悪夢のように美しい! ブラザーズ・クエイ 『ギルガメッシュ/小さなほうき』

 私のビデオ・コレクションの中で、単発作品として、最も高価なものがブラザーズ・クエイの短編集『ストリート・オブ・クロコダイル』です。全部でたった89分ながら、税抜きで7500円! 最近のDVDの価格を見れば、ビデオの定価なんて、あってないようなものであることがよくわかりますが、ブラザーズ・クエイ作品には、7500円出しても欲しい、手元に置いて何度観てみたい、と思わせるところがあるんですね。




 【物語】
 半神半人のギルガメッシュの部屋には、様々な仕掛けが施してあり、獲物が入ってきたら、つかまえられるようになっている。
 ギルガメッシュは、壁や床、床下にある仕掛けがそれぞれうまく機能するかどうか、チェックし、位置が妥当かどうか寸法を測ったりしている。
 タンポポの綿毛で食事を済ませると、ギルガメッシュは、テーブルの引き出しからコオロギを出す。
 ナイフでコオロギの体を切りつけ、体液をテーブルにかける。
 テーブルには、H・R・ギーガーの画のような、女体の胴を思わせる画が描かれてあって、コオロギの体液によって、起動し始める。
 ギルガメッシュが隠れると同時に、獲物が部屋に入ってくる。
 獲物は、罠が仕掛けてあることなど承知しているようで、次々と仕掛けを解除していく。
 その後で、テーブルに近寄り、内部をルーペで覗く。すると、中に肉片が動いているのが見える。引き出しを開けると生きた肉片が入っている。
 獲物が“テーブル”を愛撫しようとしたその瞬間、罠が作動して、獲物はワイヤーに絡めとられてしまう。
 隠れていたギルガメッシュが姿を現わす。
 用の済んだコオロギをどうしようかと思案する。床下にうごめく“ハサミ”のエサにしてしまおうかとも思うが、結局は、森に逃がしてやることにする。
 ギルガメッシュは、壁の穴に手をつっこんで、布を引き出す(どうやらこれが罠にかかった獲物を回収するシステムらしい)。
 布を引き出した後、罠を見やって、獲物がちゃんと回収できているかどうか、目で確認する。
 ギルガメッシュは、布で獲物をぐるぐる巻きにし、棒でたたいた後、その羽根をハサミで切り落とす。そして、縛っていたロープを切って、バッと布を広げる……
 森には、コオロギの鳴き声に混じって、大きなはばたきが聞こえる。
 木に登っていたせみの幼虫が、体液を吸われて、一瞬にしてひしゃげてしまう。
 ギルガメッシュは、今つかまえたばかりの獲物のことなど忘れ去ってしまったかのように、まだ大きな獲物がいたのかと、テーブルのまわりをぐるぐる回って悔しがるのだった。

 上に書いた【物語】は、映像から私が読み取ったもので、その読み取り方が正しいものなのかどうかは定かではありません。
 ・コオロギは1匹だけだったのか
 ・布は獲物の回収装置なのかどうか
 ・ラストでギルガメッシュがテーブルのまわりをぐるぐるまわっているのはなぜか
 などの解釈の仕方次第では、物語自体ももう少し違った理解になったかもしれません。

 「ギルガメッシュ神話」については、「ハンドドラム研究」というサイトに解説があります。http://handdrum.tarclub.com/report/m_g_e.html

 このサイトを見ても、この作品が、この物語のどこに当たるのかはよくわかりません。

 滝本誠氏が劇場パンフに書いた解説記事、および、氏の著書の該当箇所を読むと、氏は、獲物をエンキドゥと解釈しているようですが、「ギルガメッシュ神話」におけるメインのエンキドゥのエピソードが「地下界」であるなら、ここで登場する獲物は、どうもエンキドゥではないように思われます。上のサイトに書かれてある「ズー鳥」こそが、この獲物であると思えるのですが、いかがでしょうか。(エンキドゥについては別のエピソード(①娼婦によって誘い出されてギルガメッシュと戦う ②女神イシュタルの愛をギルガメッシュが拒んだことで、イシュタルがエンキドゥを殺してしまう)もあるようです)。

 ラストに関しては、森に別の獲物がいることに気づいてギルガメッシュが悔しがっているという解釈のほかに、獲物は捕まえたものの、獲物は体(抜け殻)だけ残して、実体(魂?)は逃げ去ったのだ、と解することもできます。獲物の体が、昆虫体形であるということには、そういう意味があるのかもしれません。
 あるいは、ギルガメッシュは、獲物の羽根だけを切り落として、逃げられないように生きたままつかまえようとしたのに、獲物は、古い体から脱皮して森に逃げて行ってしまった、とも考えられます。
 なお、ギルガメッシュはラストで悔しがっているのではなく、獲物を捕らえて喜んでいるのだという解釈もあるようです。

 この作品の魅力を言葉で言い表すのは難しいのですが、未知の昆虫をつかまえて、その生態を虫かごの外側から眺めている時のような、あるいは、まだ使い方もよくわかっていないような不可思議なからくり箱の内部を覗いているような、近代知以前の、驚きや好奇心に通じるものがあるような気がしますね(それを「幻想的」とか「魔術的」とか形容するのかもしれません)。
 それでいて、単なる思いつきでもなく、幼稚さや子どもっぽさを感じさせないのは、様々な芸術や文学に関する知識が知的な裏づけとなって作品を支えているからでしょうか。

 本作の邦題は、『ギルガメッシュ/小さなほうき』ですが、これは、原題では、“This Unnameable Little Broom”とも、“Epic of Gilgamesh”とも、“ Little Songs of the Chief Officer of Hunar Louse”とも呼ばれるこの作品の2番目と1番目を和訳したのだと思われます。「ほうき」というのは、髪の毛がほうきのように見えるギルガメッシュのことを指すのでしょうか。
 よくわからないのは、3つめの原題です。“Hunar Louse”という名のポピュラー・バンドが実際にいるようですが、それがこの作品と関係あるのかどうか、関係あるとしてどういう意味を持っているのかがよくわかりません。

画像

 ◆作品データ
 1985年/英/10分17秒
 台詞なし/字幕なし
 パペット・アニメーション

 *この作品は、VHS『ストリート・オブ・クロコダイル』に収録されています。

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 ◆監督について
 ブラザーズ・クエイ (スティーヴン&ティモシー・クエイ)
 人形を使った幻想的なストップ・モーション・アニメーションで知られる映像作家。英国怪奇ロマンの異端、映像の錬金術師とも呼ばれる。

 1947年 アメリカ ペンシルベニア州ノリスタウン生まれ。
 1965-69年 フィラデルフィア芸術大学でイラストレーションを学んだ後、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(Royal College of Art/英国王立美術大学)で学ぶためにイギリスに移り(徴兵を逃れるため、という説もある)、以後、イギリスを主な活動拠点とする。
 ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで初期短編(“Der Loop Der Loop”、“II Duetto”、“Palais En Flammes”)を製作するが、現在は残っていない。
 70年代はオランダでブック・デザインなどをして過ごし、その後、イギリスに戻って、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで同窓であったキース・グリフィスと3人で、Koninck Studiosを設立した。
 1979年、BFIの出資で『人工の夜景』を製作。以降、人形を使ったストップ・モーション・アニメーションを次々と発表。1995年には、実写による初めての長編作品『ベンヤメンタ学院』を手がけた。

 特に東欧の芸術文化への関心が高く、そこから作品のモチーフを選ぶことも多い。
 彼らが好み、影響を受けたとされる芸術家は、ヤン・シュヴァンクマイエルを筆頭に、ポーランドのアニメーション作家であるヴァレリアン・ボロズィック(Walerian Borowczyk)やヤン・レニッツァ(Jan Lenica)、ポーランドの作家ブルーノ・シュルツ、フランツ・カフカ、スイスのドイツ語詩人・作家ロベルト・ヴァルザー(Robert Walser)、フランドルの劇作家ミシェル・ド・ゲルドロード(Michel De Ghelderode)、ロシア出身のアニメーション作家Ladislas Starevich、ボヘミアの人形師Richard Teschner、チェコの作曲家レオス・ヤナーチェク、シュヴァンクマイエル作品で知られるチェコの作曲家ズデニェク・リュシュカ、ポーランドの作曲家レゼック・ヤンコフスキ(Leszek Jankowski)など。

 映画の制作のほか、演劇やオペラの装飾、イラストレーション、ブック・デザイン、CM等も手がけている。

 受賞&ノミネート歴は、『ストリート・オブ・クロコダイル』がカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品(22分の作品ながら長編部門にエントリー!)。
 シッチェス・カタロニア国際映画祭では『ストリート・オブ・クロコダイル』が短編部門Caixa de Catalunya受賞、『イン・アブセンティア』“In Absentia”が最優秀短編映画賞を受賞。
 ロカルノ国際映画祭では、コンペティション部門に長編2作品を出品し、『ピアノチューナー・オブ・アースクエイク』“The Piano Tuner of Earthquakes”が特別賞&ヤング審査員特別賞を受賞。
 クラクフ映画祭では、『イン・アブセンティア』“In Absentia”で特別賞受賞、2003年にドラゴン・オブ・ドラゴンズ名誉賞を受賞。

 日本では、1988年にイメージフォーラム フェスティバルで初紹介。
 翌1989年にシネ・ヴィヴァン・六本木で、『ストリート・オブ・クロコダイル』というタイトルで短編4作品(『レオス・ヤナーチェク』『ヤン・シュヴァンクマイヤーの部屋』『ギルガメッシュ/小さなほうき』『ストリート・オブ・クロコダイル』)がレイトショー公開され、約4ヶ月にも及ぶロングランを記録した。
 上記4作品に『失われた解剖模型のリハーサル』を加えた5作品がダゲレオ出版より『ストリート・オブ・クロコダイル』としてVHSで発売されたが、8000円近い価格にも拘らず、10000本を越えるセールスを記録。日本では未だにDVD化はされていない。その後、VHS『ブラザーズ・クエイ短編集vol.2』が、同じくダゲレオ出版から発売された(『人工の夜景』『櫛』『スティル・ナハト2』『スティル・ナハト3』『スティル・ナハト4』を収録)。
 1996年に『ベンヤメンタ学院』が劇場公開された時には、10作品の短編を2プログラムに分けて上映するプログラムも組まれた(Aプロ:『レオス・ヤナーチェク』『ヤン・シュヴァンクマイヤーの部屋』『ギルガメッシュ/小さなほうき』『ストリート・オブ・クロコダイル』 Bプロ:『失われた解剖模型のリハーサル』『人工の夜景』『櫛』『スティル・ナハト2』『スティル・ナハト3』『スティル・ナハト4』)。

 ピーター・グリーナウェイは彼らをモデルとして映画『ZOO』を作り、テリー・ギリアムはベスト・アニメーションの1本として『ストリート・オブ・クロコダイル』を選んでいる。

 2007年4月に、Zeitgeist FilmsよりDVD“Phantom Museums: The Short Films of the Quay Brothers”が発売された。これは、彼らの30年近い活動の集大成的な短編集で、13本の短編(全261分)に、インタビュー、オーディオ・コメンタリー、クエイ事典を含む24ページのブックレットつきで、34.99ドル。日本未発売。

 ・1979年 『人工の夜景』“Nocurna Artificiala”
 ・1980年 “Punch & Judy: Tragical Comedy or Comical Tragedy(Punch & Judy)”
 ・1980年 “The Falls” [出演/監督:ピーター・グリーナウェイ]
 ・1981年 “Ein Brudermord”
 ・1981年 “The Eternal Day Of Michel de Ghelderode”
 ・1983年 “Stravinsky - The Paris Years”
 ・1983年 『レオス・ヤナーチェク』“Leoš Janáček : Intinate Excursions”
 ・1984年 『ヤン・シュヴァンクマイヤーの部屋(ヤン・シュヴァンクマイエルの部屋)』“The Cabinet of Jan Svankmajer”
 ・1985年 『ギルガメッシュ/小さなほうき』“This Unnameable Little Broom(Epic of Gilgamesh/ Little Songs of the Chief Officer of Hunar Louse)”
 ・1986年 『ストリート・オブ・クロコダイル』“Street of Crocodiles”
 ・1986年 「ハニーウェル」 [CM]
 ・1986年 「スレッジハンマー」[協力][PV/監督:スティーヴン・ジョンソン]
 ・1987年 “The Films of the Brothers Quay(Tales of the Brothers Quay/ The Brothers Quay Collection)”
 ・1987年 「ウォーカー・チップス」 [CM]
 ・1987年 「デュラックス防水液」 [CM]
 ・1988年 “Stille Nacht I”
 ・1988年 『失われた解剖模型のリハーサル』“Rehearsals for Extinct Anatomies”
 ・1989年 “Ex-Voto/The Pond”
 ・1990年 『櫛』“The Comb(From The Museums Of Sleep)”
 ・1991年 『アナモルフォーシス』“De Artificiali Perspectiva(Anamorphosis)”
 ・1991年 “The Calligrapher”
 ・1991年 『スティル・ナハト2』“Stille Nacht II: Are We Still Married? ”
 ・1992年 “Long Way Down (Look What The Cat Drug In)”
 ・1992年 『スティル・ナハト3』“Tales from the Vienna Woods(Stille Nacht III)”
 ・1993年 『スティル・ナハト4』“Stille Nacht IV(Can't Go Wrong Without You)”
 ・1995年 “The Summit”
 ・1995年 『ベンヤメンタ学院』“Institute Benjamenta, or This Dream People Call Human Life(Institute Benjamenta/ Institute Benjamenta, or This Dream Which One Calls Human Life)”[長編]
 ・1996年 『悦楽共犯者』 [音楽(music co-operator)/監督:ヤン・シュヴァンクマイエル]
 ・2000年 『サンドマン』“The Sandman”[TV]
 ・2000年 『デュエット』“Duet”
 ・2000年 『イン・アブセンティア』“In Absentia”
 ・2000年 『フリーダ』 [アニメーション/監督:ジュリー・テイモア]
 ・2002年 “Celluloid Dreams” [出演/監督:James Dunnison]
 *ジャン=ピエール・ジュネ、デイヴィッド・リンチ、ガイ・マディンらについてのドキュメンタリー
 ・2003年 『ソングス・フォー・デッド・チルドレン』“Songs for Dead Children”
 ・2003年 『ファントム・ミュージアム』“The Phantom Museum: Random Forays Into the Vaults of Sir Henry Wellcome's Medical Collection” [TV]
 ・2005年 『ピアノチューナー・オブ・アースクエイク』“The Piano Tuner of Earthquakes” [長編]

 ※特記なしは、短編監督作品。

 ◆参考サイト

 ・ブラザーズ・クエイに関するWikipedeia:http://en.wikipedia.org/wiki/Brothers_Quay

 ・senses of cinema:http://www.sensesofcinema.com/contents/directors/04/quay_brothers.html

 以前は、公式サイトもあったのですが、閉鎖されてしまったようです。

 ◆参考書籍

 ・滝本誠『映画の乳首、絵画の腓』(ダゲレオ出版) p40-53

 ・『夜想34 パペット・アニメーション』(ペヨトル工房)

 ・ 『ユーロ・アニメーション』(フィルムアート社) p74-79

 ・ 『アートアニメーションの素晴らしき世界』(エスクァイア マガジン ジャパン) p130-135

この記事へのコメント

Katze
2008年11月21日 19:22
はじめまして。
1年半も前の記事にコメントしてすみません。

この映画のパンフレットを持っていたのですが
(VIDEOと共に、友人に貸したままになってますが)、
邦題が
『小さなハサミ』か『小さなほうき』
か分からなくなって検索したら
こちらにたどり着きました。

パンフレットによると、どうやら
獲物=エンキドゥ
のようです。
仕掛けで揺れる肉片は、女性の陰部だそうで
一時停止で確認したところ、確かにそうでした。

ハサミで羽を落とすのは、
エンキドゥをずっと自分のものにしておきたい故の行動で、
彼を失くして『寂しい』と感じる心が持てるようになっても、
今さら自分の世界(=部屋)からは出られない。
という結末らしいです。

私は、三輪車で部屋の切れ目まで行って
下を覗いてなにやら考えるシーンが
一番好きです。
この作品は、代表作である『~クロコダイル』
より印象に残りました。

それでは!
umikarahajimaru
2008年11月21日 23:46
Katzeさま
コメントありがとうございました。
まあ、そうはいいつつも、やっぱり、獲物=エンキドゥとはどうしても思えないのですが。滝本さんの映画評は私も大好きですが、この作品に限っては、パンフに書いてある解説は合っていないような気がしますね。
>彼を失くして『寂しい』と感じる心が持てるようになっても、今さら自分の世界(=部屋)からは出られない。という結末らしいです。
というのは、どなたの解釈なのでしょうか。
いろんな人がいろんな解釈をしていいと思うんですが、みんな滝本さんの解説で満足してしまってるようなのが、ちょっと残念ですよね。
通りすがり
2010年10月29日 10:08
ブログ主さんは『ショート・フィルム・コレクション』を持っていらっしゃるようなので、
既にご存知かと思いますが、
こちらでは訂正されておりませんでしたので、今更ですが一応。
・獲物=エンキドゥ
・黄色い布を取り出すシーン=ギルガメッシュが見ている夢
・ラストでギルガメッシュが走り回っているのは、勝ち誇っているから

DVDにて本人たちがそう解説していますので間違いありませんが、
非常に難解ですね。
umikarahajimaru
2010年10月31日 11:13
通りすがりさま
作品や作品の背景、作家性を知るためには、監督インタビューや監督自身が書いたものも重要になったりしますが、やっぱり基本は作品そのものだと考えます。作品は、作品だけで完結しなれば意味がありません。作品が完成した後で、監督本人が「あれはこういうつもりだった」と言っても、それはルール違反でしかないのです。
作品本位で作品のみから読み取ること、もしくは監督のフィルモグラフィーの中において読み取ることこそ重要だと考えます。
公的な解説として書くなら、あるいは、映画研究家なら、監督本人が意図したことを紹介する意味もあるかもしれませんが、ここはそういうものではありません。
監督の意図が作品を通して伝わらないのなら、監督のやり方がまずいか、私の読解力が未熟だということです。ただそれだけです。この作品は、何度も繰り返し観て、考えていますし、だから、「監督がこう言っていた」と言われても困惑するのみです。
上記は、上記を書いた時点での私の読解で、それはたぶん今とさほど変わらないと思いますし、頑固だと言われてもそれはそれで仕方なくて、「訂正」の必要は感じません。
せっかくコメントをいただきながら、こんなレスで申し訳ありません。ひょっとすると、監督の解説によって作品の見え方が変わり、しっくりとくる解釈が見つかる可能性はないでもありませんが……。
通りすがり
2010年11月01日 03:37
「訂正」という言葉は誤解を招く表現でした。
申し訳ございません。

私がなぜクエイ兄弟の解説を書いたか、という事ですが、「ブログ主さんの解釈を訂正しろ」という事ではなく、「クエイ兄弟の意図はこうである」という情報が加わっていると、より作品への理解が深まるのではないか、と考えたからです。「訂正」とは「加筆」を意味していました。
なぜそう考えたかといいますと、作品の解釈に関して、文中でコオロギを始めとする3つの疑問が呈されていた事、加えて「獲物がエンキドゥとは思えない」と繰り返しおっしゃっていたからです。
難解な作品ゆえ、それが後付けのものなのか、最初から意図したものなのか、私には分かりかねますが、少なくとも彼らがそう解説している以上、誰がどう思おうとその解説が物語の正解であり、意図であるはずです。さらに言うなら、彼らは「描かれていない部分」を解説で付け加えているのでなく、「描かれている内容」について解説している以上、「こんなの絶対に読み取れない」とは誰にも言えず、ゆえにこの作品のみを観て正解にたどり着く事は不可能ではない。よって「ルール違反」とも思えない。いや、個人的には「難解すぎるだろ」と思っているのですが。(細かい事ですが、作品本位という姿勢は非常に難しい問題ではないでしょうか?例えばこの作品では「ギルガメッシュ叙事詩」を前提として知っているか知っていないかで、作品の理解度は大きく変わるでしょうし、私の場合、獲物=エンキドゥという情報を最初に知ってしまってからこの作品を観ました。前提知識は避けようがありません。)
そして以上を踏まえた上でも、個人の解釈とクエイ兄弟の意図していた事は矛盾なく存在できると考えますのでコメントを書かせていただきました。

繰り返しになりますが、ブログ主さんの解釈を訂正しろ、という事ではありませんでした。
それでは、失礼します。
umikarahajimaru
2010年11月01日 19:01
通りすがりさま
長々とコメントをいただきありがとうございます。
ですが、私のコメントとしては、上に書いた以上のものはございません。ごめんなさい。

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