インドネシア映画の新しい風 リリ・リザ『虹の兵士たち』

 シンプルで、素朴で、美しい。

 「アジア映画ベストセレクション」と銘打ちながら、各作品はたった1回ずつしか上映されないし、入場料金はたった800円だったということもあり、「ベスト」とは名ばかりでしょ?と思い、全く期待していなかったんですが、観てみたらこれが素晴らしかったですね、インドネシア映画『虹の兵士たち』。邦題は、原題をそのまま訳したもので、邦題からしても全くそそられるものはなかったんですが、だからでしょうか、現時点で本年度のベストとも言ってもいいくらいの好印象を持ちました!

 チラシの紹介文にはインドネシア版『二十四の瞳』とあって、それはまあ、当たらずといえども遠からずだったんですが、実際、プロットの中心になっているのは、インドネシアの小さな小学校で学ぶ10人の子どもたちと若い女性教師の物語で、物語自体はわりとステレオタイプで、ご都合主義的なところもあり、お涙頂戴的なところもありました。
 それでもこの作品が素晴らしいと思ったのは、子どもたちの生き生きとした姿をインドネシアの美しい自然の中に瑞々しく活写してみせたこと、ももちろんなんですが、それよりも何よりも、映画全体に、気持ちのまっすぐさ(のようなもの)が感じられたことでしょうか。映画を観ている間中ずっと、ほほえましい笑いがこぼれ、幸福感に満たされていました。
 映画としては、侯孝賢の初期の作品のいくつかや、タイ映画『フェーンチャン ぼくの恋人』、フランス映画『コーラス』、中国映画『あの子を探して』、日本映画『天然コケッコー』など、小中学校を舞台にしたいくつもの秀作が頭を過ぎりましたが、それらに優るとも劣らない佳品になっていたと思います。
 侯孝賢監督作品が日本に紹介され始めた頃、ほんの少し前の日本に普通に見られた田舎の風景、そしてその中で暮らす人々の生活や装いがそこに描き出されていることを知って、懐かしく思い、少なからず感動もしたのですが、それがまたインドネシア映画で体験できるとは思ってもみませんでした。

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 物語の構造としては、旧宗主国であるオランダが既得権益を保有しているすず公社とそれに携わるインドネシアの富裕層VSそうした資源の恩恵を全く受けない貧困層という構図があり、それが子ども社会にも反映されていて、すず公社付属小学校VS島で唯一のイスラム系小学校(エリート小学生VS苦力になるしかなく教育が必要だとは考えられていない子どもたち)、という構図にもなっているんですが、この映画では、オランダやインドネシア富裕層、すず公社付属小学校を決して悪として描くことなく、自分たちが自分たちでできることを精一杯やるという姿勢が貫かれていて、それが気持ちいいんですね。

 個人的には、リリ・リザ監督作品は全く観たことはなく、注目すべき監督であるという認識もなかったんですが、当ブログでは、シンガポール国際映画祭の受賞記録についてまとめた記事(http://umikarahajimaru.at.webry.info/200804/article_2.html)、第3回アジア映画賞のノミネーションについてまとめた記事(http://umikarahajimaru.at.webry.info/200901/article_33.html)、2009年ベルリン国際映画祭のラインナップについてまとめた記事(http://umikarahajimaru.at.webry.info/200901/article_36.html)と、既に3度も記事に名前を出していました。
 調べてみると、リリ・リザ監督は、ガリン・ヌグロホ以降、最も注目されているインドネシアの監督で、日本でも劇場公開された『ビューティフル・デイズ』のプロデューサーでもあり、監督作品もこれまで映画祭のみですが3作品も上映されたことがある、ということもわかりました。それぞれが全部異なるタイプの作品らしく、全部観たくなりました!

 みなさんどこから情報を得たのか、この回の上映は満席になり(床に座って観ている人もいました)、温かな笑いに包まれたいい上映回になりました(上映後には拍手も起きましたし)。フランス映画祭もオランダ映画祭も開催中で、TOHOシネマズは1000円で観られる日だったというのに、みなさんわざわざこの作品を観るためにちょっと不便なOAGホールまで出向くなんて、情報感度がいいですね。私はもう少しで見逃すところだったんですが。

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 ◆映画『虹の兵士たち』

 【物語】
 ひとりの青年がバスに乗っている。彼のモノローグで、故郷ブリトゥン島のことが語られ始める……。

 1974年。インドネシアのブリトゥン島に1つあるイスラム系の小学校。
 新任女性教師ムスリマは、学校に登校してくる子どもたちを待っている。
 この小学校が対象とする子どもたちは、貧しい家の子がほとんどで、将来は苦力くらいになるしかないと見なされている。なので、子どもを学校なんかに通わせてもしょうがないという親がほとんどで、子どもを学校に通わせる親を嘲笑う者もいて、本年度は開校が危ぶまれていた。登校してくる子どもが10人以下であれば、本年度は閉鎖するというと教育委員会からの通達も届いていた。
 だから、ムスリマは、学校で勉強したいと裸足で自転車を押しながらやってきたリンタンを見て、入学できればいいねと自らの希望を込めて答えるのだった。

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 しかし、予定時間を過ぎても9人しか集まらない。
 ムスリマがもう1人探してきますとでかけようとしたところで、ハルンがやってきて、開校が決まる。
 主人公イカル、漁師の息子でありながら好奇心旺盛で何でもよく知っているリンタン、知恵遅れのハルン、ジャズが好きでいつもラジオを手放さないマハル、紅一点のサハラといった面々が揃う。
 学校もボロボロで、雨が降ると教室が水びたしになるので、雨上がりは課外授業になることもしばしば。たまたま出かけた課外授業の先で、虹に見とれる子どもたちを見て、ムスリマは彼らを「虹の兵士たち」と名づける。

 そして5年の月日が流れる。リンタンたちが入学して以降全く入学者がなく、あと1年この状態が続けば、この学校は再び閉鎖の危機に見舞われる。授業は、ハルファン校長と女教師ムスリマ、男教師バクリの3人で受け持っていたが、給料も滞りがちで、生活は他に仕事を見つけて自分で稼がなければならないという厳しい状況にあった。そして、まずバクリが他の学校に誘われているからと言って去ってしまう。ムスリマにも縁談の口があったが、彼女は商人の妻になるより、小学校の先生でいたいといって、縁談を断わる。

 ムスリマは、この学校のよさを知ってもらおうと、音楽祭に出場することを決める。
 演目は、音楽の好きなマハルに任せることにする。
 マハルは、素裸に葉っぱを着けたコスチュームでインドネシアの土着のダンスを踊る、という演目を考える。恥ずかしいと思いながらも、一所懸命踊った子どもたちのダンスは観客にも大受けで、結果は優勝。「来年、この小学校に自分の子どもを入れたい」という親も現れ、すず公社付属小学校からフロという女の子がわざわざ転校してきたりもする。

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 イカルの恋の悩み、クラスメイトの成績の悩みなどあって、子どもたちに海賊島に住むという呪術師バヤンに聞いてみようという提案が持ち上がる。しかし、バヤンの答えは、「一所懸命努力しなさい」というごく当たり前のもの。

 ムスリマは、子どもたちのやる気を出させるために、クイズ大会への出場を決める。
 ところが、その矢先にこの学校を支えていたハルファン校長が亡くなってしまう。これには、さすがのムスリマも大きなショックを受け、家に閉じこもってしまう。
 先生がいなくなった教室では、逆に、リンタンが中心になって自主的に勉強を始めるようになる。ムスリマも、校長の親友ズルに元気づけられて、学校に出てくる。

 クイズ大会当日。
 主力であるはずのリンタンがなかなか会場に現れない。それは、リンタンの通り道を大きなワニが通せんぼしていたからだったが、ワニ使いが現れて、ワニをどかしてくれ、リンタンもようやく会場にたどりつく。
 クイズ大会はデッドヒートで、最終問題までもつれ込む。最終問題は計算問題で、リンタンが答えるが不正解。減点されてしまう。
 そこで、「彼の答えは合っているのではないか」と客席から手が上がる。手を挙げたのは他校に移っていたバクリで、彼は「自分の答えもリンタンと同じだった。そちらの答えが間違ってる可能性もあるので検算してみてはどうだろうか」と提案する。しかし、審査員は、「こちらの答えが間違っているはずはない。それに彼(リンタン)は計算しようともしていなかったではないか」とリンタンを疑うようなことを言う。
 リンタンはみんなの前に出て、解答を示し、審査員も自分たちの非を認める。
 みんなの教室に2つ目のトロフィーが飾られる。

 しかし、リンタンの父親が漁に出たまま帰らぬ人となり、リンタンが学校に通うことができなくなる。リンタンとの別れ……。

 1999年。
 すずの暴落以降、すず公社もなくなり、貧困層と富裕層を隔てていた壁もなくなったが、島自体もすっかり変わってしまった。イカルも夢を追って、しばらく島を離れていて、久しぶりの帰郷だった。
 リンタンとの再会。「マハルの出版記念パーティーに出るために帰ってきたのかい?」とリンタン。旧交を温めつつ、リンタンはパリのソルボンヌ大学に留学が決まったことを告げる。これもあの小学校で学び、希望を持つことを教えられたからだと。

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 小学校に通っていた頃、みんなで歌っていた歌(インドネシアの建国の精神について歌った6か条の歌)が甦ってくる。
 (インサートで)インドネシア憲法に書かれている「教育の権利」に関する条文が示される。

 エンドロール
 終わって、ムスリマ先生のオフの声で「さあ、虹の兵士たち、もう帰るわよ」の声。

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 【キャスト】

 ・ムスリマ先生(Ibu Muslimah):Cut Mini Theo
 ・ハルファン校長(Pak Harfan):Ikranegara
 ・イカル(Ikal):Zulfanny
 ・リンタン(Lintang):Ferdian
 ・マハル(Mahar):Verrys Yamarno
 ・ズル(Pak Zulkarnaen):Slamet Rahardjo
 ・青年時代のイカル(Ikal dewasa):Lukman Sardi
 ・青年時代のリンタン(Lintang dewasa):Ario Bayu
 ・イカルの父(Bapak Ikal):Mathias Muchus
 ・イカルの母(Ibu Ikal):Rieke Diah Pitaloka
 ・バクリ(Pak Bakri):Teuku Rifnu Wikana
 ・リンタンの父(Bapak Lintang):Alex Komang
 ・アリンの父(A Miauw (Ayah A Ling)):Robby Tumewu
 ・ハルン(Harun):Jeffry Yanuar
 ・サハラ(Sahara):Dewi Ratih Ayu Safitri
 ・フロ(Flo):Marcella El Jolia Kondo
 ・アリン(A Ling):Levina

 日本で上映されたインドネシア映画が少なく、また本作では子役が多いこともあって、日本で知られているような俳優はあまり出演していないようです。
 その中では青年時代のイカルを演じたLukman Sardiは有名な方で、リリ・リザ監督の『GIE』(2005)や“Takut: Faces of Fear”(2008)、今回の上映会でも上映された『ナガ・ボナール将軍2』(2007)などに出演しています。
 ハルファン校長を演じたIkranegaraは、ガリン・ヌグロホの『アンダー・ザ・ツリー』(2008)に出演しています。

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 【スタッフ】

 ・脚本:リリ・リザ、Salman Aristo、Mira Lesmana(プロデューサー)

 ・原作:アンドレア・ヒラタ(Andrea Hirata)
 アンドレア・ヒラタは、日系のインドネシア人で、普段は公務員として国営電話局に勤めている。
 本作の原作“Laskar pelangi”は、彼の子ども時代をモデルとした彼の処女作で、インドネシアで25万部を売り上げてベストセラーとなり、マレーシアやスペインでも出版されたという。

 ・撮影:Yadi Sugandi
 Yadi Sugandiは、一連のリリ・リザ作品のほか、ガリン・ヌグロホの『アンダー・ザ・ツリー』の撮影を手がけている。

 ・編集:Waluyo IchwandiarDono
 第3回アジア映画賞編集賞ノミネート。

 ・美術:Eros Eflin

 ・作曲:Sri Aksan Sjuman、Titi Handayani Sjuman

 ・製作:Mira Lesmana
 Mira Lesmanaは、一連のリリ・リザ作品を手がけているプロデューサーで、リリ・リザ作品以外には『ビューティフル・デイズ』などがある。

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 【プロフィール】

 リリ・リザ Riri Riza(Mohammad Rivai Riza)

 1970年 インドネシア マカッサル生まれ。
 1993年 ジャカルタ美術学校(Jakarta Arts Institute)を卒業。専攻は映画監督コース。
 ドキュメンタリー・シリーズ“Anak Seribu Pulau (Children of the Thousand Islands).”の2エピソード、オムニバス映画“Kuldesak”(1995)を経て、2000年に“Petualangan Sherina(Sherina's Adventure)”(シェリナの冒険)で長編監督デビュー。
 2002年にはルディ・スジャルウォ監督の『ビューティフル・デイズ』をプロデュースしたが、同作はインドネシア映画最大のヒットとなった。
 長編監督デビュー後、ロンドンで脚本を学び、監督第2作『エリアナ、エリアナ』では自ら脚本も手がけた。

 【フィルモグラフィー】

 ・1993年 “Sonata Kampung Bata”[監督][卒業制作]
 オーバーハウゼン短編映画祭1994第3位

 ・1995年 “Anak Seribu Pulau (Children of the Thousand Islands).”[監督][ドキュメンタリー・シリーズ] 2エピソードを担当

 ・1999年 “Kuldesak”[監督][オムニバス映画](共同監督:Nan Triveni Achnas、Mira Lesmana、Rizal Mantovani)
 シンガポール国際映画祭1999コンペティション部門出品

 ・2000年 “Petualangan Sherina(Sherina's Adventure)” [監督]
 アジア太平洋映画祭2000審査員特別賞受賞

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 ・2002年 『ビューティフル・デイズ』“Ada apa dengan cinta?( What's Up with Love?)”[製作・原案](監督:ルディ・スジャルウォ(Rudy Soedjarwo))
 ☆2005年劇場公開

 ・2002年 『エリアナ、エリアナ』“Eliana, Eliana(Pesawat pertama)” [監督・脚本・製作]
 シンガポール国際映画祭2002 NETPAC/国際批評家連盟賞&ヤング・シネマ・アワード受賞、バンクーバー国際映画祭2002特別賞受賞
 ☆東南アジア映画祭2003にて上映

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 ・2005年 『GIE』“Gie” [監督・脚本]
 シンガポール国際映画祭2006審査員特別賞受賞、アジア太平洋映画祭2006審査員特別賞受賞
 ☆アジアフォーカス・福岡国際映画祭2006にて上映

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 ・2005年 “Untuk Rena” [監督]

 ・2007年 『永遠探しの3日間』“3 hari untuk selamanya(Three Days to Forever)” [監督]
 ☆アジアフォーカス・福岡国際映画祭2007にて上映

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 ・2008年 『虹の兵士たち』“Laskar pelangi(The Rainbow Troops)” [監督・脚本]
 第3回アジア映画賞作品賞&編集賞ノミネート、ベルリン国際映画祭2009パノラマ部門出品
 ☆アジア映画ベストセレクション(2009)@赤坂・OAGホールにて上映

 ・2008年 “Takut: Faces of Fear” [監督] [6話オムニバス] (共同監督:Robby Ertanto、Ray Nayoan、Rako Prijanto、Raditya Sidharta)

 ・2008年 “Babi buta yang ingin terbang(Blind Pig Who Wants to Fly)”[アソシエト・プロデューサー](監督:Edwin)

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この記事へのコメント

青山 亨
2011年02月19日 01:57
とても詳しい紹介をしていただきありがとうございます。参考になりました。こちらのページからもリンクを張らせてもらっています。

ただ、一か所気になるところがあります。「リンタンはパリのソルボンヌ大学に留学が決まったことを告げる。」とありますが、「(イカルは)リンタンにパリのソルボンヌ大学に留学が決まったことを告げる。」の方が適当では?パリには行くのはイカルだと思います。

http://www.tufs.ac.jp/blog/ts/g/aoyama/2011/01/113_1.html
2011年03月12日 06:48

 インドネシアの実在の子どもの物語を出版しました。

   『海の向こうにかかる虹』
  ≪Pelangi di seberang laut≫
2011年03月12日 06:54
この映画、見たいです。

 インドネシアの実在の子どもの物語を出版しました。
  
   『海の向こうにかかる虹』
  ≪Pelangi di seberang laut≫ 

 現在、
  「北風小僧の寒太郎」アニメ作家サンに
  アニメを作っていただいているところです。

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