手回しオルガン奏者の夢 『調子外れの音』 ラウル・セルヴェ

 当ブログでも割と評判のいいラウル・セルヴェですが、ここで紹介できる作品も残り少なくなりました。今回、ご紹介するのは、今のところ、日本で観られる一番古いラウル・セルヴェ作品です。



 【物語】 手回しオルガンを持って、男がストリートを流している。しかし、騒音だと迷惑がられるばかりで、いっこうにお金にならない。
 酒場ではジュークボックスに敵わないし、ゲームセンターでは見向きもされない。男は、パイプ・オルガンのポスターを見て、いつか自分もそういう演奏者になりたいと夢想する。
 夜の遊園地に入ると、メリーゴーランドがある。メリーゴーランドには自分の音楽が合っているかもしれないと思うが、そのメリーゴーランドは今は動かかない。しかし、男の気持ちが通じたのか、回転木馬の一頭が1滴の涙を流す。男は慌てて、その涙を自分の帽子ですくう。
 家に帰った男は、帽子をひっくり返してみるが、今日の儲けがないことなど、わかりきっている。しかし、帽子の中には回転木馬の涙のしずくが残っていて、それが、手回しオルガンに落ちる。すると、手回しオルガンからにょきにょきパイプが伸びて、パイプ・オルガンに変身する。男は、ハンドルを回して、パイプ・オルガンを演奏するのだった。

 時代から取り残された人物というのは、ラウル・セルヴェの得意とするところで、ファンタジックなエンディングを持ってくるところも、彼らしいと言えば彼らしいのですが、映画としては、ほとんどひねりらしいひねりもなく、素朴な感じのする作品です。

 絵のタッチや技巧もあまり洗練されているとは言えませんが、ほとんど参考にする作品が何もない状況からこの作品を作り出したということは偉大なことで、それゆえ、当時としては新鮮な驚きがあり、アントワープ・ナショナル・フィルム・フェスティバルでもこの作品にグランプリを与えたのだろうと思われます。

 1960年に初めての作品『街の灯』を完成させたラウル・セルヴェが、『街の灯』で得たお金で買った35ミリのカメラを使って、初めて作った作品がこの『調子外れの音』で、完成まで2年かかっています。

 『調子外れの音』があって、『クロノフォビア』があり、その後『人魚(シレーヌ)』が作られるわけですが、この間は、ラウル・セルヴェがアニメーションの技法を学んでいく時期であるとともに、自分自身を発見していく時期でもあるようです。

画像

 ◆作品データ
 1963年/ベルギー/9分28秒
 台詞あり/字幕なし
 アニメーション
 アントワープ・ナショナル・フィルム・フェスティバル グランプリ受賞

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 ◆監督について

 ラウル・セルヴェ
 セルヴェは、絵画や壁画も描くが、特に短編アニメーションの作り手として有名で、ベルギーではアニメーションの父として慕われています。

 1928年 ベルギーのオーステンデ生まれ。
 父親は中国服の商店主だったが、新し物好きで、パテの映写機を購入して、日曜の午後などにチャップリンやフェリックス・ザ・キャット等の短編映画の上映会を催したりしていた。
 12歳でドイツの攻撃で家が焼かれ、父が収監される。
 16歳の頃、第2次世界大戦で戦火が激しくなると、ドイツでの強制労働を逃れるためもあって、装飾のアシスタントに就く。
 戦後、そのまま仕事を続けることもできたが、セルヴェは本格的な勉強がしたくて、ゲント(ヘント)にある王立アカデミーRoyal Academy of Fine Artsに進み、装飾美術(Decorative Arts)を学ぶ。そこでAlbert Vermeirenからアニメーションを教わる。
 兵役の後、自らのアニメーション制作への道を切り開くために、イギリスのランク・スタジオやパリのジェモー・スタジオに赴くが、望みを果たせず、帰国。8mmでドキュメンタリー映画を撮影したりする。
 ルネ・マグリットとカジノの室内装飾の仕事をしたりした後、1957年、ゲントの王立アカデミーの装飾美術の教師となり、そこでアニメーションの制作に着手する。3年かけて16ミリで“Havenlichten”「港の灯」を完成させる。この作品は、アントワープ・ナショナル・フィルム・フェスティバルに出品されて、アニメーションとして初めての賞を受賞する。
 次に35mmで制作したアニメーション作品が“The False Note”で、2年の歳月をかけて1963年に完成(これに先立って1962年に“Omleiding november”という実写作品も制作している)。“The False Note”はアントワープ・ナショナル・フィルム・フェスティバルでグランプリを受賞。この作品で、セルヴェはアニメーションとしての技法を確立したとされる。
 同年(1963年)に、セルヴェによって王立アカデミーにアニメーション映画学部が設立される。これはヨーロッパで最初に設立されたアニメーション映画に関する学部・学科となる。

 1976年には、the Centre Belge du Film d'Animation(アニメーション映画ベルギー・センター)をゲントに設立。

 1984~94年には、ASIFA (international association of film animators).の会長を務める。

 ラウル・セルヴェ・ファウンデーションを作り、初等・中等教育でのアニメーション・コースの組織化にも尽力している。

 ・1960年 『港の灯』“Havenlichten”(“Harbour Lights”)
 ・1962年 “Omleiding november”(“November Diversion”)
 ・1963年 『調子外れの音』“De Valse noot”(“The False Note”)
 ・1965年 『クロノフォビア』 “Chromophobia”
 ・1968年 『人魚(シレーヌ)』“Sirene”
 ・1969年 『ゴールドフレーム』“Goldframe”
 ・1970年 『語るべきか、あるいは語らざるべきか』“To Speak or Not to Speak”
 ・1971年 『オペレーションX-70』“Operation X-70”
 ・1973年 『ペガサス』 “Pegasus”
 ・1976年 “Het Lied van Halewijn (Halewyn's Song)”
 ・1979年 『ハーピア』 “Harpya”
 ・1982年 “Die Schöne Gefangene”
 ・1994年 『タクサンドリア』“Taxandria”
 ・1998年 『夜の蝶』 “Papillons de nuit”
 ・2001年 “Atraksion”
 ・2003年 『冬の日』のうち「わが庵は鷺に宿貸すあたりにて 髪はやす間をしのぶ身のほど」(芭蕉)のパートを担当

 『クロモフォビア』『人魚』『語るべきか、あるいは語らざるべきか』『ハーピア』『夜の蝶』は、2000年に<夜の蝶 ラウル・セルヴェの世界>としてユーロスペースにてレイトショー公開。
 “Goldframe” “Operation X-70” “Pegasus”は上記作品とともに、DVD「「夜の蝶」他 ラウル・セルヴェ作品集」に収録されています。

 ユーロスペースで上映した5作品は、吉本興業による配給作品で、これらは、これまで様々な形で映画に関わってきた吉本興業が初めて手がける外国映画となりました。
 吉本興業がこれらの作品を買い付けることになった発端は、吉本興業のスタッフ(当時)が広島国際アニメーションフェスティバルでセルヴェの作品を観て感激したことで、彼女が、吉本興業が経営していた劇場(当時)のレイトショー枠でならこれらの作品を上映することができるのではないかと考え、上司の許可を取って買い付けた、と聞いた記憶があります。

 *参考サイト:http://www.raoulservais.be/index.htm

 *参考書籍
 ・『アートアニメーションの素晴らしき世界』(エスクァイア マガジン ジャパン)p81
 ・『ユーロ・アニメーション』(フィルムアート社)p44~49

 *関連DVD
 ・a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000FHVV5Q%3ftag=kattenieigade-22%26link_code=xm2%26camp=2025%26dev-t=D31ZR0ROP0WVXQ" target="_blank">DVD「「夜の蝶」他 ラウル・セルヴェ作品集」
 ・『冬の日』

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