シュヴァンクマイエル流からくり時計 『石のゲーム』

 この作品は、シュヴァンクマイエルの処女作ではありませんが、その後のシュヴァンクマイエルを特徴づけることになるいろんな要素が見られる作品です。それは、シュヴァンクマイエルが、映画でやれること、やりたいことをこの作品を作る過程で発見したということも意味しているかもしれず、そういう意味で、シュヴァンクマイエルの第2の処女作と言ってもいいかもしれません。



 【物語】 蛇口付きの時計があって、12時なると蛇口から白と黒の石が落ちて、下にぶら下がっているバケツの中に入る。白と黒の石は、それぞれいくつにも分かれて、行儀よく列を組む。それを何通りか繰り返すと、バケツがひっくり返されて、中の石が下に落とされる。
 3時。今度は蛇口から6~7個の石が落ちてくる。大きな石のまわりを小さな石がまわったりして、動き回ったあと、バケツがひっくり返されて、すべての石が下に落とされる。
 6時。何個かの石がバケツの中に落ちてくる。小さな石で、頭・胴・手・足のある人の形が形づくられる。それが何回か繰り返された後、バケツがひっくり返されて、すべての石が下に落とされる。
 9時。何個かの石がバケツの中に落ちてくる。石は細かく砕けて、人の頭部を形づくる。それが2つできて向き合い、互いを呑み込み合ったりする。またまた、バケツがひっくり返されて、すべての石が下に落とされる。
 12時。9個くらいの石が落とされる。石がひたすれ割れ続ける。割れた石が他の石を呑み込んだりもする。しかし、しばらくするとバケツの底が抜けてしまい、バケツがひっくり返される前に石はそのまま下に落ちる。
 3時。蛇口から石が落ちてくるが、バケツの底が抜けているので、そのまま下に落ちる。もう石は動き回ったりしない。

 この作品に見られる「その後のシュヴァンクマイエルを特徴づけることになるいろんな要素」を書き出してみると――
 ・素材としての石。
 ・無機物が生命を得たように動き回ること(今回は石)。
 ・機械への関心(今回は時計で、時計が石を生む)。
 ・同じことが何通りかのバリエーションで繰り返される(同種の試みがなされる作品としては、他に『自然の歴史』『対話の可能性』『男のゲーム』『フード』がある)。
 ・デッド・エンド(システムの故障や疲弊、同じことが繰り返せなくなる状況)で、ゲームが終了する。
 ・対峙した人が互いを呑み込み合ったりする。

 「対峙した人が互いを呑み込み合ったりする」のを見ると、約20年後に作られることになる『対話の可能性』を思い出しますが、本作では「対峙した人が互いを呑み込み合ったりする」ことは、ただそれだけで、それ以上の意味づけはありません。単に“石遊び”の1パターンとして思いついたということなのでしょう。当時のシュヴァンクマイエルにとっては、からくり時計の1つの動きとして面白くて、これ以上の意味づけは必要なかったということでしょうか。

画像

 ◆作品データ
 1965年/オーストリア/9分
 台詞なし/字幕なし
 アニメーション

 *この作品は、DVD『シュヴァンクマイエルの不思議な世界』に収録されています。

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 ◆監督について
 ヤン・シュヴァンクマイエル
 1934年 プラハ生まれ。
 1942年 クリスマス・プレゼントとして人形劇のセットもらい、以後、人形に魅せられるようになる。
 1954年 プラハの芸術アカデミー演劇学部人形学科に入学する。
 1960年 セマフォル劇場で仮面劇を上演。
 1962-64年 視覚芸術ラテルナ・マギカに演出家として加わる。ここで初めて映画と出会う。
1964年 ラテルナ・マギカを離れ、以降は、フリーの立場で活動。
 1964年 最初の短編『シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック』を制作
 1970年 シュルレアリスト・グループのメンバーとなる。

 当局による改変要求を受け付けず、上映禁止や国内で映画が撮れないという状況を度々経験しながらも、映画制作を続け、今ではチェコ・アニメを代表する映画作家の1人となっています。

 国際的な評価としては―
 カンヌ国際映画祭には、これまで 『J・Sバッハ G線上の幻想』(1965)、 『レオナルドの日記』(1972)、 『男のゲーム』(1988)と3度短編部門のコンペに出品し、 『J・Sバッハ G線上の幻想』でグランプリを受賞。
 ベルリン国際映画祭には、 『対話の可能性』(1982)を短編部門のコンペに出品し、金熊賞(グランプリ)を受賞。 『闇・光・闇』(1989)では名誉賞を受賞。
 そのほか、 『棺の家』(1966)でマンハイム国際映画祭ジョゼフ・フォン・スタンバーグ賞受賞、 『陥し穴と振り子』(1983)でモントリオール国際映画祭短編部門作品賞を受賞しています。

 日本でのチェコ・アニメやアート・アニメーションが続々と公開されるようになったのは、ヤン・シュヴァンクマイエル作品が契機になったと言ってもいいほどで、現在でもシュヴァンクマイエルは監督名だけである程度のお客さんが見込めるほとんど唯一のアニメーション作家だと言っていいと思われます。

 ・1964年 『シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック』 11分43秒
 ・1965年 『J・Sバッハ G線上の幻想』 9分49秒
 ・1965年 『石のゲーム』 9分
 ・1966年 『棺の家』 10分19秒
 ・1966年 『エトセトラ』 7分15秒
 ・1967年 『自然の歴史(組曲)』 8分55秒
 ・1968年 『庭園』 16分50秒
 ・1968年 『部屋』 13分05秒
 ・1969年 『ヴァイスマンとのピクニック』 11分05秒
 ・1969年 『家での静かな一週間』 20分14秒
 ・1970年 『ドン・ファン』 32分45秒
 ・1970年 『コストニツェ』 10分29秒
 ・1971年 『ジャバウォキー』 13分52秒
 ・1972年 『レオナルドの日記』 11分44秒
 ・1973-79年 『オトラントの城』 17分57秒
 ・1980年 『アッシャー家の崩壊』 15分40秒
 ・1982年 『対話の可能性』 11分45秒
 ・1982年 『地下室の怪』 15分20秒
 ・1983年 『陥し穴と振り子』 14分55秒
 ・1987年 『アリス』 84分30秒
 ・1988年 『男のゲーム』 14分35秒
 ・1988年 『アナザー・カインド・オブ・ラヴ』 3分33秒
 ・1989年 『肉片の恋』 1分05秒
 ・1989年 『闇・光・闇』 7分30秒
 ・1989年 『フローラ』 30秒
 ・1990年 『スターリン主義の死』 9分45秒
 ・1992年 『フード』 17分
 ・1994年 『ファウスト』 96分
 ・1996年 『悦楽共犯者』 82分40秒
 ・2000年 『オテサーネク』 127分
 ・2006年 『ルナシー』 123分

 当ブログでは、ヤン・シュヴァンクマイエルについて、かなり突っ込んで書いているので、詳しくは以下の記事を参考にしてください。

 ・ヤン・シュヴァンクマイエル 本と作品

 ・ヤン・シュヴァンクマイエル 日本公開史

 ・もっとシュヴァンクマイエル スタッフ&カンパニー篇

 ・もっとシュヴァンクマイエル テーマ&モチーフ篇

 ・造形と映像の魔術師 シュヴァンクマイエル展

 ・チェコ映画祭2006、または、エヴァ・シュヴァンクマイエロヴァー 

 ・ヤン・シュヴァンクマイエル 2007年 夏! 

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