ジブリというよりも、ペトロフの名前を! 『春のめざめ』

 遅ればせながら、映画『春のめざめ』を観てきました。

 当ブログでは、「tantano 短編映画を楽しむ」というカテゴリーで、監督アレクサンドル・ペトロフの関連の作品をいくつか紹介していますが、現在もっともアクセス数の多いのが、実は、ペトロフ監督の『マーメイド』で、他の作品に比べてアクセス数がずば抜けています。どう考えてもジブリ・ブランドのおかげなんですが、みなさん、それほど関心が高く、事前にネット上でいろいろ調べたりするんですね~。

画像

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 【物語】 木立の下で、男たちと戯れる女性がいて、アントン(トニーチカ)は好奇心いっぱいで塀の隙間からその様子を覗き見ている。そんなアントンの視線を知ってか知らずか、女性は魔法で男たちを虫に変えてしまう。
 アントンがハッとした瞬間に、彼は、名前を呼びかけられて、自分が食事の席でボーッと夢想にふけっていたことに気がつく。

 アントンの家には、住み込みで働くパーシャという娘がいて、身分の違いはあるけれど、気安く話ができる相手で、アントンは彼女と話すのが楽しく、パーシャも自分に好意を持ってくれていることを感じている。アントンが、パーシャに小鳥の形をした青い香水瓶のプレゼントをすると、彼女はとても喜んでくれる。
 アントンは、パーシャとの未来を想像してみたりもするが、そんなアントンに対して同級生のジェーニカは、彼女など恋の対象ではないとたしなめる。

 アントンの隣の家にある一家が引っ越してくる。アントンは、大人の雰囲気を持った女性セラフィーマに夢中になってしまう。アントンの家の庭に彼女の子猫が迷い込んできたことから知り合いにもなり、アントンは本から詩を書き写して(?)、彼女に贈る。
 そんなアントンの気持ちを試すかのように、アントンはパーシャに縁談の話があることを聞かされる。相手は御者のステパン。パーシャは、ずっとこのままアントンのそばにいたいという気持ちも抱きつつ、どうしようか迷っているようにも見える。なんとなく気持ちが寄り添って、2人は軽いキスを交わす。

 近所で事件が起きる。かねてより、牧夫が息子の嫁とただならぬ関係にあると噂になっていたが、息子の方が、自分の妻と父親を刺し殺してしまったのだ。引き立てられてくる牧夫を、人々は、怖いもの見たさもあって、遠巻きに見つめる。

 セラフィーマは、16歳のアントンの熱い思いに対して、うれしくもある一方で、自分はもう25歳で、あなたとつきあうには年寄りすぎると答える。しかし、手紙の返事はどうすればいいのかと聞き、アントンは返事を入れておく場所を教える。

 アントンは、セラフィーマへの憧れがありながらも、パーシャがステパンとつきあうことは快く思わず、彼女がステパンとじゃれ合ってるのを見て、嫌な気分を味わう。そのことをパーシャに話すが、彼女はアントンとセラフィーマのことを知っていて、あなたにそんなことを言う資格はないと言って、アントンのくれた香水瓶を投げつけて割ってしまう。

 主人のいなくなった牧夫の家の牛が暴れて、騒ぎになる。恐ろしくて誰も手が出せなかったが、ステパンが自分がなんとかしてやろうと名乗り出る。
 それを家の窓から見たパーシャは恐ろしくなって、やめてと叫ぶ。
 ステパンは牛に向かっていくが、凶暴な牛の角で突かれて、あっけなく死んでしまう。
 パーシャは、それを見て、「だからやめてと言ったのに……」と泣き崩れるのだった。

 アントンの元にセラフィーマから手紙が届く。「教会に来てください」。
 教会にやってきたアントンをセラフィーマは手を引いて、外へと連れ出す。
 初めての逢瀬に気を高ぶらせているアントンは、セラフィーマがいつもしている青いサングラスに触れて、それを外させてしまう。それで、彼女の片目が義眼であることがわかり、アントンは、ショックを受け、逃げ帰ってしまう。

 ベッドでうなされるアントン。高熱を発してずっと起きることができない。夢に見るのはパーシャのことばかり。
 ようやく熱が引いて、「パーシャは?」と訊く。すると、「パーシャは出て行ってしまったよ」と聞かされる。彼女はアントンの病気が治るように願かけをして、この祈りが届くなら修道院に入ると誓い、それを実現に移したのだ。アントンは、かけがえのないものが、自分のすぐ近くにあったのに、それに気づかず、今はもうそれが永遠に失われてしまったことにショックを受け、心の痛みを感じるのだった……。

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 物語としては、「初恋」ものというより、映画でもわりとよく描かれる「私が棄てた女」バリエーションの作品とみなすことができます。

 「私が棄てた女」というのは、男が、一時は夢中になったものの、最終的には自分がその女性を選ばなかった(あるいは、一瞬であれその女性を裏切った)ことで彼女が不幸になってしまったと、男が後から自分の身勝手さを嘆きつつ、(自分勝手と言われても仕方のない)感傷にふける物語のことです。
 典型的な作品としては、まず、遠藤周作の同名の小説『わたしが・棄てた・女』があり、その映画化作品である浦山桐郎の『私が棄てた女』(1969)と、そのリメイクである熊井啓の『愛する』(1997)、があります。
 さらにゴールワージーの原作『林檎の樹』の映画化である『サマーストーリー』(1988)、タヴィアーニ兄弟によって映画化(2001)されたトルストイの『復活』があり、西川美和監督の『ゆれる』(2006)にもそういう内容が含まれています。ヴァンサン・ペレーズの監督作品に『天使の肌』(2002)という作品がありますが、あれも『わたしが・棄てた・女』の翻案ではないかとも言われています。

 『春のめざめ』自体は、イワン・ショメリョフの『愛の物語』の中にツルゲーネフの『初恋』を取り込んだもの、と紹介されています。
 ツルゲーネフの『初恋』は、年上の女性への憧れと苦い失恋の物語として知られていますが、シメリョフに関してはほとんど情報がなく、公式サイトでも原作絵本でも全く紹介がなされていません。数少ない情報から推測すると、シメリョフは、幼い頃を回想して書いた物語が多いらしく、『愛の物語』もそうした物語の一種だとも思われます。

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 ◆原作者イワン・イメリョフについて

 シメリョフ,イワン・セルゲーエヴィチ[シメリョフ,イワンセルゲーエヴィチ]
 1873‐1950。モスクワの富裕な商人の家庭に生まれ、大学卒業後に税務署員として働きながら創作を行い、「小さな人間」への共感に貫かれた短篇・中篇を書いた。革命後の失望にくわえて、白軍義勇軍士官であった息子がクリミヤで赤軍に銃殺された事件が引き金となって1922年に亡命。クリミヤを舞台に内戦をドキュメンタリー風に描いた長編『死者たちの太陽』(1923)はロシアの未来への暗い展望に彩られ、各国語に翻訳されノーベル賞の候補に推された。フランスで精力的に活躍。ソ連時代は国内ではほとんど黙殺され、近年になって作品集が頻繁に出版されはじめた。日本では初紹介。自伝的長篇『主の歳月―祝祭・喜び・悲しみ』(1933)にはロシア正教の祝祭を中心にめぐった革命前のロシア人の暮らしを回顧的に綴った味わい深い作品で、ソ連邦崩壊後のロシアに広まった古き良きロシアへの懐古趣味の流行に乗ったかたちでも版を重ねている。(Kinokuniya BookWeb『ロシアのクリスマス物語』より)

 モスクワの中流商家に生まれる。信仰心篤い家庭環境、職人らの話す野卑でフォークロアに満ちた民衆の言葉に充ちた作品は、革命前のモスクワの市井と信者の心情の細やかな描写し、「失われた聖なるロシア」時代を語る貴重な本。幼い日々を回想した「主の歳時記」(このうち「クリスマス」田辺佐保子訳を群像社刊『ロシアのクリスマス物語』に収録)、「巡礼」、「レストランから来た男」、「モスクワの婆や」など。「ロシア文学を読もう」第4号に特集。(<「ロシア文学を読もう」のためのノート>(http://gunzosha.com/note.html)より)

 邦訳作品
 ・『春のめざめ』(スタジオジブリ 2007年刊)
 ・「クリスマス」(『ロシアのクリスマス物語』群像社 1997年刊)
 ・同CDブック(群像社 2006年刊)
 ・「レストランのボーイ」(『世界文学全集 第60巻』集英社 1979年刊)

 映画化作品
 「レストランから来た男」“Chelovek iz restorana”が、Yakov Protazanov監督によって1927年に映画化されています。

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 ◆映画『春のめざめ』の感想を少しだけ

 ・“油絵が動く”。
 誰しも、アレクサンドル・ペトロフ作品を観て最初に持つ感想はこれですが、今回『春のめざめ』のPRに当たっても、配給元はこれを前面に押し出していました。
 しかし、これまでペトロフの作品をいくつか観てきた経験からすると、そういった驚きは、この『春のめざめ』にはちょっと乏しいんですね。

 印象派が絵画の題材を選んだように、ペトロフの手法も題材を選ぶような気がします。

 ペトロフの手法が生きてくる(と私には思える)のは、刻々と光の変わる野外の風景や川・海など水の出てくるシーン、映像が次々とメタモルフォーズする幻想的なシーンなどであって、少年のデリケートな心の動きと人間関係を描くことがメインである本作では、そういった特徴はあまり生かすことができず、案外“普通”に見えちゃったんですね。
 『老人と海』が米国アカデミー賞短編アニメーション賞を受賞したのに対して、本作は米国アカデミー賞にノミネートもされず、受賞歴を見てもこれまでの作品ほど高い評価を受けていないのは、そういうところが理由になっているのではないか、と思われます。

 でも、まあ、ペトロフ初体験の方だとこの映像体験に驚き、感動した、と(ブログ等でも)書かれていたようだったので、それはそれでよかったのですが……。

 『春のめざめ』に感動された方(あるいは、これでは物足りないと思われた方)は、是非とも『マーメイド』や『老人と海』を観ていただきたいと思います。

 ・あと、ペトロフのモラルの古めかしさや、セラフィーマが何を考えているかよくわからないこと(実写版にして、アントン役にイノセントで一途さを感じさせる美少年を持ってくれば、それだけで彼女の行動も説得力を持ってくるんですが)、なども気になったんですが、あんまりそういうことばかり書くと、思っている以上にこの作品を否定しているみたいに受け取られかねないので、このくらいにしておきたいと思います。

 ちなみに、少年の苦い恋という意味では、『春のめざめ』は『マーメイド』の再話であり、『メーメイド』に出てくるおじいさん(少年の父親)を実体化させず、監督の視線に重なるような形で作品世界に偏在化させているのが『春のめざめ』だという言い方もできると思います。
 ペトルフ自身は、『マーメイド』に関して書き込みが足りなかったというような発言をしていますが、私は『マーメイド』の方がしっくりくるし、好きですね。

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  ◆監督について
 アレクサンドル・ペトロフ
 1957年ヤロスラヴリ州プリスタチャ村生まれ。

 美術専門学校で絵画を学ぶ。卒業後、モスクワのゼンソ映画大学アニメ画学部に入学し、イワン・イワノフ=ワ—ノの講座をとる。3年の時にユーリ・ノルシュテインの『話の話』を観て衝撃を受ける。81年、卒業と同時にウラルのスベルドロク(現エカテリンブルグ)の映画スタジオで、アニメーション美術を担当する。
 その後、改めて映画大学の“アニメーションの監督とシナリオライターのための特別コース”に入学し、ユーリ・ノルシュテインに教わる。

 卒業制作作品『雌牛』で広島国際アニメーションフェスティバル グランプリ受賞。

 ガラス板に油絵の具で絵を描くという手法(ガラス・ペインティング)を得意とし、文芸色の強い作品を発表し続けている。

 日本・カナダ・ロシアで共同製作した『老人と海』でアカデミー賞短編アニメーション賞を受賞。
 『マイラブ 初恋』は、広島国際アニメーションフェスティバルで観客賞&国際審査員特別賞を受賞。タイトルを『春のめざめ』と変えて、三鷹の森ジブリ美術館の配給で2007年3月17日より、東京・渋谷シネマアンジェリカにて劇場公開(同時上映『岸辺のふたり』)。「『春のめざめ』原画展」が2007年1月27日より三鷹の森ジブリ美術館ギャラリーで開催。

 アレクサンドル・ペトロフ選出によるベスト・アニメーション(『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと))は―
 『クラック!』『木を植えた男』『話の話』『霧につつまれたハリネズミ』『あおさぎと鶴』『岸辺のふたり』『禿山の一夜』『手』『灰色のめんどり』『草上の朝食』『タンゴ』『ボニファティウスの休暇』『犬が住んでいました』『ストリート』『がちょうと結婚したふくろう』『丘の農家』『ウォレスとグルミット ペンギンに気をつけろ!』『作家』『柔和な女』『ストリート・オブ・クロコダイル』。

 ・1981年 “Khalif-aist”<TV>[脚本]

 ・1984年 “Poteryalsya slon”[プロダクション・デザイナー]

 ・1986年 “Dobro pozhalovat”(Welcome)[アート・ディレクター]

 ・1988年 “Marathon”[アニメーター]

 ・1989年 『雌牛』 “Korova”(Cow)[監督]

 ・1991年 “I vozvrashchaetsya veter...”(And the Wind Returneth)[プロダクション・デザイナー]

 ・1991年 “Tsareubiytsa”[セット・デザイナー]

 ・1992年 『おかしな人間の夢』 “Son smeshnogo cheloveka”(Сон смешного человека、The Dream of a Ridiculous Man)[監督]

 ・1997年 『マーメイド(水の精)』 “ Rusalka”(Mermaid)[監督]

 ・1999年 『老人と海』 “The Old Man and the Sea” [監督]

 ・2003年 『冬の日』の「影法の暁寒く火を焼きて あるじは貧にたえし虚家」(杜国)を担当[アニメーション制作]

 ・2006年 『春のめざめ(マイラブ 初恋)』“My Love” [監督]
 *当ブログ関連記事 「見直してみたら、凄かった! 『春のめざめ』」

 ・2006年 ニューファンドランド・ラブラドール州 プロモーション用アニメーション “Pitch Plant”

 ・2007年? “Pacific Life” [監督]

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 PS. 『春のめざめ』は『岸辺のふたり』と併映でしたが、『岸辺のふたり』を既にご覧になっている方が多いのか、『岸辺のふたり』上映中に来場される方が多く見受けられました。初めて『岸辺のふたり』をご覧になる方もいらっしゃるはずだし、映画に没頭していたい気持ちもそがれます。映画鑑賞のマナーとしても残念なことだと思いましたね。

この記事へのコメント

2007年04月16日 20:37
TBありがとうございます。
個人的には『老人と海』のほうが好きだなあと思ったのですが、
こちらのエントリを読んで、自分がどうしてそう思ったのかわかったような気がします。

>ペトロフの手法も題材を選ぶような気がする

という点に同感しました。『マーメイド』は未見なので
ぜひ観たいです。
umikarahajimaru
2007年04月17日 00:46
rivarisaiaさま
コメントありがとうございました。
当ブログでは、小さな画面ではありますが、『マーメイド』の動画をご紹介しているので、よかったらご覧ください。
髭ダルマLOVE
2008年07月12日 12:36
はじめまして。
髭ダルマLOVEと申します。
作品にまつわる様々な情報が盛り沢山の記事ですね!
初めて知る事が多く、大変興味深く拝読させていただきました。

私はペトロフ初体験だったので、他のブロガーさんと同じく、映像の美しさに感動した1人です。


すずめが水たまりの水をついばむシーンはとっても美しかったです。他の作品を観ていないので何とも言えませんが、ペトロフの作品は野外の風景や、川・海など水の出てくるシーンの方が彼の手法が生きるというのは納得です。なので、「マーメイド」も「老人と海」もまだ観た事がないので、是非観てみたいと思います。

お邪魔しました。


umikarahajimaru
2008年07月12日 12:58
髭ダルマLOVEさま
コメントありがとうございました。
髭ダルマLOVEさんて、「徒然映画日記」を書かれてる人でしょう? 初めましてだったでしょうか?
『マーメイド』も『老人と海』も当ブログでご紹介しているので、よかったらご覧になってください。
髭ダルマLOVE
2008年07月12日 17:34
あらららら(大汗)
はじめまして…ではなかったんんですね??
ごめんなさい~!!((((><)
何の記事でコメしたのかな~?
あんなに凝ったブログなら覚えてそうなものなのに…。
とにかく、失礼しましたっ!!

そうです。
私、gooで「徒然映画日記。」というブログをやっております。

「マーメイド」と「老人と海」の記事も読ませていただきます。あらためまして、今後とも宜敷くお願い致します。

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