映画草創期の物語 セドリック・クラピッシュ 『躍動』

 『躍動』“Ce Qui Me Meut”は、セドリック・クラピッシュが監督したエンティエンヌ=ジュール・マレーに関するショート・フィルムです。エンティエンヌ=ジュール・マレーというのは、映画創世記に活躍したフランス人で、彼のことをWikipediaで調べると――

 エティエンヌ=ジュール・マレー(Etienne-Jules Marey, 1830年3月5日~1904年5月16日)はフランスの生理学者。1882年、写真銃を発明した。写真銃とは、ライフル銃の形をした連続写真撮影機のこと。映画撮影機の原型。マレーは写真銃で鳥の飛翔や人物の動きの連続写真を撮り、その動きを解析することで自らの研究に役立てた。

 ――とあります。

 正直なところ、フランス語の台詞がわからないのでかなりつらいのですが、サイレント映画風の映像で再現した映画草創期の物語は、事実と虚構をおりまぜたフェイク・ドキュメンタリーとして、『コリン・マッケンジー もうひとりのグリフィス』(1995)のようなところもあって、けっこう面白いですね。
 ちなみに、タイトルの“Ce Qui Me Meut”の英題は、“What Moves Me”(私を動かすもの)。



 【物語】
 エティエンヌ=ジュール・マレーは、窓から子どもたちが輪になって踊っているのを見て、人間の内臓から、血液、原子の動きまで、想像してしまうような根っからの科学者であった。

 ある日、彼の研究所に科学アカデミーの人々が彼の研究を見せてもらいにやってくる。マレーは、下着姿の男性に飛び跳ねさせて、その動きを記録する様子を彼らに見せる。
 そして記念撮影。

 マレーは馬の動きの研究を始め、騎手にカメラを持たせて、撮影させたりする。

 人の動作の一瞬をとらえたマレーの仕事は、絵画や彫刻のポーズにも大きな影響を与えた。

 マレーは、自分の研究のモデルになってもらうために、街を歩いている女性を口説いてまわったりもした。

 マレーは、連続写真を使って、人や動物の動きを次々と記録していく。裸で人を歩かせてみせたり、アヒルや猫を高いところから落としてみたり、バルトコンベアの上で人を走らせてみせたり、そのほか、鍛冶屋、バレリーナ、拳闘士、水泳の選手、槍投げ、綱引き、ジャグリング、組立て体操……、いろんな人々の動作を連続写真で撮った。

 マレーは、連続写真の成果を踏まえて、ゾーエトロープを作り、鳥のはばたく様を部屋にいながらにして見ることができるようにした。

 マレーは、映画にも挑戦する。複葉機の飛ぶ様子を写したり、走り高跳びの様子を写したりもした(フィルムがブレたので、走り高跳びの選手はバーをクリアすることができなかった)。

 1900年1月。20世紀の夜明け。
 映画館ができ、新しいファッションが登場し、新しいダンスも生まれた。
 マレーは、ダンスを観に行って、その踊り子に恋をしてしまう。
 マレーは、彼女の楽屋に花を持っていくが、その花束には彼女の踊る姿を連続写真にしたものを添える。“あなたの動きにはとても感動しました”

 恋をする2人。

 声の研究に移り、笑い声を記録に取るマレー。

 マレーは、マレーは骨格の動きを調べてみたいと言って、彼女と2人でX線の前に立って、キス。そして彼女を愛撫する。

 見事に恋を成就させたマレーは、船の上で彼女とダンスを踊る。

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 冒頭の、議事堂のようなところで、スピーチをしている白髪の老人のシーンが何なのか、フランス語の台詞のみで進行するので、話していることの意味はさっぱりわからないのですが、ひょっとすると、あれは晩年のマレーで、彼が何らかの栄誉を受けて、スピーチすることになった、というようなことを示しているのでしょうか(それから彼の半生を振り返っていくための導入?)。
 それ以外は、フランス語がわからないながらも、できるだけ映像から読み取れることを読み取って、そこからこの短編について書き出したのが、上の【物語】ということになります。

 根っからの科学者であるマレーと、映画草創期(そして新しい時代)の熱狂、マレーの不器用な恋が描かれた作品ということになるでしょうか。ところどころに、脱線や誇張、ギャグがちりばめられて、クラピッシュ作品らしいニヤニヤ笑いを誘います。

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 クラピッシュといえば、群像劇を得意とする物語作家という印象がありますが、こういう映画オタク的なところもあるんですね~。まあ、映画大学で学んでいれば、映画草創期にこういう人物がいたなどということは授業で普通に習うことなのでしょうが、クラピッシュがこういう作品を作っていたということがちょっと意外でした。

               写真銃↓
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 ちなみに、本作の中で、人の体の各所に光の点をつけて、その点をつないで、点の動き(体の各所が上下する様)を見せるシーンがありますが、同種の試みは、オムニバス・アニメーション『TOKYO LOOP』の中の佐藤雅彦編「TOKYO STRUT」でも観ることができました。「TOKYO STRUT」では、わざと違う点と点を線でつないで遊んでみせるというものでしたが。

 ◆作品データ
 1989年/仏/
 仏語台詞あり/日本語字幕なし
 実写作品

 *この作品は、セザール賞にノミネートされました。

 *この作品は、第25回ぴあフィルムフェスティバル(2003)の「巨匠たちのファーストステップ」(http://www.pia.co.jp/pff/festival/25th/tokyo/firststep01.html)というプログラムで『トランジット』とともに上映されています。邦題の『躍動』はその時につけられたもので、人や動物の動きに注目したマレーの研究と、新しい時代の躍動感を重ね合わせて、つけられたものだと思われます。

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 ◆監督について
 セドリック・クラピッシュ

 1961年 フランス生まれ。
 パリ第3大学卒業。修士号はウディ・アレンがテーマ。
 IDHECは2浪。ニューヨーク大学映画学科(film school at New York University(NYU))に進む。
 1983-85年は、米国で、映画の、カメラのオペレーターや監督として過ごす。
 1985-88年は、数多くの産業映画やフランスのテレビ局のためのドキュメンタリーを手がける。
 長編劇映画は、1992年の『百貨店大百科』が最初。
 短編“Ce qui me meut”がセザール賞の短編部門にノミネートされて以来、セザール賞にノミネートされることは頻繁で、『百貨店大百科』が第一回作品賞ノミネート、『家族の気分』が作品賞・監督賞ノミネート&脚本賞受賞、『スパニッシュ・アパートメント』でも作品賞・監督賞・脚本賞ノミネート。そのほか、『猫が行方不明』はベルリン国際映画祭パノラマ部門で国際批評家連盟賞受賞、『家族の気分』はモントリオール国際映画祭でPublic Prizeと審査員特別賞を受賞。
 日本では、1996年に『猫が行方不明』が初紹介で、それをきっかけに旧作の長編2作が劇場公開され、以降、新作が待たれる人気監督になった。
 セドリック・クラピッシュの作品は、人に対してやさしい視線が感じられるのと、ちょっととぼけた味わいがあるのが魅力。
 好きな監督としては、ジョン・カサヴェテス、マーティン・スコセッシ、イングマール・ベルイマン、ウディ・アレン、モーリス・ピアラを挙げている。
 実は、ほとんど監督作品に出演もしている。

 ・1986年 『トランジット』“In Transit ”[短編]
 ・1989年 『躍動』“Ce qui me meut” [短編]
 ・1992年 『百貨店大百科』“Riens du tout(Little Nothings)”
 ・1994年 『金魚』“Poisson rouge ”[短編]
 ・1994年 『青春シンドローム』“Le Péril jeune(Les Années lycée: péril jeune – 1975/ Good Old Daze)”
 ・1994年 “3000 scénarios contre un virus”[オムニバス映画]
 *エイズ撲滅と正しい理解を求めることを目的に作られたオムニバス映画のようで、直接・間接にエイズやエイズ予防に関することを題材に、30人の監督が短編を手がけています。主な監督は、ジェーン・バーキン、カロリーヌ・シャンプティエ、ブノワ・ジャコ、ジェラール・ジュニョ、フィリップ・リオレ、トニ・マーシャル、レティシア・マッソン、ヴィルジニ・テヴネら。クラピッシュ作品は『金魚』“Poisson rouge ”と“La Chambre”が入れられています。
 ・1995年 “Lumière et compagnie(Lumière and Company) ”[オムニバス映画]
 *世界初の映画撮影用カメラ“シネマトグラフ”を使って製作された、40名の映画監督によるオムニバス映画。参加監督は、ヴィム・ヴェンダース、ジャック・リヴェット、スパイク・リー、ジェームズ・アイヴォリー、ピーター・グリーナウェイ、アッバス・キアロスタミ、アーサー・ペン、テオ・アンゲロプロス、アンドレイ・コンチャロフスキー、デイヴィッド・リンチ、吉田喜重ら。総監督がサラ・ムーン。
 ・1996年 『猫が行方不明』“Chacun cherche son chat(When the Cat's Away)”
 ・1996年 『家族の気分』“Un air de famille(Family Resemblances)”
 ・1998年 “Le Ramoneur des lilas”[短編]
 ・1999年 『パリの確率』“Peut-être(Maybe/ Perhaps) ”
 ・2002年 『スパニッシュ・アパートメント』“L'Auberge espagnole(The Spanish Apartment)”
 ・2003年 『スナッチ・アウェイ』“Ni pour, ni contre (bien au contraire)( Not for or Against) ”
 ・2005年 『ロシアン・ドールズ』“Les Poupées russes(The Russian Dolls)”
 ・2008年 “Paris”

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