ウォン・カーウァイの映画館体験 "I Travelled 9000 km ……”

 カンヌ国際映画祭の第60回記念作品『それぞれのシネマ』のウォン・カーウァイ編が、"I Travelled 9000 km To Give It To You"(あなたにこれをあげたくて9000キロを旅してきました)です。



 【物語】
 映画館で映画を観ている若者。
 隣にいるガール・フレンドにみかんを剥いて渡す。そっと触れ合う手。
 “那年、我遇見她”(その年、私は彼女に出会いました)
 “不尋常的慾念攫住了我洶湧.強烈.酸澀”(尋常ならざる欲望が私を突き上げました。それは強烈で、酸っぱいものがこみ上げてきます)
 彼女も彼の方に体を寄せ、手をからめて、そして激しく抱き合う。
 と思うと、次の瞬間に、彼は静かに映画館の椅子に座っている。
 “永久”(永遠にも感じられる時間)
 突然、彼の前にカチンコが現れ、画面に「黒地に白の波型」が現れる。
 再び、静かに映画館の椅子に座って口をもぐもぐさせている彼。
 “那年八月、漫長熱的夏日午後”(その年の八月、熱く長い午後のことでした)

画像

 ◆解説
 好きな女の子と一緒に映画館にやってきた若者が彼女を抱きしめたい衝動にかられた、とそういう物語です(映画館は映画を観るところなので、映画館でイチャイチャしようだなんてもってのほかだ!などというのは、また別の話(笑))。
 とにかくそういう妄想を抱いたけど、実行はできなかった若者の話ということになります。ひょっとすると、隣に女の子もいなくて、そこからして妄想だったんじゃないかとも考えられますが、さすがにそこまで寂しいことはないでしょう(笑)。

 そういう青春時代を送った自分が、今こうしてカンヌまで自分の作った映画を持ってきて、みなさんに見せていますよ、というのが、ラスト間際に現れるカチンコとこの映画のタイトルの意味するところだと考えられます(たぶん)。

 この映画館で上映されている映画は、ゴダールの『アルファヴィル』で、封切年は1965年なので、ウォン・カーウァイは後年に観たということになります。

 ウォン・カーウァイがこの作品に『アルファヴィル』を選んだのには、『アルファヴィル』が「電子指令機に命じられるままになっている世界で人間性を取り戻そうとしている物語」であるということにおそらく関係していて、『アルファヴィル』を通して、いまや古いメディアになりつつある「映画」および「映画館」にウォン・カーウァイなりのオマージュを捧げている、と考えられます("I Travelled 9000 km To Give It To You"自体は、『アルファヴィル』の中で使われている台詞)。ま、実際にウォン・カーウァイがデートで『アルファヴィル』を観たという可能性もありますが。

 若者役は范植偉(ファン・チーウェイ)、ガール・フレンド役は張睿玲(チャン・ヨーリン)。

 チャン・ヨーリンの顔も写してあげればいいのにという声もあるようですが、今は中年になってしまった男性の思い出の中で理想化されてしまっているガール・フレンド像なので、あえて顔を映して、イメージを特定してしまうのを避けたということなのでしょう。

 ◆作品データ
 2007年/仏/3分7秒
 台詞なし(背後にフランス語が聞こえる。中国語のインサート字幕あり)/日本語字幕なし
 実写作品

 監督:ウォン・カーウァイ
 脚本:ウォン・カーウァイ、ウィリアム・チャン

 この作品は、カンヌ国際映画祭の60回大会を記念して、35人の監督で制作された33編の映画館にまつわる短編で、2008年の同映画祭で上映されました。
 日本では東京フィルメックス2008で上映されました。

 *当ブログ関連記事
 ・デイヴィッド・リンチ編 ”Absurda”
 ・アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ編 ”Anna”

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 ◆監督について

 ウォン・カーウァイ 王家衛(Won Kar-Wai)

 1958年、上海生まれ。
 1963年、5歳の時、末子のウォン・カーウァイだけが母親と一緒に香港へ移住。彼は、北京語と上海語は話せたが、広東語がなかなか話せなかった(13歳くらいまで)ということもあり、母親と毎日映画館へ通うようになる。
 1980年に香港理工学院を卒業し、香港のTV局TVBへ入社。アシスタントと脚本を手がける。
 1980年代半ばには、TVBを辞め、The Wing Scope Co. 、アラン・タンのプロダクションIn-gear Film Production Companyで、脚本家/監督として活躍するようになる。
 1988年に『いますぐ抱きしめたい』で監督デビューするまでに10本以上の脚本を手がける。
 1990年に監督第二作『欲望の翼』を発表。この作品で初めて組んだオーストラリア出身の撮影監督クリストファー・ドイルと組み、彼の、手持ちカメラという撮影スタイル、および、画面構成と色彩設計が、ウォン・カーウァイ作品と分かちがたく結びついて、認識されていくようになる(2人のコンビは『2046』まで続いた)。
 1992年にクランクインした『楽園の瑕』の製作が難航し、1994年にゲリラ的に撮影した『恋する惑星』が先に完成し、公開。
 『恋する惑星』(日本公開は1995年7月)は、これまでの香港映画にはない、新しい映像センス、カッコよさを持った作品として日本でも記録的なヒットとなり、ウォン・カーウァイは日本でも人気の高い監督の1人となった。『恋する惑星』は、クエンティン・タランティーノが惚れ込み、自社でアメリカ公開した。
 1992年にジェフ・ラウとともにジェット・トーン・プロダクションを設立。同社は、『大英雄』『恋する惑星』『天使の涙』『初恋』『ブエノスアイレス』『花様年華』『2046』『マイ・ブルーベリー・ナイツ』などの作品を手がけている。
 1998年の『ブエノスアイレス』では、カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞し、同賞を受賞した初めての中国人となった。
 2007年の『マイ・ブルーベリー・ナイツ』でアメリカに進出した。
 ウォン・カーウァイは、脚本家としてデビューしながら、自作ではちゃんとした脚本もないままに撮影を始めるという方式を取っている。
 近年は、CM、ミュージック・ビデオ、短編作品を手がけることも多く、2000年の『花様的年華』“Hua yang de nian hua”はベルリン国際映画祭の短編部門に出品された。

 【フィルモグラフィー】

 ・1982年 “彩雲曲/Choi wan kuk(Rainbow Could Song)”[脚本](監督:アグネス・ホアン)
 ・1983年 “空心大少爺/Kong xin da shao ye(Just For Fun)”[脚本] (監督:フランキー・チェン)
 ・1984年 “伊人再見/Yi ren zai jian(Silent Romance)”[脚本・出演] (監督:フランキー・チェン)
 ・1985年 “吉人天相/Ji ren tian xiang (Chase a Fortune)”[脚本](監督:Wai Hung Liu)
 ・1985年 『レスリー・チャン あの日にかえりたい(美人スリに御用心))』<未> [脚本] (監督:ガイ・ライ)
 ・1985年 『ファンタジー・フォックス・ストーリー』<未>“小狐仙/Xiao hu xian(Unforgettable Tantasy)”[脚本](監督:フランキー・チェン)
 ・1986年 『傷だらけのメロディー』<未> [脚本] (監督:ノーマン・ロウ)
 ・1986年 “我要金龟婿/Wo yao jin gui xu(Sweet Surrender)”[脚本](監督:フランキー・チェン、ノーマン・ロウ)
 ・1986年 『ユン・ピョウ in ポリス・ストーリー(俺たちに明日はある!?)』[脚本](監督:チェン・タンチョウ)
 ・1986年 “悪男/E nan”[脚本](監督:フランキー・チェン)
 ・1987年 “最后一战/Zui hou yi zhan(The Final Test)”[脚本](監督:Kin Lo)
 ・1987年 『バンパイア・コップ』<未> [脚本] (監督:ラウ・チェンウェイ)
 ・1987年 『最後勝利』<未> [脚本] (監督:パトリック・タム)
 ・1987年 『マカオ極道ブルース』<未> [脚本] (監督:チェン・タンチョー)
 ・1988年 『バンパイア・コップ2』<未> [脚本・出演] (監督:ジェフ・ラウ)
 ・1988年 “猎鹰计划/Lie ying ji hua(Walk on Fire)”[脚本](監督:ノーマン・ロウ)
 ・1988年 “愛情謎語/Ai qing mi yu(Chaos by Design)”[出演](監督:アンジェラ・チャン)
 ・1988年 『いますぐ抱きしめたい』[監督/脚本]
 ・1988年 “Motolora”[監督](CM)
 ・1990年 『欲望の翼』[監督/脚本]
 ・1990年 『アンディ・ラウ/武闘派列伝』<未> [脚本] (監督:チョン・ファンツォ)
 ・1991年 『神鳥伝説』 [原案] (監督:デイヴィッド・ライ、ユン・ケイ、ジェフ・ラウ)
 ・1993年 『大英雄』<未> [製作総指揮] (監督:ジェフ・ラウ)
 ・1994年 『楽園の瑕(きず)』 [監督/脚本]
 ・1994年 『恋する惑星』[監督/脚本]
 ・1995年 『天使の涙』 [監督/脚本]
 ・1996年 『wkw/tk/1996@7'55''hk.net』 [監督](短編)
 ・1997年 『初恋』[製作] (監督:エリック・コット)
 ・1997年 『ブエノスアイレス』 [監督/製作/脚本]
 ・1999年 『ブエノスアイレス 摂氏零度』 <未> [出演] (監督:クアン・プンリョン、アモス・リー)
 ・2000年 『花様年華』[監督/製作/脚本]
 ・2000年 「花様年華MTV」[監督](ミュージック・ビデオ)
 ・2000年 『花様的年華』 “Hua yang de nian hua”[監督/製作](短編)
 ・2000年 “Suntime Wine(新天葡萄酒)”[監督](CM)
 ・2000年 JCDecaux “Un matin partout dans le monde”[監督](CM)
 ・2001年 “The Hire:The Fellow”[監督](短編)
 ・2001年 Orange France“Dans la ville”[監督](CM)
 ・2002年 “天下無双/Tian xia wu shuang (Chinese Odyssey 2002)”[製作]
 ・2002年 “Six Days”[監督/脚本](ミュージック・ビデオ)
 ・2002年 ラコステ “La Rencontre”[監督](CM)
 ・2004年 『愛の神、エロス』[監督/製作/脚本]
 ・2004年 『2046』[監督/製作/脚本]
 ・2005年 クリスチャン・ディオール 香水“Capture Totale”[監督](CM)
 ・2007年 ランコム・パリ 香水 “Hypnôse Femme”[監督](CM)
 ・2007年 ランコム・パリ 香水 “Hypnôse Homme” [監督](CM)
 ・2007年 『マイ・ブルーベリー・ナイツ』[監督/製作/原案/脚本]
 ・2007年 "I Travelled 9000 km To Give It To You"(『それぞれのシネマ』)[監督・脚本]
 ・2007年 ソフトバンクCM [監督](CM)
 ・2007年 クリスチャン・ディオール 香水“Midnight Poison”[監督](CM)
 ・2007年 “There's Only One Sun”[監督](短編)
 ・2009年 “The Lady from Shanghai”[監督/脚本]

 *参考サイト
 ・Allcinema Movie & DVD Database:http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=5248&ct=
 ・IMDb:http://us.imdb.com/name/nm0939182/
 ・Wikipedia:http://en.wikipedia.org/wiki/Wong_Kar-wai
 ・「ウォン・カーウァイ FILMOGRAPHY」:http://members.jcom.home.ne.jp/baht/wkw_filmo_j.html
 ・香港影庫HKMDB:http://www.hkmdb.com/db/people/view.mhtml?id=5243&display_set=eng

この記事へのコメント

Carrey
2008年05月23日 03:16
遅ればせながら、CSで放送されたので、やっとみる事ができました。
私は、ウォン・カーウァイ監督が大好きなので、どんな映像でも大満足です。今回の短編も、ウォン監督がゴダール作品に初めて出会った時の感情を映像にしたのかな?なんて勝手に想像しました。
ジャン=リュック・ゴダール作品。死ぬまでに全制覇してみたいです。何から見るのがいいでしょう?
umikarahajimaru
2008年05月25日 07:53
Carreyさま
コメントありがとうございました。
>ジャン=リュック・ゴダール作品。死ぬまでに全制覇してみたいです。
そんなに気負う必要もないと思いますが、スクリーンで観られる機会のあるものから順に観ていけばよいのではないでしょうか。やっぱりゴダール作品は、スクリーンで対峙するべきだと思いますね。そして観た後で、反芻していろいろ考えてみるべきだと。
私もいくつかの作品はDVDで持っていますが、すべて一度はスクリーンで観たものなんですね。

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