夢は星の船となって夜空に遊ぶ 『人魚(シレーヌ)』 ラウル・セルヴェ

 この作品を初めて観た時は、ちょっとステレオタイプすぎるんじゃないかと私は思ってしまったんですが、今再び観てみると、そういう否定的な印象は全くありません。ささくれだった気持ちにしっくりきて、癒されるというか、作品世界にすんなりと入れてしまって、ちょっとびっくりもしてしまいました。私の中で何かが変わったのでしょうか。当時は刺激の強い作品ばかり(『ハーピア』のような)を求めていて、こういうシンプルで優しい作品を楽しむ心のゆとりがなかったのかもしれません。



 【物語】 港では、竜を思わせるクレーンが林立し、積荷の積み下ろしを行なっている。
 空には怪鳥が舞い、クレーン同士で積荷を奪い合ったりというようなことも起きる。
 1人の男が釣りをしているが、かかるのは骨と化した魚ばかり。
 男が耳をすますと、笛の音が聞こえてくる。近くで青年が笛を吹いているらしい。
 その笛の音に誘われるように、水面から人魚が姿を現す。
 人魚の息吹は、ほとんど廃船と化していた帆船を甦らせそうになるが、怪鳥やクレーンによって妨げられ、すぐに元の姿に戻ってしまう。
 やがてクレーンの1つが水中から人魚をつまみあげ、そのまま地上にたたきつける。
 驚いた釣り人は電話で助けを呼ぶ。
 警官たちがやってくるが、彼らは初めて見る人魚を不審そうに見るだけ。
 有効な処置は何もせず、記念写真を撮ったりする。
 警官たちは、近くに立っていた男に気づくと、許可証を出させるが、その許可証を破り捨てると、男を連行していってしまう。
 やがて救急車と動物園の車がやってくる。ともに自分たちが人魚を引き取ると主張して、決着がつかない。警官は、人魚を上下に切断して、上半身を病院に、下半身を動物園に引き取らせることに決める。
 人々が去った後には、人魚が倒れていた場所に人魚の形を象ったチョークの後が残っているだけ。笛吹きの青年はその隣に自分のシルエットを写し、チョークでなぞる。
 2つのシルエットは空に舞い、星の舟に乗って、静かに2人だけの時を過ごすのだった。

 非人間的で暴力的な世界と詩的な世界を対比的に描くというのは、前作『クロノフォビア』からの延長になりますが、本作では、より悲観的になっていて、詩的な世界は、空想の中でしか成立しないと言っているように見えます。
 ちょっと悲しいんですが、だからこそ胸を打つんですよね。

 より我々に近い存在として釣り人が登場します。彼は、悲劇的な状況でなすすべもなく、哀れですね。彼を出さなくても物語は何の支障もなく成立しますが、セルヴェは、あなたはどこの世界の人間ですか?と質問を投げかけているようでもあります。非人間的で管理する側の人間と、詩的な世界に生きる人間と、そして、そのどちらにも与することができずただオロオロするだけの人間と。

画像

 ◆作品データ
 1968年/ベルギー/8分56秒
 台詞なし/字幕なし
 アニメーション
 1969年 テヘラン国際映画祭グランプリ&批評家賞受賞、メルボルン国際映画祭銀賞受賞、アントワープ・ナショナル・フィルム・フェスティバル グランプリ&最優秀カラー作品賞受賞
 1970年 シカゴ国際映画祭 シルバー・ヒューゴー賞受賞

 『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと)で227位。

 ラウル・セルヴェによれば、非人間的な世界とポエティックな世界を対比的に描いてみたかったのだとか。

 これまでの作品は、ほとんどラウル・セ独りで作った作品だったのに対して、本作は、初めて他のアニメーターとの共同作業によって作られました。

 本作は、ベルギー国内での評価は、前作『クロノフォビア』ほど高くはなかったものの、海外での評価は高く、イランやアメリカでも高い評価を受けました。中でもイランでの熱狂は大きくてラウル・セルヴェにイランでアニメーションを教えてほしいという要請まであったとか。そういう意味で、本作は、ラウル・セルヴェ作品が海外でも十分通用する内容と魅力を兼ね備えているということを知らしめた作品でもあります。

 ◆監督について

 ラウル・セルヴェ
 セルヴェは、絵画や壁画も描くが、特に短編アニメーションの作り手として有名で、ベルギーではアニメーションの父として慕われています。

 1928年 ベルギーのオーステンデ生まれ。
 父親は中国服の商店主だったが、新し物好きで、パテの映写機を購入して、日曜の午後などにチャップリンやフェリックス・ザ・キャット等の短編映画の上映会を催したりしていた。
 12歳でドイツの攻撃で家が焼かれ、父が収監される。
 16歳の頃、第2次世界大戦で戦火が激しくなると、ドイツでの強制労働を逃れるためもあって、装飾のアシスタントに就く。
 戦後、そのまま仕事を続けることもできたが、セルヴェは本格的な勉強がしたくて、ゲント(ヘント)にある王立アカデミーRoyal Academy of Fine Artsに進み、装飾美術(Decorative Arts)を学ぶ。そこでAlbert Vermeirenからアニメーションを教わる。
 兵役の後、自らのアニメーション制作への道を切り開くために、イギリスのランク・スタジオやパリのジェモー・スタジオに赴くが、望みを果たせず、帰国。8mmでドキュメンタリー映画を撮影したりする。
 ルネ・マグリットとカジノの室内装飾の仕事をしたりした後、1957年、ゲントの王立アカデミーの装飾美術の教師となり、そこでアニメーションの制作に着手する。3年かけて16ミリで“Havenlichten”「港の灯」を完成させる。この作品は、アントワープ・ナショナル・フィルム・フェスティバルに出品されて、アニメーションとして初めての賞を受賞する。
 次に35mmで制作したアニメーション作品が“The False Note”で、2年の歳月をかけて1963年に完成(これに先立って1962年に“Omleiding november”という実写作品も制作している)。“The False Note”はアントワープ・ナショナル・フィルム・フェスティバルでグランプリを受賞。この作品で、セルヴェはアニメーションとしての技法を確立したとされる。
 同年(1963年)に、セルヴェによって王立アカデミーにアニメーション映画学部が設立される。これはヨーロッパで最初に設立されたアニメーション映画に関する学部・学科となる。

 1976年には、the Centre Belge du Film d'Animation(アニメーション映画ベルギー・センター)をゲントに設立。

 1984~94年には、ASIFA (international association of film animators).の会長を務める。

 ラウル・セルヴェ・ファウンデーションを作り、初等・中等教育でのアニメーション・コースの組織化にも尽力している。

 ・1960年 『港の灯』“Havenlichten”(“Harbour Lights”)
 ・1962年 “Omleiding november”(“November Diversion”)
 ・1963年 『調子外れの音』“De Valse noot”(“The False Note”)
 ・1965年 『クロノフォビア』 “Chromophobia”
 ・1968年 『人魚(シレーヌ)』 “Sirene”
 ・1969年 『ゴールドフレーム』“Goldframe”
 ・1970年 『語るべきか、あるいは語らざるべきか』“To Speak or Not to Speak”
 ・1971年 『オペレーションX-70』“Operation X-70”
 ・1973年 『ペガサス』 “Pegasus”
 ・1976年 “Het Lied van Halewijn (Halewyn's Song)”
 ・1979年 『ハーピア』 “Harpya”
 ・1982年 “Die Schöne Gefangene”
 ・1994年 『タクサンドリア』“Taxandria”
 ・1998年 『夜の蝶』 “Papillons de nuit”
 ・2001年 “Atraksion”
 ・2003年 『冬の日』のうち「わが庵は鷺に宿貸すあたりにて 髪はやす間をしのぶ身のほど」(芭蕉)のパートを担当

 『クロモフォビア』『人魚』『語るべきか、あるいは語らざるべきか』『ハーピア』『夜の蝶』は、2000年に<夜の蝶 ラウル・セルヴェの世界>としてユーロスペースにてレイトショー公開。
 “Goldframe” “Operation X-70” “Pegasus”は上記作品とともに、DVD「「夜の蝶」他 ラウル・セルヴェ作品集」に収録されています。

 ユーロスペースで上映した5作品は、吉本興業による配給作品で、これらは、これまで様々な形で映画に関わってきた吉本興業が初めて手がける外国映画となりました。
 吉本興業がこれらの作品を買い付けることになった発端は、吉本興業のスタッフ(当時)が広島国際アニメーションフェスティバルでセルヴェの作品を観て感激したことで、彼女が、吉本興業が経営していた劇場(当時)のレイトショー枠でならこれらの作品を上映することができるのではないかと考え、上司の許可を取って買い付けた、と聞いた記憶があります。

 *参考サイト:http://www.raoulservais.be/index.htm

 *参考書籍
 ・『アートアニメーションの素晴らしき世界』(エスクァイア マガジン ジャパン)p81
 ・『ユーロ・アニメーション』(フィルムアート社)p44~49

 *関連DVD
 ・a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000FHVV5Q%3ftag=kattenieigade-22%26link_code=xm2%26camp=2025%26dev-t=D31ZR0ROP0WVXQ" target="_blank">DVD「「夜の蝶」他 ラウル・セルヴェ作品集」
 ・『冬の日』

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この記事へのコメント

hune
2007年03月19日 13:41
こんにちわ!
>非人間的で管理する側の人間と、詩的な世界に生きる人間と、そして、そのどちらにも与することができずただオロオロするだけの人間と。
そうですね。人間らしくありたいと理想ばかり言っていたら病院いきですし、動物の本能ばかりでは刑務所いきですしね。人魚はもしかして人間の象徴かもね。バランスの取れた美しい人間。釣り人は人間らしくありたいからこそ、オロオロしているのかも。考えさせられる作品でしたよ。
umikarahajimaru
2007年03月20日 20:15
huneさま
コメントありがとうございました。
『人魚(シレーヌ)』は、前作である『クロノフォビア』と同じテーマを扱いながら、前作がハッピーエンドだったのに対して、こちらはファンタジックなエンディングになっていて、そういう意味でもいろいろ考えさせられるんですよね。

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