『マッチ売りの少女』の現在?!

 『リフテッド』『熱血どんぐりハンター』などと同じく、本年度米国アカデミー賞短編アニメーション賞にノミネートされた作品『マッチ売りの少女』。

 

 おなじみの『マッチ売りの少女』の物語を、ストレートに、台詞を使わずに、表現しています。
 背景をモノトーンに抑え、それとは対照的に、少女が夢見る夢の世界(および現実の楽しそうな世界)が暖色系のカラーで描かれています。
 冒頭部分の街の描写を見るとヨーロッパ系のアニメーション作家の作品なのかなとも思わせられるのですが、物語が始まってみると、キャラクターの造形など、全くディズニー映画そのものといった感じで、調べてみると、監督もディズニー系の人で、本作の製作もディズニーなのでした。

 物語としては、少女の、生活の過酷さと夢とのギャップをあまり強調していないので、その分、心に触れてくるものもあっさりしていると言っていいかもしれません。
 ラストは、先に死んでしまっていているらしいお母さんが天国へと少女を迎えに来たということなのでしょうが、うっかりすると、本当に(生きている)お母さんが迎えに来てくらたんだ、よかったね、という風にも受け取られかねません。

画像

 ◆作品データ
 2006年/米/6分40秒
 台詞なし/字幕なし
 アニメーション

 元々は新しく『マッチ売りの少女』を長編アニメーションとして制作するはずが、中止になり、また、この短編自体も『ファンタジア2006』の中の1エピソードとして企画されていながら、『ファンタジア2006』が中止になったため、単独でリリースされることになったそうです。

 *米国アカデミー賞短編アニメーション賞にノミネートされました。

 *本作は、DVD『リトル・マーメイド スペシャル・エディション』に特典映像として収められています。

 ◆監督について
 ロジャー・アレーズ(ロジャー・アラーズ)

 生年不詳。
 監督、絵コンテ・アーティスト、アニメーター。
 物語を現代風にアレンジして新しく語り直すことを得意とし、80年代末~90年代のディズニー・アニメーションの大躍進に貢献した。

 ニューヨークに生まれ、アリゾナ州スコッツデールで育つ。
 5歳にディズニー・アニメーションの『ピーター・パン』を観てから、アニメーションにとりつかれるようになり、早い時期にディズニーに入ってアニメーションを作ることを心に決める。しかし、高校時代にウォルト・ディズニーの訃報を聞いて夢を失いかける。
 アリゾナ州立大学で絵画を学んだ後、2年間ギリシャに住み、そこでたくさんの絵を描く。
 1973年に妻とともにボストンに移り住み、ハーバード大学に通って改めてアニメーションを学び、興味はメディアに移る。
 15分の短編を名刺代わりにしてLisberger Studiosに就職し、「セサミ・ストリート」や“The Electric Company”、“Make a Wish”、そのほか様々のCM作品に関わるようになる。
 1978年には、Lisberger StudiosとともにLAに移り、“Animalympics”の制作に参加する。この頃には監督の右腕となって、物語やキャラクター・デザイン、アニメーションなどを手がけるようになる。
 続いて、ディズニーの実写作品『トロン』に参加。
 1980年にはトロントに移住し、Nelvana Studiosで『ロックン・ルール』のアニメーターを務める。
 LAに戻った後、『NEMO ネモ』のために日本で2年間を過ごす。
 1985年にディズニーが『オリバー/ニューヨーク子猫物語』のための絵コンテ作家を聞きつけて応募し、見事採用される。その後、絵コンテ・チームのトップになる。
 『リトル・マーメイド』『アラジン』では原案を、“The Prince and the Pauper(王子と少年)” 『美女と野獣』では絵コンテを担当し、1994年『ライオン・キング』で監督デビュー。『ライオン・キング』では、ブロードウェイ・ミュージカルの脚本も手がけ、トニー賞にもノミネートされた。
 その後、ソニー・ピクチャーズ アニメーション第1弾の『オープン・シーズン』の監督を手がける。『オープン・シーズン』はアニー賞に6部門ノミネート。
 2006年の短編『マッチ売りの少女』は、アカデミー賞短編アニメーション賞にノミネートされた。
 娘のLeah Allers.は女優として活躍している。

 フィルモグラフィー
 ・1980年 “Animalympics”[原案・アニメーター・アートディレクター]
 ・1982年 『トロン』[pre-production concepts]
 ・1982年 “A Room Full of Energy” [アニメーター]
 ・1983年 『ロックン・ルール』“Rock & Rule”[アニメーター]
 ・1988年 『オリバー/ニューヨーク子猫物語』“Oliver & Company” [原案]
 ・1989年 『リトル・マーメイド』[原案]
 ・1989年 『NEMO ネモ』“Little Nemo: Adventures in Slumberland” [アニメーター]
 ・1990年 “The Prince and the Pauper(王子と少年)”[絵コンテ]
 ・1991年 『美女と野獣』 [story supervisor]
 ・1992年 『アラジン』[原案]
 ・1994年 『ライオン・キング』[監督]
 ・2000年 『ラマになった王様』“The Emperor's New Groove” [原案]
 ・2004年 『ライオン・キング3』“The Lion King 1½(The Lion King 3)”(V) [additional screenplay material]
 ・2006年 『マッチ売りの少女』[監督]
 ・2006年 『オープン・シーズン』[監督]

 *参考サイト BIG MOVIE ZONE:http://www.bigmoviezone.com/filmsearch/directors/director_display.html?uniq=144

 
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この記事へのコメント

2007年08月26日 08:12
お早う!
画像でマッチ売りの少女が見られて良かったですよ。ストリーが分かっていても、ジーンときます。街の人の動きもいい。北九州市でおにぎりが食べたいと日記に書いて亡くなった男の人を思い出したりして。
umikarahajimaru
2007年08月26日 18:44
huneさま
コメントありがとうございました。
私は、この『マッチ売りの少女』はちょっとインパクトが弱いんじゃないか(ディズニー・アニメーション大躍進のきっかけとなった同じアンデルセンものの『リトル・マーメイド』と比べても)と思ったんですが、huneさんに喜んでもらえたようでよかった!
『マッチ売りの少女』の長編アニメーション化が実現していたら、どこをどう膨らませるのかとか、作品として誰もが観てみたいという映画になっただろうかとか、現代に『マッチ売りの少女』を語り直すことの意味とか、いろいろ考えてしまうんですよね。

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