不条理なストーリーと上映禁止の不条理 『庭園』 ヤン・シュヴァンクマイエル

 もしも垣根が生身の人間でできていたら……。

 前半
 

 後半
 

 【物語】
 ヨゼフは、旧友フランチシェクを家に招待すべく、車を走らせている。
 2人が逢うのは20年ぶりで、お互いに全然変わらないなあ、などと話している。
 ヨゼフは、家に入る手前の道で反対側からやって来た霊柩車をやり過ごす。
 家の前で車を止めて、ヨゼフは、フランチシェクを降ろす。
 家と車の間には、人々が手をつないで塀のように立っていて、ヨゼフは鍵で、その“人垣”を開けなければならなかったのだ。ヨゼフは、そのことについてフランチシェクには一切説明せずに、 “人垣”の間を通して車を車庫に入れる。“人垣”には男性もいれば女性もいるし、足にギブスをつけている者もいる。ヨゼフの目を盗んで、品物を賭けてジャンケンしている者もいる。
 人垣の1人がフランチシェクにサインを送ってきたので、彼はヨゼフにそれを教える。
 どうやらマジャーネクが死んでボルーフカが2人分立たなければならないところをさぼっているらしい。ヨゼフは、ボルーフカに注意して、もう一度だけチャンスを与える。
 フランチシェクは、ヨゼフにあれは何なのかを説明させようとするが、ヨゼフは言いしぶる。しかし、彼らが自主的にああやって立っているのだと打ち明ける。
 ヨゼフの妻が、コーヒーの用意ができたと告げる。ヨゼフは友の姿を探すが、フランチシェクはさっきまで立っていたところにいない。彼は人垣の間に入って立っているのだった。
 ヨゼフは、コーヒーはここで飲むからと妻に声をかけた後、フランチシェクにコートをかけて、櫛で髪をとかしてあげるのだった。

 不思議な味わいの作品、というか、生身の人間でできた“人垣”にどんな意味があるのだろうか、とはどうしても考えてしまいますね。

 人間は誰しも社会の歯車であって、本人が望むと望まざるとに拘わらず、歯車に組み込まれていくものだということを象徴的に描いた作品なのだろうか、とか、あるいは社会主義国家における人間とはこのようなものだとシュヴァンクマイエルは言っているのか。

 これがSFで、未知の惑星に降り立った人間が、その星では生垣もすべて生身の人間が務めていたというのなら、なるほどそういうものかと思って単純に納得してしまうかもしれませんが、これはそういう前振りや覚悟が全くないままに主人公同様こういう“奇妙な状況”を見せつけられるものですからちょっと困惑してしまいます。シュヴァンクマイエルが最もSFに近づいた一瞬と言えるかもしれません。

 この作品は、シュヴァンクマイエルの7番目の作品で、人形も出てこなければ、アニメーションも使っていない100%実写という初めての作品で(背番号5のランニングの男を写す時だけカメラはちょっと変な動きをしますが)、キャストの演技と台詞のやりとりだけで成立する普通のドラマだってシュヴァンクマイエルは撮れるんだと教えてくれた作品でもあります。

 ちょっと気になるのは、シュヴァンクマイエル作品の中では、誰しも平等または対等で、誰かが誰かの上に立ったりということは基本的にはないのですが(殺したり殺されたり、食べたり食べられたりしても、その立場はすぐに入れ替わってしまう)、本作では、ヨゼフは明らかに人垣よりも立場が上にある、すなわち上下関係が生じているように見えることです。シュヴァンクマイエル作品では、上下関係にある人間関係が描かれるのはたぶんこの作品だけなので、それがちょっと異質に感じるんですね。
 この物語の最後に、フランチシェクが人垣に入るのではなく、ヨゼフが人垣に入って、フランチシュクがその家の新しい主人になる、かまたは、フランチシェクが旧友を訪ねてきたら、旧友は人垣の一員になっていて、最後には主人公も人垣の一員となる、という展開だったら、よりシュヴァンクマイエル的(=入れ替わり構造、または循環構造)、だったかもしれません。まあ、そういう展開だったら、インパクトという面では今より落ちることになったかもしれませんが。

 本作の中に、ヨゼフの奥さんが笑うシーンで、意味もなく奥さんの口をアップにするところがありますが、口の中や歯はシュヴァンクマイエルの強迫観念となっている部分で、ストーリーとは全く関係ありませんが、映画のアクセントとして、わざとこんなカットを入れているんですね。

 本作については、ニェメツの『不条理なパーティ』との類似性が指摘されているほか、シュヴァンクマイエル自身、カフカの影響を受けていることを認め、ヴラチスラフ・エフェンベルゲルの『ビール醸造者の反乱』や『のろまな者たち』に似ていると思うと語っています(『シュヴァンクマイエルの世界』p78)

 なお、この作品は、隠された意味を勘ぐられたのか、それとも、単にわけのわからないものを作りやがってと思われたのか、20年間、チェコでは上映禁止になっていたそうです。

画像

 ◆作品データ
 1968年/チェコスロバキア/16分50秒
 チェコ語/日本語字幕あり
 実写作品

 *この作品は、DVD『『ジャバウォッキー』その他の短編』に収録されています。

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 ◆監督について
 ヤン・シュヴァンクマイエル
 1934年 プラハ生まれ。
 1942年 クリスマス・プレゼントとして人形劇のセットもらい、以後、人形に魅せられるようになる。
 1954年 プラハの芸術アカデミー演劇学部人形学科に入学する。
 1960年 セマフォル劇場で仮面劇を上演。
 1962-64年 視覚芸術ラテルナ・マギカに演出家として加わる。ここで初めて映画と出会う。
1964年 ラテルナ・マギカを離れ、以降は、フリーの立場で活動。
 1964年 最初の短編『シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック』を制作
 1970年 シュルレアリスト・グループのメンバーとなる。

 当局による改変要求を受け付けず、上映禁止や国内で映画が撮れないという状況を度々経験しながらも、映画制作を続け、今ではチェコ・アニメを代表する映画作家の1人となっています。

 国際的な評価としては―
 カンヌ国際映画祭には、これまで 『J・Sバッハ G線上の幻想』(1965)、 『レオナルドの日記』(1972)、 『男のゲーム』(1988)と3度短編部門のコンペに出品し、 『J・Sバッハ G線上の幻想』でグランプリを受賞。
 ベルリン国際映画祭には、 『対話の可能性』(1982)を短編部門のコンペに出品し、金熊賞(グランプリ)を受賞。 『闇・光・闇』(1989)では名誉賞を受賞。
 そのほか、 『棺の家』(1966)でマンハイム国際映画祭ジョゼフ・フォン・スタンバーグ賞受賞、 『陥し穴と振り子』(1983)でモントリオール国際映画祭短編部門作品賞を受賞しています。

 日本でのチェコ・アニメやアート・アニメーションが続々と公開されるようになったのは、ヤン・シュヴァンクマイエル作品が契機になったと言ってもいいほどで、現在でもシュヴァンクマイエルは監督名だけである程度のお客さんが見込めるほとんど唯一のアニメーション作家だと言っていいと思われます。

 ・1964年 『シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック』 11分43秒
 ・1965年 『J・Sバッハ G線上の幻想』 9分49秒
 ・1965年 『石のゲーム』 9分
 ・1966年 『棺の家』 10分19秒
 ・1966年 『エトセトラ』 7分15秒
 ・1967年 『自然の歴史(組曲)』 8分55秒
 ・1968年 『庭園』 16分50秒
 ・1968年 『部屋』 13分05秒
 ・1969年 『ヴァイスマンとのピクニック』 11分05秒
 ・1969年 『家での静かな一週間』 20分14秒
 ・1970年 『ドン・ファン』 32分45秒
 ・1970年 『コストニツェ』 10分29秒
 ・1971年 『ジャバウォキー』 13分52秒
 ・1972年 『レオナルドの日記』 11分44秒
 ・1973-79年 『オトラントの城』 17分57秒
 ・1980年 『アッシャー家の崩壊』 15分40秒
 ・1982年 『対話の可能性』 11分45秒
 ・1982年 『地下室の怪』 15分20秒
 ・1983年 『陥し穴と振り子』 14分55秒
 ・1987年 『アリス』 84分30秒
 ・1988年 『男のゲーム』 14分35秒
 ・1988年 『アナザー・カインド・オブ・ラヴ』 3分33秒
 ・1989年 『肉片の恋』 1分05秒
 ・1989年 『闇・光・闇』 7分30秒
 ・1989年 『フローラ』 30秒
 ・1990年 『スターリン主義の死』 9分45秒
 ・1992年 『フード』 17分
 ・1994年 『ファウスト』 96分
 ・1996年 『悦楽共犯者』 82分40秒
 ・2000年 『オテサーネク』 127分
 ・2006年 『ルナシー』 123分

 当ブログでは、ヤン・シュヴァンクマイエルについて、かなり突っ込んで書いているので、詳しくは以下の記事を参考にしてください。

 ・ヤン・シュヴァンクマイエル 本と作品

 ・ヤン・シュヴァンクマイエル 日本公開史

 ・もっとシュヴァンクマイエル スタッフ&カンパニー篇

 ・もっとシュヴァンクマイエル テーマ&モチーフ篇

 ・造形と映像の魔術師 シュヴァンクマイエル展

 ・チェコ映画祭2006、または、エヴァ・シュヴァンクマイエロヴァー 

 ・ヤン・シュヴァンクマイエル 2007年 夏! 

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