『ファントム・ミュージアム』 ブラザーズ・クエイ

 イギリスで、2007年にリリースされたブラザーズ・クエイの作品集1979~2003のタイトルが『Phantom Museums:The Short Films of Brothers Quay』で、表題作となっているのが、『ファントム・ミュージアム』という2003年の作品です。




 【物語】
 夜。
 モンゴルの遊牧民のゲルを思わせる骨格を持つ建物のシルエット。
 そこから入口を照らしているらしい光がこぼれる。
 手に白い手袋がはめられる。
 門が開かれて、中へ。
 らせん階段を上へと上っていく。
 無機的で画一的な感じのする廊下が、蛍光灯の明かりで一斉に照らし出される。
 鍵でドアを開けて部屋の中へ。
 古い骨、頭蓋骨などの収集品が見える。
 “Always use a mask,when using this cupboard.One can be obtained from The Conservation Department,September 2001.”(この戸棚を使う時はマスクを着用すること。この中の物は保存部より入手された。2001年9月)
 “SHRUNKEN HEADS SCALP”(古い頭骸骨)
 “SHRUNKEN HEAD HAIR”(古い髪)
 人形が収められたケース。
 人形は、腹部が外れて、内臓が見えるようになっている。
 ケースはリボンをして仕舞われる。
 勃起したペニスを含む男性の腰部の断面。かぶせられていた陰茎サックが外される。
 小さな容器の中に座位で向き合う男女。
 正常位の男女の人形。
 貝殻の中に男女の秘め事の絵。
 さらに上の階に上っていく。
 たくさんの棚。
 出産用の椅子。
 赤ん坊の泣き声がして、ベビーカーで乳児室に運んでいかれるイメージ。
 女性の人形の収まったケース。女体は、右胸、陰部、腹部、内臓が取り外し可能になっていて、子宮の中に赤ん坊がいるのまで見える。
 頭蓋骨と頭蓋骨を切開する道具。
 墓地の絵。
 そこから髪の毛などを収集したと示すイメージ。
 らせん階段を下りる手。
 収集品のイメージが重ねられていく。
 明かりが消され、部屋に鍵がかけられていく。
 最後にコレクションをめぐってきた男性の足が義足であったことが示される。

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 【解説】
 この作品は、案内人に導かれるようにして、人体模型や医学道具など、秘密のコレクションを示すという趣向で、観客に、サー・ヘンリー・ウエルカム Sir Henry Wellcome(1853-1936)のコレクション(の一部)を見せるという仕組みになっています。

 サー・ヘンリー・ウエルカムは、アメリカで生まれ、イギリスで製薬会社を起こした人物で、存命中にこの作品に示されているような多くの人体模型や医学道具を収集しています。それらはWellcome Collectionと呼ばれ、Wellcome Trustで保存管理されるとともに、一般にも展示されています。「さあ、ようこそ!」というような名前ではありますが、このコレクションは、そんなに大っぴらに宣伝はしていなくて、イギリスでも知る人ぞ知るコレクションであるようです。
 コレクションは、2003年に大英博物館で展示され、Ken Arnold and Danielle Olsen (eds.): “Medicine Man: The Forgotten Museum of Henry Wellcome”(London: The British Museum Press, 2003)という解説本も出版されています。

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 *関連サイト
 Wellcome Collection:http://www.wellcomecollection.org/index.htm
 Wellcome Library:http://library.wellcome.ac.uk/index.html
 Wellcome Trust:http://www.wellcome.ac.uk/Funding/Biomedical-science/Grants/Fellowships-and-personal-awards/wtx033549.htm
 サー・ヘンリー・ウエルカムに関するWikipedia(英語):http://en.wikipedia.org/wiki/Henry_Wellcome
 ウエルカム・コレクションに関するWikipedia(英語):http://en.wikipedia.org/wiki/Wellcome_Collection

 今から考えると、ブラザーズ・クエイとヤン・シュヴァンクマイエルは、似ているようで全然違うと思えてしまうわけですが、この作品に関しては、博物学的好奇心という意味で、ブラザーズ・クエイとヤン・シュヴァンクマイエルが最も接近した瞬間と言っていいかもしれません。ただし、ブラザーズ・クエイがあくまで人体の不思議に魅せられるのに対し、シュヴァンクマイエルは医学・解剖学・生物学を超えて想像を広げていくわけですが。

 画像が暗いこともあってわかりにくいのですが、登場人物として2人の人物がいるというのは確かなようで、この作品が紹介される時に「ファントムに導かれてコレクションが紹介されている」と紹介されたりもしているようですが、そうではなくて、(物語の骨格としては)「ファントムのコレクションを勝手に見に来た者に、ファントムがいたずらして(いろんな物を動かしたりして見せ)、最後に、ファントムに脅かされて、その見学者が逃げるようにして(らせん階段を2組の手袋が追いかけっこして)建物を出てきた」と見ることもできそうです(見学者は自分の足に合う義足をここに探しに来た? あるいは、思わぬ追いかけっこの末に義足が痛んでしまった?)。

 ウエルカム・コレクションのうち、妊婦の模型は、特にブラザーズ・クエイのお気に入りのようで、『ソングス・フォー・デッド・チルドレン』にも使われています。

 *参考サイト:http://www.animateprojects.org/films/by_date/films_2003/phantom_museum

 ◆作品データ
 2003年/英/11分15秒
 台詞なし/日本語字幕なし
 実写+アニメーション

 出演
 The Phantom:Billy Ray Gallion
 Librian:Stephen Quay

 プロデューサー:キース・グリフィス
 音楽:Gary Tarn

 *この作品は、2006年のイメージフォーラム・フェスティバルで上映された後、2008年の「ブラザーズ・クエイの幻想博物館」の中で上映されました。

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 ◆監督について
 ブラザーズ・クエイ (スティーヴン&ティモシー・クエイ)
 人形を使った幻想的なストップ・モーション・アニメーションで知られる映像作家。英国怪奇ロマンの異端、映像の錬金術師とも呼ばれる。

 1947年 アメリカ ペンシルベニア州ノリスタウン生まれ。
 1965-69年 フィラデルフィア芸術大学でイラストレーションを学んだ後、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(Royal College of Art/英国王立美術大学)で学ぶためにイギリスに移り(徴兵を逃れるため、という説もある)、以後、イギリスを主な活動拠点とする。
 ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで初期短編(“Der Loop Der Loop”、“II Duetto”、“Palais En Flammes”)を製作するが、現在は残っていない。
 70年代はオランダでブック・デザインなどをして過ごし、その後、イギリスに戻って、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで同窓であったキース・グリフィスと3人で、Koninck Studiosを設立した。
 1979年、BFIの出資で『人工の夜景』を製作。以降、人形を使ったストップ・モーション・アニメーションを次々と発表。1995年には、実写による初めての長編作品『ベンヤメンタ学院』を手がけた。

 特に東欧の芸術文化への関心が高く、そこから作品のモチーフを選ぶことも多い。
 彼らが好み、影響を受けたとされる芸術家は、ヤン・シュヴァンクマイエルを筆頭に、ポーランドのアニメーション作家であるヴァレリアン・ボロズィック(Walerian Borowczyk)やヤン・レニッツァ(Jan Lenica)、ポーランドの作家ブルーノ・シュルツ、フランツ・カフカ、スイスのドイツ語詩人・作家ロベルト・ヴァルザー(Robert Walser)、フランドルの劇作家ミシェル・ド・ゲルドロード(Michel De Ghelderode)、ロシア出身のアニメーション作家Ladislas Starevich、ボヘミアの人形師Richard Teschner、チェコの作曲家レオス・ヤナーチェク、シュヴァンクマイエル作品で知られるチェコの作曲家ズデニェク・リュシュカ、ポーランドの作曲家レゼック・ヤンコフスキ(Leszek Jankowski)など。

 映画の制作のほか、演劇やオペラの装飾、イラストレーション、ブック・デザイン、CM等も手がけている。

 受賞&ノミネート歴は、『ストリート・オブ・クロコダイル』がカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品(22分の作品ながら長編部門にエントリー!)。
 シッチェス・カタロニア国際映画祭では『ストリート・オブ・クロコダイル』が短編部門Caixa de Catalunya受賞、『イン・アブセンティア』“In Absentia”が最優秀短編映画賞を受賞。
 ロカルノ国際映画祭では、コンペティション部門に長編2作品を出品し、『ピアノチューナー・オブ・アースクエイク』“The Piano Tuner of Earthquakes”が特別賞&ヤング審査員特別賞を受賞。
 クラクフ映画祭では、『イン・アブセンティア』“In Absentia”で特別賞受賞、2003年にドラゴン・オブ・ドラゴンズ名誉賞を受賞。

 日本では、1988年にイメージフォーラム フェスティバルで初紹介。
 翌1989年にシネ・ヴィヴァン・六本木で、『ストリート・オブ・クロコダイル』というタイトルで短編4作品(『レオス・ヤナーチェク』『ヤン・シュヴァンクマイヤーの部屋』『ギルガメッシュ/小さなほうき』『ストリート・オブ・クロコダイル』)がレイトショー公開され、約4ヶ月にも及ぶロングランを記録した。
 上記4作品に『失われた解剖模型のリハーサル』を加えた5作品がダゲレオ出版より『ストリート・オブ・クロコダイル』としてVHSで発売されたが、8000円近い価格にも拘らず、10000本を越えるセールスを記録。日本では未だにDVD化はされていない。その後、VHS『ブラザーズ・クエイ短編集vol.2』が、同じくダゲレオ出版から発売された(『人工の夜景』『櫛』『スティル・ナハト2』『スティル・ナハト3』『スティル・ナハト4』を収録)。
 1996年に『ベンヤメンタ学院』が劇場公開された時には、10作品の短編を2プログラムに分けて上映するプログラムも組まれた(Aプロ:『レオス・ヤナーチェク』『ヤン・シュヴァンクマイヤーの部屋』『ギルガメッシュ/小さなほうき』『ストリート・オブ・クロコダイル』 Bプロ:『失われた解剖模型のリハーサル』『人工の夜景』『櫛』『スティル・ナハト2』『スティル・ナハト3』『スティル・ナハト4』)。

 ピーター・グリーナウェイは彼らをモデルとして映画『ZOO』を作り、テリー・ギリアムはベスト・アニメーションの1本として『ストリート・オブ・クロコダイル』を選んでいる。

 2007年4月に、Zeitgeist FilmsよりDVD“Phantom Museums: The Short Films of the Quay Brothers”が発売された。これは、彼らの30年近い活動の集大成的な短編集で、13本の短編(全261分)に、インタビュー、オーディオ・コメンタリー、クエイ事典を含む24ページのブックレットつきで、34.99ドル。日本未発売。

 ・1979年 『人工の夜景』“Nocurna Artificiala”
 ・1980年 “Punch & Judy: Tragical Comedy or Comical Tragedy(Punch & Judy)”
 ・1980年 “The Falls” [出演/監督:ピーター・グリーナウェイ]
 ・1981年 “Ein Brudermord”
 ・1981年 “The Eternal Day Of Michel de Ghelderode”
 ・1983年 “Stravinsky - The Paris Years”
 ・1983年 『レオス・ヤナーチェク』“Leoš Janáček : Intinate Excursions”
 ・1984年 『ヤン・シュヴァンクマイヤーの部屋(ヤン・シュヴァンクマイエルの部屋)』“The Cabinet of Jan Svankmajer”
 ・1985年 『ギルガメッシュ/小さなほうき』“This Unnameable Little Broom(Epic of Gilgamesh/ Little Songs of the Chief Officer of Hunar Louse)”
 ・1986年 『ストリート・オブ・クロコダイル』“Street of Crocodiles”
 ・1986年 「ハニーウェル」 [CM]
 ・1986年 「スレッジハンマー」[協力][PV/監督:スティーヴン・ジョンソン]
 ・1987年 “The Films of the Brothers Quay(Tales of the Brothers Quay/ The Brothers Quay Collection)”
 ・1987年 「ウォーカー・チップス」 [CM]
 ・1987年 「デュラックス防水液」 [CM]
 ・1988年 “Stille Nacht I”
 ・1988年 『失われた解剖模型のリハーサル』“Rehearsals for Extinct Anatomies”
 ・1989年 “Ex-Voto/The Pond”
 ・1990年 『櫛』“The Comb(From The Museums Of Sleep)”
 ・1991年 『アナモルフォーシス』“De Artificiali Perspectiva(Anamorphosis)”
 ・1991年 “The Calligrapher”
 ・1991年 『スティル・ナハト2』“Stille Nacht II: Are We Still Married? ”
 ・1992年 “Long Way Down (Look What The Cat Drug In)”
 ・1992年 『スティル・ナハト3』“Tales from the Vienna Woods(Stille Nacht III)”
 ・1993年 『スティル・ナハト4』“Stille Nacht IV(Can't Go Wrong Without You)”
 ・1995年 “The Summit”
 ・1995年 『ベンヤメンタ学院』“Institute Benjamenta, or This Dream People Call Human Life(Institute Benjamenta/ Institute Benjamenta, or This Dream Which One Calls Human Life)”[長編]
 ・1996年 『悦楽共犯者』 [音楽(music co-operator)/監督:ヤン・シュヴァンクマイエル]
 ・2000年 『サンドマン』“The Sandman”[TV]
 ・2000年 『デュエット』“Duet”
 ・2000年 『イン・アブセンティア』“In Absentia”
 ・2000年 『フリーダ』 [アニメーション/監督:ジュリー・テイモア]
 ・2002年 “Celluloid Dreams” [出演/監督:James Dunnison]
 *ジャン=ピエール・ジュネ、デイヴィッド・リンチ、ガイ・マディンらについてのドキュメンタリー
 ・2003年 『ソングス・フォー・デッド・チルドレン』“Songs for Dead Children”
 ・2003年 『ファントム・ミュージアム』“The Phantom Museum: Random Forays Into the Vaults of Sir Henry Wellcome's Medical Collection” [TV]
 ・2005年 『ピアノチューナー・オブ・アースクエイク』“The Piano Tuner of Earthquakes” [長編]

 ※特記なしは、短編監督作品。

 ◆参考サイト

 ・ブラザーズ・クエイに関するWikipedeia:http://en.wikipedia.org/wiki/Brothers_Quay

 ・senses of cinema:http://www.sensesofcinema.com/contents/directors/04/quay_brothers.html

 以前は、公式サイトもあったのですが、閉鎖されてしまったようです。

 ◆参考書籍

 ・滝本誠『映画の乳首、絵画の腓』(ダゲレオ出版) p40-53

 ・『夜想34 パペット・アニメーション』(ペヨトル工房)

 ・ 『ユーロ・アニメーション』(フィルムアート社) p74-79

 ・ 『アートアニメーションの素晴らしき世界』(エスクァイア マガジン ジャパン) p130-135



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