チェン・カイコーの原点 『チュウシン村』

 30数編からなるオムニバス映画『それぞれのシネマ』で、最後から2番目に置かれている作品が、チェン・カイコーの『チュウシン村』です。

 オムニバス映画は、構成する短編が多くなれば多くなるほど、どの作品をどういうタイミングで見せるかということが大事になってきますが、『それぞれのシネマ』で『チュウシン村』が最後から2番目に置かれたのは、やはりこの作品で観客に気持ちよく劇場を後にしてもらうという効果を狙ったから、でしょうか。



 【物語】
 1977年。野外上映のためにスクリーンと映写機がセットされている。子供たちが勝手に上映を始めるが、途中で電気が途切れてしまう。自転車で発電すればいいんじゃないかと思いついた彼らは自転車(のダイナモ)と映写機をつないで、自転車をこぎながら映画(チャップリンの)『サーカス』(1928)を楽しむ。しかし、大人に見つかり、自転車を漕いでいた子供たちは一斉に逃げてしまう。
 1人だけ少年が取り残されるが、彼は盲目で、仲間が逃げたことがわからず、やってきた大人に「もう映画を観るのをやめてもいい?」と訊く。
 2007年。映画館の中を1人の盲目の男性が席につくために杖をつきながら歩いていく。

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 ◆コメント
 タイトルの「チュウシン村(朱辛庄)」というのは、北京市内にある地名で、この作品の舞台となっている1977年の翌年に北京電影学院が置かれ、チェン・カイコーらが第一期生として学ぶことになります。
 つまり、ここは、チェン・カイコー(あるいは中国映画第五世代)の原点となる場所なわけで、ここからすべてが始まった、と、この作品を通して、チェン・カイコーはそう語っている、ということになります。
 原点の原点たるべき映画として選ばれているのがチャップリンの『サーカス』で、実際に当時の中国でチャップリンの『サーカス』がこうした野外上映会で上映されていたのかどうかはわかりませんが、小難しいことを考えずに“誰でも”単純に観ることができる作品として、すなわち、映画の原初的な楽しみのある作品として『サーカス』がある種の象徴として選ばれていると考えることができます。

 子供たちが逃げてしまうところで、物語を終わらせてもよかったはずですが、そうしなかったのは、ここからがこの作品のキモだから、なのでしょう。

 ここで出てくる盲人がどういう意味を持っているのかがちょっとわかりにくいのですが、『人生は琴の弦のように』でも盲人を主人公にして、将来に希望が見えない中国人と、中国人をめぐる状況を象徴的に描いてみせたチェン・カイコーであってみれば、ここもやはり、盲人を通して、映画と「何か」の象徴的関係を描いてみせたのだろう、と考えられます。

 その「何か」とは何か? 盲人を中国人全般のメタファーとしてとらえることもできそうですが、そうすると、「中国人は未だに映画がわかっていないのだ」ということになって、ちょっと傲慢な感じがするし、チェン・カイコーらしくもありません。とすれば、残る可能性として考えられるのは、盲人=チェン・カイコー自身説、です。つまり、チェン・カイコーは、ここで、盲人に託して、「30年経っても私は映画というものが本当はまだよくわかっていないのだ(わからないながらも映画の魅力にとりつかれている)」と謙虚に告白している、ということになるわけです。

 ちなみに、本作のプロデューサーは、『北京バイオリン』以降のチェン・カイコー作品をプロデュースしている、女優で、チェン・カイコーの奥さんでもあるチェン・ホンです。盲目の少年を演じているのは、監督の長男だそうです。

 ◆作品データ
 2007年/中国/2分57秒
 北京語台詞あり/英語字幕あり
 実写作品

 *この作品は、『それぞれのシネマ』として、2007年の東京フィルメックスで上映された後、2008年シネフィル・イマジカで放映され、ユナイテッド・シネマ豊洲で劇場公開されました。
 2008年7月日本版DVDリリース。

 
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 ◆『それぞれのシネマ』 INDEX
 【0】プロローグ
 【1】レイモン・ドパルドン「夏の映画館」 Raymond Depardon “Cinéma d'été /Open-Air Cinema”
 【2】北野武「素晴らしき休日」 Takeshi Kitano “One Fine Day”
 【3】テオ・アンゲロプロス「3分間」 Theo Angelopoulos “Trois minutes /Three Minutes”
 【4】アンドレイ・コンチャロフスキー「暗闇の中で」 Andrei Konchalovsky “Dans le noir /In the Dark”
 【5】ナンニ・モレッティ「映画ファンの日記」 Nanni Moretti “Diaro di uno spettatore /Diary of a Moviegoer”
 【6】ホウ・シャオシェン「電姫戯院」 Hou Hsiao-Hsien “The Electric Princess House”
 【7】ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ「暗闇」 Jean-Pierre and Luc Dardenne “Dans l'obscurité /Darkness”
 【8】ジョエル&イーサン・コーエン Joel and Ethan Coen 「ワールドシネマ」“World Cinema”
 【9】デイヴィッド・リンチ「アブサーダ」 David Lynch“Absurda”
 【10】アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ「アナ」 Alejandro Gonzalez Inarritu “Anna”
 【11】チャン・イーモウ「映画をみる」 Zhang Yimou “En regardant le film /Movie Night”
 【12】アモス・ギタイ「ハイファの悪霊(ディブク)」 Amos Gitai “Le Dibbouk de Haifa /The Dibbuk of Haifa”
 【13】ジェーン・カンピオン「レディ・バグ」 Jane Campion “The Lady Bug”
 【14】アトム・エゴヤン「アルトー(2本立て)」 Atom Egoyan “Artaud Double Bill”
 【15】アキ・カウリスマキ「鋳造所」 Aki Kaurismaki “La Fonderie /The Foundry”
 【16】オリヴィエ・アサヤス「再燃」 Olivier Assayas “Recrudescence/Upsurge”
 【17】ユーセフ・シャヒーン「47年後」 Youssef Chahine “47 ans après /47 Years Later”
 【18】ツァイ・ミンリャン「これは夢」 Tsai Ming-Liang “It's a Dream/是夢”
 【19】ラース・フォン・トリアー「職業」 Lars von Trier “Occupations”
 【20】ラウル・ルイス「贈り物」 Raul Ruiz “Le Don /The Gift”
 【21】クロード・ルルーシュ「街角の映画館」 Claude Lelouch “Cinéma de boulevard /The Cinema Around the Corner”
 【22】ガス・ヴァン・サント「ファースト・キス」 Gus Van Sant “First Kiss”
 【23】ロマン・ポランスキー「エロチックな映画」 Roman Polanski “Cinema Erotique”
 【24】マイケル・チミノ Michael Cimino 「翻訳不要」“No Translation Needed”
 【25】デイヴィッド・クローネンバーグ「最後の映画館における最後のユダヤ人の自殺」David Cronenberg “At the Suicide of the Last Jew in the World in the Last Cinema in the World”
 【26】ウォン・カーウァイ「君のために9千キロ旅をしてきた」 Wong Kar Wai “I Traveled 9,000 Km to Give It to You”
 【27】アッバス・キアロスタミ「ロミオはどこ?」 Abbas Kiarostami “Where Is My Romeo?”
 【28】ビレ・アウグスト「最後のデート・ショウ」 Bille August “The Last Dating Show”
 【29】エリア・スレイマン「臆病」 Elia Suleiman “Irtebak/Awkward”
 【30】マノエル・デ・オリヴェイラ「唯一の出会い」 Manoel de Oliveira “Rencontre unique /Sole Meeting”
 【31】ウォルター・サレス「カンヌから5557マイル」 Walter Salles “À 8 944 km de Cannes /5,557 Miles From Cannes”
 【32】ヴィム・ヴェンダース「平和の中の戦争」 Wim Wenders “War in Peace”
 【33】チェン・カイコー「チュウシン村」 Chen Kaige “Zhanxiou Village”
 【34】ケン・ローチ「ハッピー・エンド」 Ken Loach “Happy Ending”
 【35】エピローグ

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 ◆監督について
 チェン・カイコー 陳凱歌/Chen Kaige
 チャン・イーモウ、ティエン・チュアンチュアン監督らとともに中国第五世代を代表する監督の1人。
 文化大革命以降の激動の中国を舞台に、歴史に翻弄される庶民の生き方を、独特の様式美で描いた一連の監督作品によって、(それまで国際的にはほとんど注目されていなかった)中国映画にスポットライトを当てるきっかけを作った。

 1952年、北京生まれ。
 父は、北京映画製作所に所属する映画監督チェン・ホアイアイ、母はシナリオ編集者。
 文化大革命時代に少年期を迎え、紅衛兵として父を糾弾したりもしている。その後、雲南省の山村に下放して農作業に従事、1970年に軍隊に入った。
 1976年に北京电影洗印廠(ラボ)の仕事に就く。
 1978年、再開された北京電影学院の監督科に入学(同期にティエン・チュアンチュアン(田壮壮)、ウー・ツーニウ(呉子牛)、チャン・チュンチャオらがいる)。在学中にはテレビ・ドラマの助監督なども経験した。
 卒業後、1982年に北京映画製作所に入り、1984年に最初の長編『黄色い大地』を発表。この作品は、ハワイ、香港、ナント、ロカルノの各国際映画祭で高い評価を得て、国際的に大きな注目を浴びた。
 監督第二作の『大閲兵』(1985)は、1987年のモントリオール国際映画祭で審査員賞を受賞し、翌年のベルリン国際映画祭で、チャン・イーモウの『紅いコーリャン』が金熊賞を受賞したことなどと合わせて、中国第五世代の登場を世界に強く印象づけることになった。
 1993年には、『さらばわが愛、覇王別姫』でカンヌ国際映画祭のパルムドールを受賞し、人気と実力を決定的にした。

 チェン・カイコーは、現代中国映画のトップ・ランナーで、第五世代として最初に飛び出したのも彼なら、中国人映画監督として最初にパルムドールを受賞したのも彼で、中国映画に新しい地平を切り開いたパイオニアとしての功績は大きい。「中国人監督として初」という事柄も多く、例えば、『人生は琴の弦のように』は中国人監督として初の国際的なプロジェクトであり、『キリング・ミー・ソフトリー』は中国人監督として初のアメリカ映画である(香港出身の監督は除く)。

 作品の内容としては、裏切り、心変わり、罠、謀略・策略、罪と罰、運命を狂わせる愛、などを扱ったものが多く、総じて、純真なる者のほろ苦い挫折や敗北と、その結果としての権力・権威の強化、を描いた作品が多い。

 著書に『私の紅衛兵時代 : ある映画監督の青春』(講談社現代新書)がある。

 【フィルモグラフィー】
 ・1984年 “強行起飛”<TV>[監督]
 ・1984年 『黄色い大地』[監督]
 ・1985年 『大閲兵』[監督]
 ・1987年 『子供たちの王様』[監督/脚本/出演]
 ・1991年 『人生は琴の弦のように』[監督/脚本]
 ・1993年 『さらば、わが愛/覇王別姫』[監督/製作]
 ・1996年 『花の影』[監督]
 ・1998年 『始皇帝暗殺』[監督/製作/脚本/出演]
 ・2001年 『キリング・ミー・ソフトリー』[監督]
 ・2002年 『夢幻百花』(『10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス』)[監督]
 ・2002年 『北京ヴァイオリン』[監督/脚本/出演]
 ・2004年 『北京バイオリン』 [芸術総監督] 
 ・2004年 『三国志 呂布と貂蝉』<TV>[監督] 
 ・2005年 『PROMISE プロミス』[監督/製作/脚本]
 ・2006年 『阿虎(アフー)篇』[監督]
 ・2007年 『チュウシン村』(『それぞれのシネマ』)[監督]
 ・2008年 “梅蘭芳”[監督・脚本]

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