飛ぶ、調教する、描く 『エトセトラ』 ヤン・シュヴァンクマエイル

 シュヴァンクマイエルの5番目の短編。3つのパートから構成されている平面アニメーションです。



 【物語】 最初のパート「翼」 2つの椅子が並べられていて、その下には大きさの違う3つの翼がある。2つの椅子の距離を広げて、どの翼なら1つの椅子からもう1つの椅子へとジャンプできるかとチャレンジする。最初は翼なしから始めて、一番大きな翼まで、チャレンジは繰り返され、再び最初に戻る。
 2番目のパート「鞭」 人が鞭を使って犬を調教する。何度か繰り返すうち、人の姿が犬に変わり、犬の姿が人に変わる。それが何度も繰り返される。
 3番目のパート「家」 鉛筆を使って、家を描く。しかし、自分の横に家を描くと中に入れないし、自分のまわりに家の枠組みを描くと今度は外に出ることができない。同じことが何度も繰り返される。
 映画自体が最初に戻ってリプレイしようとするが、フィルムが焼けてしまい、リプレイできなくなる。

 いずれも本や雑誌から切り抜かれたものを使って作られた作品で、こうした2次元的なパーツがまるで生命をもったように動き出し、同じ動作を繰り返していく。
 2番目のパートは調教しているはずのものがいつの間にか調教される側にまわってしまうシュールさ、3番目のパートは自分が作り出したはずのものに疎外化されてしまうシュールさがありますが、最初のパートは……翼があってもただ2つの椅子の間を飛び移ることしかできないシュールさ、でしょうか。

 こうした自分が作り出したキャラクターがシュールな行動を取るというパターンの作品は、初期では、この作品だけで、次は16年後の『対話の可能性』まで待たなければなりません。その間の作品は、シチュエーションのシュールさを特徴とするもの(シュールな状況に登場人物が翻弄されるようなもの)が大半となります。
 この作品のタイトルは、「エトセトラ」ですが、当時のシュヴァンクマイエルにとっては、そういう意味で、この作品は例外的な作品であって、それゆえこうしたタイトルをつけたのかもしれません。

 この3つのパートに出てくる登場人物は、いずれも何らかの状況から抜け出すことができず、同じことをずっと繰り返すだけであって、そういう意味で共通しているということなのかもしれません。

 この1年前に作られた『石のゲーム』でもそうでしたが、生命のないはずの何かが、何らかの形(大半は「人」)を与えられることによって、生命を得たかのように動き出すことに、当時のシュヴァンクマイエルは面白がっているようにも思えます。
 この「形」、あるいは何かが別の何かに見える「見立て」というのはシュヴァンクマイエルにとっては非常に重要で、だから、形が変わると主従が交替したり(2番目のパート)、自分が作り出したはずの形に疎外されたり(3番目のパート)ということにもなるんですね。

画像

 ◆作品データ
 1966年/チェコスロバキア/7分15秒
 台詞なし/字幕なし
 アニメーション

 1967年カルロヴィヴァリ短編映画祭最優秀賞受賞、1967年オーバーハウゼン映画祭最優秀賞受賞

 *この作品は、DVD『ドン・ファン その他の短編』に収録されています。

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 ◆監督について
 ヤン・シュヴァンクマイエル
 1934年 プラハ生まれ。
 1942年 クリスマス・プレゼントとして人形劇のセットもらい、以後、人形に魅せられるようになる。
 1954年 プラハの芸術アカデミー演劇学部人形学科に入学する。
 1960年 セマフォル劇場で仮面劇を上演。
 1962-64年 視覚芸術ラテルナ・マギカに演出家として加わる。ここで初めて映画と出会う。
1964年 ラテルナ・マギカを離れ、以降は、フリーの立場で活動。
 1964年 最初の短編『シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック』を制作
 1970年 シュルレアリスト・グループのメンバーとなる。

 当局による改変要求を受け付けず、上映禁止や国内で映画が撮れないという状況を度々経験しながらも、映画制作を続け、今ではチェコ・アニメを代表する映画作家の1人となっています。

 国際的な評価としては―
 カンヌ国際映画祭には、これまで 『J・Sバッハ G線上の幻想』(1965)、 『レオナルドの日記』(1972)、 『男のゲーム』(1988)と3度短編部門のコンペに出品し、 『J・Sバッハ G線上の幻想』でグランプリを受賞。
 ベルリン国際映画祭には、 『対話の可能性』(1982)を短編部門のコンペに出品し、金熊賞(グランプリ)を受賞。 『闇・光・闇』(1989)では名誉賞を受賞。
 そのほか、 『棺の家』(1966)でマンハイム国際映画祭ジョゼフ・フォン・スタンバーグ賞受賞、 『陥し穴と振り子』(1983)でモントリオール国際映画祭短編部門作品賞を受賞しています。

 日本でのチェコ・アニメやアート・アニメーションが続々と公開されるようになったのは、ヤン・シュヴァンクマイエル作品が契機になったと言ってもいいほどで、現在でもシュヴァンクマイエルは監督名だけである程度のお客さんが見込めるほとんど唯一のアニメーション作家だと言っていいと思われます。

 ・1964年 『シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック』 11分43秒
 ・1965年 『J・Sバッハ G線上の幻想』 9分49秒
 ・1965年 『石のゲーム』 9分
 ・1966年 『棺の家』 10分19秒
 ・1966年 『エトセトラ』 7分15秒
 ・1967年 『自然の歴史(組曲)』 8分55秒
 ・1968年 『庭園』 16分50秒
 ・1968年 『部屋』 13分05秒
 ・1969年 『ヴァイスマンとのピクニック』 11分05秒
 ・1969年 『家での静かな一週間』 20分14秒
 ・1970年 『ドン・ファン』 32分45秒
 ・1970年 『コストニツェ』 10分29秒
 ・1971年 『ジャバウォキー』 13分52秒
 ・1972年 『レオナルドの日記』 11分44秒
 ・1973-79年 『オトラントの城』 17分57秒
 ・1980年 『アッシャー家の崩壊』 15分40秒
 ・1982年 『対話の可能性』 11分45秒
 ・1982年 『地下室の怪』 15分20秒
 ・1983年 『陥し穴と振り子』 14分55秒
 ・1987年 『アリス』 84分30秒
 ・1988年 『男のゲーム』 14分35秒
 ・1988年 『アナザー・カインド・オブ・ラヴ』 3分33秒
 ・1989年 『肉片の恋』 1分05秒
 ・1989年 『闇・光・闇』 7分30秒
 ・1989年 『フローラ』 30秒
 ・1990年 『スターリン主義の死』 9分45秒
 ・1992年 『フード』 17分
 ・1994年 『ファウスト』 96分
 ・1996年 『悦楽共犯者』 82分40秒
 ・2000年 『オテサーネク』 127分
 ・2006年 『ルナシー』 123分

 当ブログでは、ヤン・シュヴァンクマイエルについて、かなり突っ込んで書いているので、詳しくは以下の記事を参考にしてください。

 ・ヤン・シュヴァンクマイエル 本と作品

 ・ヤン・シュヴァンクマイエル 日本公開史

 ・もっとシュヴァンクマイエル スタッフ&カンパニー篇

 ・もっとシュヴァンクマイエル テーマ&モチーフ篇

 ・造形と映像の魔術師 シュヴァンクマイエル展

 ・チェコ映画祭2006、または、エヴァ・シュヴァンクマイエロヴァー

 ・ヤン・シュヴァンクマイエル 2007年 夏! 

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