カレル・ゼマン 『プロコウク氏 靴屋はいやだの巻』

 プロコウク氏には向かない職業。



 【物語】
 プロコウク氏は、靴屋をやっているが、得意でないのか、単に好みでないのか、タイプライターを使ったスマートな仕事に憧れている。タイプライターをマスターするために本も買って、練習中でもある。
 散歩に出た先で、タイプライターを打っているようなリズミカルな音を聞きつけて、声をかける。出てきたのは、馬の事務員で、彼は自慢の蹄を使って書類にスタンプを押している。
 プロコウク氏はそこで書類仕事をさせてもらうが、タイプライターがうまく打てず、ネズミにまで笑われているような気がして、タイプライターを投げ出してしまう。バラバラになったタイプライターは何故か靴屋の道具に変わり、プロコウク氏は靴作りを始めてしまう。その様子を見た馬は何やってるんだ!とプロコウク氏を叱る。
 そこで紙が舞い上がり、馬とプロコウク氏を巻き込む。
 オフィスだったはずの建物は、工場に変わり、プロコウク氏は馬に荷馬車を引かせて出てくる。まるで「自分にはこれがお似合いなのかもね」と言うように笛を吹いて出かけていくのだった。

画像

 【コメント】
 台詞なしの作品ですが、ところどころに挿入されるチェコ語がキーワードになっているようで、字幕なしではちょっとわかりにくかったりもするのですが、ストーリー的には大体上記のような感じでしょうか。

 チェコ語のweb辞書(http://www.slovnik.cz/)を使って調べてみたところ、原題にある“ouraduje”と、最後の看板がくるっと回る前の文字“ourad”はどちらも“9時5時仕事”というような意味で、看板がくるっと回った後の文字“vyrobna”は“工場”という意味のようです。ネズミが作ったインクのしみ“Savle! Drz se sveho kopyta”は「馬に蹴飛ばされるぞ!」というような意味でしょうか。

 こういう読み取り方でいいすると、本作のテーマは、「人にはそれぞれ分相応というものがあるのだから、あまり背伸びしてはいけない」ということになります。う~ん、ちょっと切ないメッセージですね。ラストでプロコウク氏が笛を吹いているシーンは、彼がこの仕事に満足しているとも受け取れるので、それはそれでいいのですが……。

 この作品が作られた1947年は、プロコウク氏ものが4本作られた年で、どれがシリーズ第1作なのかはっきりしないのですが、この作品がシリーズ第1作だとすると、プロコウク氏は、この後も、シリーズを通して、自分に相応しい仕事を探し、いろんな仕事を試していくわけで、シリーズとしては辻褄が合ってきます。

 本作のサブタイトルには、邦題が2通りあって、「靴屋はいやだの巻」と「在役中の巻」というものですが、“9時5時仕事”を「靴屋はいやだの巻」とするのはいいとしても、「在役中の巻」というのはさっぱり意味がわかりません。誰がこの作品のどこを見てこんな邦題にしたのでしょう。「在役中」っていったいどんな意味なの?って感じですが。

 馬が蹄でスタンプを押すシーンには、タップに移行しそうなムードがあるのですが、ゼマンはそちらの方面には進もうとはせず、本作以後もダンスするシーンのある映画はあっても、ミュージカル・タッチの映画は作りません。
 プロコウク氏のみならず、ゼマンもここで選択肢を1つ絞ったということでしょうか。

 ◆作品データ
 1947年/チェコスロバキア/7分39秒
 台詞なし/日本語字幕なし
 人形アニメーション

 *この作品は、日本では劇場未公開です。

 *この作品は、DVD『幻想の魔術師 カレル・ゼマン 「シンドバッドの冒険」/短編「プロコウク氏 靴屋はいやだの巻」」に収録されています。

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 ◆監督について
 カレル・ゼマン
 1910年 オーストリア・ヘンガリー帝国(現・チェコ)のオストロムニェジェに生まれ、1989年 プラハで没。
 幻想の魔術師、映像の錬金術師、チェコアニメ3巨匠の1人などと称される。

 少年の心をくすぐる冒険ファンタジー、次々と襲い来る試練とロマンの物語、イマジネーションあふれる“未来の”マシーンやメカの創造(特に空を飛ぶ乗り物)、技術の不足をアイデアで補った特撮、……。子ども向けの作品ばかりでありながら、(今となってはレトロとも思える)その作品の魅力にとりつかれたファンは多い。

 父親は貝ボタン職人。
 幼い頃から人形劇が好きだった。
 フランスの広告美術の学校で学び、マルセイユのスタジオに就職。最初に手がけた仕事はスープの広告。
 帰国後も広告の仕事がしたいと考え、まずは、ショーウィンドウのディスプレイのデザインなどを担当した後、ズリーンのクゥドロフ・スタジオに広報担当として就職(1943年)。そこで、アニメーション作家ヘルミナ・ティールロヴァーと出会い、アニメーションの制作に興味を持つ。
 1945年 ティールロヴァーと共同で『クリスマスの夢』を監督。正確には、撮影所の火事でフィルムが焼失してしまったことで失望して降板したティールロヴァーに代わって、カレル・ゼマンが再撮影を買って出る。実写部分をボジヴォイ・ゼマンが監督。この作品は、1946年のカンヌ国際映画祭で最優秀アニメーション賞を受賞。
 1947年 ゼマンとしての最初のプロジェクト「プロコウク氏」シリーズを手がける。
 1950年 最初の中編『王様の耳はロバの耳』を制作。この作品でアニメーションの監督として国内でも知られるようになる。
 1955年 俳優を使った、最初の実写作品『前世紀探検』を制作。
 続いて、ジュール・ヴェルヌ原作の『悪魔の発明』、『ほら男爵の冒険』、『彗星に乗って』など、子ども向けのSFや冒険ファンタジーを制作して、一躍人気監督となる。

 1987年には第2回国際アニメーションフェスティバルに国際名誉会長として来日している。

 娘のリュドミラ・ゼマンは、1984年にカナダに移住し、父の『シンドバッドの冒険』のアニメーターだったEugene Spalenyと結婚(http://www.bookcentre.ca/gg/lzeman.htm)。Eugene Spalenyは、“Certík Fidibus”(1981)、“Lord of the Sky ”(1992)等の監督作品を発表している。

 【フィルモグラフィー】
 ・1945年 『クリスマスの夢』
 ・1946年 『ハムスター』
 ・1946年 『幸福の蹄鉄』
 ・1947年 『プロコウク氏 在役中の巻(靴屋はいやだの巻)』
 ・1947年 『プロコウク氏 試練を受けるの巻(家作りの巻)』
 ・1947年 『プロコウク氏 ボランティアの巻』
 ・1947年 『プロコウク氏 映画製作の巻』
 ・1947年 『生者の中の死者』
 ・1947年 『労働者』
 ・1948年 『水玉の幻想』
 ・1949年 『プロコウク氏 発明家の巻(発明の巻)』
 ・1950年 『王様の耳はロバの耳(ラーヴラ王)』
 ・1952年 『鳥の島の財宝』
 ・1955年 『前世紀探検』 1958年日本公開
 ・1955年 『プロコウク氏 動物の友の巻』
 ・1958年 『悪魔の発明』 1959年日本公開
 ・1958年 『プロコウク氏 探偵の巻』
 ・1959年 『プロコウク氏 アクロバットの巻』
 ・1961年 『ほら男爵の冒険』 2004年日本公開
 ・1964年 『狂気のクロニクル』 2003年日本公開
 ・1966年 『盗まれた飛行船』 1987年日本公開
 ・1970年 『彗星に乗って』 1987年日本公開
 ・1971年 『シンドバッドの冒険 第1話 はじめての冒険』
 ・1972年 『シンドバッドの冒険 第2話 ふたたびの海へ』
 ・1972年 『プロコウク氏 時計屋の巻』
 ・1973年 『シンドバッドの冒険 第3話 巨人の島(巨人の国)』
 ・1973年 『シンドバッドの冒険 第4話 磁石の山』
 ・1973年 『シンドバッドの冒険 第5話 空飛ぶじゅうたん』
 ・1974年 『シンドバッドの冒険 第6話 閉じ込められた魔神(かいならされた悪魔)』
 ・1974年 『シンドバッドの冒険 第7話 海のサルタン』
 ・1976年 『千一夜物語』
 ・1977年 『クラバート』 2003年日本公開←1981年 池袋西武スタジオ200にて上映
 ・1980年 『ホンジークとマジェンカ』 2003年日本公開
 ・1981年 『カレル・ゼマンと子供たち』

 *資料によりデータ(邦題、制作年、作品そのもの)が異なる場合があります。

 *2003年にシアター・イメージフォラムにて<カレル・ゼマン レトロスペクティブ>が開催され、長編8作品(『鳥の島の財宝』『前世紀探検』『悪魔の発明』『狂気のクロニクル』『盗まれた飛行船』『彗星に乗って』『シンドバッドの冒険』『クラバート』『ホンジークとマジェンカ』)、短編5作品(『クリスマスの夢』『プロコウク氏 映画製作の巻』『水玉の幻想』『王様の耳はロバの耳』『鳥の島の財宝』『カレル・ゼマンと子供たち』)が上映されました。2004年 同劇場で『前世紀探検』『ほら男爵の冒険』が上映されました。

 *参考書籍
 ・『アニメーターズ1 カレル・ゼマン』(日本出版社)
 ・『夜想35 チェコの魔術的芸術』(ペヨトル工房) 
 ・『チェコアニメの巨匠たち』(エスクァイア マガジン ジャパン)

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