ウォン・カーウァイ×BMW = クライブ・オーウェン “The Follow”

 “The Hire”(雇われ仕事)は、BMWが自社の車のプロモーションを兼ねて製作した短編映画のシリーズで、その中で、ウォン・カーウァイが監督したのが“The Follow”(追跡)という作品になります。

 ds44さんのブログ「44D」によれば、BMWの企画担当者はジョン・フランケンハイマーの『Ronin』を使って、この企画の意図を会社の重役に説明したということで、シリーズは、ジョン・フランケンハイマー監督作品を含んで最初に5作品(2001)、好評を受けて第二弾として3作品(2002)、計8作品が作られています。

 最初の5作品の監督は、ジョン・フランケンハイマー、アン・リー、ウォン・カーウァイ、ガイ・リッチー、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトウで、第二弾の監督は、ジョン・ウー、ジョー・カーナハン、トニー・スコットの3人です。

 2001年は、アン・リーが『グリーン・デスティニー』で米国アカデミー賞に作品賞や監督賞にノミネートを受けた年であり、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトウが『アモーレス・ペロス』で米国アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた年でもあって、このシリーズの監督のセレクトは、旬の監督を起用したタイムリーなものになっています。最初の5作品にはエグゼクティブ・プロデューサーとしてデイヴィッド・フィンチャーが名前を連ねていますから、BMWから相談を受けて、監督の人選を行なったのはデイヴィッド・フィンチャーなのかもしれません(ちなみに、ジョン・フランケンハイマー編とウォン・カーウァイ編で脚本を担当しているのは、『セブン』の脚本家であるアンドリュー・ケヴィン・ウォーカーです)。第二弾の3作品は、1作品のみデイヴィッド・フィンチャーが同じくエグゼクティブ・プロデューサーとしてクレジットされていますが、3作品すべてにエグゼクティブ・プロデューサーとして関わっているのは、リドリー&トニー・スコットです。

 全作を通して主役「ドライバー」を演じるのは、クライブ・オーウェン。彼は2001年当時で『ベント』や『グリーンフィンガーズ』といった作品には出演していたものの、まだTVを中心に活動していた時期で、このシリーズが実は彼の転機となって、この後、大作映画や話題作で主役を張るようになります。

 

 【物語】
 「ドライバー」(クライブ・オーウェン)がある女性を尾行している。
 映画スターのエージェント(フォレスト・ウィテカー)から、自分が担当する映画スターの妻の素行調査をしてくれないかという依頼を受けたのだ。「映画スター」は自分の妻が浮気しているのではないかと疑っているらしい。
 「妻」(アドリアナ・リマ)の素行は、尾行に気づいているようでもあり、また、浮気の証拠は得られない。
 「ドライバー」は、それをエージェントに報告し、直接「映画スター」(ミッキー・ローク)にも伝える。しかし、「映画スター」は納得しない。
 映画スター:「あんたは結婚してるか」
 ドライバー:「いや、今は」
 映画スター:「もう二度と妻を失いたくないんだ」
 エージェントがボーナスを手渡してきたので、「ドライバー」はもう少し調査を続けてみることにする。
 「妻」は、車で空港に向かう。
 彼女が乗ろうとしたブラジル行きの便は出発が遅れている。
 彼女が電話で誰かと話している声が聞こえる。
 「お母さん、飛行機が遅れているのよ」
 どうやら彼女は母の住むブラジルへ帰ろうとしているらしい。
 飛行機を待つ間に彼女は車に戻るが、疲れてその中で眠ってしまう。
 ズレたサングラスの間から腫れ上がったアザが見える。
 「ドライバー」は、彼女が暴力を振るう夫からただ逃げ回っているだけなのだと悟る。
 「ドライバー」は、エージェントに会って、「彼女を見失ったよ」と話す。
 「『見失った』とはどういうことだ?」と驚くエージェントに、彼は「もう連絡して来ないでくれ」とボーナスの入った封筒を押し付けて、車を出す。
 「旅の終わりには何かが待っているものだ。それが何か見たくないなら、元いた場所から出るべきではないのかもしれない」

画像

 ◆解説
 ウォン・カーウァイは、脚本家としてキャリアをスタートさせていながら、ほとんど脚本らしい脚本なしに撮影する監督であることはよく知られている通りですが、だからというか、“The Follow”は、ウォン・カーウァイが、他人の脚本で監督した非常に珍しい例となっています。“The Hire”シリーズでは、監督が脚本に加わっている作品もありますから、カーウァイは、(カーウァイが監督することを想定して書かれたにちがいない)脚本を気に入り、あえて手直しすることはしなかったということなのでしょう。

 香港ノワールの作り手の1人でもあったウォン・カーウァイですが、彼の作品では、暗黒社会を描いても、「男どうし、もしくは男と女の運命的な出会い」、「気持ちのすれ違い」、そして「別れ」に焦点が当てられるが常で(だから①女性ファンも多い、②アクション・シーンのためのアクション・シーンは少ない、③これまでほとんどカーチェイス・シーンは撮ってこなかった、④ハッピーエンドで終わるのは『マイ・ブルーベリー・ナイツ』が初めて)、本作も「アクション」よりは「登場人物の心情」にスポットライトが当てられることになります。

 本作では、「真意」がわからない「妻」の行動に「ドライバー」は翻弄され、見失い、すれ違ってはまたその後を追うということを繰り返し、そしてついに、彼女が眠る車のガラスに「ドライバー」が映るという形で、初めて2人の姿が重なり(そして気持ちも)、最後に彼が彼女を見送って送り出してやる、ということになります。
 登場人物のその時々の心情を、登場人物の行動や台詞ではなく、何か別のもので象徴的に描くことの多いウォン・カーウァイは、本作では、車を使って、それをやったと考えることもできるでしょう。

 ラストでの、「ドライバー」のモノローグは、IMDbで引用されているということもありますが、名台詞として、あちこちのサイトで紹介されています。
 オリジナルは――
 There's always something waiting at the end of the road. If you're not willing to see what it is, you probably shouldn't be out there in the first place.

 撮影は、デイヴィッド・フィンチャーの『ゲーム』『ゾディアック』も手がけたハリス・サヴィデス(Harris Savides)で、そのほかの作品にガス・ヴァン・サントの『ジェリー』『エレファント』『ラスト・デイズ』、リドリー・スコットの『アメリカン・ギャングスター』、ジョン・タトゥーロの『天井桟敷のみだらな人々』、ジェームズ・グレイ『裏切り者』などがあります。

 編集と美術は、『いますぐ抱きしめたい』からずっとウォン・カーウァイと組んでいるウィリアム・チャン (美術は『いますぐ抱きしめたい』から、編集は『恋する惑星から』) で、彼が参加していることで、アジア人が1人も出演しておらず、アジアが舞台でもないこの作品がウォン・カーウァイらしい作品に仕上がっているとも考えられます。

 アート・ディレクションは、マーティン・ホイスト(Martin Whist)で、彼はこの作品がほとんどデビュー作で、この後、『フォーン・ブース』『レモニー・スニケットの世にも不幸な物語』『アイランド』でもアート・ディレクションを手がけ、その後、『スモーキン・エース』『クローバー・フィールド』などでプロダクション・デザインを手がけている注目のデザイナーです(きっとそのうちアカデミー賞にもからんでくるはずです)。

 衣裳は、『ザ・セル』『サムサッカー』『レニー・ハーリン コベナント』等で知られるエイプリル・ネイピア。

 音楽は、『Capa in Love & War』『ミキリタニの猫』のジョエル・グッドマンと、『白い嵐』『DENGEKI 電撃』『プロフェシー』『ダウト』のジェフ・ローナ。

 なお、“The Hire”はBMWの車を使った短編映画でしたが、こうした趣向には前例があり、1991年に日産フィガロを使って、林海象、クレール・ドゥニ、アレハンドロ・アグネスティという3人が監督した『フィガロ・ストーリー』というオムニバス映画があります。

 ◆作品データ
 2001年/米/8分47秒(クレジットが1/4以上あるので、実質は6分13秒です)
 英語台詞あり/日本語字幕なし
 実写作品

 *2001年当時には、BMWのHPで日本語字幕つきで観ることもできたようです。

 *アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ編 “Powder Keg”

 *参考サイト
 ・ds44さんのブログ「44D」:http://d.hatena.ne.jp/ds44/20060826/p1
 ・DVD Times:http://www.dvdtimes.co.uk/content.php?contentid=4109

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 ◆監督について

 ウォン・カーウァイ 王家衛(Won Kar-Wai)

 1958年、上海生まれ。
 1963年、5歳の時、末子のウォン・カーウァイだけが母親と一緒に香港へ移住。彼は、北京語と上海語は話せたが、広東語がなかなか話せなかった(13歳くらいまで)ということもあり、母親と毎日映画館へ通うようになる。
 1980年に香港理工学院を卒業し、香港のTV局TVBへ入社。アシスタントと脚本を手がける。
 1980年代半ばには、TVBを辞め、The Wing Scope Co. 、アラン・タンのプロダクションIn-gear Film Production Companyで、脚本家/監督として活躍するようになる。
 1988年に『いますぐ抱きしめたい』で監督デビューするまでに10本以上の脚本を手がける。
 1990年に監督第二作『欲望の翼』を発表。この作品で初めて組んだオーストラリア出身の撮影監督クリストファー・ドイルと組み、彼の、手持ちカメラという撮影スタイル、および、画面構成と色彩設計が、ウォン・カーウァイ作品と分かちがたく結びついて、認識されていくようになる(2人のコンビは『2046』まで続いた)。
 1992年にクランクインした『楽園の瑕』の製作が難航し、1994年にゲリラ的に撮影した『恋する惑星』が先に完成し、公開。
 『恋する惑星』(日本公開は1995年7月)は、これまでの香港映画にはない、新しい映像センス、カッコよさを持った作品として日本でも記録的なヒットとなり、ウォン・カーウァイは日本でも人気の高い監督の1人となった。『恋する惑星』は、クエンティン・タランティーノが惚れ込み、自社でアメリカ公開した。
 1992年にジェフ・ラウとともにジェット・トーン・プロダクションを設立。同社は、『大英雄』『恋する惑星』『天使の涙』『初恋』『ブエノスアイレス』『花様年華』『2046』『マイ・ブルーベリー・ナイツ』などの作品を手がけている。
 1998年の『ブエノスアイレス』では、カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞し、同賞を受賞した初めての中国人となった。
 2007年の『マイ・ブルーベリー・ナイツ』でアメリカに進出した。
 ウォン・カーウァイは、脚本家としてデビューしながら、自作ではちゃんとした脚本もないままに撮影を始めるという方式を取っている。
 近年は、CM、ミュージック・ビデオ、短編作品を手がけることも多く、2000年の『花様的年華』“Hua yang de nian hua”はベルリン国際映画祭の短編部門に出品された。

 【フィルモグラフィー】

 ・1982年 “彩雲曲/Choi wan kuk(Rainbow Could Song)”[脚本](監督:アグネス・ホアン)
 ・1983年 “空心大少爺/Kong xin da shao ye(Just For Fun)”[脚本] (監督:フランキー・チェン)
 ・1984年 “伊人再見/Yi ren zai jian(Silent Romance)”[脚本・出演] (監督:フランキー・チェン)
 ・1985年 “吉人天相/Ji ren tian xiang (Chase a Fortune)”[脚本](監督:Wai Hung Liu)
 ・1985年 『レスリー・チャン あの日にかえりたい(美人スリに御用心))』<未> [脚本] (監督:ガイ・ライ)
 ・1985年 『ファンタジー・フォックス・ストーリー』<未>“小狐仙/Xiao hu xian(Unforgettable Tantasy)”[脚本](監督:フランキー・チェン)
 ・1986年 『傷だらけのメロディー』<未> [脚本] (監督:ノーマン・ロウ)
 ・1986年 “我要金龟婿/Wo yao jin gui xu(Sweet Surrender)”[脚本](監督:フランキー・チェン、ノーマン・ロウ)
 ・1986年 『ユン・ピョウ in ポリス・ストーリー(俺たちに明日はある!?)』[脚本](監督:チェン・タンチョウ)
 ・1986年 “悪男/E nan”[脚本](監督:フランキー・チェン)
 ・1987年 “最后一战/Zui hou yi zhan(The Final Test)”[脚本](監督:Kin Lo)
 ・1987年 『バンパイア・コップ』<未> [脚本] (監督:ラウ・チェンウェイ)
 ・1987年 『最後勝利』<未> [脚本] (監督:パトリック・タム)
 ・1987年 『マカオ極道ブルース』<未> [脚本] (監督:チェン・タンチョー)
 ・1988年 『バンパイア・コップ2』<未> [脚本・出演] (監督:ジェフ・ラウ)
 ・1988年 “猎鹰计划/Lie ying ji hua(Walk on Fire)”[脚本](監督:ノーマン・ロウ)
 ・1988年 “愛情謎語/Ai qing mi yu(Chaos by Design)”[出演](監督:アンジェラ・チャン)
 ・1988年 『いますぐ抱きしめたい』[監督/脚本]
 ・1988年 “Motolora”[監督](CM)
 ・1990年 『欲望の翼』[監督/脚本]
 ・1990年 『アンディ・ラウ/武闘派列伝』<未> [脚本] (監督:チョン・ファンツォ)
 ・1991年 『神鳥伝説』 [原案] (監督:デイヴィッド・ライ、ユン・ケイ、ジェフ・ラウ)
 ・1993年 『大英雄』<未> [製作総指揮] (監督:ジェフ・ラウ)
 ・1994年 『楽園の瑕(きず)』 [監督/脚本]
 ・1994年 『恋する惑星』[監督/脚本]
 ・1995年 『天使の涙』 [監督/脚本]
 ・1996年 『wkw/tk/1996@7'55''hk.net』 [監督](短編)
 ・1997年 『初恋』[製作] (監督:エリック・コット)
 ・1997年 『ブエノスアイレス』 [監督/製作/脚本]
 ・1999年 『ブエノスアイレス 摂氏零度』 <未> [出演] (監督:クアン・プンリョン、アモス・リー)
 ・2000年 『花様年華』[監督/製作/脚本]
 ・2000年 「花様年華MTV」[監督](ミュージック・ビデオ)
 ・2000年 『花様的年華』 “Hua yang de nian hua”[監督/製作](短編)
 ・2000年 “Suntime Wine(新天葡萄酒)”[監督](CM)
 ・2000年 JCDecaux “Un matin partout dans le monde”[監督](CM)
 ・2001年 “The Hire:The Fellow”[監督](短編)
 ・2001年 Orange France“Dans la ville”[監督](CM)
 ・2002年 “天下無双/Tian xia wu shuang (Chinese Odyssey 2002)”[製作]
 ・2002年 “Six Days”[監督/脚本](ミュージック・ビデオ)
 ・2002年 ラコステ “La Rencontre”[監督](CM)
 ・2004年 『愛の神、エロス』[監督/製作/脚本]
 ・2004年 『2046』[監督/製作/脚本]
 ・2005年 クリスチャン・ディオール 香水“Capture Totale”[監督](CM)
 ・2007年 ランコム・パリ 香水 “Hypnôse Femme”[監督](CM)
 ・2007年 ランコム・パリ 香水 “Hypnôse Homme” [監督](CM)
 ・2007年 『マイ・ブルーベリー・ナイツ』[監督/製作/原案/脚本]
 ・2007年 "I Travelled 9000 km To Give It To You"(『それぞれのシネマ』)[監督・脚本]
 ・2007年 ソフトバンクCM [監督](CM)
 ・2007年 クリスチャン・ディオール 香水“Midnight Poison”[監督](CM)
 ・2007年 “There's Only One Sun”[監督](短編)
 ・2009年 “The Lady from Shanghai”[監督/脚本]

 *参考サイト
 ・Allcinema Movie & DVD Database:http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=5248&ct=
 ・IMDb:http://us.imdb.com/name/nm0939182/
 ・Wikipedia:http://en.wikipedia.org/wiki/Wong_Kar-wai
 ・「ウォン・カーウァイ FILMOGRAPHY」:http://members.jcom.home.ne.jp/baht/wkw_filmo_j.html
 ・香港影庫HKMDB:http://www.hkmdb.com/db/people/view.mhtml?id=5243&display_set=eng

この記事へのコメント

ds44
2008年03月23日 17:21
こんにちは。
レビューを取り上げて頂いてありがとうございます。
英語のヒアリングがさっぱりわからなくてお恥ずかしい内容でしたが、こちらの記事で詳しく紹介していただいたおかげで、とてもよく理解できました。
ありがとうございました!
umikarahajimaru
2008年03月23日 19:20
ds44さま
こちらこそどうもありがとうございました。
「英語のヒアリングがさっぱりわからなくて」というのは、記事のレベルの高さから察すると謙遜なのではないかと思いますが(笑)。
“The Hire”のシリーズは、残りの作品もいつかここで取り上げるかもしれないので、その時はまた参考にさせていただきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

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