「食」の集大成 ヤン・シュヴァンクマイエル 『フード』

 今のところ、シュヴァンクマイエルの最後の短編映画となっている『フード』。
 「朝食」「昼食」「夕食」という3部構成で、それぞれ5分55秒、7分3秒、3分23秒。
 「食」がテーマで、監督がシュヴァンクマイエルであれば、行き着く先は当然のように想像できてしまいますが……。



 【物語】
 [BREAKFAST]
 男がレストランに入ってくる。テーブルの向かい側には、別の男性が座っている。
 テーブルには前の客の食べ残しらしいものが残っているが、男はそれを手で払いのける。
 食べ残しの落ちた先には同じような容器が散乱している。
 男は、向かいの男性が首から提げている説明書きを読み、小銭を“説明書きの男”の舌に乗せる。
 それだけでは作動しないと知ると男は、もう一度説明書きを読み直し、“説明書きの男”の左目をプッシュする。すると、“説明書きの男”のスーツの前が開いて、下からリフトを伝って、パンとソーセージとビールのセットが届く。
 ナイフとフォークがないので、男はもう一度説明書きを読み直し、男のアゴにパンチをくらわせる。すると、“説明書きの男”の左右の耳からナイフとフォークが飛び出す。
 男は食事を済ませるが、紙ナプキンがないことに気づく。説明書きに従って、“説明書きの男”の足を蹴飛ばすと、“説明書きの男”のポケットから紙ナプキンが飛び出す。
 口元を拭いた後、これまで食事をしていた男は急に脱力する。それと反対に、“説明書きの男”が生気を取り戻し、“伸び”を繰り返した後、自分の首にかかっていた説明書きをはずして、目の前の男の首にかける。そして、壁の、食事をした人数を示しているらしいメモ書きに棒を1本書き足して、出て行く。
 次に、男が出て行ったドアから新しい客が入ってくる。
 今度の客は、ここでのやり方に慣れているらしく、説明書きを一度読んだだけですべて理解し、オーダーし、食事を取り、紙ナプキンで口元をぬぐうという一連の動作を済ませる。そこまでやったところで、この男も急に体をぐったりさせる。
 逆に、今度は先に食事を取った男が生気を取り戻し、自分の首にかかっていた説明書きを目の前の男の首にかけ、壁のメモに棒を1本書き足すと、その場所を後にする。
 ドアを開けて、レストランを出ると、外には食事を待つ客が長い列を作っている。

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 [LUNCH]
 向かい合わせに知らない男どうしが席につく。左が年長で、右が若い男性。
 両者ともオーダーを取ってもらおうとするが、ウエイターは足早に通り過ぎて、なかなかオーダーを取ってもらうことができない。
 若い男は、こういう席が不慣れらしく、年長の男のやり方をじっと見てマネをする。
 年長の男が花びんの花を整えた後、若い男もそのようにするが、腹の虫が鳴って、つい1本の花を食べてしまいそうになる。しかし、年長の男の目が気になって、ジャケットの襟穴に挿してごまかす。
 年長の男は、なかなかオーダーを取ってもらえないことにしびれを切らし、花びんの花を取って、皿に並べ、ナイフとフォークを使って食べる。
 それを見た若い男は、自分のジャケットの襟穴に挿していた花を取って食べる。
 年長の男が花びんの水を飲むと、若い男は花びんに水が残っていないことを確認した後、花びんごと食べてしまう。
 全然オーダーが取ってもらえないまま放っておかれた年長の男は、ナプキンを食べ、自分の靴を脱いで食べ、衣服を脱いで食べ、皿を食べ、テーブルクロスを食べ、テーブルを食べ、椅子を食べる。
 若い男も年長の男のマネをして食べつくし、ついに2人とも全裸になる。
 食べる物がなくなった年長の男は、ナイフとフォークを食べてしまい、若い男もマネをする。
 しかし、若い男がナイフとフォークを飲み込んだのを確認した年長の男は、飲み込んだはずのナイフとフォークを口の中から取り出して握りしめ、若い男の方へと不敵な笑みを浮かべて近づいていく。

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 [DINNER]
 恰幅のよい紳士が高級なレストランでテーブルについている。
 彼は、目の前にある料理に、ソースやピクルスやオリーブ、各種調味料などを足して、味付けを楽しんでいる(この段階では彼の皿に何が乗っているのかは見えない)。
 味付けが済むと彼は、テーブルの上に置かれた“木でできた左手”に釘でフォークを固定する。
 そのフォークを使って彼が食べようとしていたのは、“木でできた左手”とさし替えられた彼自身の左手。彼は、フォークで指にはまっていた左手薬指の指輪をはずして、左手を食べにかかる。
 別のテーブルでは、24番のゼッケンをつけた青年がシューズを履いた足を食べようとし、また別のテーブルでは女性客が乳房にレモンを絞っている。さらに別のテーブルでは裸の男性がペニスを食べようとしている。彼は恥ずかしくなったのか、皿の上の自分のイチモツを手で隠し、カメラを遠ざけようとするのだった。

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 【解説】
 いくつかの短編で、食べる・食べられるということ、そしてそういう行為に対する強迫観念を描き続けてきたシュヴァンクマイエルにとって、本作はその集大成的な作品になります。

 「食」を極めるとカニバリズムに至るとはよく言われることですが(『ハンニバル』『タイタス』『コックと泥棒、その妻と愛人』『グルメ・アカデミー』等参照)、本作でもLUNCHとDINNERは当然その方向に向かいます。特に、DINNERは自分の肉体を食するわけで、より究極の食(グルメ)であり、その先に待つのはデッド・エンドしかありません。
 デッド・エンドというのは、シュヴァンクマイエル的なエンディングの1つであり、DINNERはよりシュヴァンクマイエル的で、食の集大成である本作の最後を飾るのに相応しい終わり方と言えるかもしれません。

 カニバリズムと関係のないBREAKFASTは、シュヴァンクマイエルの「機械への興味」との関連が見られ、「物語がループを描く」というシュヴァンクマイエル作品のもう1つの結末のパターンを見てとることができます。

 LUNCHの靴を食べるシーンを観ると『黄金狂時代』を、BREAKFASTの目を見開かせるシーンを見ると『アンダルシアの犬』を思い出させたりもします。シュヴァンクマイエルがこれらの作品を知らないわけはありませんが、当然オマージュでもなんでもなくて、シュヴァンクマイエル本人からは拠って立つところが違うと言われてしまいそうな気がします。

 本作は、シュヴァンクマイエルとチームを組むプロデューサー ヤロミール・カリスタや、アニメーション担当のベドジフ・グラセルが俳優として出演もしている作品で、ヤロミール・カリスタはLUNCHの年長の男で、ベドジフ・グラセルはBREAKFASTに出てくる第三の男です(たぶん)。

 本作を最後にシュヴァンクマイエルは、“長編時代”に突入するわけですが、共産党政権の崩壊(1989)と初長編『アリス』(1987)が重なるのと同じように、チェコスロバキアの終わり(1993)とシュヴァンクマイエルの短編時代の終わりが重なるのは、決して偶然ではないと思われます。製作状況の変化(国の体制が変わって自由に作品が作れるようになったことと国際プロジェクトでの作品制作が軌道に乗ったこと)が、シュヴァンクマイエルを次のステージに押し上げた、ということなのでしょう。

 ◆作品データ
 1992年/チェコスロバキア・英/17分
 台詞なし/字幕なし
 実写+アニメーション

 *この作品は、DVD『シュヴァンクマイエル短篇集』に収録されています。

 
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 ◆監督について
 ヤン・シュヴァンクマイエル
 1934年 プラハ生まれ。
 1942年 クリスマス・プレゼントとして人形劇のセットもらい、以後、人形に魅せられるようになる。
 1954年 プラハの芸術アカデミー演劇学部人形学科に入学する。
 1960年 セマフォル劇場で仮面劇を上演。
 1962-64年 視覚芸術ラテルナ・マギカに演出家として加わる。ここで初めて映画と出会う。
1964年 ラテルナ・マギカを離れ、以降は、フリーの立場で活動。
 1964年 最初の短編『シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック』を制作
 1970年 シュルレアリスト・グループのメンバーとなる。

 当局による改変要求を受け付けず、上映禁止や国内で映画が撮れないという状況を度々経験しながらも、映画制作を続け、今ではチェコ・アニメを代表する映画作家の1人となっています。

 国際的な評価としては―
 カンヌ国際映画祭には、これまで 『J・Sバッハ G線上の幻想』(1965)、 『レオナルドの日記』(1972)、 『男のゲーム』(1988)と3度短編部門のコンペに出品し、 『J・Sバッハ G線上の幻想』でグランプリを受賞。
 ベルリン国際映画祭には、 『対話の可能性』(1982)を短編部門のコンペに出品し、金熊賞(グランプリ)を受賞。 『闇・光・闇』(1989)では名誉賞を受賞。
 そのほか、 『棺の家』(1966)でマンハイム国際映画祭ジョゼフ・フォン・スタンバーグ賞受賞、 『陥し穴と振り子』(1983)でモントリオール国際映画祭短編部門作品賞を受賞しています。

 日本でのチェコ・アニメやアート・アニメーションが続々と公開されるようになったのは、ヤン・シュヴァンクマイエル作品が契機になったと言ってもいいほどで、現在でもシュヴァンクマイエルは監督名だけである程度のお客さんが見込めるほとんど唯一のアニメーション作家だと言っていいと思われます。

 ・1964年 『シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック』 11分43秒
 ・1965年 『J・Sバッハ G線上の幻想』 9分49秒
 ・1965年 『石のゲーム』 9分
 ・1966年 『棺の家』 10分19秒
 ・1966年 『エトセトラ』 7分15秒
 ・1967年 『自然の歴史(組曲)』 8分55秒
 ・1968年 『庭園』 16分50秒
 ・1968年 『部屋』 13分05秒
 ・1969年 『ヴァイスマンとのピクニック』 11分05秒
 ・1969年 『家での静かな一週間』 20分14秒
 ・1970年 『ドン・ファン』 32分45秒
 ・1970年 『コストニツェ』 10分29秒
 ・1971年 『ジャバウォキー』 13分52秒
 ・1972年 『レオナルドの日記』 11分44秒
 ・1973-79年 『オトラントの城』 17分57秒
 ・1980年 『アッシャー家の崩壊』 15分40秒
 ・1982年 『対話の可能性』 11分45秒
 ・1982年 『地下室の怪』 15分20秒
 ・1983年 『陥し穴と振り子』 14分55秒
 ・1987年 『アリス』 84分30秒
 ・1988年 『男のゲーム』 14分35秒
 ・1988年 『アナザー・カインド・オブ・ラヴ』 3分33秒
 ・1989年 『肉片の恋』 1分05秒
 ・1989年 『闇・光・闇』 7分30秒
 ・1989年 『フローラ』 30秒
 ・1990年 『スターリン主義の死』 9分45秒
 ・1992年 『フード』 17分
 ・1994年 『ファウスト』 96分
 ・1996年 『悦楽共犯者』 82分40秒
 ・2000年 『オテサーネク』 127分
 ・2006年 『ルナシー』 123分

 当ブログでは、ヤン・シュヴァンクマイエルについて、かなり突っ込んで書いているので、詳しくは以下の記事を参考にしてください。

 ・ヤン・シュヴァンクマイエル 本と作品

 ・ヤン・シュヴァンクマイエル 日本公開史

 ・もっとシュヴァンクマイエル スタッフ&カンパニー篇

 ・もっとシュヴァンクマイエル テーマ&モチーフ篇

 ・造形と映像の魔術師 シュヴァンクマイエル展

 ・チェコ映画祭2006、または、エヴァ・シュヴァンクマイエロヴァー 

 ・ヤン・シュヴァンクマイエル 2007年 夏!

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