有毒少年ロイ vs ステインボーイ 『ステインボーイ』 2.有毒少年

 1年前に調べた時には、ティム・バートンの『ステインボーイ』について、詳しく書いたサイトがあったのですが、現在は閉鎖されてしまったのか、見当たらなくなってしまいました。

 その代わりにといってはなんですが、オリジナルの『オイスター・ボーイの憂鬱な死』が、そのままネットにアップされていて、読めるようになっています。
 そのものズバリTIM BURTON’S THE MELANCHOLY DEATH OF OYSTER BOY & OTHER STORIES(http://homepage.eircom.net/~sebulbac/burton/home.html)というサイトで、英語ですが、各エピソードがティム・バートンのイラストつきで読めます。
 日本語版(発行:アップリンク 発売:河出書房新社)は、私も買って持っていますが、税別2855円とちょっと値が張るので、タダっていうのはいいですよね。本として手元においておいて、本の感触を味わいながら読むというのもまた格別なのですが。

 ちなみに、この本はティム・バートンの2番目の奥さんリサ・マリーに捧げられています。ティムとリサの結婚は1992年で、この本が出版されたのが1997年、これを基にしてフラッシュ・アニメーション『ステインボーイ』を作ったのが2000年で、2人が別れたのが2001年。現在のティム・バートンにとって、この本や『ステインボーイ』がどんな位置づけにあるのかはわかりませんが、2人の別れがもう少し早かったら、『ステインボーイ』は作られなかったかもしれない、ということはあるかもしれません。

 前置きはここまでにして、本日は『ステインボーイ』のエピソード2「有毒少年ロイの巻」です。『オイスター・ボーイの憂鬱な死』ではp68~75に彼のエピソードが描かれています。



 今日も、ステインボーイは、ボスであるグレンデール巡査部長の命令を受けて、町のトラブルメーカーを逮捕しに行くわけですが、今日の相手は、洗面台の下などに保管してあるような薬品(洗剤とか漂白剤とか消毒薬とか害虫駆除剤とか)を摂取しないと生きていけない少年ロイ(ロイという名前は、アニメーションでは出てきませんが、『オイスター・ボーイ~』の方ではそう名づけられています)です。逮捕の理由は、グレンデール巡査部長が早口すぎて私には聞き取れないのですが、おそらく、そうしたものを摂取するおかげで彼が有毒ガスを撒き散らしたりしているから、ということでしょうか。

 この作品を見ていてわからないのは、ステインボーイが「何かクリスマスツリーのような形をしたもの」をかざすとロイが怯えて後ずさりし、あげくの果てに悶絶死してしまう、そのステインボーイがかざした「何か」がいったい何なのかということです。小さなクリスマスツリーのような形をしているそれは、ひょっとするとアメリカ人ならその形を見ればすぐにピンとくるものなのかもしれませんが、日本人だとちょっとわかりませんね。解毒剤か何かでしょうか。

 ま、それはともかく、劣悪な環境でないと生きていけない、体によくないものを摂り続けないと死んでしまうという「有毒少年」“Toxicboy”というキャラクターは、―ジャンキーのメタファーとも考えられますが―シンパシーを感じる人が多いらしく、ネットで検索すると、自力でアニメーションを作ったり、イラストを描いたり、人形を作ったりするファンが多々見受けられます。これは、『ステインボーイ』シリーズの他のキャラクターにはないことなので、このキャラクターに特別の魅力があるということなのでしょう。ちょっと興味深い現象です。
 海外には“Toxicboy”という名前で、レズ&ゲイ・テイストのアート写真を発表しているアーティスト(?)がいて、日本にも「有毒少年」という名前の劇団があります。ティム・バートンのこの作品に魅せられて、こういうネーミングをしたのかどうかはわかりませんが、普通ちょっと思いつかないネーミングなので、ティム・バートンが作り出したこのキャラクターへのオマージュである可能性は高そうです。

画像

 ◆作品データ
 2000年/米/3分59秒
 英語台詞あり/日本語字幕なし
 フラッシュ・アニメーション

 *この作品は、2005年8月にshockwave.comで日本語字幕つきで配信されたようですが、現在は日本語字幕つきのバージョンを観ることはできません。

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 ◆監督について
 ティム・バートン Tim Burton

 1958年カリフォルニア州バーバンク生まれ。
 幼い頃から絵を描いたり、古い映画を観たりするのが好きで、家に引きこもりがちな少年だった。
 13歳の時に、スーパー8を使って、H・G・ウェルズの『ドクター・モローの島』からインスパイアされたアニメーション“The Island of Doctor Agor”(1971)を作った。
 9学年の時に描いた「ゴミ散乱防止」のポスターは、ローカルの賞を獲り、彼のポスターが1年間ゴミ収集車に貼られた。
 高校卒業後、ディズニーの美術学校California Institute of the Arts(通称Cal Arts)に入学。彼が入ったのはディズニーがアニメーションの人材養成のために作ったクラスで、クラスメートには、ジョン・ラセターやブラッド・バードがいた。
 在学中に、鉛筆画によるアニメーション“Stalk of the Celery”(1979)を作り、これがクラスで話題になり、映画『マペットの夢見るハリウッド』(1979)に参加するきっかけとなった。
 卒業後、彼は、ディズニーの実習生として、『きつねと猟犬』(1981)のアニメーターの仕事を得るが、この仕事は自分には向いていないと思うようになり、ディズニーの仕事をする傍ら短編アニメーション“Doctor Doom”(1980)を作ったりしていた。
 その後、ディズニーは、バートンの企画を認め、彼は、ヴィンセント・プライスのようになりたいと考える少年を主人公とした短編『ヴィンセント』を制作。この作品は評論家からの評判もよく、オタワ国際アニメーションフェスティバルでは観客賞を受賞した。引き続き、彼は実写による数編の短編を監督。
 彼が監督した短編『フランケンウィニー』(1984)を観た俳優ポール・ルーベンス(ピーウィー・ハーマン)は、彼を『ピーウィーの大冒険』(1985)の監督に抜擢。この作品で彼は20代半ばで長編監督デビューすることになった。
 『ピーウィーの大冒険』は予想外の成功を収め、彼にはスピン・オフ作品など多数の監督依頼が舞い込むが、新しいものを作りたいと考えた彼は、3年間新作映画を撮ることはなかった。
 2本目の長編映画『ビートルジュース』(1988)は、マイケル・キートンと初仕事で、この作品のヒットで、ワーナー・ブラザースがキートンを主役にして『バットマン』を作るように依頼。『バットマン』は年間最大のヒットとなり、バートンは新作を自由に作る権利を得た。これで彼が作ったのが『シザーハンズ』(1990)で、ジョニー・デップとの初めてのコラボレーションとなった。
 続いて監督した『バットマン・リターンズ』(1992)は、前作よりも暗めの作品だったこともあってか、興行的に失敗し、シリーズ第3作の『バットマン・フォーエヴァー』(1995)ではバートンは製作にまわることになった。
 ヘンリー・セリックを監督に据えて初めての長編アニメーション『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(1993)を製作した後、再びジョニー・デップを主役として『エド・ウッド』(1994)を発表。この作品はマーティン・ランドーにアカデミー賞助演男優賞をもたらした。
 彼の作り出す世界観が次第に明確になるにつれ、世界中に彼のファンが増え、その一方で、評論家からの評価も高まり、2003年に作った『ビッグ・フィッシュ』では数多くの監督賞にノミネート&受賞し、初めて監督を手がけた長編アニメーション『ティム・バートンのコープスブライド』(2005)でも米国アカデミー賞長編アニメーション賞にノミネートされた。
 結果的に、ティム・バートンは、ゴシック、ホラー、ファンタジーなどのジャンルの作品で独自の世界観を追求し、80年代後半以降最も人気のある監督の1人となった。

 ・1993年には初の絵本『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』を出版。1997年には『オイスター・ボーイの憂鬱な死』を出版した。

 ・ヴィンセント・プライス、マリオ・バーヴァ、ロジャー・コーマン、バーバラ・スティール、ラス・メーヤーらが好きであることが知られている。

 ・彼の作品によく登場するモチーフとして、かかし、病気または死にかけの犬、雪の降る夜、クリスマス、ハロウィンなどがある。

 ・最初の妻はドイツ人アーティストLena Gieseke(1989~1991)。二度目の妻は、モデル・女優のリサ・マリー(1992~2001)で、『エド・ウッド』(1994)から『PLANET OF THE APES 猿の惑星』(2001)までは彼女がバートンのミューズであり、製作にも関わった。『PLANET OF THE APES 猿の惑星』で、ヘレナ・ボナム=カーターと出会い、未入籍のまま1男1女をもうけた(ジョニー・デップが息子の名づけ親になった)。

 ・同じキャスト、同じスタッフを起用することが多い。特にジョニー・デップとは6作で組んでいる。ほとんどの作品の音楽はダニー・エルフマンが担当。ホラーやSF、ファンタジー作品の出演者を起用することも多い。

 ・1997年にはカンヌ国際映画祭の審査員を務めた。

 ・これまでに監督候補としてティム・バートンの名前の挙がった作品に『ザ・フライ』『スーパーマン』『カリガリ博士』などがある。

 【フィルモグラフィー】
 ・1971年 “The Island of Doctor Agor”<短編>[監督]
 ・1979年 “Stalk of the Celery”<短編>[製作・監督]
 ・1979年 『マペットの夢見るハリウッド』[マペット・パフォーマー、声の出演](監督:James Frawley)
 ・1980年 “Doctor Doom”<短編>[監督]
 ・1981年 『きつねと猟犬』[アニメーター](監督:テッド・バーマン、リチャード・リッチ、アート・スティーブンス)
 ・1982年 『トロン』[アニメーター](監督:スティーブン・リズバーガー)
 ・1982年 『ヴィンセント』<短編>[監督]
 ・1982年 『ヘンゼルとグレーテル』<TV>[監督]
 ・1982年 “Luau”[製作・監督・出演](監督:ティム・バートン、ジェリー・リース)
 ・1984年 『フランケンウィニー』<短編>[監督]
 ・1985年 『フェアリー・テール・シアター/アラジンと魔法のランプ』<TV>[監督]
 ・1985年 『ピーウィーの大冒険』 [監督]
 ・1985年 『コルドロン』“The Black Cauldron”[コンセプチュアル・アーティスト](監督:テッド・バーマン、リチャード・リッチ)
 ・1985年 『アラジンと魔法のランプ』(『フェアリー・テール・シアター』)<TV>[監督]
 ・1985年 『ファミリー・ドッグ』(『世にも不思議なアメージングストーリー』)<TV>[キャラクター・デザイン]
 ・1986年 『ザ・ジャー』(『新ヒッチコック劇場』)<TV>[監督]
 ・1988年 『ビートルジュース』 [監督]
 ・1989年 『バットマン』 [監督]
 ・1990年 『シザーハンズ』 [監督・製作・原案]
 ・1992年 『バットマン・リターンズ』 [監督・製作]
 ・1992年 『トイズ』[コンセプチュアル・アーティスト](監督:バリー・レヴィンソン)
 ・1992年 『シングルズ』[出演](監督:キャメロン・クロウ)
 ・1992年 『ホッファ』[出演](監督:ダニー・デヴィート)
 ・1993年 『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』[製作・原案]
 ・1993年 『ティム・バートンのナイトメアー・ビフォア・クリスマス/ディズニー デジタル 3-D』[製作・原案](監督:ヘンリー・セリック)
 ・1993年 『キャビン・ボーイ/航海、先に立たず』[製作] (監督:ヘンリー・セリック)
 ・1994年 『エド・ウッド』 [監督・製作]
 ・1995年 『バットマン・フォーエヴァー』[製作](監督:ジョエル・シュマッカー)
 ・1996年 『マーズ・アタック!』 [監督・製作]
 ・1996年 『ジャイアント・ピーチ』[製作](監督:ヘンリー・セリック)
 ・1998年 “Gnome in the Garden”<CM>
 ・1999年 『スリーピー・ホロウ』 [監督]
 ・2000年 『ステインボーイ』<Webアニメーション>[監督]
 エピソード1:「ステアガール」Staregirl
 エピソード2:「有毒少年ロイ」Toxicboy
 エピソード3:Bowling Ball Head
 エピソード4:Robot Boy
 エピソード5:Match Girl
 エピソード6:Stainboy’s Birth
 ・2000年 “Timex”<CM>[監督]
 ・2000年 『マリオ・バーヴァ 地獄の舞踏』“Mario Bava: Maestro of the Macabre”<TVM>[出演](監督:ゲイリー・S・グラント)
 ・2000年 “Lost in Oz”<TV>[製作総指揮](監督:Michael Katleman)
 ・2001年『PLANET OF THE APES 猿の惑星』 [監督]
 ・2003年 『ビッグ・フィッシュ』 [監督]
 ・2005年 『ティム・バートンのコープスブライド』 [監督・製作]
 ・2005年 『チャーリーとチョコレート工場』 [監督]
 ・2006年 “Bones”<ミュージック・ビデオ>[監督]
 ・2007年 『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』 [監督]
 ・2008年 “9”[製作](監督:シェーン・アッカー)
 ・2009年 “Frankenweenie”[監督・製作]
 ・2009年 “The Spook's Apprentice” [監督]
 ・2010年 『不思議の国のアリス』“Alice in Wonderland” [監督・製作]

 *参考サイト
 ・The Tim Burton Collective:http://www.timburtoncollective.com/
 ・ティム・バートンに関するWikipedia:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3
 ・IMDb:http://www.imdb.com/name/nm0000318/
 ・SPACEMAN’S MOVIE & TV PAGE:http://www52.tok2.com/home/spaceman/director/T/TimBurton/TimBurton.htm

この記事へのコメント

MAKI
2008年02月12日 07:56
umikarahajimaru さん、コメント・バック下さってありがとうございます! 本当に素晴らしいBLOGですね、映画好きには堪らないですよ!”ゲーリーじいさん”以来毎日のように見に伺っていますが、時間を定めてでないとドップリ読み込んでしまいますね。。。記事に対するコメントを書こうとしても、うううう~深過ぎて私の明晰な頭脳が作文不能の信号を。。。ツ―――――
皆さんにお勧めしたいのでリンクさせていただきます いいでしょうか。

ティム・バートン、独自の世界を作り上げて大好きな監督さんでしたが、南イタリアに来てからは明るい風土に合わないのか、あれだけ惚れ込んでいたキートン・バットマンも違って見えるのが不思議です。
MAKI
2008年02月12日 08:01
おっと、ティム・バートン、カリフォルニア生まれなのですかー!? 私が今住んでいるのは南イタリアのプーリア州ですが、ヨーロッパのカリフォルニアと呼ばれています。
明るい気候なのに不思議です。 続けてコメントすみません!
umikarahajimaru
2008年02月12日 20:51
MAKIさま
またまたコメントありがとうございます。
映画ブログは、観るか観ないか決める判断の材料として読むか、もしくは、観た後で感想を共有するために読むかするためのものがほとんどなので、あまり新作映画レビューをやっていない当ブログはリアクションが少なくて寂しい思いをしたりもするのですが、MAKIさんのようなお誉めの言葉をいただくととても励みになります。
リンクはもちろんOKです。今後ともよろしくお願いします。

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  • ティム・バートン 「オイスター・ボーイの憂鬱な死」

    Excerpt: ティム・バートンで検索していたら、フラッシュ・アニメを見付けた人のブログに巡り合い、あまりに嬉しかったので、今回はこの詩集絵本を記事にしちゃいます。{/face_tehe/} フラッシュ・アニメの1.. Weblog: Mr.Bation racked: 2008-02-25 02:35