チャン・イーモウの新たな可能性を感じさせるPV 『成都』

 はっきりしたことはわからないのですが、以下の動画“成都~一座來了就不想離開的都市(成都 一度行ったら忘れられなくなる街)”は、チャン・イーモウが成都のPRのために依頼されて撮った短編映画のようです。



 【物語】
 私のおばあちゃんは、以前、成都に住んでいたことがあり、成都のことを懐かしく思い出すが、今は年老いてなかなか成都まで旅行することができない。それで私に成都の写真を撮ってきてくれるように頼んだ。おばあちゃんは、成都は一度訪れたらやみつきになってしまう街なのだという。
 案内役は、友だちの妹であるタンだ。
 私は、成都にやってきて、これがおばあちゃんの言っていた成都なのか、確信が持てない。
 おばあちゃんの思い出の場所、杜甫草堂(Caotang Cottage)。
 私は、ここでおばあちゃんが若かった頃の姿を想像する。
 タンは言う。「成都は、水に育まれた街なの」
 都江堰(とこうえん/ドウジャンイェン/Du Jiang Yan)は2000年前に作られて、ずっとこの街の歴史を見つめてきた。
 私が子供の頃におばあちゃんが教えてくれた歌が思い出されてくる。
 ここには、明るく、生き生きとしたリズムがあり、伝統と現代的なものが調和し、共存している。
 この街では生命の息吹が感じられる。
 私が、初めての火鍋を食べあぐねていると、「何度か食べれば慣れるわよ」とタン。
 おばあちゃんが若い頃に好きだったのは春煕(Chunxi Road)だ。
 この街はリズムにあふれていて、この街が見せてくれた様々な姿に私は魅了される。
 私は、幸せな気分になって、撮った写真をおばあちゃんに送った。
 そして、もう何日かここに滞在するつもりだと書き添えた。
 午前3時ですら、香ばしい香りが街を包む。
 高揚してジャンプしたような気分になる。
 長居したこの街で、私は恋をしてしまったことに気づいた。
 タンは、空港で私のおばあちゃんのためにおみやげをくれた。
 私は彼女の気遣いがうれしい。
 おばあちゃんは正しかった。成都は一度来たら忘れられなくなる街だ。

画像

 ◆コメント
 成都は、チャン・イーモウが映画『HERO』の撮影に使い、『単騎、千里を走る。』のロケ地に向かうのに経由地として通った街で、そういう縁もあって、チャン・イーモウにこの作品(成都のPV)が依頼されたようです。

 チャン・イーモウとしては、短編は『キング・オブ・フィルム/巨匠たちの60秒』と“威馳新風”に続いて3作品目で、短い時間で物語を語ることに慣れたのか、観て心地よい作品に仕上がっています。
 “威馳新風”では、チャン・イーモウらしくないと思われた車の運転シーンや現代都市の描写も全く違和感がありません。何より対象に愛着が感じられるのがいいですね。

 成都に対する愛着が、案内役のタンへの恋心に重なり、作品自体が一編のラブ・ストーリーになっています。成都への愛は、おばあちゃんへの愛に通じ、それがタンへと愛となるというわけです。ラストシーンで、街で凧揚げをする少女が再び映されるのは、主人公が少女に若い頃のタンの姿を重ねて見、ここで育つ(暮らす)のもいいなあと感じているということなのでしょう。

 チャン・イーモウが小さな恋物語もちゃんと描くことができるということは、『初恋のきた道』で既に証明されていましたが、それが偶然の産物でも何でもなかったということがこの作品で再証明されることにもなりました。

 成都の今を見せる(しかも魅力的に)という第一の目的(成都に行ってみたいという気にさせる!)を果たしつつ、オリジナルの作品として仕上げるというのは、プロであればできて当然とはいえ、やはり素晴らしいことです。

 チャン・イーモウは現代劇(特に都会を舞台にしたもの)は撮れないのではないかと危惧されていましたが、この作品はチャン・イーモウの新しい可能性を示し得たように思います。きっと何年か後に、この作品の延長線上にあるような現代劇を発表するのではないでしょうか。

  ◆作品データ
 2006年?/中国/5分6秒
 北京語台詞あり/英語字幕あり・日本語字幕なし
 PV

 
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 ◆監督について
 チャン・イーモウ 張藝謀/Zhan Yimou
 中国第五世代を代表する監督の一人。

 1951年、西安生まれ。
 高等中学を卒業後、1966年より農村や紡績工場などで働く。
 1978年に北京電影学院撮影科に入学、1982年卒業。
 1985年、西安映画製作所に配属される。『一人と八人』『黄色い大地』『大閲兵』『古井戸』の撮影監督を務め、中国ニューウェーブの映像・画面作りに大きく貢献した。
 1987年の『紅いコーリャン』で監督デビュー。この作品はベルリン映画祭金熊賞を受賞し、チェン・カイコーらとともに中国第五世代の登場を大きく印象づけた。
 1990年の『菊豆』は中国映画(香港映画を除く)として日本で初めて拡大公開された作品となった。
 1995年までの初期の監督作品は、過酷な歴史や厳しいしきたりの中で本音や本能で生きようとした女性を描いた作品で、女優コン・リーが主役を務め、「紅」を基調とした画面作りを特徴とした。
 1999~2002年は、それまでの作風から一転させ、現代中国の庶民の生き方をやさしいまなざしで見つめた3部作『あの子を探して』『初恋のきた道』『至福のとき』を発表。これ以降の作品は国外での配給をハリウッド・メジャーが手がけるようになった。
 2002年の『HERO』以降は、特撮を多用したスペクタクル性の強いアクション大作を発表し、新境地を開いた。
 さらに、2006年の『王妃の紋章』は、中国映画史上ナンバーワンとなる興行成績を残している。

 起用した俳優から才能を引き出す手腕には定評があり、何人ものスターを生み出している。

 『紅夢』でベネチア国際映画祭銀獅子賞、『秋菊の物語』でベネチア国際映画祭金獅子賞、『活きる』でカンヌ国際映画祭審査員特別賞、『あの子を探して』で2度目のベネチア国際映画祭金獅子賞、『初恋のきた道』でベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員グランプリ)など受賞歴も多い。

 映画『「あの子を探して」ができるまで』は、単なるメイキングにとどまらない、チャン・イーモウの創作の秘密を知ることができる出色のドキュメントである。

 【フィルモグラフィー】
 ・1984年 『一人と八人』 [撮影] (監督:チャン・チュンチャオ)
 ・1984年 [撮影] (監督:チェン・カイコー)
 ・1985年 『大閲兵』 [撮影] (監督:チェン・カイコー)
 ・1987年 『古井戸』 [撮影/出演] (監督:ウー・ティエンミン)
 ・1987年 『紅いコーリャン』 [監督/出演] 
 ・1988年 『ハイジャック/台湾海峡緊急指令』 [監督] (共同監督:ヤン・フォンリャン)
 ・1989年 『テラコッタ・ウォリア/秦俑』 [出演] (監督:チン・シウトン)
 ・1990年 『菊豆』[監督](共同監督:ヤン・フォンリャン) 
 ・1991年 『紅夢』 [監督] 
 ・1992年 『画魂-愛、いつまでも』 [製作総指揮] (監督:ホァン・ショーチン)
 ・1992年 『秋菊の物語』 [監督] 
 ・1994年 『活きる』 [監督]
 ・1994年 『項羽と劉邦/その愛と興亡』 [監修](監督:スティーヴン・シン)
 ・1995年 『上海ルージュ』 [監督]
 ・1995年 『キング・オブ・フィルム/巨匠たちの60秒』[監督]
 ・1996年 『龍城恋歌』 [製作総指揮](監督:ヤン・フォンリャン)
 ・1997年 『キープ・クール』 [監督/出演]
 ・1999年 『あの子を探して』 [監督]
 ・1999年 『初恋のきた道』 [監督]
 ・2000年 『トゥーランドット』 [演出](監督:アラン・ミラー)
 ・2002年 『「あの子を探して」ができるまで』 [監修/出演](監督:吉田啓)
 ・2002年 『至福のとき』 [監督]
 ・2002年 『HERO』 [監督/脚本]
 ・2003年 “威馳新風” [監督][PV]
 ・2004年 『LOVERS』 [監督/脚本]
 ・2005年 『単騎、千里を走る。』 [監督/原案]
 ・2006年 『王妃の紋章』 [監督/脚本]
 ・2006年? “成都~一座來了就不想離開的都市” [監督][PV]
 ・2007年 『映画をみる』(『それぞれのシネマ』) [監督] ・1995年 『キング・オブ・フィルム/巨匠たちの60秒』[監督]
 ・2007年 『北京オリンピック・聖火リレー』 [監督][PV]

 ※参考:「tantano 短編映画を楽しむ」を楽しむ
 ・「tantano 短編映画をたのしむ」INDEX
 ・「tantano 短編映画をたのしむ」 人気動画 トップ39!

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