心を揺さぶられる 『愛は一切に勝つ』 タン・チュイムイ

 <ヤスミン・アハマドとマレーシア新潮>で上映された作品のうち、タン・チュイムイ監督の『愛は一切に勝つ』について、メモを残しておきたいと思います。

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 【物語】
 バスの中。
 窓側の席に老人が座り、通路側の席にピンが座っている。老人は、隣のピンに「具合が悪くなったので席を替わって欲しい」と言う。ピンは通路に立って、老人が席を移動するのを待つが、老人は荷物が多くて、それを移動させるのに手間取ってしまう。ピンは「荷物はそのままでもいいのでは?」というが、老人はかまわずに荷物を移す。

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 ピンが、叔母の営む食堂(chicken rice stall)に到着する。ピンの到着を待ちかねたように、働いていたおばさん一人が「それじゃあ、私は帰るから」と言って去る。
 店では、姪のメイが勉強していたが、叔母はメイをバイクで家まで乗せてってくれと言う。ピンは「運転はできるけど、免許は持ってないの」と言うが、叔母はピンにバイクのキーとライダースーツを渡す。(※叔母さんが叔母さんであることは言葉では一切説明されず、ピンが田舎からここに働きに来たらしいこともほのめかされるだけで、はっきりとは説明されない)

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 メイの案内で、叔母の家に着く。メイは自分の部屋にピンを連れて行き、自分は上の段は恐いからと言って、ピンに2段ベッドの上に寝るよう頼む。

 ある夜、ピンは田舎の様子を聞くためにボーイフレンドに公衆電話から電話する。
 ピンが電話していると、隣に一人の若者がやってくる。しかし、隣の公衆電話は壊れていて、彼はピンが話し終わるのを待つことにする。ピンはそれに気づいて、早々に電話を切り上げる。

 昼。ピンが歩いていると、電話待ちをしていた若者ジョンが、バナナを手に近づいてくる。
 ジョン「これ、落としただろう」
 ピン「違うわ」
 ジョン「持っていけよ」
 ピン「いらない」
 ジョン「いいだろ、バナナくらい」
 ピン「バナナ嫌いだし」
 ジョンを無視して、さっさと行ってしまうピンにジョンは「名前、何ていうの」と訊くが、ピンは答えない。

 夜の街。
 ピンは屋台の串焼きを食べたり、洋服を見たりしている。
 ピンは田舎にいるボーイフレンドのためにジャンパーを買おうと品定めしていると、ちょうどそこにジョンが来合わる。ピンは、「背中貸してよ」と言って、ジョンの背中にジャンパーを当てさせてもらう。「俺にくれるのか?」「違うわよ」

 夜の公衆電話。
 ピンが電話をかけていると、またジョンがやってくる。
 ピンは小銭がなくなったので、ジョンに借りる。

 車の中。
 ピンはジョンの運転する車で送ってもらうことになったらしい。
 しかし、ジョンは家とは関係ない方向に車を走らせる。
 「ちょっと!どこへ行くのよ?!」
 「俺の女になれ!」
 「いやよ!帰らせてくれないなら飛び降りるわよ!」
 ピンは、車のドアを開けて飛び降りる素振りを見せるが、ジョンが一向に車を止める気配を見せないので、あきらめてドアを閉める。

 ピンは、正式にジョンのカノジョになることをOKしたわけではないが、自然とジョンと過ごす時間が長くなる。

 ある夜、ジョンとピンが食事をしていると、ジョンの友だちらしいカップルと出くわす。
 「いとこなんだ」とジョン。
 「カノジョ、きれいね。彼は何をしてる人なの?」とピン。
 「ポン引きさ。新しい彼女を作っては客の相手をさせてるんだ。結婚をエサにして、つき合って、突然消えるんだ。で、警察につかまったから保釈金が要ると言って、客を取るように仕向けるんだ。“愛は一切に勝つ”っていうわけでみんな言うことを聞く。最後は外国に売ってしまうんだがな」
 「それで平気なの?」
 「また新しい彼女を作ればいい」

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 ピンは、メイがいつも郵便受けを気にしているのを見て、彼女が文通をしているのを知る。
 ピン「ボーイフレンドなの?」
 メイ「もちろん、ちがうわ」
 ピン「じゃあ、誰?」
 メイ「謎の男。私も知らないの」
 ピン「逢いに行けばいいじゃない?」は
 メイ「住所はここなんだけど」
 ピン「バイクで行くには遠すぎるわね」

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 ピンとジョンが夜遊びして朝になる。前方に並んでいる家を見て、「どれか選べよ」とジョン。どうやら朝から開いている食堂か何からしい。
 2人で並んで食事を取る。食欲旺盛のピンを見て、ジョンは店の女将に「うちの妻は大食らいでね」と笑って言う。すると、「このくらいがいいのよ」と店の女将。ピンはそんな2人のやり取りに口を挟むことなく、満更でもなさそうに食事を続けている。

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 ある日、ジョンは仕事でシンガポールに行かなければいけなくなったとピンに告げる。

 ジョンの消息が途絶えたことで、ピンが心配し始める。

 どうやらジョンはシンガポールでトラブルに巻き込まれたらしく、至急お金が必要だということをいとこから聞かされる。

 ピンは銀行から下ろせるだけのお金を下ろすが、いとこからは「足りないじゃないか」と言われる。「何か私にできることはないかしら」

 ジョンのいとこが運転する車に、黒いドレスを着たピンが乗っている。どこかに連れて行かれるらしい。

 ホテルの部屋。
 ピンは男に「全部脱げ」と言われて裸になり、男の無遠慮な視線にさらされる。

 客に暴行されたのか、傷だらけの顔で、ジョンのいとこの運転する車に乗っているピン。

 止まっている車の後ろで、ピンが道路にうつ伏せに倒れている。

 夜の街。
 ピンとジョンは仲良く串焼きをほおばったりしつつ歩いている。
 洋服屋で、ピンは、ジョンの体にジャンパーを当ててみる。
 「プレゼントしてくれるのか」「愛してくれたらね」

 メイを後ろに乗せてバイクを飛ばす叔母さん。
 一軒の家の前に止める。どうやらここがメイの文通相手の家らしい。
 メイは、「呼び出しボタンを押して」と母に言って、自分は物陰に隠れて様子を伺う。

 (どんな人物が現れたかは観客には示されないまま)叔母さんとメイはバイクで帰路につく。

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 映画を観てから、ちょっと時間が経ってしまったので、記憶が曖昧なところもありますが、ストーリーは大体こんなところではないかと思います。

 上に書いていないところでは、ピンと叔母とメイが3人でテレビのメロドラマを観るシーンが何回かあります。そのTVドラマは、おそらく、女性が求める1つの愛の形を示すために入れられたもので、そういう目的のために、監督が意図的に入れたものであることはまず間違いありません。これが、ピンの愛の形とどのようにシンクロしているのかはわかりませんが、ひょっとすると、マレーシアでは、誰でも知っているようなTVドラマで、マレーシアの人であれば、誰でもその象徴するものがわかるようなものなのかもしれません(TVで放映されているのが、『西鶴一代女』や『奇跡の海』、あるいは『ある子供』『SWEET SIXTEEN』『ボヴァリー夫人』『家族のかたち』あたりであれば、日本人にもその象徴的な意味合いが伝わってくると思うのですが)。

 メイと文通相手のエピソードも、物語上これがどういう意味づけになっているのか、はっきりしませんが(メイの実父が身分を明かさずに娘に手紙を出しているのかとも予想されましたが)、いろんな愛の形(この場合は、じっと見守る愛)があるということを示したかった、ということでしょうか。

 もう1つ、上のように文字で書くとちょっとわかりにくいのですが、ラストでピンはどうなったのか、ということがあります。
 あまりにもさりげなく進んでしまったので、一瞬この映画はハッピーエンドだったのか?とも思ってしまいますが、「止まっている車の後ろで、ピンが道路にうつ伏せに倒れている」というシーンがあることから判断すると、ここはやはり「ピンは、自分が男のために体を売るハメになってことにショックを受け、車から飛び降りて死んでしまった」のだと考えざるを得ません(ただし、ジョンにだまされたのかどうか、ジョンにだます意図があったのかどうかは最後まではっきりとは描かれていません)。
 それに続くシーンを見ると、ジョンは帰ってきて、2人の幸せな日々は取り戻されたのだという解釈も成り立たなくもないのですが、あのシーンでは、2人とも出会った頃と同じ服装をしているので、観る者に非現実感を感じさせます。つまり、あれは(死んでしまった)ピンの夢想だ、ということになります。

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 この映画を観たあと、「バカ女だよね~」と友人らしき人と感想を話している人を見かけました。確かに他人から見れば、この映画の主人公は簡単に男にだまされてしまうような“バカ女”であり、ここで描かれていることも結果としては新聞の3面記事的な事件ということになってしまうのですが、ダメになるとわかっていながらも破滅に向かわざるを得ないというのが、人間であり、人間の弱さや愚かなのであって、そうした主人公に同じ人間としての共感やシンパシーを感じるかどうかというところが、この映画(とこの監督)に対する評価の分かれ目ということになるか、と思います。

 映画の中には、観る者を動揺させる映画、あるいは腹を立てさせる映画というのがあって、例えば、ケン・ローチの『レディバード・レディバード』なんかは、私も、この主人公はなんてバカなんだろうと観ていて腹が立って仕方がなかったのですが、自分にそう感じさせるものはいったい何かと自分の心の中を覗いたとき、自分の中に主人公と同じ弱さがあるのに気づいて、それを見たくないから、この映画、この主人公に腹が立つのだとわかったのでした。
 心楽しい映画、自分の観たい映画ばかり観ていると(あるいは、映画の中に自分の見たいものだけを見ていると)忘れがちになっていまいますが、ポジティブであれ、ネガティブであれ、心揺さぶる映画の、何が自分をそんなに揺さぶるのかということを考えると、これまで見えてこなかった自分の一面が見えてきたりもします。そういうことを考えさせてくれた『レディバード・レディバード』は、ケン・ローチ作品の中でも、私がこれまで観てきた映画の中でも非常に稀有な映画であり、ケン・ローチというのは何という才能の持ち主なのかと改めて感じさせてくれた作品でありました。
 『愛は一切に勝つ』は、まだまだ未熟なところも多々見受けられる作品ですが、作品の根底には、そうした心揺さぶる一連の作品に通じるような、人間への深い部分での理解があって、非常に得がたい作品の1つともなっています。

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 ◆作品データ

 2006年/オランダ・マレーシア/90分
 マレー語・広東語・北京語
 Betacam
 本国マレーシアでは、2006年12月に限定公開

 ・キャスト
 アー・ピンAh Peng:コーラル・オン・リ・ウェイCoral Ong Li Whei
 メイMei:レオン・ジュン・ジュンLeong Jiun Jiun
 ジョンJohn:ステファン・チュア・ジー・シェンStephen Chua Jyh Shyan
 叔母さんHong Jie:Ho Chi Lai

 ・スタッフ
 監督・脚本:タン・チュイムイ
 製作:アミール・ムハマド
 製作総指揮:ニュー・カジン
 撮影:ジェームス・リー
 録音:スティーヴン・レオン
 編集:ホー・ユーハン
 プロダクション:Da Huang Pictures(http://www.dahuangpictures.com/blogs/index.php/2007/01/06/james_lee

 ※クレジットの詳細はこちら(http://www.dahuangpictures.com/blogs/loveconquersall.php/2006/10/02/p261#more261)。

 第11回釜山国際映画祭(2006年)でNew Currents Award(最優秀アジア新人作家賞)&国際批評家連盟賞受賞、2007年ロッテルダム国際映画祭にてTiger Award(グランプリ)受賞

 ※受賞歴の詳細はこちら(http://www.dahuangpictures.com/blogs/loveconquersall.php?cat=62)。

 日本では、2006年 <第19回東京国際映画祭(2006) アジアの風 マレーシア映画新潮>、2007年 <ヤスミン・アハマドとマレーシア映画新潮>(国際交流基金映画講座2007-1)@アテネ・フランセ文化センター(2007年7月31日~8月4日) (http://www.jpf.go.jp/j/culture_j/topics/movie/jfsls7.html)にて上映。

 ◆予告編
 bufferingに時間がかかる場合があります。いったん再生してすぐ一時停止しbufferingが完全に済むのを待って、再・再生するとスムーズに映像を観ることができます。

 ・ピン・バージョン
 

 ・メイ・バージョン
 

 ※文字化けしてしまう部分もありますが、スクリプト(英語/中国語)をここ(http://www.dahuangpictures.com/blogs/loveconquersall.php?cat=43)で読むことができます。必ずしも完成した映画と同じではないようです。

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 ◆監督について

 ・監督タン・チュイムイ
 1978年 マレーシアの台湾系の家庭に生まれる。
 2002年頃に、ジェームス・リー、アミール・ムハマドと出会い、映画に関わり始める。
 いくつかの短編を発表した後、2006年、最初の長編『愛は一切に勝つ』を発表し、高い評価を受ける。
 2004年には、ジェームス・リー、アミール・ムハマドらとプロダクションDa Huang Picturesを立ち上げる。

 【フィルモグラフィー】
 ・2003年 “Hometown”(短編/6分)[監督・脚本・撮影]
 ・2003年 『ビッグ・ドリアン』[アシスタント・カメラ](監督=アミール・ムハマド)
 ・2004年 “A Tree in Tanjung Malim”(短編/24分)[監督・脚本]
 ・2004年 “Waiting For Them”[脚本](『四人夜話』のうちジェームス・リーが監督したエピソード)
 ・2004年 『霧』[編集](監督=ホー・ユーハン)
 ・2004年 “Wind Chimes”(短編)[製作](監督=ディーパク・クマーラン・メーナン)
 ・2004年 “First Take, Final Cut”[編集](監督=Ng Tian Hann)
 ・2005年 “South of South”(短編/11分) [監督・脚本]
 ・2005年 『砂利の道』[製作](監督=ディーパク・クマーラン・メーナン)
 ・2005年 “It's Possible Your Heart Cannot Be Broken”[出演](監督=ウー・ミンジン)
 ・2005年 “Self Portrait”(短編)[出演](監督=Kai-Foong Kok)
 ・2006年 “Company of Mushrooms”(短編/30分)[監督]
 ・2006年 『愛は一切に勝つ』[監督・脚本]
 ・2006年 『私たちがまた恋に落ちる前に』[共同製作](監督=ジェームス・リー)
 ・2006年 “The Amber Sexalogy”[出演](監督=Azharr Rudin)
 ・2007年 “Apa khabar orang kampung(Village People Radio Show)”[製作](監督=アミール・ムハマド)
 ・2007年 “The Elephant and the Sea”[出演](監督=ウー・ミンジン)
 ・2007年 “Nobody’s Girlfriend”(短編)[監督]
 ※タン・チュムイは、パリに新作の脚本を書きに行って、なかなか書き上げられず、短編映画を撮ることにしたようです。

 ・“A Tree in Tanjung Malim”“South of South”“Company of Mushrooms”は、映像の一部がYou Tubeで観ることができます。これらの3作品は、3作まとめて英語版字幕つきでDVDとしてリリースされています(http://www.dahuangpictures.com/blogs/3shorts.php/2006/12/13/p76#more76

 ・タン・チュイムイはDa Huang Pictures のサイト内でブログ(http://www.dahuangpictures.com/blogs/3shorts.php)をやっています。コメントすると、レスをつけてくれるようです。

 ・ブログの記事のうち、“Sketches of A Dream”と題されたエントリには、彼女が見たらしい夢のスケッチがあります。何ちゅう夢を見とるねん、て感じですが、被害妄想が強いのでしょうか?それとも自虐的?マゾヒスティック?
 考えてみれば、『愛は一切に勝つ』も自虐的と言えないこともありませんでした。そうなのでしょうか? ひょっとしてタン・チュイムイは、マレーシアのジェーン・カンピオンなんだったりして?(笑)

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