人を呪わば穴二つ? 『棺の家』 ヤン・シュヴァンクマイエル

 シュヴァンクマイエルの第4作で、シュヴァンクマイエルの原点である人形を使った作品(初期に多く見られる)の1つです。



 【物語】 機械じかけのサルの楽団の演奏が行なわれている。
 扉が開いて、紙人形による家族風景が現われ、それが、機械じかけで動いていることが示される。
 続いて、フライング・パイレーツのような振り子状に揺れる遊園地の乗り物や回転木馬が現われ、その後ろに天使の絵が見え隠れする。
 人形劇の舞台が登場し、ある家で、モルモットをかわいがっている男が現れる。
 その男に対し、お金を積んで、そのモルモットを譲れというもう一人の男が登場する。
 交渉は決裂し、殴り合いが始まる。
 モルモットの飼い主は男を殺したと思い、遺体を棺に入れるが、死んだと思った相手はいつの間にか棺から出ていて、モルモットの飼い主の不意をついて返り討ちにする。今度は、男がモルモットの飼い主を棺に入れるが、さっきと同じことが繰り返されることになる。
 結局、2人とも共倒れになり、仲良く棺に入って、モルモットが背景画の人の口の中へと姿を消す。

 シュヴァンクマイエルにとっての人形への魅力というのは、その作品自体からはよくはわからないのですが、『シュヴァンクマイエルの世界』などを読むと、それは、<現実世界ではできないことを試してみることができて、しかも自分がその世界の創造主になることができる>世界だから、ということのようです。

 現実ではできないことを表現する手段として既に映画という枠組みがあるのに、その中で、さらに人形劇(パペット・アニメーションではない)をやるということは、構造上の重複でしかないと思うのですが、シュヴァンクマイエルは、この時点では、それに気づいていないのか、あるいは、“シュールな人形劇”をただカメラに写すのに精一杯で、カメラ(もしくは映画的技巧)を使ってそれを表現するという発想も技術も持っていなかった、ということなのかもしれません。

 この作品にもアニメーション部分はありますが、それは一部にすぎず(その一部がよくわからない使われ方をしているんですが)、だから、この作品はアニメーション作品というより、ただ人形劇を映した一般作品ということになりそうです。

 シュヴァンクマイエル自身も、映画で人形劇を撮るということに疑問を感じたのか、この後、人形が出てくる作品は徐々に減っていき、やがて人形はクレイ(粘土)に取って代わられます(クレイと出会うことで、シュヴァンクマイエルもようやく表現したいことが自由に表現できるようになったのではないかと考えられます)。
 本作も、人形ではなく、クレイで作られていたら、あるいは、クレイで作られた本作をイメージしてみたら、よりなじみのあるタイプのシュヴァンクマイエル作品になっていた、とも考えられます。

 観終わってみて、じゃあ、いったい、この作品は何だったのかということもよくわからなかったりするんですが、全体を通して考えてみると、シュヴァンクマイルがやりたかったのは「シュヴァンクマイル流のグロテスクな(あるいは、シュールな)遊園地」、といったところでしょうか。

画像

 ◆作品データ
 1966年/チェコスロバキア/10分
 台詞なし/字幕なし
 人形劇+アニメーション

 この作品は、『パンチ・アンド・ジュディ(Punch and Judy )』もしくは『リンチの家(The Lych House)』と紹介されることもあります。

 *この作品は、DVD『「ドンファン」その他の短編』に収録されています。

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 ◆監督について
 ヤン・シュヴァンクマイエル
 1934年 プラハ生まれ。
 1942年 クリスマス・プレゼントとして人形劇のセットもらい、以後、人形に魅せられるようになる。
 1954年 プラハの芸術アカデミー演劇学部人形学科に入学する。
 1960年 セマフォル劇場で仮面劇を上演。
 1962-64年 視覚芸術ラテルナ・マギカに演出家として加わる。ここで初めて映画と出会う。
1964年 ラテルナ・マギカを離れ、以降は、フリーの立場で活動。
 1964年 最初の短編『シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック』を制作
 1970年 シュルレアリスト・グループのメンバーとなる。

 当局による改変要求を受け付けず、上映禁止や国内で映画が撮れないという状況を度々経験しながらも、映画制作を続け、今ではチェコ・アニメを代表する映画作家の1人となっています。

 国際的な評価としては―
 カンヌ国際映画祭には、これまで 『J・Sバッハ G線上の幻想』(1965)、 『レオナルドの日記』(1972)、 『男のゲーム』(1988)と3度短編部門のコンペに出品し、 『J・Sバッハ G線上の幻想』でグランプリを受賞。
 ベルリン国際映画祭には、 『対話の可能性』(1982)を短編部門のコンペに出品し、金熊賞(グランプリ)を受賞。 『闇・光・闇』(1989)では名誉賞を受賞。
 そのほか、 『棺の家』(1966)でマンハイム国際映画祭ジョゼフ・フォン・スタンバーグ賞受賞、 『陥し穴と振り子』(1983)でモントリオール国際映画祭短編部門作品賞を受賞しています。

 日本でのチェコ・アニメやアート・アニメーションが続々と公開されるようになったのは、ヤン・シュヴァンクマイエル作品が契機になったと言ってもいいほどで、現在でもシュヴァンクマイエルは監督名だけである程度のお客さんが見込めるほとんど唯一のアニメーション作家だと言っていいと思われます。

 ・1964年 『シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック』 11分43秒
 ・1965年 『J・Sバッハ G線上の幻想』 9分49秒
 ・1965年 『石のゲーム』 9分
 ・1966年 『棺の家』 10分19秒
 ・1966年 『エトセトラ』 7分15秒
 ・1967年 『自然の歴史(組曲)』 8分55秒
 ・1968年 『庭園』 16分50秒
 ・1968年 『部屋』 13分05秒
 ・1969年 『ヴァイスマンとのピクニック』 11分05秒
 ・1969年 『家での静かな一週間』 20分14秒
 ・1970年 『ドン・ファン』 32分45秒
 ・1970年 『コストニツェ』 10分29秒
 ・1971年 『ジャバウォキー』 13分52秒
 ・1972年 『レオナルドの日記』 11分44秒
 ・1973-79年 『オトラントの城』 17分57秒
 ・1980年 『アッシャー家の崩壊』 15分40秒
 ・1982年 『対話の可能性』 11分45秒
 ・1982年 『地下室の怪』 15分20秒
 ・1983年 『陥し穴と振り子』 14分55秒
 ・1987年 『アリス』 84分30秒
 ・1988年 『男のゲーム』 14分35秒
 ・1988年 『アナザー・カインド・オブ・ラヴ』 3分33秒
 ・1989年 『肉片の恋』 1分05秒
 ・1989年 『闇・光・闇』 7分30秒
 ・1989年 『フローラ』 30秒
 ・1990年 『スターリン主義の死』 9分45秒
 ・1992年 『フード』 17分
 ・1994年 『ファウスト』 96分
 ・1996年 『悦楽共犯者』 82分40秒
 ・2000年 『オテサーネク』 127分
 ・2006年 『ルナシー』 123分

 当ブログでは、ヤン・シュヴァンクマイエルについて、かなり突っ込んで書いているので、詳しくは以下の記事を参考にしてください。

 ・ヤン・シュヴァンクマイエル 本と作品

 ・ヤン・シュヴァンクマイエル 日本公開史

 ・もっとシュヴァンクマイエル スタッフ&カンパニー篇

 ・もっとシュヴァンクマイエル テーマ&モチーフ篇

 ・造形と映像の魔術師 シュヴァンクマイエル展

 ・チェコ映画祭2006、または、エヴァ・シュヴァンクマイエロヴァー

 ・ヤン・シュヴァンクマイエル 2007年 夏!  

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