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上に取り上げたのは、マレーシアの女性監督ヤスミン・アハマドのCM作品で、タイトルは“Family”です。 物語は、若くして妻を亡くした夫が、男手ひとつで娘を育てているのを、娘の成長を追いつつとらえていっていて、娘が父親の手から離れつつある時期にあっても、父親は娘をじっと見守っていて、娘もふとした瞬間に父のそのやさしさに気づく、というものです。 ベタといえばベタですが、オーソドックスでわかりやすく、言葉を介さずとも(解さずとも)、万人に理解できる作品になっています。 こうした日常の小さなドラマをていねいに掬い上げ、そして映像で見せることができるという才能/手腕が、彼女を映画監督としてデビューさせ、成功させることになったのだろうと思われます。 このCMのクライアントは、シンガポールの地域開発青年スポーツ省(MCYS)で、ヤスミン・アハマド監督が手がけた一連のCMの1つとなっています。 この作品自体は、MCYSの「家族の大切さを訴えるキャンペーン」のために作られたもので、CMとしての評価も高く、2008年のメディアコープ視聴者賞(Mediacorp's Viewers' Choice)を受賞しています。 ◆作品データ 2008年/シンガポール/3分 英語台詞あり/日本語字幕なし CM −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− さて、短編作品を動画つきで紹介することは、当ブログで、ずっと続けてきていることの1つですが、今回、ヤスミン・アハマド監督作品をとりあげたのは、ヤスミン・アハマド監督の突然の訃報に接したからでした。 25日に脳溢血でお亡くなりになったそうで、まだ51歳でした。 アジアフォーカス・福岡映画祭2009で最新作『タレンタイム』が上映予定であり、今年の秋には、石川県を舞台にした日本・マレーシア合作の映画『ワスレナグサ』の撮影に入るということになっていた (北國新聞:http://www.hokkoku.co.jp/subpage/E20090409002.htm)のに、残念でなりません、というか、今はまだそのショックを受け止めかねているのですが……。 ネット上で情報を探すと、いろんな方がもうブログで監督の死とそのショックについて書かれていて、日本では劇場公開作が1本もなかったのにも拘わらず、愛されていた映画監督だったのだなあ、ということがわかります。 ルックスもそうですが(ホー・ユーハンの『太陽雨』などで見ることができます)、やさしく見守ってくれる親戚のおばさん/お母さんという感じで、作品からもやさしいまなざしが感じられました。 彼女は、マレーシア映画界のメインストリームでないところから出発して、マレーシア映画に新しい風を吹き込んだこともあって、実際に、マレーシア・ニューウェーブの姐さん的存在となり、若い世代の映画監督たちに慕われ、手本ともなっていたのでした。 上のCM動画は、訃報を受け止めかねていて、いま一度、彼女の作品に触れたいと思って、探していて、みつけたCM作品の1つです。 作品としては、父と娘の、どちらの視点でも見られる作りになっていて、何も知らずに見れば、監督はどちらかといえば、娘役に自分の思いを重ねたりもしたのかなと思ったりもしますが、監督が亡くなった後に見ると、何か、遺された者たちへのメッセージ(私がいなくなっても互いへの思いやりを忘れないで、みんなで仲良くやってね、というような)のようにも感じてしまいます。 ![]() −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 26日の朝にはヤスミン・アハマド監督に祈りを捧げるために、200人もの方がモスクに集まったと伝えられ、また、彼女を知る多くの人がブログ等で彼女の死を悼むメッセージを発表しています。 ANAK MELAYUというブログ(英語)では、そういった情報について、詳しくわかりやすくまとめられています(http://www.sha.tc/malaysia/yasmin-ahmad-dead)。 その中から、追悼メッセージをいくつかを紹介したいと思います―― ナンディタ・ダス(インドの女優/インディペンデント系のフィルムメーカー):私は釜山国際映画祭で彼女と出会い、短い間に親しくなった。彼女とは、電話やショートメールで連絡を取り続けていた。今、私は信じられない思いでいる。生涯の友を失ってしまった。この喪失はとても大きい、いろんな意味で、そして彼女と出会った多くの人の人生において。 Nandita Das, an award-winning Indian film actress and independent filmmaker, “I met Yasmin at the Pusan Film Festival and in that brief time became close friends. She kept in touch with me through calls and smss. I am shocked beyond belief. I have lost a friend before our friendship could have a life. It is a great loss, in many ways, to every person’s life that she touched.” ダトゥク・セリ・ファリッド・リドツァン(メディア・プリマ・インターナショナルCEO):彼女がいなくなってとてもさびしい。彼女がどんなに特別な人だったか、私には言葉で表すことができない。 Media Prima International CEO Datuk Seri Farid Ridzuan, “I will miss her terribly. No words can describe what a special person she was.” ライナス・チュン(フィルムメーカー/『細い目』に出演した男優):彼女は私に世界で愛がどんなに大切か、それがいかに忘れられかけているかを教えてくれた。「自分を愛し、世界を愛すれば、きっと世界のことがわかるようになる。」 彼女はやさしい口調でそう教えてくれているようだ。 Filmmaker and actor Linus Chung (Sepet) wrote from his blog, “She made me realised how important love is in a world that has largely forgotten it. “Love linus, love the world and you will understand the world” she’ll say to me with a voice tinged with sweet sentiments.” サジー・ファラック(女優):彼女のCMや映画は、民族が違っても愛し合うことができるということを教えてくれた。 Actress Sazzy Falak, “Her muhibbah commercials and movies show that different races can love one another.” サブサー・ハッサン(作曲家):彼女の代わりになる人なんて見つけられない。彼女には思いやりがあり、容易に人々の注意をひきつけることができた。そんな彼女の性格が、多くの俳優を結びつけ、協力させることになった。 Songwriter Habsah Hassan, “It is difficult to find her replacement. She was cordial and able to attract people’s attention easily, an attribute which enabled her to forge ties and cooperation among actors under her charge.” オスマン・ハフシャム(映画監督):彼女は、「1つの国としてのマレーシア」を伝え、作品を通して文化の統合を実現することができる偉大な考えを持ったフィルムメーカーだった。彼女は亡くなってしまったが、私たちは彼女の遺した仕事の中にメッセージを読み取ることができる。 Renowned film director Othman Hafsham, “She was a filmmaker with great ideas including in interpreting the 1Malaysia concept and promoting the culture of unity in her work. Here in this cemetery we can see the testimony of her work.” ホン・カホー(『ワスレナグサ』で組む予定になっていた男優):ヤスミンは、私に演出のことや映画にまつわるいろんなことを教えてくれた。私は自分にもそれができることを証明してみようと思う。 Actor Hon Kahoe who was to work with Yasmin on her next project, Wasurenagusa, “Yasmin would always teach me about directing, and advise me on many things relating to the movie industry. I’m going to prove to her that I can achieve this.” パメラ・チョン(『タレンタイム』に出演し、彼女をヤスミン・ママと呼ぶまでになっていた女優):『タレンタイム』は私の初めての映画だった。彼女のおかげで、女優になるという私の夢がかなえられた。彼女を失ってさびしいし、これからもずっとそうだろう。でも、私の心の中や作品の中に彼女は生き続けていく。 Actress Pamela Chong who affectionately calls her Mak Yasmin (Mummy Yasmin) from Talentime project, “She gave me my first movie; she made my dream come true. I miss her. I always will. But she lives on in our hearts and in her work.” アラン・ユン(『グブラ』に出演した男優):彼女ほど寛容な人を知らない。彼女は、民族が違っても、国を愛し、人を愛せる人であった。 Actor Alan Yun from Gubra, “Yasmin’s generosity in terms of giving will be missed. She was someone who had so much love for the nation and its people despite our differences.” シャフィー・ナスィップ(『ムクシン』『タレンタイム』に出演した女優):彼女と出会って以来、彼女は困ったことがあると助けてくれたし、どうすればいいか迷った時はアドバイスをくれた。 Actress, Syafie Naswip, who worked with Yasmin on Mukhsin and Talentime, “Over the time that I knew her, she helped me through my difficulties and was a guide to me when it came to making choices about what path to take in my life.” ジット・ムラッド(『タレンタイム』に出演した男優):大切な友人ヤスミン。今では思い出すのもつらいが、彼女は、知性と精神性とやさしさとユーモアを融合させていた稀有な人物だった。彼女の仕事や人間関係を見てもそれはわかるだろう。彼女を失ってしまったことは悲しく、とても信じられないが、祈りによってしかそれは解消されないのかもしれない。知り合ってからずっと私は彼女のことが大好きだった。 Actor Jit Murad, who worked with Yasmin on Talentime said, “My friend Yasmin was and it breaks my heart to use the past tense – a fascinating combination of intelligence, spirituality, kindness and humour. Her work and relationships testify to these qualities. My grief and stunned disbelief is only barely leavened by the blessing I feel for having known and loved her for the period that I did.” ![]() −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ◆監督について ヤスミン・アハマド マレーシアのCMディレクター、映画監督 1959年生まれ。日本人のクォーター。 初めて観た日本映画は三隅研二の『座頭市物語』。母が日本人のハーフで、日本語ができることもあって、日本映画をよく観るようになる。 イギリスで心理学を学んだ後、帰国し、Ogilvy & Matherのコピーライターからキャリアをスタートさせる。現在もLeo Burnett Kuala Lumpurのクリエイティブ・ディレクターを務める。彼女の作ったCMは、マレーシアではよく知られていて、特にマレーシアの石油&ガス会社PetronasのCMは有名。 2003年に『ラブン』で映画監督デビュー。第2作『細い目』(2004)は、2005年マレーシア映画祭で作品賞・助演女優賞・新人男優賞・新人女優賞・脚本賞・ポスター賞、東京国際映画祭でアジア映画賞を受賞するなど高い評価を受ける。 2005年に『グブラ』、2006年に『ムクシン』を発表。最初の4作はすべてマレーシアに住むオーキッドという少女/女性の家庭を舞台とした物語で、この4部作を通して、ヤスミン・アハマドはマレーシア・ニューウェーブの中心人物ともみなされるようになった。 2006年10月に、彼女の初のレトロスペクティブ(4作品)が東京国際映画祭で開催された。ほぼ同様のマレーシア映画特集は、2007年1月のロッテルダム国際映画祭でも組まれた。2007年4月には、東南アジア研究所、ハワイ大学、ホノルル美術館の提供で、ハワイthe Doris Duke Theatreでもレトロスペクティブが開催された。 『細い目』『グブラ』はいずれもマレーシア映画祭で監督賞と脚本賞を受賞した(それぞれ2005年、2006年)。 『ムクシン』は、2007年 ベルリン国際映画祭で、Deutsches Kinderhilfswerk Grand Prix、Glass Bear - Special Mention受賞。 彼女の作品は、これまでのマレー人によるマレー人のためのマレー語のマレーシア映画とは違って、マレー系の家族を通して、多民族社会たるマレーシアを活写するというもので、彼女の持つフレンドリーなリベラルさも相俟って、観る者に新鮮な感動と驚きとを与えている。 マレーシアでは、彼女の映画は日本映画に似た“静かな映画”だという評価のされ方もしている。 彼女には、ブログ“THE STORYTELLER”(英語)があり、コメント&TB可で、彼女もコメントにまめにレスをつけている。内容は身辺雑記というより、映画や映画監督、アートに関するものが多い。http://yasminthestoryteller.blogspot.com/ 2006年の東京国際映画祭での滞在記は、2006年11月19日づけのところにあります。 好きな映画は、『ケス』『チャルラータ』『モナリザ』『ボビー』『アパートの鍵貸します』『街の灯』『トーク・トゥ・ハー』『大樹のうた』『その男、凶暴につき』『ソナチネ』。(上記ブログのプロフィール欄より) 【フィルモグラフィー】 ・2003年 『ラブン』 ・2004年 『細い目』 ・2005年 『グブラ』 ・2006年 『ムクシン』 ・2007年 『ムアラフ-改心-』 ・2008年 『タレンタイム』 ホー・ユーハン監督の“Min”(2003)、『Rain Dogs 太陽雨』(2006)には出演もしている。 *当ブログ関連記事 ・日本で上映されたマレーシア映画 1956〜2007:http://umikarahajimaru.at.webry.info/200708/article_3.html ・インタビュー with ヤスミン・アハマド:http://umikarahajimaru.at.webry.info/200708/article_4.html ・ヤスミン・アハマドCM作品「スペシャル・シューズ」:http://umikarahajimaru.at.webry.info/200708/article_5.html |
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杉野希妃さん ヤスミン監督追悼コラム執筆とウニョンPV出演
杉野希妃さんの2009年9月の仕事です。 (遅れてスイマセン)情報はスターダストプロモーションのプロフィールより。■コラム執筆「キネマ旬報 9月下旬号」(表紙:草?剛)「追悼 ヤスミン・アハマド」内にて、「ヤスミンが完成を夢見た「ワスレナグサ」に寄せて<映画「ワスレナグサ」の女優兼プロデューサーとして執筆> 既に最新号ではなくなっておりますが、バックナンバーのある書店や新号との入替がまだの書店(地方なら)にはあるかもしれません。 このコラムの中で杉野さんは「ワスレナグサ」の筋に触れていますが... ...続きを見る |
しぇんて的風来坊ブログ 2009/09/23 00:57 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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こんにちは。 |
うさ URL 2009/07/27 16:12 |
うささま |
umikarahajimaru 2009/07/27 19:21 |
もちろん覚えています! |
うさ 2009/07/31 13:55 |
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