アキ・カウリスマキ 『ロッキーⅥ』

 6月23日から2週間にわたってユーロスペースで開催されていた、アキ・カウリスマキ特集<カウリスマキのあかり>。
 新作『街のあかり』公開記念のレトロスペクティブで、15プログラムで19作品の上映。新作の公開の度にこうしたアキ・カウリスマキのレトロスペクティブが開催されているのですが、DVDも入手が困難になってきているせいか、今回の特集上映も、平日の昼間の回であってもけっこうな賑わいだったようです。
 好評を受けて、<カウリスマキのあかり ふたたび>と題した特集上映が、8月11日~31日にレイトショーで上映されることも決定したそうです(8プログラム8作品@ユーロスペース)。
 カウリスマキの短編作品は、以前もここで2作品取り上げましたが、その作品も先の特集上映の<カウリスマキ・ミーツ・ロケンロール>というプログラムで上映されました。今回取り上げる『ロッキーⅥ』もその中で上映された作品です。

 

 【物語】
 寒村。
 太眉の大男イゴールが、外で缶詰の食事をしていると、男たちが現れて、イゴールにグローブと上着を着けさせて、連れ出す。イゴールは家族と別れて、犬ぞりで旅立つ。
 アメリカからは飛行機でロッキーがやってくる。ロッキーは飛行機の中のトイレでマンガを読みふける。
 それぞれが試合の開催地に着き、ロッキーはオープンカーで宿泊先に向かう。
 ロッキーがトレーニングしていると、トレーナーは彼の出来を見て、さらに過酷なトレーニングをさせる。
 イゴールは、ホテルの部屋でマネージャーたちの食事を見せつけられ、手を出そうとするがはたかれる。我慢ができず、思わず生キャベツをつかんで齧りつこうとするが、それも遮られ、説教される。
 ロッキーのマネージャーたちは、ホテルで豪勢な食事を取るが、その席にロッキーの姿はない。彼は自分の部屋に独りで閉じこもっている。
 イゴールのマネージャーは、イゴールに影絵遊びをして、イゴールを喜ばせようとする。
 試合当日。
 イゴールは圧倒的な強さでロッキーを打ちのめす。レフリーの制止もきかない。
 そのまま2ランド、3ラウンドとラウンドは進んでいく。ロッキー・サイドは失望を隠せない。
 6ラウンド。ロッキーが倒れて、もう動こうとしない。イゴールは、ロッキーがどうなっているのか、一切かまわずにカウントを取っているレフリーに掴みかかっていく。
 担架で会場の廊下を運ばれていくロッキー。
 イゴールは車に乗って意気揚々と帰路につく。グローブをはめたままの手でバラライカを弾きながら。

画像

 【コメント】
 エスクァイア マガジン ジャパン発行の『アキ・カウリスマキ』によると、この作品はスタローンの『ロッキー』シリーズがあまりにもくだらないので、それに反発して作ったと書かれています。カウリスマキなら確かにそんなことも言いそうですが、作品から受ける印象とそのコメントにはちょっとズレが感じられます。
 ただ怪力なだけのロシアのボクサーが、ストイックなアメリカのボクサーをぶちのめすというのは、ギャグとしてはそこそこ面白いのですが、『ロッキー』に対抗して作ったというにはたわいなさすぎるからですね。カウリスマキは、飲んべえで、いつも酔っ払っているようなところがあり、けっこう適当な発言もしているみたいなので、このコメントも、ただ面白おかしくしゃべったのがこんな風に載ってしまったというのが真相なのではないでしょうか(今年のカンヌでカウリスマキに会った北野武も、「カウリスマキはただの酔っ払いだった」と発言しています)。

 カウリスマキがアメリカ映画をあまりよく思っていないことはよく知られていますが、フィンランド人としてはロシアに対してもあまりよい感情は持っていないはずで、この作品でも、アメリカ人をコケにしながら、一方でロシア人もバカにしてるというのが伝わってきます。
 アメリカ人とロシア人が闘っているのを、脇からフィンランドが嘲笑&冷笑しながら見ている(そしてそれを睨まれたら、手近にあったものを投げつけてスタコラと逃げる)というのが、最もカウリスマキ的なスタンス、なのではないでしょうか。

 
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 ◆作品データ
 1986年/フィンランド/8分8秒
 台詞なし(BGMは英語)/字幕なし
 実写作品

 ◆監督について
 アキ・カウリスマキ

 1957年 フィンランドのオリマッティラ村で4人兄妹の次男として生まれる。兄は映画監督のミカ・カウリスマキ。フィンランドを代表する映画監督&プロデューサーで、自らの配給会社や映画館も持つ。フィンランドの映画産業の5分の1はカウリスマキ兄弟によって牛耳られているとも言われる(アキの現在の活動拠点はブラジルだが)。

 16歳の時に、シネマクラブで上映されていた、ブニュエルの『黄金時代』とフラハティの『極北の怪異』を観て、「映画」に目覚める。シネマクラブなどで手当たり次第に映画を観るようになり、映画雑誌にも多くの映画批評を投稿する。
 1977年に兄に伴われてロンドンで観た小津安二郎の『東京物語』に触発されて、映画を撮る決心をする。
 兄ミカはミュンヘンの映画大学に進んだが、アキは大学で映画を学ぶことはかなわず、タンペレ大学で、文学とコミュニケーション論を専攻。しかし、中退。
 様々な職を転々とするなかで、“Valehtelija(The Liar)”の脚本を書き、それがのちにミカの卒業制作の脚本となる。“Valehtelija(The Liar)”がきっかけとなって、アキも映画界することになる。監督として最初にクレジットされているのは、兄との共同監督作品で、音楽ドキュメンタリー“Saimaa-ilmiö(The Saimaa Gesture)”(1981年)。

 兄弟で、映画製作会社ヴィッレ・アルファを設立(1981年)。センソ・フィルムズという配給会社も立ち上げ、ヘルシンキにはシネマ・アンドラという映画館(http://www.andorra.fi/en/index.html)も作った。

 単独での最初の監督作品はドストエフスキーの同名小説を原作とする『罪と罰』。この作品が国内で評価されたことで、映画制作を続けていくことが可能になった。

 1986年より ソダンキュラでミッドナイトサン・フィルムフェスティバル(http://www.msfilmfestival.fi/fpage.php?lang=1)を開催。

 1987年 自身の製作会社スプートニクを設立。

 1988年の『真夜中の虹』、1990年の『マッチ工場の少女』あたりから、国際的にも注目が高まり、1990年の『コントラクト・キラー』以降、国際的なプロジェクトが多くなる。

 日本でアキ・カウリスマキ作品が初紹介されたのは、1990年で、『マッチ工場の少女』がシネマスクエアとうきゅうで、『コントラクト・キラー』がシャンテ シネで、『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』がパルコ SPACE PART3で、『真夜中の虹』が銀座テアトル西友で、それぞれ公開され、一躍注目の映画作家となった。それ以降、新作はコンスタントに劇場公開され、ほとんどの旧作も公開された。

 初期には、『罪と罰』、『ハムレット・ゴーズ・ビジネス』といった古典文学の翻案作品もあったが、アキ・カウリスマキらしい作品として、一般にイメージされるのは、「幸福とは縁遠い人々を主人公とした、時に物悲しく、時にしみじみとさせる一連の作品」と、レニングラード・カウボーイズを主人公としたコメディー・タッチの作品。ロード・ムービーも多い。

 1998年に発表した『白い花びら』はモノクロのサイレント映画だったが、元々どの作品も台詞は少なめで、サイレント映画を思わせる作品が多い。

 上映時間の短い作品が多く、最も長い作品で『ラヴィ・ド・ボエーム』の100分。70分台の作品が多い。

 マッティ・ペロンパー、カティ・オウティネン、カリ・ヴァーネン、サカリ・クオスマネン、オウティ・マエンパーら、常連の俳優を使うことが多い。

 Aki Kaurismäki という表記が、Akira Kurosawaと似ていることが自慢、らしい。

 大の酒好きで、マスコミの取材も飲みながらということがしばしばで、あげくに急性アルコール中毒でつぶれてしまったこともある(笑)。

 ・1981年 “Valehtelija(The Liar)”[共同脚本](監督:ミカ・カウリスマキ)
 ・1981年 “Saimaa-ilmiö(The Saimaa Gesture)”
 ・1982年 “Jackpot 2” [共同脚本](監督:ミカ・カウリスマキ)
 ・1982年 “Arvottomat(The Worthless)” [共同脚本](監督:ミカ・カウリスマキ)
 ・1983年 『罪と罰』
 ・1984年 “Klaani - tarina Sammakoitten suvusta(The Clan Tale of the Frogs)” [脚本](監督:ミカ・カウリスマキ)
 ・1985年 『カラマリ・ユニオン』
 ・1985年 “Rosso” [共同脚本](監督:ミカ・カウリスマキ)
 ・1986年 『ロッキーⅥ』 [短編]
 ・1986年 『パラダイスの夕暮れ』
 ・1987年 『ハムレット・ゴーズ・ビジネス』
 ・1987年 『スルー・ザ・ワイヤー(ワイヤーを通して)』
 ・1987年 “L.A.Woman” [短編]
 ・1987年 “Rich Little Bitch” [短編]
 ・1988年 『真夜中の虹』 *モスクワ国際映画祭 国際批評家連盟賞受賞
 ・1989年 『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』
 ・1989年 “Likaiset kädet” [TV作品]
 ・1990年 『マッチ工場の少女』 *ベルリン国際映画祭Forum of New Cinema部門で、Interfilm AwardとOCIC Award - Honorable Mentionを受賞
 ・1990年 『コントラクト・キラー』
 ・1991年 『悲しき天使』 [短編]
 ・1991年 “Aki Kaurismäki” [ドキュメンタリー/出演](監督:Andy Harries)
 ・1992年 『ラヴィ・ド・ボエーム』 *ベルリン国際映画祭Forum of New Cinema部門で国際批評家連盟賞受賞
 ・1992年 『俺(おい)らのペンギン・ブーツ』[短編] ・1992年 「株式会社日本触媒 吸油性樹脂 写真篇」 [CM]
 ・1993年 『小津と語る Talking With OZU』 [出演/ドキュメンタリー](監督:田中康義)
 ・1994年 『アイアン・カウボーイズ ミーツ・ゴーストライダー』[製作・出演]
 ・1994年 『レニングラード・カウボーイズ、モーゼに会う』
 ・1994年 『トータル・バラライカ・ショー』
 ・1994年 『愛しのタチアナ』
 ・1996年 “Välittäjä(Employment Agent)” [短編]
 ・1996年 『浮き雲』 *カンヌ国際映画祭エキュメニカル特別賞受賞
 ・1998年 『白い花びら』 *ベルリン国際映画祭 C.I.C.A.E. Award - Honorable Mention受賞
 ・2001年 “Cinéma, de notre temps” [ドキュメンタリー/出演](監督:ギー・ジラール)
 *フランスのTVシリーズ「現代の映画」の1編
 ・2002年 「野郎どもに地獄はない」“Dogs Have No Hell”(『10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス』) [オムニバス映画]
 ・2002年 『過去のない男』 *カンヌ国際映画祭グランプリ&エキュメニカル賞受賞、セザール賞ベストEU作品賞ノミネート、ヨーロッパ映画賞 作品賞・監督賞・脚本賞ノミネート、フランドル国際映画祭グランプリ受賞
 ・2004年 “Visions of Europe” [オムニバス映画]
 *EU加盟国25カ国から選出された監督が、それぞれの国の今(もしくは未来)を伝える短篇を作り、1本の映画にまとめたもの。参加している監督は、ファティ・アキン、バーバラ・アルベルティ、トニー・ガトリフ、ピーター・グリーナウェイら。
 ・2006年 『街のあかり』 *カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品
 ・2007年 『鋳造所』(『それぞれのシネマ』) [オムニバス映画]

 *そのほかに多数のプロデュース作品があります。
 *監督作品以外は、[ ]で特記しました。

 *参考書籍
 『アキ・カウリスマキ』(エスクァイア マガジン ジャパン)

 *参考サイト
 ・Wikipedia(英語):http://de.wikipedia.org/wiki/Aki_Kaurism%C3%A4ki
 ・ファン・サイト Siunattu teknologia!:http://www.sci.fi/~solaris/kauris/

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