『SAYURI』と『さゆり』と“Memoirs of Gaisha”の間で

画像 日本に暮らす日本人の役であるのにも拘らず、演じる日本人も中国人も英語で会話する。そのように思い込んでいたものだから、冒頭、さゆりの故郷である寂れた漁村のシーンで日本語が聞こえてきた時は、ちょっとびっくりしました。
 これはひょっとすると、さゆりが祇園に連れられて行った瞬間から、台詞が英語に変わるのかもしれない、と思っていたら、まさにそうで、漁村の言葉が日本語、都会である祇園の言葉が英語、とすることで、田舎と都会の対比(それほど遠いところに来てしまった感を出す)をしているのでした。まあ、日本人(日本語)をマイナー扱いされたようで、ちょっとイヤな気がしないのではなかったのですが。
 ところが、物語が進むと、日本語と英語がちゃんぽんになってくるので、話がまたややこしくなります。「水揚げ」とか英語にしにくい日本語の単語がそのまま出てくるのなら、それはそれでわかるのですが、「端女(はしため)」は‘half slave’(!)、「半玉」は‘new maiko’とし、一方で「おかあさん」「ごくろうさまでした」「ごめんください」「ありがとう」などは、日本語でそのまま話されます。
 明らかに英語にできるのになぜわざと日本語を混ぜるのか? これらの言葉は、使われているシーンを見れば大体ニュアンスがわかると判断されたか、あるいは、呼びかけや単なる挨拶の言葉なので英語に訳さなくてもよいと考えられたのか。はたまた、ストレートに訳すよりは、こうした言葉を出すことで、よりエキゾチックな効果をねらったのでしょうか。

 サタジット・レイの映画では、ベンガル語と英語がちゃんぽんで使われていて、初めて観た時は驚いたものですが、一般的なインド人がこういう風にベンガル語と英語を日常会話に混ぜて使っているわけはないので、これにも別の意図があると考えられます。日常使うベンガル語に英語を混ぜるのはおそらく映画に高級感を出すためなのではないでしょうか? サタジット・レイの映画は、観客として観た場合、英語の部分もわからないと、物語が理解していけないので、最初から観客にインテリ層を想定して作った作品なのである、という風にも考えられます。

 『SAYURI』の場合も、ひょっとすると、アメリカ人の誰でもわかる、わかりやすい映画にするつもりはなく、インテリ層を始め、そのニュアンスをわかる人(だけ)がわかればいい、と考えて、こういう脚本にしたのかもしれません。原作のペーパーバックをパラパラ見てみたのですが、原作は英訳しにくいもの以外はすべて英語で表現されていたようです。

 【『SAYURI』における英語と日本語の使いわけ】
 ①英語に訳しにくいので、日本語の単語をそのまま使う。
 ・水揚げ―mizuage
 ・豆葉(人名)―mameha
 ・初桃(人名)―hatsumomo
 ・延さん(人名)―Nobu-san

 ②英語に対応できる単語があるのにわざわざ日本語を使う。
 ・おかあさん―okaasan
 ・ごくろうさまでした―gokurosamadesita
 ・ごめんください―gomenkudasai
 ・ありがとう―arigato

 ③英訳して使う。
 ・おカボ(人名)―pumpkin
 ・会長さん―the chairman
 ・蟹の院長―Dr.Crab
 ・端女(はしため)―half slave
 ・半玉―new maiko

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 映画『SAYURI』とは何なのか? 賛否両論いろいろある中で、ずっと考えてきたのですが――
 まず、
画像 1.『SAYURI』とは、
 ①全世界的にユニークで感動できる物語を探している今のハリウッドの指向性
 ②ベストセラーの映画化
 ③アジア系アクターのハリウッドでの躍進
 この3つのベクトルが交わった時点で成立した作品である、ということ。

画像 2.監督ロブ・マーシャルは、おそらく、『シカゴ』同様、主人公たちの生き方(及び祇園や花柳界について)に善悪といった価値基準から評価を下していない。ただ彼女たちの生き方、バイタリティに興味をそそられているだけ、のようです。
 あえて言うなら、人身売買で花柳界という世界に売られてきた主人公が、いったんはその運命を受け入れて、その世界でよりよく生きるためにひたすら頑張るのを見守るのみ、ですね(会長さんと同じ?)。
 だから、日本で芸者や祇園や花柳界がどういう位置づけにあるかとかは一切関係ないし、描く必要も考えられていません。ある閉ざされた世界に投げ込まれた主人公の、1つの生き方を描いただけ(ある種のファンタジー)で、極論するなら、現実の芸者や祇園や花柳界と全く似ていなくてもいいわけです。
 芸者の置屋に下働きみたいな形で入ってきた少女が、やがて一人前の芸者になる、という(一見同じタイプの物語に見える)溝口健二の『祇園囃子』や深作欣二の『おもちゃ』などとは、拠って立つところが根本的に違うわけです。

画像 3.『SAYURI』は、アメリカ人が観たがっているものを観せている映画である。
 アメリカ人には、うかがい知れない芸者や花柳界という、ある種の性産業とも結びついた世界への俗っぽい興味や好奇心を満足させ、しかも、観ている観客自身をスポイルしないストーリーと作品世界。それを提供しているのが、原作“Memoirs of Geisha”であり、映画『SAYURI』と監督ロブ・マーシャルなのだと思います。
 ここらへんが、上の2と矛盾するところですが、表層的には3、実質は2ということです。

画像 4.『SAYURI』は、ある世界に投げ込まれたさゆりのサバイバル・ストーリーである。
 さゆりのモチベーションは、最初は姉を見つけて一緒に逃げること、会長さんに出会ってからは、この世界でよりよく生きること、に変わります。生き方を変えるきっかけが会長さんで、指南役・先導役が豆葉、ということになります。
 会長さんに出会うまでは、自分の意思とは無関係に知らないところに連れてこられたさゆりの視点に寄り添うように観客自身も見知らぬ世界を追体験できますが、「会長さんへの思い」がなかなか共感を呼ぶというところまで行かないため、それ以降観客は全くの傍観者のような立場に置かれてしまいます。ここが映画『SAYURI』を是とするか、否とするかの1つのポイントでしょうか。
 ちょっと気になるのは、さゆりと会長さんの年齢差です。会長さんはさゆりと出会った頃が何歳くらいで、映画の終わりでは何歳くらいなのでしょうか? 小児愛的なことにとりわけ過敏に反応するのがアメリカだから、ちょっと問題にされる部分であるかもしれません。

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画像 コン・リーとチャン・ツィイーの対決は、チャン・イーモウ映画の新旧ヒロインの対決でもあります。そういう視点で見ると、この対決がもっと興味深くなるかもしれませんね。コン・リーが脇にまわった中国映画は、これまではなかった(少なくとも日本では上映されていない)と思いますが、コン・リーの視点で物語を読み直すと、『SAYURI』もこれまでのコン・リー主演作品(例えば『紅夢』あたりに)ぐっと近くなるし、これまでのコン・リー作品の系譜からそう離れていないことが見えてきます(チェン・イーモウ作品とは対照的に、『SAYURI』が、ハッピー・エンドを目指した、人生の「勝者」の物語であるっていうこと、なのかもしれません)。

 『シカゴ』と『SAYURI』の共通スタッフは、
 監督:ロブ・マーシャル 『シカゴ』でアカデミー賞最優秀監督賞ノミネート
 撮影:ジョン・ビーブ 『シカゴ』でアカデミー賞最優秀撮影賞ノミネート
 衣裳デザイン:コリーン・アトウッド 『シカゴ』でアカデミー賞衣装デザイン部門受賞
 プロダクションデザイン:ジョン・マイヤー 『シカゴ』でアカデミー賞美術賞受賞

 日本人も中国人も一緒くたに日本人役に起用しているこのキャスティングは、ひょっとして「アメリカ人にとって、中国も日本も韓国もみんな同じように見える」という、そんな認識の表れ(もしくは誤解)なのでしょうか?
 監督のロブ・マーシャルは、「国籍にこだわらず、誰がベストなのかを基準に選んだ」と言っているようですが、やはり俳優の文化的背景を度外視していることは否めません。でも、考えてみれば、人種に関して鈍感なのはむしろ日本人の方ですよね。日本人は、日本人に関するキャスト以外では、白・黒・黄色以外の判断基準を持たないのが普通で、ナニ人がナニ人を演じていようとほとんど気にしませんから。

 さゆりの役をやれる日本人女優はいないか。やれるものならやりたいと思った女優はいたでしょうが(例えば藤原紀香とか?小雪とか?あるいはおカボ役を演じている工藤夕貴とか?)、今となってはSAYURI=チャン・ツィイーのイメージが定着してしまったので、なかなか他の人は考えづらいですね。
 ちょっと思ったのは、鈴木杏のこと。『ヒマラヤ杉に降る雪』で工藤夕貴の少女時代をやっていますから、ハリウッドの現場にも慣れているはずだし、年齢がネックになる以外は全くありあえない話でもないと思います(女優としてのオーラは、今はまだチャン・ツィイーに大きく差をつけられていますが)。ただ、鈴木杏は、母親が愛する(ような年齢の)男性をずっと一途に愛する物語である『青い鳥』(自分が相手にふさわしい年齢になるまでその思いをずっと胸に秘めて愛し続ける)にも出演していたから、「さゆり役に鈴木杏を」というのもまんざら的はずれでもないかもしれません。

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画像 チャン・ツィイーが『SAYURI』でゴールデン・グローブ賞にノミネートだそうです。
チェン・ツィイーも確かに頑張っていましたが、これはチャン・ツィイー個人をというより、参加したアジア系キャストすべてに対する賞賛の表れ(彼らの活躍・躍進に対する評価)としてのノミネートなのではないか、と私は考えるのですが、どうでしょうか。

 『SAYURI』に関する、現在の各映画賞受賞・ノミネート状況は、

 [ゴールデン・グローブ賞] ノミネート発表段階
 ・最優秀オリジナル作曲賞ノミネート:ジョン・ウィリアムズ
 ・最優秀主演女優賞ドラマ部門ノミネート:チャン・ツィイー

 [ナショナル・ボード・オブ・レビュー] 結果発表済
・最優秀助演女優賞受賞:コン・リー

 [サテライト・アワード] 結果発表済
 ・最優秀脚色賞受賞:ロビン・スウィコルド
 ・最優秀主演女優賞ドラマ部門ノミネート:チャン・ツィイー
 ・最優秀助演女優賞ドラマ部門ノミネート:コン・リー
 ・最優秀アート・ディレクション&プロダクション・デザイン賞ノミネート:ジョン・マイヤー
 ・最優秀撮影賞ノミネート:ロバート・エルスウィット
 ・最優秀衣裳デザイン賞ノミネート:コリーン・アトウッド
 ・最優秀監督賞ノミネート:ロブ・マーシャル
 ・最優秀作品賞ドラマ部門ノミネート:『SAYURI』
 ・最優秀オリジナル作曲賞ノミネート:ジョン・ウィリアムズ

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この記事へのコメント

atsu
2005年12月30日 11:56
TBありがとうございます!

すごいですね!
私は英語や日本語が聞こえませんので、
そこまで検証できませんでした。
いやでも、それを抜きにしても・・・

この検証はすごいと思いました。
すいませんが、トラバさせていただきます。
私は違う見方からこの映画を批評しましたが、この見方もけっこういいと思いましたので、
お願いします。
2005年12月30日 12:23
TBを有り難うございます。早速、未知のあなたの、映画「SAYURI」に関する感想や分析を読ませていただきました。素晴らしい洞察にただただ感服です。私としては、あまりにも見落としていた箇所が多すぎたことに気づき、ちょっとショックを受け、恥ずかしい気持ちにもなりました。こういう見方もあるのか!と目を開かされ、新鮮な思いに捉われるばかりでした。英語と日本語がちゃんぽんになっていることは分かりましたが、どんな言葉が日本語で使われているかということまではチェックできていませんでしたので、すごく勉強になりました。
2005年12月30日 14:17
TBありがとうございました。映画SAYURIと制作者の考え、英語と日本語の使いわけ、など映画を振り返りながら楽しんで読ませていただきました。^^
2006年01月07日 17:25
はじめまして。TBさせていただきました。
サタジット・レイの映画はまだ見ていないのですが、他のインド映画はよく見ており、インドにもよく行きます。普通のインド人も、日常的に現地の言葉と英語を混ぜて使うのですよ。その割合は地域や経済事情によって違ってくるようで、農村部の高齢者だと全く英語を話せない人もいますが。ですから、サタジット・レイのような海外向けの芸術映画だけでなく、インドの庶民向けのB級、C級映画でも、現地語(ヒンディー語やタミール語など)と英語のチャンポンです。
「SAYURI」と全然関係のないコメントですみません(^^;
KB
2006年01月07日 18:25
antoinedoinelさま
コメントありがとうございました。そうですか。よくインドに行かれるんですね。私も日本で上映されるインド映画は大体観ているつもりですが、ヒンディー語映画でもタミル語映画でもさほど英語が話されているという印象はなかったんですねえ。まあ、それに比べて、サタジット・レイの映画は突出して英語が使われていて、しかも英語で会話が成立してしまっているということなんですけど。今度、機会があったら松岡環さんにでもお伺いしてみることにしますね。今後ともどうぞよろしくお願いします。

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