クリストフ・オノレ 『愛のうた、パリ』

 昨年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上映されたクリストフ・オノレ監督の“Les Chansons d'amour”が第17回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で、『愛のうた、パリ』という邦題で上映されました。
 1週間前の新宿バルト9での上映と、スパイラルホールでの上映と、2回限りだけの上映ということもあって、21時~という上映時間にも拘わらず、大盛況で、座席数以上のチケットを売ってしまい、立ち見orキャッシュ・バックという状況になりました。

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 以前は、上映開始前からスクリーンで映像を流していたり、ドラッグクイーンの人がトークをしていたり、はたまた会場でフリー・コンドームを配っていたりしていたんですが、今ではそういうお祭り気分もすっかり影をひそめて、(いろいろ不手際はありつつも)普通の映画祭のようになっていました(笑)。

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 『愛のうた、パリ』

 【出演】
 イスマエル:ルイ・ガレル
 ジュリー:リュディヴィーヌ・サニエ
 アリス:クロチルド・エスメ
 ジャンヌ:キアラ・マストロヤンニ
 ジャスミン:Alice Butaud
 ジュリーの母:ブリジット・ルアン(Brigitte Roüan)
 ジュリーの父:Jean-Marie Winling
 グエンダル:ヤニック・レニエ(Yannick Renier/ジェレミー・レニエの兄)
 エルワン:グレゴワール・ルプランス・ランゲ(Grégoire Leprince-Ringuet)

 【物語】
 パリの街に朝が来て、やがて夜が来る。
 第1部 「旅立ち」
 ジュリーは、独りで映画館にやってきて『私を忘れて』のチケットを買い、開場を待つ列に並ぶ。
 そうして恋人のイスマエルに電話をする。
 イスマエルはまだ職場にいて、ジュリーがこれから『私を忘れて』を観ようとしていることを知ると、その映画を観るのは止せという。
 それには構わずに、ジュリーはそばにアリスがいるのかと訊く。イスマエルのそばには確かにアリスがいたが、彼は誰もいないとウソをつく。
 ♪"De bonnes raisons" Performed by Louis Garrel, Ludivine Sagnier

 映画を観終えて、ジュリーが外へ出ると、イスマエルが待っていて、二人でアパートに帰る。
 ♪"Inventaire" Performed by Ludivine Sagnier, Louis Garrel

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 そのアパートに、遅れてアリスもやってくる。
 三人は1つのベッドで寝るが、そういう状態はイスマエルにとって居心地が悪い。彼は二人の間に割り込むが、またはじき出されて、二人のいちゃいちゃを見せつけられることになる。

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 ジュリーの実家。
 ジュリーは、気持ちが離れそうなイスマエルをつなぎとめるためにこの奇妙な三角関係を自分から始めたのだと家族に話す。
 ♪"La Bastille" Performed by Ludivine Sagnier, Jean-Marie Winling, Alice Butaud, Chiara Mastroianni, Brigitte Roüan

 ♪"Je n'aime que toi" Performed by Ludivine Sagnier, Louis Garrel, Clotilde Hesme

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 三人でライブハウスに来ている。
 ♪"Brooklyn Bridge" Performed by Alex Beaupain

 ジュリーはイスマエルと二人でいて、二人の前にいたアリスは(以前からの知り合いだったのか)グエンダルを見つけて、急速に親しさを増す。
 ジュリーは、急に具合が悪くなり、トイレに行く。しかし、一向によくならないのでライブハウスを出ることにする。
 荷物を取りに戻ってから、外に出たイスマエルはドアの外にジュリーが倒れているのを見つける。救急隊が来て、警察も来て、彼は事情聴取を受ける。ジュリーは、心肺停止のまま還らぬ人となる。イスマエルは、患者の死を伝える符牒らしい「デルタ・チャーリー・デルタ」という言葉を聞いて、ショックを受ける。
 ♪"Delta Charlie Delta" Performed by Louis Garrel

 第2部 「不在」
 ジュリーの死がなかなか受け止められないイスマエル。逆に、ジュリーの家族が彼のことを心配してくれる。

 ジュリーの姉ジャンヌが、アパートにあるジュリーの荷物を整理してくれるという日、イスマエルは、アパートに帰らず、アリスの紹介でグエンダルの家に泊めてもらう。グエンダルは、彼に弟エルワンの部屋を貸す。
 ♪"Il faut se taire" Performed by Louis Garrel, Clotilde Hesme

 朝起きると、エルワンがいて、服を貸してくれたりする。
 ♪"As-tu déjà aimé ?" Performed by Grégoire Leprince-Ringuet, Louis Garrel

 イスマエルがアパートに帰ると、まだジャンヌがいて、昨夜彼が帰らなかったことを心配する。
 ♪"Les Yeux au ciel" Performed by Louis Garrel

 イスマエルは、バーで働いている女性モードと知り合い、アパートへ連れて帰るが、朝目覚めると、ジャンヌがやってきていて、驚く。イスマエルは、ジャンヌに何か言われる前に先に出かけてしまう。ジャンヌは、この状況に驚いていない様子だったが、それはモードをアリスと勘違いしていたからだったということがわかる。

 イスマエルは、ジュリーの母から呼び出しを受ける。それは彼女がジャンヌから彼のことを聞いて心配になったからだった。

 第3部 「回復」
 エルワンが会社の外でイスマエルを待っている。
 それを見て、アリスは、もう既に別れたグエンダルがよりを戻すために、弟を寄越したのかと勘違いし、絶縁状のつもりで、エルワンに部屋の鍵を返す。アリスの勘違いをエルワンもイスマエルも訂正できないまま、アリスは行ってしまう。アリスからエルワンに渡された部屋の鍵を、イスマエルが預かることにする。
 ♪"La Distance" Performed by Grégoire Leprince-Ringuet, Louis Garrel

 ♪"Ma mémoire sale" Performed by Louis Garrel

 二人はその夜、イスマエルのベッドで過ごす。
 朝、またジャンヌがやってきて、ベッドの二人を見て、ショックで出て行く。
 イスマエルはジャンヌを追い、イスマエルとジュリーは果たしてうまくいっていたのか、イスマエルに問題があったのではないかと疑心暗鬼に陥っている彼女の誤解を解こうとするが、うまくいかない。
 ♪"Au parc" Performed by Chiara Mastroianni

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 イスマエルは、悩み、会社をサボって、ジュリーの墓参りに行く。
 ♪"Si tard" Performed by Ludivine Sagnier

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 会社には、イスマエルを心配して、エルワンがやってくる、アリスも、エルワンがグエンダルの命令でアリスとよりを戻すために来ているのではなく、二人ができているということにようやく気づく。

 憔悴しきっているイスマエルを見つけたアリスは、彼を無理やりエルワンのところへ連れて行って、彼に押し付けて去る。
 迷いつつも、イスマエルは、エルワンの愛を受け入れることに決める。
 「深く愛するな、長く愛せ」
 ♪"J'ai cru entendre" Performed by Louis Garrel, Grégoire Leprince-Ringuet

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 ◆コメント

 会場を後にする人ごみの中で会話されていた言葉に「こんな話だとは思わなかった」「いくら愛の国って言ったってこれはないわあ」というようなものがありましたが、まあ、そういう感想を持ってしまわざるを得ない映画ではありました(笑)。

 ジュリーの仕掛けた奇妙な三角関係の行方が描かれるのかと思っていると、いきなりジュリーが死んでしまって、イスマエルとともに観客も置いてきぼりにされたような気分を味わって、あれあれあれと思ってしまうわけですが。

 単純化してしまえば、一つの愛を唐突に奪われた主人公が新しい愛を見つけるまでを描いた作品ということになりますが、主人公が同性愛を受け入れるまでのモラトリアム(執行猶予)を描いた作品にも見えます。

 物語は、かなりイスマエルの主観寄りであって(イスマエルの主観の度合いが強い)、ジュリーの家族は、ジュリーの死を悲しむよりも残されたイスマエルの心配をしているようにも見えます。

 愛する相手が、男性であっても女性であってもかまわないような感情を味わわさせられるという点では、『天国の口、終りの楽園。』を思い出させたりもします。『天国の口、終りの楽園。』にも死の影が色濃くにじんでいたわけですが。

 エルワンの愛読書として、エドマンド・ホワイトの『美しい部屋は空っぽ』が映し出された時――これによって作り手は彼がゲイらしいということを仄めかしていたわけですが、――会場では軽い笑いが起こりました。ここでそうした笑いが起こったことを私は意外に思ったわけですが、これは、その意味を理解した上での笑い(記号として露骨過ぎる?と)だったでしょうか、それとも、単にあの瞬間にこんなタイトルの本が出てくることがおかしかっただけだったでしょうか?
 『美しい部屋は空っぽ』は、日本でゲイ・ノベルが流行した時に出版された本の1冊なわけですが、あれからもう18年も経っているんですね(東京国際レズビアン&ゲイ映画祭が始まったのもちょうど同じ頃でした)。

 ミュージカル風なので、ちょっと変わったところのある作品にも見えますが、それを取り除いてしまえば、案外これまでのクリストフ・オノレの作品(登場人物の感情のもつれを描いた)に近いものになっていたかもしれません。

 これがカンヌのコンペ水準の作品かどうかはともかく、ちりばめられた笑いと、どこに着地するかわからない展開の面白さとで、けっこう楽しめる作品ではありました。キャストも悪くないし、ユーロスペースあたりで上映されてもいいように思いました(でも、この映画祭で上映された作品で(あらかじめ公開が決まっていた作品以外は)後々劇場公開されたりというのはないような気がします)。

 今回の上映では、字幕にはピントが合っているのに、映像がぼけてしまっているというところが何回かありましたが、これは字幕をフィルムに焼き付けていない(字幕だけ別に投影させている)ということで、映画祭での上映が終わったら、フィルムは(日本語字幕が入っていない状態で)返却される、ということの証とも考えられます。

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 ◆トリビア

 ・「旅立ち」「不在」「回復」という構成は、実は『シェルブールの雨傘』と同じである。

 ・冒頭で、友だちが先に並んでいるので、割り込ませてもらえないかと、ジュリーが並んでいる映画の列に割り込んでくる男性が出てくるが、この男性を演じたのはGael Morelで、彼はクリストフ・オノレの映画仲間であり、彼の監督作“Après lui”(2007)にはクリストフ・オノレが脚本で参加している。

 ・エルワンの部屋には『誰も知らない』のポスターが貼られている。

 ・多くの台詞はAdam Thirlwell の最初の小説“Politics”にインスパイアされて書かれている。この本は、クロチルド・エスメがベッドで読んでいる本として映画の中に出てくる。

 ・実際にジュリーと同じようにして死んだ人物がいて、ジュリーのモデルとなっている。

 ・クリストフ・オノレは、元々は、ルイ・ガレルを起用するつもりではなかったが、ルイ・ガレルがしつこく電話してきたのと、キャスティングの期限が迫っているのとで、彼にオーディションを受けさせた。

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 ◆スタッフ

 ・監督:クリストフ・オノレ
 1970年 ブリタニー生まれ。
 『カイエ・デュ・シネマ』の執筆陣としてキャリアをスタートさせる。
 2002年“17 fois Cécile Cassard”(ロマン・デュリス、ベアトリス・ダル主演)で監督デビュー。
 自身の監督作のほかに脚本を手がけた作品も多い。また、多くの児童書を手がけていることでも知られている。
 同性愛の内容を含んだ作品が多い。
 日本で劇場公開された作品に『ジョルジュ・バタイユ ママン』(2004)、脚本を手がけた作品にジャン=ピエール・リモザンの『NOVO/ノボ』(2002)がある。前作『パリの中で』“Dans Paris”(2006)は日本語字幕なしで日仏学院で上映されたことがある。
 現在はFEMISで後進の指導にも当たっている。

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 ・プロデューサー:パウロ・ブランコ
 シネフィルな映画しか作らないことで知られるポルトガルの映画会社ジェミニ・フィルムのプロデューサー パウロ・ブランコは、ジェミニ・フィルムを離れたのか、ジェミニ・フィルム以外での映画製作を始めたらしい。

 ・撮影:レミ・シュヴラン(Rémy Chevrin)
 主な作品に『フレンチなしあわせのみつけ方』(2004)、『イブラヒムおじさんとコーランの花たち』(2003)、『ぼくの妻はシャルロット・ゲンズブール』(2001)。

 ・編集:Chantal Hymans
 主な作品に『ジョルジュ・バタイユ ママン』(2004)、『アイドル 欲望の饗宴』(2002)、『ポルノグラフィックな関係』(1999)。

 ・音楽:Alex Beaupain
 本作でセザール賞音楽賞受賞。
 『ジョルジュ・バタイユ ママン』を除き、クリストフ・オノレの全長編の音楽を手がけている。本作では、ライブ・シーンで出演・演奏も果たす。
 そのほかの作品に、ジル・マルシャンの『誰がバンビを殺したか?』(2003)がある。

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 ◆受賞歴
 ・2008年セザール賞音楽賞受賞(Alex Beaupain)。
 同賞音響賞、新人賞(グレゴワール・ルプランス・ランゲ、クロチルド・エスメ)ノミネート。

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 ・2008年 トリノ国際レズビアン&ゲイ フィルム・フェスティバル 審査員特別賞受賞。

 ・2008年 Étoiles d'Or 最優秀作曲賞受賞(Alex Beaupain)。

 2007年カンヌ国際映画祭コンペ部門出品、2007年トロント国際映画祭VANGUARD部門出品、2008年 ロンドン レズビアン&ゲイ フィルム・フェスティバル出品、2008年 イスタンブール フィルム・フェスティバル出品、2008年 ブエノスアイレス 国際インディペンデント映画祭出品など。

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 ◆予告編(フランス版)



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この記事へのコメント

2008年07月21日 01:29
こんばんはー。
私は2度観てしまいました。
スパイラルホールも大盛況でビックリ。
バルト9で観た一作で、途中字幕が入らないというトラブルがありました。
なので、字幕は別投影なんでしょうね。
「美しい部屋は空っぽ」のことは知らなかったですが、あれは表紙の写真が一目瞭然だったから、それで会場に笑いがおきたんじゃないかなと思えました。
バレバレじゃーんな笑い。
『私を忘れて』って、去年ドゥミ関連特集の時にユーロで観た映画だったのでちょっと嬉しかったです。
オノレ、いいっすよ。w
umikarahajimaru
2008年07月21日 08:19
かえるさま
コメントありがとうございました。
クリストフ・オノレって、フランスではすでに映画作家として認められているようですが、日本とはちょっと温度差があるように思いますね。『ママン』にしても『NOVO』にしてもさほど面白いものではありませんでしたし。かえるさんにはきっとフランス人的な感性があるんですね。
D
2008年07月21日 16:36
なぜかTBしたかったんですが
自分のブログの使い勝手が悪いので出来ませんでしたが
Dもこの映画見ました(魔の巣窟Youtubeで)
日本ではすっぱりとゲイにカテゴライズされてるんですね
うちの近くであったフランス映画祭のときは
”ミュージカル、ロマンス”で
奇妙な3人の関係が気になって気軽な気分で見た青少年の心に何か植えつけたはずですwww

最後のイスマエルの言葉がかなり気に入ってます
umikarahajimaru
2008年07月21日 20:24
Dさま
TB、反映されてるみたいですよ。
この映画は、日本でゲイにカテゴライズされてるというよりは、日本以前に各国のレズビアン&ゲイ映画祭で上映されてるので、日本の映画祭スタッフはそこから選んできた(だけな)のではないでしょうか。
性差を超えた愛の形を描いているので、確かに同性愛映画のカテゴリーに入る映画ではありますが、そんなにカテゴライズを気にする必要もないように思いますね。
とはいうものの、同性愛が未だに法律に触れてしまう国もあるわけですが。
D
2008年07月21日 20:54
反映されてましたね、ありがとうございます
”美しい部屋は空っぽ”なんですが
未読というか聞いたこともありませんでしたので
そこら辺の作り手の意図を見事にスルーして
話の展開に驚かされました
とりあえず早くDVDが出ればいいなーと心待ちにしてます
なんだかんだ言って好きな映画なので
2008年08月23日 00:43
少し風変わりの作品だと思います。

歌とミュージカルは素敵で独特な恋愛観が印象的でした。

主人公のイスマエルを演じたルイ・ガレルはユニークな雰囲気をした男優さんだと思います。

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