鳥だ、天使だ、イカロスだ、いや、あれは…… 『オペレーション X-70』 ラウル・セルヴェ

 ラウル・セルヴェの1971年の作品で、カンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞し、セルヴェとしても転機になった作品です。



 【物語】 殺傷力はないが、対象を無気力化させてしまう神経ガスX-70が発明される。
 そのガスを敵国に投下するはずが、間違えて、平和的な友好国である“Nebelux”に投下してしまう。
 “Nebelux”に降りて、ガスの影響の調査が始まるが、街には人っ子一人いない。
 空に鳥の姿を見かけたような気がして、外に出てみると、それは鳥ではなく、背中に翼の生えた人間だった。
 兵士たちは、天使だと叫ぶが、やってきた上官はあれは悪魔だといい、撃ち落すよう命令する。しかし、兵士たちは撃つことができない。兵士の一人が突然うずくまったと思うと、その背中から翼が生えて、空に飛び立ってしまう。
 “Nebelux”への神経ガス投下についての報告がなされる。「ご承知の通り、誤って投下されたガス爆弾によって、友好国の全国民が犠牲者となって、背中に翼が生えるという突然変異が発生しました。あのガスによって翼が生えるような突然変異を起こすのは西洋人だけです。ガスの効果は一時的なもので、クリスマスまでには事態は収拾すると思われます。」

 この作品で描かれる「ガス爆弾の投下」は、もちろん、当時のベトナム戦争における枯葉剤の投下を暗示していて、それが西洋に落とされたらどうなるかということを観客に想像させ、これがいかに恐ろしいことであるかを知らしめる、というのがこの作品に込められた目的であるように思われます。
 ガス爆弾を誤って投下してしまうこと、そして、それが予想もしていなかった結果を招くことを示して、科学の暴走と、人間が踏み込んではいけない領域に入り込もうとしていることに、セルヴェは警告を発しているわけですね。

 ガスの影響を調査するシーンで、博物館が出てきますが、あのシーンも無意味なシーンではなく、絶滅してしまった恐竜や人類の進化を示すことで、今、繁栄しているように見える人類も地球の長い歴史から見ればほんの一時的なものにすぎず、いつ滅んでしまうかわからないのだから、驕ってはいけない、という意味が隠されている、と考えられます。

 私も、初見では、ベトナム戦争を背景に、セルヴェ流の反戦的思想を、「ガス爆弾によって生まれた天使」に象徴的に、ファンタジーの装いを借りて描いた、時代の刻印が色濃い作品、としか見えなかったのですが、繰り返し観るうちに、人類に警告を発しているという印象はそのままながら、もっともっと時代を超えて、受け入れられるメッセージ性を持った作品であることがわかってきました。カンヌの審査委員特別賞もダテじゃないですね。

 人類の進化や、人類が科学に裏切られるということを扱った作品にスタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』がありますが、『2001年宇宙の旅』が作られたのは、1968年ですから、この作品とほぼ同時代といってよく、同じ時代背景、同じ精神で作られたと考えられます。つまり、『オペレーション X-70』はセルヴェ版の『2001年 宇宙の旅』だったんですね。
 同様のモチーフを使って作られた映画というのは、実は多くて、例えば、ホラー色を強めると、ダニー・ボイルの『28日後…』になり、バイオレンス&アクション色を強めると『バイオハザード』になる、と考えられます。

 なお、この作品は、Marc Ampeというアーティストのエッチングが基になっていると発表されていますが、Marc Ampeについてはネットで調べても全く情報が得られませんでした。

 さて、9週にわたって、ご紹介してきましたラウル・セルヴェ作品もこの作品で最後になります。セルヴェの作品では、これら9作品のほかに、初長編『タクサンドリア』が広島国際アニメーションフェスティバルで上映されたことがあるようですが、現在、日本で観ることは叶いません。ジブリの手で劇場公開されたりしないでしょうか。

 当ブログでは、ランダムにご紹介してきましたが、製作された順番に最初から見直してみるなら、また何か発見があるかもしれませんね。

画像

 ◆作品データ
 1971年/ベルギー/9分32秒
 英語台詞あり/字幕なし
 アニメーション

 *1972年 カンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞、ザグレブ国際アニメーションフェスティバルFirst Prize受賞、ベルギー・ナショナル・フィルム・フェスティバル名誉賞受賞

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 ◆監督について

 ラウル・セルヴェ
 セルヴェは、絵画や壁画も描くが、特に短編アニメーションの作り手として有名で、ベルギーではアニメーションの父として慕われています。

 1928年 ベルギーのオーステンデ生まれ。
 父親は中国服の商店主だったが、新し物好きで、パテの映写機を購入して、日曜の午後などにチャップリンやフェリックス・ザ・キャット等の短編映画の上映会を催したりしていた。
 12歳でドイツの攻撃で家が焼かれ、父が収監される。
 16歳の頃、第2次世界大戦で戦火が激しくなると、ドイツでの強制労働を逃れるためもあって、装飾のアシスタントに就く。
 戦後、そのまま仕事を続けることもできたが、セルヴェは本格的な勉強がしたくて、ゲント(ヘント)にある王立アカデミーRoyal Academy of Fine Artsに進み、装飾美術(Decorative Arts)を学ぶ。そこでAlbert Vermeirenからアニメーションを教わる。
 兵役の後、自らのアニメーション制作への道を切り開くために、イギリスのランク・スタジオやパリのジェモー・スタジオに赴くが、望みを果たせず、帰国。8mmでドキュメンタリー映画を撮影したりする。
 ルネ・マグリットとカジノの室内装飾の仕事をしたりした後、1957年、ゲントの王立アカデミーの装飾美術の教師となり、そこでアニメーションの制作に着手する。3年かけて16ミリで“Havenlichten”「港の灯」を完成させる。この作品は、アントワープ・ナショナル・フィルム・フェスティバルに出品されて、アニメーションとして初めての賞を受賞する。
 次に35mmで制作したアニメーション作品が“The False Note”で、2年の歳月をかけて1963年に完成(これに先立って1962年に“Omleiding november”という実写作品も制作している)。“The False Note”はアントワープ・ナショナル・フィルム・フェスティバルでグランプリを受賞。この作品で、セルヴェはアニメーションとしての技法を確立したとされる。
 同年(1963年)に、セルヴェによって王立アカデミーにアニメーション映画学部が設立される。これはヨーロッパで最初に設立されたアニメーション映画に関する学部・学科となる。

 1976年には、the Centre Belge du Film d'Animation(アニメーション映画ベルギー・センター)をゲントに設立。

 1984~94年には、ASIFA (international association of film animators).の会長を務める。

 ラウル・セルヴェ・ファウンデーションを作り、初等・中等教育でのアニメーション・コースの組織化にも尽力している。

 ・1960年 『港の灯』“Havenlichten”(“Harbour Lights”)
 ・1962年 “Omleiding november”(“November Diversion”)
 ・1963年 『調子外れの音』 “De Valse noot”(“The False Note”)
 ・1965年 『クロノフォビア』 “Chromophobia”
 ・1968年 『人魚(シレーヌ)』“Sirene”
 ・1969年 『ゴールドフレーム』“Goldframe”
 ・1970年 『語るべきか、あるいは語らざるべきか』“To Speak or Not to Speak”
 ・1971年 『オペレーションX-70』“Operation X-70”
 ・1973年 『ペガサス』 “Pegasus”
 ・1976年 “Het Lied van Halewijn (Halewyn's Song)”
 ・1979年 『ハーピア』 “Harpya”
 ・1982年 “Die Schöne Gefangene”
 ・1994年 『タクサンドリア』“Taxandria”
 ・1998年 『夜の蝶』 “Papillons de nuit”
 ・2001年 “Atraksion”
 ・2003年 『冬の日』のうち「わが庵は鷺に宿貸すあたりにて 髪はやす間をしのぶ身のほど」(芭蕉)のパートを担当

 『クロモフォビア』『人魚』『語るべきか、あるいは語らざるべきか』『ハーピア』『夜の蝶』は、2000年に<夜の蝶 ラウル・セルヴェの世界>としてユーロスペースにてレイトショー公開。
 “Goldframe” “Operation X-70” “Pegasus”は上記作品とともに、DVD「「夜の蝶」他 ラウル・セルヴェ作品集」に収録されています。

 ユーロスペースで上映した5作品は、吉本興業による配給作品で、これらは、これまで様々な形で映画に関わってきた吉本興業が初めて手がける外国映画となりました。
 吉本興業がこれらの作品を買い付けることになった発端は、吉本興業のスタッフ(当時)が広島国際アニメーションフェスティバルでセルヴェの作品を観て感激したことで、彼女が、吉本興業が経営していた劇場(当時)のレイトショー枠でならこれらの作品を上映することができるのではないかと考え、上司の許可を取って買い付けた、と聞いた記憶があります。

 *参考サイト:http://www.raoulservais.be/index.htm

 *参考書籍
 ・『アートアニメーションの素晴らしき世界』(エスクァイア マガジン ジャパン)p81
 ・『ユーロ・アニメーション』(フィルムアート社)p44~49

 *関連DVD
 ・a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000FHVV5Q%3ftag=kattenieigade-22%26link_code=xm2%26camp=2025%26dev-t=D31ZR0ROP0WVXQ" target="_blank">DVD「「夜の蝶」他 ラウル・セルヴェ作品集」
 ・『冬の日』

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