ホウ・シャオシェン 『電姫戯院』

 『それぞれのシネマ』より、ホウ・シャオシェン篇『電姫戯院』



 【物語】
 賑わいを見せる映画館の前。(バックには「ズンドコ節」が聞こえる)
 上映中の映画は、看板から台湾映画『あひるを飼う家(養鴨人家)』(1965)、フランス映画『シェルブールの雨傘(秋水伊人)』(1964)、日本映画『愛染かつら(愛染桂)』だとわかる。
 軍用のジープが止まって、軍人と、身重にも見える女性(スー・チー)、幼い娘2人が降り立って、映画館の中へ。
 カーテンの向こうの場内では、『少女ムシェット』(1967)の、バンピング・カー シーンが流れる。

画像

 ◆コメント
 初めて観た時は、ホウ・シャオシェンの記憶の中にある映画館を再現した一編という印象しかなかったのですが、どうもそれだけではないようです。

 1つ目の気になった点は、軍人と、女性とその娘2人の関係で、どうも日曜日のお父さんが家族を連れて映画を観に来た、というようには見えないことです。オフの日の軍人が果たして軍服で家族を連れて映画を観に来るかということ、上映されている映画が家族向けの映画ではないこと、などから考えると、夫人に何らかのお世話を受けた軍人が、お礼に夫人とその娘を連れて映画館にやってきた、そういうエピソードの1シーンなのではないか、と思われてきます。軍人の方は夫人に恋心があるが、夫人の方はお礼となれば受けなければ失礼になるからそれを受けることはかまわないが、しかし不倫と見られることはなんとしても避けなければならないから、子供を連れて来ることで、それをカムフラージュした……。

 上映されている映画も意味深で、『愛染かつら』は♪花も嵐も踏み越えて~という歌で知られる有名な「すれ違いメロドラマ」だし、『シェルブールの雨傘』は出征した恋人の子を身籠りつつも彼が還らぬ人になったと思い込んで別の男性と結婚する(しかしその後で彼が生還してくる)という物語だということで、こういう記号を使って、チェン・チェンとスー・チーの関係を匂わせているのではないかとも考えられるわけです。

 思い返してみれば、ホウ・シャオシェンの映画でも、けっこう男女のすれ違いが描かれていたりした、ということに気づかされます。

 2つ目の気になった点は、ラストの映画館内のシーンのことで、カーテンを境にして、タイムスリップしている(約40年)のではないか、と考えられることです。
 単純に、看板の作品と上映中の作品が違うからということもありますが、外の賑わいに比べて中は閑散とし過ぎています(ブログによっては、場内のことを「廃墟と化している」とまで書いているものもあります)。これは、やはり映画館が賑わっていた時代(外)とさっぱり映画館にお客さんが入らなくなってしまった現在(中)との対比でしょうか。

 撮影に使われた映画館は、台南の麻豆にある電姫館という1937年創業の映画館だそうで、現在は営業しておらず、往年の姿を外観にのみ残しているということのようです。
 当時の台湾の映画館の外観が一般的にこのようなものであったかどうかはわかりませんが、築地本願寺や一橋大学兼松講堂を設計した伊東忠太のデザインに近しいものが感じられます。

 今回、見直してみるまで、私はこの作品をモノクロと記憶していたのですが、それはラストシーンの印象が強かったからでしょうか。

 『愛染かつら』は、何度も映画化されていますが、年代から考えると、ここで上映されているのは、1962年の岡田 茉莉子&吉田照雄版でしょうか。1954年の京マチ子&鶴田浩二版という可能性もありますが、ここが封切館であることを考えるとやはり前者の可能性が高いように思われます(残念ながら看板に描かれた絵からは判断がつきません)。

 『あひるを飼う家』は、ホウ・シャオシェンの師にあたるリー・シンの代表作で、ここでこの作品の看板を出すことで、ホウ・シャオシェンは師へのオマージュを捧げているのだろうと思われます。

 結果的に、短いこれだけの作品で、ホウ・シャオシェンは、師リー・シンと敬愛するロベール・ブレッソンと自分の物語作りに影響を与えたメロドラマへのオマージュを示した、ということになるようです。

 *参考サイト
 ・ブログ「nancix diary」:http://nancix.seesaa.net/article/40323604.html
 ・麻豆文化商圏:http://721.travel-web.com.tw/Show/Style3/Column/c1_Column.asp?GroupId=A100159&SItemId=0131030&ProgramNo=A100159000001&SubjectNo=2858
 ・ブログ「実録 亞細亞とキネマと旅鴉」:http://d.hatena.ne.jp/xiaogang/20071230

 ◆作品データ
 2007年/台湾/4分8秒
 台詞なし/字幕なし
 実写映画

 *この作品は、『それぞれのシネマ』として、2007年の東京フィルメックスで上映された後、2008年シネフィル・イマジカで放映され、ユナイテッド・シネマ豊洲で劇場公開されました。
 2008年7月日本版DVDリリース。

 
 ↑ ↑ ↑ ↑
 クリックしてね!

 ※参考:「tantano 短編映画を楽しむ」を楽しむ
 ・「tantano 短編映画をたのしむ」INDEX
 ・「tantano 短編映画をたのしむ」 人気動画 トップ39!

--------------------------------

 ◆『それぞれのシネマ』 INDEX
 【0】プロローグ
 【1】レイモン・ドパルドン「夏の映画館」 Raymond Depardon “Cinéma d'été /Open-Air Cinema”
 【2】北野武「素晴らしき休日」 Takeshi Kitano “One Fine Day”
 【3】テオ・アンゲロプロス「3分間」 Theo Angelopoulos “Trois minutes /Three Minutes”
 【4】アンドレイ・コンチャロフスキー「暗闇の中で」 Andrei Konchalovsky “Dans le noir /In the Dark”
 【5】ナンニ・モレッティ「映画ファンの日記」 Nanni Moretti “Diaro di uno spettatore /Diary of a Moviegoer”
 【6】ホウ・シャオシェン「電姫戯院」 Hou Hsiao-Hsien “The Electric Princess House”
 【7】ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ「暗闇」 Jean-Pierre and Luc Dardenne “Dans l'obscurité /Darkness”
 【8】ジョエル&イーサン・コーエン Joel and Ethan Coen 「ワールドシネマ」“World Cinema”
 【9】デイヴィッド・リンチ「アブサーダ」 David Lynch“Absurda”
 【10】アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ「アナ」 Alejandro Gonzalez Inarritu “Anna”
 【11】チャン・イーモウ「映画をみる」 Zhang Yimou “En regardant le film /Movie Night”
 【12】アモス・ギタイ「ハイファの悪霊(ディブク)」 Amos Gitai “Le Dibbouk de Haifa /The Dibbuk of Haifa”
 【13】ジェーン・カンピオン「レディ・バグ」 Jane Campion “The Lady Bug”
 【14】アトム・エゴヤン「アルトー(2本立て)」 Atom Egoyan “Artaud Double Bill”
 【15】アキ・カウリスマキ「鋳造所」 Aki Kaurismaki “La Fonderie /The Foundry”
 【16】オリヴィエ・アサヤス「再燃」 Olivier Assayas “Recrudescence/Upsurge”
 【17】ユーセフ・シャヒーン「47年後」 Youssef Chahine “47 ans après /47 Years Later”
 【18】ツァイ・ミンリャン「これは夢」 Tsai Ming-Liang “It's a Dream/是夢”
 【19】ラース・フォン・トリアー「職業」 Lars von Trier “Occupations”
 【20】ラウル・ルイス「贈り物」 Raul Ruiz “Le Don /The Gift”
 【21】クロード・ルルーシュ「街角の映画館」 Claude Lelouch “Cinéma de boulevard /The Cinema Around the Corner”
 【22】ガス・ヴァン・サント「ファースト・キス」 Gus Van Sant “First Kiss”
 【23】ロマン・ポランスキー「エロチックな映画」 Roman Polanski “Cinema Erotique”
 【24】マイケル・チミノ Michael Cimino 「翻訳不要」“No Translation Needed”
 【25】デイヴィッド・クローネンバーグ「最後の映画館における最後のユダヤ人の自殺」David Cronenberg “At the Suicide of the Last Jew in the World in the Last Cinema in the World”
 【26】ウォン・カーウァイ「君のために9千キロ旅をしてきた」 Wong Kar Wai “I Traveled 9,000 Km to Give It to You”
 【27】アッバス・キアロスタミ「ロミオはどこ?」 Abbas Kiarostami “Where Is My Romeo?”
 【28】ビレ・アウグスト「最後のデート・ショウ」 Bille August “The Last Dating Show”
 【29】エリア・スレイマン「臆病」 Elia Suleiman “Irtebak/Awkward”
 【30】マノエル・デ・オリヴェイラ「唯一の出会い」 Manoel de Oliveira “Rencontre unique /Sole Meeting”
 【31】ウォルター・サレス「カンヌから5557マイル」 Walter Salles “À 8 944 km de Cannes /5,557 Miles From Cannes”
 【32】ヴィム・ヴェンダース「平和の中の戦争」 Wim Wenders “War in Peace”
 【33】チェン・カイコー「チュウシン村」 Chen Kaige “Zhanxiou Village”
 【34】ケン・ローチ「ハッピー・エンド」 Ken Loach “Happy Ending”
 【35】エピローグ

--------------------------------

 ◆監督について
 ホウ・シャオシェン 侯孝賢/Hsiao-hsien Hou
 1980年代初めに起こった台湾ニューウェーブを代表する映画監督。

 1947年 中国・広東省梅県生まれ。
 1歳で家族とともに台湾へ移住し、高雄県鳳山市で育つ。
 高校卒業後に兵役を経て、国立芸術専科映画演劇科を卒業。
 1973年に映画業界に入り、スクリプター、照明などを経て、助監督となり、頼成英や李行に就く。数多くの脚本を手がけ、1980年に『ステキな彼女』で監督デビュー。

 初期の作品は人気歌手を主役としたアイドル映画だったが、1983年の『坊やの人形』から独自のスタイルを模索し始め、物語面や映像面での写実性重視、素人俳優の起用や即興性の活用、クローズ・アップをあまり使用しないこと、などにより、それまでの台湾映画になかったリアルなドラマを作り出すことに成功し、『風櫃の少年』(1983)と『冬冬の夏休み』(1984)で2年連続でナント国際映画祭グランプリを受賞する。この2作品と、チェン・クンホウ監督の『少年』(1983)、2本のオムニバス映画『光陰的故事』(1982)『坊やの人形』等、ほぼ同時期に新しいスタイルを持った台湾映画が登場したことで、彼ら(と彼らに続く映画作家たち)およびその作品群は、台湾ニューウェーブと呼ばれるようになった。

 ホウ・シャオシェンは、1995年の『好男好女』までは、自らの身辺的な記憶や台湾現代史をベースにした作品を発表していたが(それはベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞した1989年の『悲情城市』でピークに達する)、その後は、そうした呪縛からも逃れ、かつ、日本を始めとする諸外国からの出資を得て、様々なタイプの作品(基本的には、女性を主人公として、その生き方や愛憎を描いた作品)を作るようになる。

 作品のタッチやタイプ、内容は、主演女優ごとに異なり、作品は、①シン・シューフェンが主演した1985年の『童年往事-時の流れ』から1989年の『悲情城市』(およびその前後)の時期、②日本人女優 伊能静と羽田美智子が主演した1995年の『好男好女』から1998年の『フラワーズ・オブ・シャンハイ』までの時期、③スー・チーを主演とする2001年の『ミレニアム・マンボ』以降の時期、に分けられる。

 【フィルモグラフィー】
 ・1975年 “雲深不知処”[助監督](監督:徐進良)
 ・1975年 “近水楼台”[助監督] (監督:李融之)
 ・1975年 “桃花女鬥周公”[助監督/脚本] (監督:頼成英/Cheng-Ying Lai)
 ・1976年 “翠湖寒/ The Spring Lake” [脚本](監督:頼成英/Cheng-Ying Lai)
 ・1978年 “煙波江上/Love On A Foggy River”[脚本](監督:頼成英/Cheng-Ying Lai)
 ・1979年 “早安台北/ Good morning , Taipei”[助監督・脚本] (監督:リー・シン/李行/Hsing Lee)
 ・1979年 “秋蓮”[脚本](監督:頼成英/Cheng-Ying Lai)
 ・1980年 『ステキな彼女』“就是溜溜她/ Lovable You” [監督]
 ・1980年 “天涼好個秋/Spring in Autumn” [助監督](監督:チェン・クンホウ)
 ・1980年 “我踏浪而来/Lover On The Wave”[脚本](監督:チェン・クンホウ)
 ・1981年 “蹦蹦一串心”[脚本](監督:チェン・クンホウ)
 ・1981年 『風が踊る』“風兒踢踏踩/ Cheerful Wind” [監督]
 ・1982年 『川の流れに草は青々』 “在那河畔青草青/ Green,Green Grass of Home” [監督・脚本]
 ・1982年 『恋は飛飛(フェイフェイ)』“俏如彩蝶飛飛飛/Six Is Company”[脚本](監督:チェン・クンホウ)
 ・1983年 『坊やの人形』“児子的大玩偶/ The Sandwich Man” [監督]
 ・1983年 『風櫃の少年』“風櫃來的人/ The Boys From Fengkuei” [監督]
 ・1983年 『少年』“小畢的故事/Growing Up” [製作/脚本](監督:チェン・クンホウ)
 ・1983年 “台上台下/Cabaret Tears” [脚本コンサルタント](監督:林敬傑/Ching-chieh Lin)
 ・1983年 “油麻菜籽/Ah Fei” [脚本](監督:萬仁Wan Jen)
 ・1984年 『冬冬の夏休み』“冬冬的假期/ A Summer At Grandpas” [監督/脚本]
 ・1984年 “小爸爸的天空/Out of the Blue” [脚本](監督:チェン・クンホウ)
 ・1985年 『童年往事-時の流れ』“童年往事/ A Time To Live, A Time To Die” [監督/脚本]
 ・1985年 『タイペイ・ストーリー』“Taipei Story/青梅竹馬” [脚本/出演](監督:エドワード・ヤン)
 ・1985年 “最想念的季節/My Favorite Season” [脚本](監督:チェン・クンホウ)
 ・1986年 『ソウル』“老娘騒/Soul”[出演](監督:シュウ・ケイ)
 ・1987年 『恋恋風塵』“戀戀風塵/ Dust In The Wind” [監督]
 ・1987年 『ナイルの娘』“尼羅河女児/ Daughter of The Nile” [監督]
 ・1989年 『悲情城市』“悲情城市/ A City of Sadness” [監督]
 ・1990年 『完全版 SUNLESS DAYS/ある香港映画人の“天安門”』“没有太陽的日子/Sunless Days”[出演](監督:ショウ・ケイ)
 ・1991年 『紅夢』[製作総指揮](監督:チャン・イーモウ)
 ・1991年 “棋王/King of Chess”[アソシエイト・プロデューサー](監督:イム・ホー)
 ・1991年 『日本触媒』[CM] [監督]
 ・1992年 『天幻城市』“少年吔,安啦!/Dust of Angels” [製作総指揮](監督:シュウ・シャオミン)
 ・1993年 『戯夢人生』“戯夢人生/ The Puppetmaster” [監督]
 ・1993年 『小津と語る Talking With OZU』[出演](監督:田中康義)
 ・1993年 『宝島(パオタオ)/トレジャー・アイランド』“只要為你活一天/Treasure Island” [製作総指揮](監督:チェン・クォフー)
 ・1994年 『多桑/父さん』“多桑/A Borrowed Life” [製作](監督:ウー・ニェンツェン)
 ・1994年 『活きる』“活著/Life Times”[製作総指揮](監督:チャン・イーモウ)
 ・1995年 『好男好女』“好男好女/ Good Men,Good Women” [監督]
 ・1995年 “去年冬天/Heartbreak Island” [製作総指揮/脚本](監督:シュウ・シャオミン)
 ・1996年 『憂鬱な楽園』“南國再見、南國/ Goodbye South,Goodbye” [監督]
 ・1997年 『HHH:侯孝賢』“HHH - Un Portrait De Hou Hsiao-Hsien” [出演](監督:オリヴィエ・アサヤス)
 ・1998年 『フラワーズ・オブ・シャンハイ』“海上花/ Flowers of Shanghai” [監督]
 ・1999年 『ジャム・セッション 菊次郎の夏<公式海賊版>』[出演](監督:篠崎誠)
 ・2000年 “命帯追逐Mirror Image”[共同製作総指揮](監督:萧雅全/Ya-chuan Hsiao)
 ・2001年 『ミレニアム・マンボ』“千禧曼波/ Millennium Mambo” [監督]
 ・2001年 『キリンビバレッジ 聞茶』[CM] [監督]
 ・2003年 『珈琲時光』“珈琲時光/ Coffee Jikou/ Café Lumière” [監督/脚本]
 ・2003年 “朱天文 INK印刻文学生活志”[CM][監督]
 ・2005年 『百年恋歌』“最好的時光/ Three times” [監督/脚本]
 ・2006年 『エール・フランス「Le Ponton」』[CM] [監督]
 ・2006年 “盛世的工匠技藝” [CM][監督]
 ・2006年 “盛世裏的工匠技藝”[CM][監督]
 ・2006年? “河岸告別”[短編][監督]
 ・2007年 『電姫戯院』(『それぞれのシネマ』)“The Electric Princess House”[監督]
 ・2007年 『ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン』 “紅氣球之旅》 Le Voyage du Ballon rouge” [監督/脚本]
 ・2007年 “Man of Cinema: Pierre Rissient” [出演](監督:トッド・マッカーシー)
 ・2007年 “群義房屋 媽媽篇” [CM] [監督]
 ・2007年 “群義房屋 阿嬤篇” [CM] [監督]
 ・2007年 “美麗心台灣,精彩再發現” [短編] [監督]
 ・2007年 “國境邊陲”[短編][監督]

 *参考サイト
 ・侯孝賢に関するWikipedia(中文):http://zh.wikipedia.org/wiki/%E4%BE%AF%E5%AD%9D%E8%B3%A2
 ・YouTube-mp3:http://www.youtube-mp3.com/videos-216294-1-.html

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック