北朝鮮の真実、または、マスゲームのスペクタクル性への驚き 映画『ヒョンスンの放課後』

 ①北朝鮮では、国民が、労働者、農民、知識人、という3つの階級に分けられるが、それぞれは平等である。

 ②ピョンヤンに住む200万人は、いわば西側諸国に見せるためのショーケースとして集められている特権階級である。

 ③台所のラジオは1日中鳴らしっぱなしで、絶対に切ってはいけない。

 ④テレビはマスゲームに参加したご褒美として国からもらったもの。

 ⑤北朝鮮のテレビは1チャンネルのみで、放送は1日5時間だけ。

 ⑥1家族につき、食糧として、月にニワトリ1羽、卵5個支給される。

 ⑦ピョンヤンでもほぼ毎晩停電が起こる。

 ⑧居住区を出るには許可が必要。

 こんなことがわかる北朝鮮についてのドキュメンタリー映画『ヒョンスンの放課後』。

 この映画を観ようと思ったのは――
 1) シネカノンが“Think of Kore”と題して、「朝鮮半島を巡る、感動のドキュメンタリー連続上映」を3作連続上映していて、今、『送還日記』(ちょっと長い)と『ヒョンスンの放課後』が上映中で、特に『送還日記』は関連書籍も出したりして、ちょっと力を入れているみたいで、シネカノンが、そんなにプッシュするなら観てみたいと思ったから。その手始めとして。

 2) これら3作品に先行する形で、昨年上映されていた『奇跡のイレブン』(1966年のワールカップでベスト8に進出した北朝鮮イレブンのことを取材したドキュメンタリー)という映画があり、それは国際的に評価の高い作品だったらしいんだけれども、気にはなりながらも、結局観られなかった。『ヒョンスンの放課後』は同じ監督の手による作品だったから。

 3) 『ヒョンスンの放課後』は、北朝鮮のマスゲーム出演を目指す2人の少女を追ったドキュメンタリーで、15年前に劇場公開された同内容の『金日成のパレード』(1989)も一部で凄く評判になっていたが、それも結局観る機会がなかったので(『金日成のパレード』は現在DVDで観られるようです)。

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 4) タイトルが『冬冬の夏休み』『ヤンヤン 夏の想い出』などを連想させ、しかも同じアジア映画で、チラシのビジュアル・イメージが「子ども」だったから、なんとなく観たいような気にさせられた。

 5) 「ぴあ」でのストーリー紹介が「ピョンヤンで暮らす13歳のヒョンスンは体操が大の得意。そんな彼女は北朝鮮最大のイベントである“マスゲーム”への出演が決まる。しかし、彼女は練習をついついサボってしまい……。」とあり、それが何か「ドラマチックなもの」を予感させ、さらに「爽やかな感動」マークもついていたから。

 とにかく、映画自体が、私に観ろ観ろと誘っていて、仕方がなかったんですね。

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 で、実際に観て、どうだったか。

 この映画の評価すべき点は、日頃なかなか見ることができない「北朝鮮の人々の日常生活」を間近に見ることができることと、「マスゲームのスペクタクル性」への驚き。これにつきますね。
 正直なところ、観ていて、かなりの「?」が出てきてしまうのですが、結局はここに戻ってきます。北朝鮮に対する(マスコミが作ったとされるような)既成のイメージがありますが、この映画は「そういった偏見」に対し、具体的な映像でもって若干の手直しをさせてくれる、ということでしょうか。

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 [『ヒョンスンの放課後』に対する疑問点]
 ・監督の興味も、まず<「マスゲームのスペクタクル性」への驚き>にあって、そこからこの映画の取材が始まったのだと想像できるんですが、映画は、「北朝鮮の人々の日常生活」を写し取ることに満足して、観察や記録にとどまっています。この監督は、ドキュメンタリー映画が目的のためになすべきことは、観察と記録である、という認識しかないようですね。残念ながら。

 ・「北朝鮮の人々の日常生活」は、あくまでカギカッコつき。労働者階級と知識人階級からそれぞれ1人ずつ選んで、撮影していたことはわかるんですが、なぜ彼らなのか、彼らのどの部分が切り取られているのかはわかりません。

 ・北朝鮮での核開発に対する国際的な非難が高まっている時期に、この映画の撮影許可が下り、しかも北朝鮮当局は一切口出ししないだけでなく、選任ガイドと通訳が用意された、とナレーションで語られるんですが、どうしてこういうことが可能になったのかがわかりません。「選任ガイドと通訳が用意された」というのは、そもそも最初から当局にコントロールされていたということで、映画自体も北朝鮮に不都合なことは最初からカットされていたのではないのか、と疑ってしまいます。

 ・撮影のスタンスに「文化人類学的なもの」(観察者が文化的により程度の低い者を観察しているというニュアンス。上から目線)が感じられて仕方がありません。

 ・本来の意味でのドキュメンタリー映画がもたらすべき「驚き」が、「マスゲームそのもの」の映像以外は、皆無。ヒョンスンたちが最終的にマスゲームへの出演が決まった瞬間など、映し出されるべき「決定的瞬間」はいくつもあったはずなのに、一切立ち会えていません。

 ・ドキュメンタリー映画として、「対象への理解」の側面も弱い。肝心のマスゲースも、誰がどのようにして作っていっているのかは、全く示されないし、そういうことを理解しようともしていません。冒頭に示した8項目も、実は、映像でではなく、ナレーションで示されるだけ。検証されたりはしていません。

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 結局、この映画の監督は、北朝鮮にとって都合のいい監督(=北朝鮮のお雇い外国人)だから、撮影が許可されただけなんじゃないか、と思われてくるわけですが、じゃあ、全くダメだったかというとそうでもなくて、途中で書いたように、結局は「日頃なかなか見ることができないを間近に見ることができることと、『マスゲームのスペクタクル性』への驚き」へ戻ってきます。
 「北朝鮮の人々の日常生活」としては、悪いことはすべてアメリカのせいにされていて、例えば停電になっても「米帝め!」などと普通に悪罵されるのが映し出されたりするし(核開発に対する措置として輸入が制限されたということもあるんだろうけれど)、それから、やっぱりマスゲームは視覚的に凄いのですね。

 ま、具体的なことは何も知らずに北朝鮮に対して偏見だけを重ねていくよりは一度こういうものも観てみていいか、という感じでしょうか。

 ちなみに、「ぴあ」の作品紹介を読むと、「サボリ」をきっかけに何かが起こるように読めるんですが、全然そんなことはなくて、「ぴあ」のライターも(少なくともこの映画に関しては)映画本編を観ずに書いているということがバレてしまいました。ほかの情報誌ならともかく「ぴあ」までがねえ……。

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 ダニエル・ゴードン監督の次回作“Crossing the Line”は、60年代に米軍から脱走して、現在は北朝鮮に亡命しているJames Dresnokについてのドキュメンタリーだそうです。

 *『ヒョンスンの放課後』は、北朝鮮の2月~9月の祝祭日の様子を記録したドキュメンタリー映画という側面もあります。北朝鮮の祝祭日については、Wikipedeaの朝鮮民主主義人民共和国のページが参考になります。

 *マスゲームについては、例えば、Wikipedeaのマスゲームのページが参考になります。

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この記事へのコメント

2006年11月16日 22:01
こんばんわ。
貴ブログの記事に共鳴するところ多々あり、
TB試みましたが失敗でした。

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