見どころは演奏バトル!? タイ映画『風の前奏曲』

画像 『風の前奏曲』は、タイの伝統楽器ラナート(木琴に似た楽器)の奏者、ソーン師の物語で、映画は、自惚れと挫折の中から新しい演奏法を編み出すソーン師の苦悩の青年時代と、第二次世界大戦下で、民族楽器が劣ったものとして演奏に制約が加えられていった「ラナート苦難の時代」を対比的に描いていきます。
 ラナートとソーン師にスポットライトを当てた本作は、タイの伝統文化の見直しというメッセージ性もあって、2004年にタイで公開されて国民的ヒット作になったほか、タイ・アカデミー賞の主要7部門を受賞したそうです。

 *ラナートを始めとする、タイの古典楽器については、ここが詳しい。

 涼しげなラナートの音色と、映画としての端正なたたずまいが素晴らしいのですが、私が特に面白いと思ったのは、青年時代にソーンが挫折感を味わうことになるシーンです。
 演奏者が2人いて、ジャズにおける掛け合い演奏のように、一方の演奏を受けて、もう一方がアドリブで演奏し、さらにそれを最初の演奏者が受けてという風に、自分が持てるテクニックを次々繰り出して、競い合い、ずっとラナート・バトルを繰り返していくシーンがあるのですが、それまで自分こそ最高のラナート奏者だと思っていたソーンは、相手の演奏に圧倒されて、ついにそれ以上演奏を続けられなくなります。
 えっ、それのどこが面白いの?と思われるかもしれませんが、実は、成瀬巳喜夫の『歌行燈』(43年 原作は泉鏡花)にも同じようなシーンがあって、おっ、これって『歌行燈』じゃないか、と思ったからなんです。
 『歌行燈』では、競うのは楽器ではなく、謡で、鼓で拍子を取りながら掛け合いで歌い合ううち、一方がついに声が出なくなってしまい、すっかり自信をなくし、打ちひしがれるというもの。『歌行燈』の場合は、主人公は鼻をへし折られる方ではなく、へし折った方で、そういうことをした主人公は師匠に破門になり、謡を禁じられて諸国を門付して歩く身となります。ここから、罪と悔恨と運命のいたずらと秘められた恋の物語が始まって、なかなかいいんですが、それはまた別の話。

 ところで、ソーン師は、映画では、それまでにはないラナートの斬新な演奏法を編み出したとされていますが、これについての詳しい解説は特にどこでもされていません(ただ、映画の中で演奏をじっくり見るしかありません)。監督がプロモーションで来日したらしいし、誰か1人くらいそれについて質問してよ、私なら訊くのに、という感じですが、映画を観て、私がこういうことだろうな、と思ったのは、次のような演奏法です。
 普通は、ラナートは(木琴のように)‘ばち’を上下させてキーをたたいて鳴らすものですが、ソーン師は木の葉が左右に舞いながら落ちてくるのを見て、‘ばち’を左右に滑らせるようにして演奏する方法を思いついた、というもの。片手に2本ずつ‘ばち’を持って、すばやく左右に動かして音を鳴らす様はまさに超絶技巧!

 ラナート奏者は、単にラナートのプロであるだけでなく、いろんな楽器のエキスパートでもあるらしく、また、楽団としての演奏シーンもあるので、本作では、コーン・ウォン(環状に銅壺を並べたパーカッション風の楽器)など、タイ・オリジナルのユニークな楽器とその演奏をたくさん楽しむことができます(楽器自体は、近隣諸国に起源を持つものが多いらしいのですが、長い年月の間にタイで独自の「進化」を遂げたそうです)。

 あ、そうそう、『風の前奏曲』では、『春の雪』でタイの王子を演じていたアヌチット・サパンポンが青年時代のソーンを演じています(2人出てくる王子のうち口数の少ない方?)。『春の雪』は、彼らが(小さな役ながら)リアリティのあるタイの王子を演じていたことで、作品のスケール感がぐっと広がっている気がしましたね。「豊饒の海」4部作すべてが映画化されるようであれば、まだまだ彼らの登場シーンがあるようですが、果たして……。
 ちなみに、彼らの通訳を担当したのが、タイ映画の字幕を数多く手がける高杉美和さんでした(
『風の前奏曲』の字幕も高杉美和さん)。『春の雪』は、実は、多数のアジア映画人の技術と才能を結集して作られた作品でもあって、撮影監督を務めるのは、侯孝賢監督作品の撮影を数多く手がけるリー・ピンビンだったりもします。

 本作の英題は、Hom Rong(前奏曲の意)。本作は、トロント、バンクーバー、釜山、ロンドン、マラケシュ、ドーヴィル、シアトルなどの各国際映画祭で上映されたほか、今秋アメリカ各地で劇場公開されています。ラナートは、英語では、ranad-ek。
 ラナートの音色は、例えば、ここで聞くことができます(あまり音質はよくないけど)。

 なお、本作には、ソーン師の実人生に基づくフィクションというただし書きがあります。念のため。

 [キャッチ・コピーで選ぶ2006年お正月映画]

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 タイの音楽
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この記事へのコメント

2005年12月15日 18:24
TBありがとうございました。
『歌行燈』知りませんでした!
ラナートバトルは私ももちろん惹き込まれましたが、『歌行燈』を意識しながら観ると
また違ったおもしろさがあったでしょうね。
2005年12月16日 13:00
TBありがとうございました。
こちらからもTBさせていただきますね。

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