと、感慨も深いですね。それも見事な成功! もっとも本人はスパイ小説を書いているつもりはなく、一般の人々の目の届かないところで、動かされ、そして刻々と変化する世界情勢とそういったことに関わって、人知れず消えていく名もない人々に興味があるだけなのかもしれませんが……。

 007とは違い、活劇的でもなく、誰が味方で誰が敵か、白か黒もはっきりしない「リアルなスパイの世界」を描いた彼の小説は読みにくくもあり、映像化にもあまり適していないと思われますが、けっこう映画化もされています。B級映画になってしまいがちな中では(小説のような重厚さがなく、カタルシスも感じられない)、『ナイロビの蜂』は最良の映画化作品ではないでしょうか。
 まあ、善玉と悪玉がはっきりしないル・カレ作品の中で、映画『ナイロビの蜂』では、割と善玉と悪玉がはっきりしていて、グレーなのは1人だけですが。

 登場した瞬間から、どう見ても悪役に見えるビル・ナイ↓
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 【ジョン・ル・カレの映像化作品】

 ・『寒い国から帰ってきたスパイ』The Spy Who Came In from the Cold (1965/米) (同名原作)
 監督:マーティン・リット 出演:リチャード・バートン、クレア・ブルーム、オスカー・ウェルナー
 原作

 ・『恐怖との遭遇』The Deadly Affair (1966/英) (原作『死者にかかってきた電話』)(V)
 監督:シドニー・ルメット 出演:ジェイムズ・メイスン、マクシミリアン・シェル、シモーヌ・シニョレ、ハリエット・アンデルセン、リン・レッドグレイブ
 原作

 ・『鏡の国の戦争』The Looking Glass War (1969/米) (同名原作)
 監督:フランク・ピアソン 出演:クリストファー・ジョーンズ、ピア・デゲルマルク、アンソニー・ホプキンス、ラルフ・リチャードソン 原作

 ・"Tinker, Tailor, Soldier, Spy" (1979/英) テレビ・ミニシリーズ(原作『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』)
 監督:フランシス・オルコック、ジョン・アーヴィン 出演:アレック・ギネス、マイケル・ジェイストン、アンソニー・ベイト
 原作

 ・"Smiley's People" (1982/英)テレビ・ミニシリーズ(原作『スマイリーと仲間たち』)
 監督:サイモン・ラングトン 出演:アレック・ギネス、エイリーン・アトキンス、バーナード・ヘプトン 原作

 ・『リトル・ドラマー・ガール』The Little Drummer Girl (1984/米) (同名原作)
 監督:ジョージ・ロイ・ヒル 出演:ダイアン・キートン、ヨルゴ・ヴォヤギス、クラウス・キンスキー、サミー・フレイ 原作上巻 原作下巻

 ・"A Perfect Spy" (1987/英)テレビ・ミニシリーズ(原作『パーフェクト・スパイ』)
 監督:オイーター・スミス 出演:ピーター・イーガン、レイ・マカナリー、アラン・ハワード
 原作上巻 原作下巻

 ・『ロシア・ハウス』The Russia House (1990/米) (同名原作)
 監督:フレッド・スケピシ 出演:ショーン・コネリー、ミシェル・ファイファー、ロイ・シャイダー、ジェイムズ・フォックス、クラウス・マリア・ブランダウアー
 原作上巻 原作下巻 DVD

 ・『高貴なる殺人』A Murder of Quality (1991/英) TV(V)(同名原作) [脚本]
 監督:ギャビン・ミラー 出演:デンホルム・エリオット、ジョス・アクランド、グレンダ・ジャクソン、クリスチャン・ベール 原作

 ・『テイラー・オブ・パナマ』The Tailor of Panama (2001/米・アイルランド) (原作『パナマの仕立屋』)[脚本・製作総指揮]
 監督:ジョン・ブアマン 出演:ピアース・ブロスナン、ジェフリー・ラッシュ、ジェイミー・リー・カーティス
 原作 DVD

 ・『ナイロビの蜂』The Constant Gardener (2005/英・独)(同名原作)
 原作上巻 原作下巻

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◆映画『ナイロビの蜂』に関するトリビア

 ・元々はマイク・ニューウェルが監督する予定だったが、『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』を監督するために降板した。それはこの映画のためにはよい結果をもたらした、ということになるかもしれない。

 ・ピート・ポスルスウェイトが演じているマーカス・ロービアーは、ブルーの四角の中に黄色いイコール(2本の横棒)が描かれた野球帽をかぶっている。これは、Human Rights Campaign のロゴで、Human Rights Campaignとは性的志向性とアイデンティティに関する平等を求めてロビー活動をしている非営利団体のものである。彼らは、全米で最大のゲイ、レズビアン、バイ・セクシャル、トランスジェンダーの支援組織である。

 ・監督のフェルナンド・メイレレスは、この映画が実際にロケーションされた南アフリカではなく、原作通りにケニアで撮影できるようにロビー活動を行なった。

 ・レイフ・ファインズは、ジャスティンの主観ショットを自分でカメラを操作して撮影している。

 ・撮影の後、Contant Gardner Trust が設立され、撮影が行なわれたナイロビ近郊のスラムの住民を助けている。

 ・レイチェル・ワイズが演じるテッサがスラムを歩くシーンで、たくさんの子どもが“How are you?”と声をかけてくる。テッサは、“I’m fine,how are you?”と返しているが、これは脚本にはない台詞である。子どもたちは実際にキベラに住んでいる子どもたちであって、エキストラではない。

 ・原作はケニアでは出版禁止になっている。それは、原作がケニアの汚職役人を描いているからである。

 ・製作者たちは、映画が撮影されたスラムのあるキベラに、貯水タンクと新しい橋と教室を作った。最後のシーンが撮影された北ケニアの砂漠には中等学校も作った。

 ・元々はデンマーク人女優Iben Hjejleがドイツ人女性ブリジットの役にキャスティングされ、サインもしていた。しかし、ドイツ人投資家がそれに気づいて、ドイツ人女性Anneke Kim Sarnau にキャスティングし直されることになった。

 以上、元ネタはIMDb。

 ・フェルナンド・メイレレスの短編“Golden Gate”は、2003年に札幌で開催されたショートショート フィルム フェスティバル2003で上映されている(北海道セレクション、ジャパン・セレクション、アカデミー・ショートなど多彩なプログラムで上映された約90作品のうちの1本)。

 ・本作に出てくるトゥルカナ(湖)といって思い出されるのは、映画『マサイ』。原作の舞台、もしくはロケ地は、恐らく映画『マサイ』(の世界、もしくはロケ地)と近いはず。『マサイ』で描かれた世界の数十年後が『ナイロビの蜂』なのでしょうか?

 ・本作で2005年度の様々な映画賞で賞を受賞したレイチェル・ワイズ。米国アカデミー賞では助演女優賞で、「主演」でもいいんじゃないかと私なんかは思ってしまいますが、どうやら「主演」というのは、「物語の主人公」を指すもので、1つの作品に「主演男優」と「主演女優」が存在する場合は、「主演男優」と「主演女優」が対等に「物語の主人公」という扱いでなくてはならないようです。
 本作の場合、レイチェル・ワイズは、ゴールデン・グローブ賞、映画俳優組合賞、放送映画批評家協会賞、サンディエゴ批評家協会賞等では、助演扱い、BAFTAでは主演扱い、ブリティッシュ・インディペンデント・フィルム・アワードではbest actress扱いでした。イギリスでは、主演と助演に対する考え方が違うのでしょうか。

 ・本作にさらっと出てきた薬の名前「ネヴィラピン」。映画でははっきりとは描かれていなかったと思うんですが、抗エイズウィルス薬だったんですね。詳しくは、例えば、ここをご覧ください。

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