日本人離れした作品! 川本喜八郎 『犬儒戯画』

 川本喜八郎監督の第2作。
 1970年の作品で、全編フランス語のナレーション。
 原作は、横光利一の短編小説「シルクハット」です。
 初見でフランス語ナレーションで日本語字幕なしというのはちょっとつらいのですが、日本の中世を舞台にした人形アニメーション(および人形劇)が代名詞ともなっている川本喜八郎監督が第2作でこんな作品も撮っていたというのは、とても興味深いことでもあり、たった8分の作品でもあるので、映像に集中してご覧になっていただければ、と思います。



 【物語】
 登場人物は、ドッグ・レースのスターター(シルクハットの男性)と観客、そして犬たちとドッグ・レースの主催者です(ただし、主催者は姿を見せない)。
 オープニングからドッグ・レースが始まっている。「最終レースにはプログラムにもある通り喜劇を用意しました」という主催者のアナウンスがって、シルクハットに燕尾服という姿のスターターが登場する。
 スターターによって、それぞれの犬に、魚のついた竿がくくりつけられる。
 しかし、犬は自分の竿についた魚をくわえようとして走り出したりはせずに、他の犬の竿についた魚を食い合ってしまうので、レースにならない。
 それを観て観客には怒り出す者もいるが、粋な演出だと面白がる者もいる。
 スターターはそんな観客を前に口上を述べる。「いまや観ているのは犬の方で、レースをして賭けの対象となっているのは皆さんの方なのです。私も皆さん同様魚につられる犬に過ぎません。我々の幸福はそんな犬になることでしょうか。自分の目の前にぶら下げられた魚を想像してみてください」
 明かりが消され、主催者側から「せっかくの喜劇がメチャクチャにされた。スターターはクビにします。レースは続いています。最後までお楽しみください」というアナウンスがなされる。
 スターターは口上を続ける。「これで私も皆さんと同じ立場になりました。同じ観客として、真実を伝える義務があります。この暗闇の中で何が仕組まれているのかお伝えしなければなりません」
 スターターの口上を無視して、闇の中で主催者によるレースの実況が始まる。
 しかし、スターターは「だまされてはいけない。犬はただ噛み合っているだけです」という。
 「真実を見る目を開いてください。喜劇を演じているのは皆さんの方です。偽りと興奮が皆さんの理性と公明さを曇らせている。皆さんは犬の魚という名の夢を買っているに過ぎない。勇気を持ってください。真実は……」
 スターターがそう言いかけたところで銃声が聞こえる。
 明かりがつくと、競技場の真ん中にスターターが血を流して倒れている。実況は続いているが、犬はレースをしておらず、すべてイカサマであったことが明らかになる。
 観客席から「八百長だ!金を返せ!」という怒号が飛ぶ。
 観客席から競技場に降りた観客の姿は次々犬に変わっていく。
 倒れているスターターのそばを犬が駆けていく。
 スターターの流した血から1本の赤いバラが咲く。

画像

 【解説】
 「大きな権力が大衆を操作して真実から目を背けるようにしている。そこに真実を指摘して大衆の目を覚まそうとする者が現れるが、彼は権力によって抹殺される。大衆はまた真実から遠ざけられるが、真実を指摘した彼の死からは希望という名の小さな花が咲こうとしている。」
 物語の意味するところは大体こういうところでしょうか。

 元々はこの作品は草月ホールのアニメーション・フェスティバルのために作られた作品です。

 この作品が作られたのは、1970年で、2年前の1968年に、チェコスロバキア(川本監督が師と仰ぐイジー・トルンカの母国)の自由化がソ連によって踏みにじられたこと(「プラハの春」)があって、それ契機となってこの作品が制作されたと伝えられています。原作は一応ありますが、そこからプロットだけ借りた、ということのようです。

 台詞がフランス語なのは、日本から世界に自分の思いを発信していこうという意気込みの表れで、1970年という時代背景、映画を通して世界(社会)を変えようという世界的な気運の一端が伺われます。
 作品としては、時代を予見していたイジー・トルンカの『手』(1965)や、ラウル・セルヴェの『クロノフォビア』(1965)から『人魚(シレーヌ)』(1969)『語るべきか、語らざるべきか』(1970)に通じるものを感じさせます。

 フランスの若い監督が作った短編と言っても通用しそうな内容&タッチで、シュールで、シニカルで、これはこれで面白いし、川本喜八郎がこういうものを作っていたということは驚きでもあるんですが、監督のもう1人の師である飯澤匡氏からは「わけがわからない」と言って叱られたそうで、監督はまた自分が作るべき作品を探して試行錯誤していくことになります。

 作品を観ると、やっぱり頭でっかちな感じであり、ちょっと奇を衒ってやろう、世間を驚かせてやろうという意図が見えてしまいますが、若い時というのは得てしてこういう理屈っぽいものを作ってみたくなるものですよね。と思って、この時の川本監督の年齢を確認するとこの時既に45歳だったりするのですが(笑)。きっと精神が自由で若さに溢れているのでしょう。川本監督は、この後も、作品のタッチや手法に大胆な挑戦をしていくことになります。『旅』(1973)や『詩人の生涯』(1974)も『犬儒戯画』とはまた違いますが、一風変わったタイプの作品になっています。

 作品としては時代の刻印が濃いと説明される本作ですが、<自分の目の前に魚をぶら下げられていて、それに食らい付こうとして走っているだけで、本当は自分がやっていることやまわりの状況がよく見えていないのではないか>という問題提起は、実は現代にも通用するもので、無国籍的な作品に仕上げたこともあって、この作品は、案外、時代を超えて、生き延びたということができるかもしれません。『旅』や『詩人の生涯』の方が作品としてはちょっと古いという印象を受けます。

 今回、見直してみて、私が、ちょっと面白いと思ったのは、告発者が体制の側から出てきたということ、大衆の中にスターターの試みを面白いと言っている者も登場させるなど大衆の中に多様性を認めていること、でしょうか。

 タイトルにある「犬儒」というのは、古代ギリシャの哲学の一派キニク学派に由来する言葉で、シニカルの語源ともなっています。

 声の出演は、ニコラ・バタイユ(スターター)、ジャン・ミシェル・ソラント、フランソワ・グローイエ、セルジュ・フリボー。フランス語翻訳はジャン・カンピニオン。

 ◆作品データ
 1970年/日本/8分
 フランス語台詞あり/日本語字幕なし
 人形の動きをコマ撮りしたものを紙焼きし、それをさらにフィルムで撮影

 *この作品はDVD『川本喜八郎作品集』に収録されています。

 
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 ◆監督について
 川本喜八郎
 映画監督、人形作家、アニメーター。
 1925年 東京・千駄ヶ谷の雑貨屋に生まれる。
 1937年 建築家を目指して旧制東京府立工芸学校(現・東京都立工芸高校)木材工芸科に入学(5年制)。
 1942年 旧制横浜高等工業学校(現・横浜国立大学)建築科入学
 1944年 学徒動員で満州に渡る。帰国後横浜高等工業学校卒業。
 同年 陸軍入隊。陸軍少尉として国内勤務。
 1946年 軍隊時代の上官に誘われて建築会社に入るが、工芸学校時代の同級生 村木与四郎に勧められて東宝を受験し、合格。東宝では美術助手を務める。
 1950年 東宝退社。フリーの人形美術家になる。
 1952年 イジー・トルンカ作品と出会い、人形アニメーションを一生の仕事にすることに決める。
 1953年 持永只仁氏に人形アニメーションについて教わる。
 1953~62年 人形絵本、TVCMの人形制作やアニメーションなどを担当。
 1963~64年 チェコスロバキアに留学。トルンカ・スタジオで『天使ガブリエルと鵞鳥夫人』の制作に加わる。
 1961年~ NHKの子ども向け番組の人形美術やアニメーションを手がける。
 1968年 人形アニメーション『花折り』を自主制作。
 1975年 国際アニメーションフィルム協会理事。
 1981年 初長編『蓮如とその母』の監督とアニメーション、人形美術を手がける。
 1982年~84年 NHK「人形劇 三国志」の人形美術を担当。同作品は第26回児童文化福祉奨励賞、第17回テレビ大賞特別賞を受賞。
 1985年 国際アニメーションフィルム協会賞受賞。
 1988年 中国・上海美術電影スタジオで『不射之射』を制作。
 同年 アニー賞受賞。紫綬褒章を受賞。
 同年 アニメーション作家の共同プロジェクトである「セルフポートレート」に参加。
 1989年 チェコのトルンカ・スタジオで『いばら姫または眠り姫』を制作。
 1993年~94年 NHK「人形歴史スペクタクル 平家物語」の人形美術を担当。
 1995年 勲四等旭日小綬章受賞。
 1996年 第24回伊藤熹朔特別賞受賞。日本アニメーション協会会長に就任。
 2005年 長年の夢であった『死者の書』を完成させる。同作品でシッチェス・カタロニア映画祭で特別賞を受賞。
 2007年 飯田市に川本喜八郎人形美術館オープン。

 その他、個々の作品で国内外の受賞歴多数あり。

 *バイオグラフォー&フィルモグラフィーの詳細は、『川本喜八郎 アニメーション&パペット・マスター』(角川書店)で読むことができます。

 自主製作、つまり誰かがお金を出してくれるわけではないところから映画作りをスタートさせて(自分でお金を出して、自分の満足できる作品を作るところから始めて)、現在のようなアニメーション作家となり、ファンや同業者、後進のアニメーション作家からも深い尊敬を集めている。

 【フィルモグラフィー】

 ・1968年 『花折り』(14分/16mm)[脚本・演出・人形・アニメーション]
 人形アニメーション。台詞あり。

 ・1970年 『犬儒戯画』(8分/35mm)[脚本・演出・美術・人形・アニメーション]
 人形の動きを1コマずつモノクロで撮影し、それを紙焼きしたものを1枚ずつフィルムで撮影。台詞あり(フランス語、日本語字幕)。

 ・1972年 『鬼』(8分/35mm)[製作・演出・人形・アニメーション]
 人形アニメーション。台詞なし、字幕あり。

 ・1973年 『旅』(12分/35mm)[製作・脚本・演出・アニメーション]
 切り紙アニメーション+実写写真。冒頭と最後に蘇東坡の漢詩が字幕で入る。

 ・1974年 『詩人の生涯』(19分/35mm)[製作・演出・アニメーション]
 切り紙アニメーション。台詞なし、字幕あり。

 ・1976年 『道成寺』(19分/35mm) [脚本・演出・人形・アニメーション]
 人形アニメーション。台詞なし、説明字幕がインサートで入る。

 ・1979年 『火宅』(19分/35mm) [脚本・演出・人形・アニメーション]
 人形アニメーション。ナレーションあり。

 ・1981年 『蓮如とその母』(93分/35mm)[監督・人形・アニメーション]
 人形アニメーション。台詞あり。

 ・1982~84年 『NHK人形劇 三国志』(各45分、全68話)[人形美術]
 人形劇。

 ・1988年 『不射之射』(25分/35mm)[脚本・演出・人形美術・アニメーション]
 人形アニメーション。ナレーションあり(北京語版・日本語字幕付バージョンと日本語版バージョンあり)。上海スタジオでの製作作品。

 ・1988年 『セルフポートレート』(1分/35mm)[演出・人形美術]
 クレイ・アニメーション。BGMのみ。

 ・1990年 『いばら姫またはねむり姫』(22分/35mm)[脚本・演出・人形美術監督]
 人形アニメーション。ナレーションあり(チェコ語バージョンもあるらしい)。チェコとの共同製作作品。

 ・1991年 『注文の多い料理店』(19分/35mm)[監修]
 セル・アニメーション。

 ・1993~95年 『NHK人形歴史スペクタクル 平家物語』(各20分、全48話)[人形美術]
 人形劇。

 ・1996年 『オムニバス 李白』(?/?)[?]
 CM?

 ・2003年 『連句アニメーション 冬の日』(105分/35mm)[企画・監督・アニメーション]
 人形アニメーション、クレイ・アニメーション、セル・アニメーション等、様々な手法の作品あり。川本自身は人形アニメーション。朗読あり。

 ・2005年 『死者の書』(70分/35mm)[脚本・監督・人形・アニメーション]
 人形アニメーション。台詞あり。

 *関連書籍
 ・『川本喜八郎 アニメーション&パペット・マスター』(角川書店)
 ・「別冊太陽 川本喜八郎 人形―この命あるもの」(平凡社)

 *関連DVD
 ・DVD「川本喜八郎作品集」 3990円(税込)
 ・DVD「人形劇 三国志 全集」
 ・DVD「平家物語 完全版 DVD SPECIAL BOX」
 ・DVD「連句アニメーション 冬の日」 7140円(税込)
 ・DVD「死者の書」 2007年10月24日発売予定 3990円(税込) 予約価格2993円(税込)

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