パトリス・ルコントが… 『ラ・シオタ駅』

 『ラ・シオタ駅 1996年』は、前回、デイヴィッド・リンチ編をご紹介した『キング・オブ・フィルム/巨匠たちの60秒』のパトリス・ルコント編です。

 

 正式タイトルは“La Ciotat 1996/Patrice Leconte”。
 このタイトルを見ただけでピンとくる人は相当の映画通なはずで、これは、100年前、1895年にリュミエール兄弟が発表した世界初の映画の1つ『列車の到着』“L'Arrivée d'un train à la Ciotat”を、全く同じラ・シオタ駅で再現したものです。

 『列車の到着』は、当時の観客が、まるで本当の列車が目の前を通り過ぎるかのように感じて驚き、身を引いたというエピソードで知られる作品で、それを再現して見せられても、説明がなければ何の感慨もないわけですが、100年後に同じ駅、同じアングルで、しかもそれをパトリス・ルコントがやったということにちょっと面白みがあるでしょうか。

 比較のために、『列車の到着』の方も動画(伴奏つき)を貼り付けておきましょう。

 

 2作品の違いは、① 1895年版が蒸気機関車であるのに対して、1995年版が特急列車であること、② 1895年版がホームに人が待っているのに対して、1995年版ではホームには誰もいないこと、③ 1895年版が、線路をはさんで向かい側のホームには短く屋根が見えているだけなのに、1995年版ではそこに小さな小屋ができていること、そして、④ 蒸気機関車は停車するのに、特急列車は通り過ぎてしまうこと、が挙げられます。

 『列車の到着』では、ちゃんと列車が「到着」(停車)するのに対して、ルコント版では列車は停車しないというのが、『列車の到着』をよく知っている人の意表をつこうとしたルコントなりのギャグであることは言うまでもありません。そうでなかったら、停車する列車を待って撮影したはずですから(笑)。

 ※リュミエール兄弟の『列車の到着』をここでは、“1895年版”としましたが、この作品の撮影は現在でも「1897年1月4日以前」としか特定されていません。なので、おおよそ1896年だろうという推測があって、ルコント版も“1996”と謳っているのだろうと思われます。
 なお、『列車の到着』でホームを行き来している人々は、実は、リュミエール家の人々で、列車に乗るわけでも、誰かを迎えに来たわけでもないことから、演出されたものだと考えられています。

画像

 ◆作品データ
 1995年/仏・デンマーク・西・スウェーデン/50秒
 台詞なし/字幕なし
 ドキュメンタリー

 *『キング・オブ・フィルム/巨匠たちの60秒』は、ビデオ化はされていますが、今のところDVD化はされていません。

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 *当ブログ関連記事
 ・『キング・オブ・フィルム』 デイヴィッド・リンチ編
 ・『キング・オブ・フィルム』 ジャコ・ヴァン・ドルマル編
 ・オムニバス映画の魅力

 ◆監督について
 パトリス・ルコント
 1947年 パリ生まれ。

 映画監督になるためにIDHEC(フランスの高等映画学院)で学ぶが、卒業後、すぐに監督デビューすることはなく、しばらくは漫画家およびイラストレーターとして“Pilote”誌などで活躍する。
 最初の長編 “Les Vécés étaient fermés de l'interieur”(1976)は、自身の漫画作品を実写化したもの。
 1978年に、人気喜劇集団スプランディド(1974年に結成。メンバーは、ジェラール・ジュニョ、クリスチャン・クラヴィエ、ティエリー・レルミット、ミシェル・ブランら)の舞台を映画化した『レ・ブロンゼ/日焼けした連中』を発表。これがヒットし、その後も続けてスプランディドのメンバーと組んで映画を作る。

 ルコントが国際的に注目を浴びたのは、1989年に『仕立て屋の恋』がカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品されてからで、『仕立て屋の恋』と、続いて発表された『髪結いの亭主』は日本のみならず世界的にヒットした。これをきっかけとして、後に、フランス以外の国でも旧作がまとめて紹介されることになった。

 『タンデム』『仕立て屋の恋』『髪結いの亭主』『リディキュール』『橋の上の娘』と5度セザール賞にノミネートされ、『リディキュール』で同賞の作品賞と監督賞を受賞。『髪結いの亭主』ではルイ・デリュック賞を受賞し、名実ともにフランスを代表する映画監督の1人となった。

 コメディーからアクション、サクペンス・タッチの作品まで、さまざまなタイプの作品を手がけるが、哀愁の感じられる人間ドラマを、ユーモアをまじえた暖かいタッチで描くことに定評がある。
 彼の作り出すドラマには、少々毒があり、どこか人生に対する皮肉が込められているという指摘もあるが、そうした物語世界の中で登場人物たちの行なう選択は、意外性をともないつつも、観る者に深い共感と感動を呼ぶことが多い。

 日本でも確実にヒットが期待できるフランス人監督の1人。

 ・1971年 “Le Laboratoire de l'angoisse”[短編]
 ・1969年 “L' Espace vital”[短編]
 ・1973年 『ハッピーファミリー』“La Famille heureuse (Famille Gazul)” [短編]
 ・1976年 “Les Vécés étaient fermés de l'interieur”(トイレは中から閉まっていた)
 ・1978年 『レ・ブロンゼ/日焼けした連中』
 ・1979年 『レ・ブロンゼ/スキーに行く(人間模様)』
 ・1980年 『恋の邪魔者』
 ・1981年 『夢見るシングルズ』
 ・1983年 『愛しのエレーヌ/ルルーとペリシエの事件簿』
 ・1984年 『スペシャリスト』
 ・1987年 『タンデム』
 ・1988年 “Sueurs froides”[TVシリーズ](“Toi, si je voulais”の回)
 ・1989年 『仕立て屋の恋』
 ・1990年 『髪結いの亭主』
 ・1991年 “Pour Alexandre Goldovitch, URSS”[短編]
 *“Contre l'Oubli”(忘却に対して)というタイトルのオムニバス映画の1編で、40人のフランスの映画監督が競作している。ルコントのほかには、パトリス・シェロー、シャンタル・アッカーマン、ジェーン・バーキン、ベルトラン・ブリエ、アラン・コルノー、コスタ・ガブラス、クレール・ドゥニ、ジャック・ドワイヨン、ジャン=リュック・ゴダール、 サラ・ムーン、ミシェル・ピコリ、アラン・レネ、コリーヌ・セロー、ベルトラン・タヴェルニエなど。
 ・1992年 『パトリス・ルコントのボレロ』[短編]
 ・1992年 『タンゴ』
 ・1994年 『イヴォンヌの香り』
 ・1995年 『リディキュール』
 ・1995年 『ラ・シオタ駅』 “La Ciotat 1996/Patrice Leconte”(『キング・オブ・フィルム/巨匠たちの60秒』“Lumière and Company”)[短編]
 *世界初の映画撮影用カメラ“シネマトグラフ”を使って製作された、40名の映画監督によるオムニバス映画。参加監督は、ヴィム・ヴェンダース、ジャック・リヴェット、スパイク・リー、ジェームズ・アイヴォリー、ピーター・グリーナウェイ、アッバス・キアロスタミ、アーサー・ペン、テオ・アンゲロプロス、アンドレイ・コンチャロフスキー、吉田喜重ら。総監督がサラ・ムーン。
 ・1996年 『パトリス・ルコントの大喝采』
 ・1998年 『ハーフ・ア・チャンス』
 ・1999年 『サン・ピエールの生命』
 ・1999年 『橋の上の娘』
 ・2000年 『フェリックスとローラ』
 ・2002年 『列車に乗った男』
 ・2002年 『歓楽通り』
 ・2004年 『パトリス・ルコントのドゴラ』
 ・2004年 『親密すぎるうちあけ話』
 ・2006年 “Les Bronzés 3: amis pour la vie”
 ・2006年 “Mon meilleur ami”

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