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2006年に川本喜八郎監督作品『死者の書』が岩波ホールで上映された時に、アニメーションが岩波ホールで上映されるのは約30年ぶりというような紹介がされていましたが、その30年前(正確には32年前)に岩波ホールで上映されたアニメーション作品がノーマン・マクラレンの『パ・ド・ドゥー』です(『パ・ドゥ・ドゥ』など異なる表記あり)。 『パ・ド・ドゥー』が上映されたのは、<芸術家シリーズ第1回上映>という企画で、ピエール・ジュールダン監督の『華麗なるバレエ』(1972)との併映でした(1974年12月14日〜1975年1月31日)。 この上映会が契機となって、日本でもアニメーションの創造活動を盛んにし、アニメーション文化の普及と振興を行なっていこうと、日本アニメーション協会が設立された(創立は1978年。初代会長は手塚治虫)というのですから、日本のアニメーション文化にとっても、この作品はとてもエポック・メイキングな作品ということができます。 前半 後半 【解説】 今、観てみると、端正で審美的であり、まさに岩波ホールで上映されてしかるべきと感じられる芸術作品です(作品に漂う緊迫感からは少々息苦しささえ感じられます)。 「パ・ド・ドゥー」(pas de deux (step/dance for two))とは、バレエ用語で、男女ペアのよるダンスのこと。 演じているダンサーは、マーガレット・マーシアー(Margaret Mercier)と彼女のパートナーであるヴィンセント・ウォーレン(Vincent Warren)で、白いコスチュームを身に着け、暗闇の中で背後(向かって右斜め後方?)から当てられる照明の中で踊っています。 ダンサーの流れるようなフォルムを連続的に重ね合わせることで見せる手法は、映画『眠狂四郎』シリーズの円月殺法のシーンで使われた「ストロボ撮影」にも似ていますが、こちらは、オプティカルプリンター上で同じコマを複数回重ねることによって作られているそうです。 実際には― ・ダンサーの静止残像が残り、ダンサー自体は踊り続けて、のちに残像もゆっくりと消える。 ・静止したポーズの方が先行して現われ、踊っていったダンサーが、遅れてそれに重なる。 ・鏡像のように左右対称の映像を重ね、まるで2人のダンサーが互いに向き合って同じダンスをしているかのように踊る。 ・ダンサーの動きを複数回重ねて、連続した動きを多重化して見せていく。 という4つくらいの手法が使われているという感じでしょうか。 物語としては― 1人の女性が目覚め、生きていることの喜びを体いっぱいに表現していたところに、男性が現われ、男性がその女性に求愛。最初は断っていた女性も次第に男性の気持ちを受け入れ始め、最後には結ばれる。 というもののようです。 技法は、作品に審美的な美しさを与えるものの、物語それ自体にはあまり貢献していないというのが、気になるといえば気になるところですが、女性の方の、「男性に惹かれる部分とそれを押しとどめようとする部分のせめぎ合い」というシーンでは効果的に使われているようです。 最初に「残像」が現われるまでに約2分30秒、男性が登場するまでに約5分、男性のダンサーの像も多重化させられるまでに約8分かかっていて、後半の6分間がより接近して踊る男女2人の「歓喜のダンス」になっている、と思われます。 ノーマン・マクラレンには、キャリアの後半にダンサーおよびダンスを扱った作品を3本手がけていて、この作品のその最初の1本ということになります。あとの2本は、『バレエ・アダージョ』(1972)と『ナルシス』(1983)。『ナルシス』には本作でダンサーを務めたヴィンセント・ウォーレンがコンサルタントを務めています。 当ブログでも紹介したエリカ・ラッセルの“Feet of Song”(1998/英)などは、明らかに『パ・ド・ドゥー』の影響を受けていると思われます(http://umikarahajimaru.at.webry.info/200710/article_6.html)。 ◆作品データ 1968年/カナダ/13分22秒 台詞なし/字幕なし 実験アニメーション 監督・製作:ノーマン・マクラレン 撮影:ジャック・フォーゲル(Jacques Fogel) ジャック・フォーゲルはマクラレンの『バレエ・アダージョ』ほか、多数のNFB作品の撮影を手がけている(http://nfb.ca/collection/films/resultat.php?type=credit&pid=27481&nom=Jacques+Fogel)。 振り付け:Ludmilla Chiriaeff Ludmilla Chiriaeff(1924-96)は、ラトビア生まれで、ベルリンでレッスンを重ね、モントリオールに移住したダンサー・振り付け師・演出家。カナダのバレエ文化の振興・育成に大きく貢献した。 音楽編集:モーリス・ブラックバーン モーリス・ブラックバーンは、当ブログでも紹介したブジェチスラフ・ポヤルの『E』などで作曲も手がけています(http://umikarahajimaru.at.webry.info/200704/article_14.html)。 特殊効果:Wally Howard ※この作品は、1968年ロカルノ国際映画祭Diploma of Honour受賞、1968年ジェニー賞特別賞(Special Prize for Outstanding Artistic Achievement)受賞、1968年シカゴ国際映画祭審査員特別賞受賞、1968年ロンドン映画祭Outstanding Film of the Year Award、1968年プノンペン国際映画祭最優秀短編賞受賞、1969年英国アカデミー賞短編アニメーション賞受賞、1969年メルボルン国際映画祭グランプリ受賞、など受賞歴多数。アニメーション・オリンピックで35位、短編アニメーション ベスト100で32位、『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと)で245位という高評価を受けています。 *この記事がなかなかよかった!と思ったら、人気ブログランキングにクリックをお願いします。 ↓ ↓ ↓ ↓ ![]() ↑ ↑ ↑ ↑ クリックしてね! −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ◆監督について ノーマン・マクラレン Norman McLaren(1914〜1987) 「アニメーション界の詩人」とも呼ばれる、実験アニメーションのパイオニア。 セット・デザイナーを目指して、1932年にグラスゴー美術学校(the Glasgow School of Fine Arts)に入学したが、グラスゴー映画友の会(Glasgow Film Society)に参加して、セルゲイ・エイゼンシュテインやフセヴォロド・プドフキン、オスカー・フィッシンガー等の作品を観て、映画の面白さに目覚める。 1934年から映画を作り始め、翌年製作した2本の作品をスコティッシュ・アマチュア・フィルム・フェスティバルに出品し、賞を受賞。そこで審査員を務めていたジョン・グリアソン(John Grierson)に才能を認められ、ロンドン郵便本局映画部(the General Post Office Film Unit in London)で働くことになる。 1936年にはマクラレンはカメラマンとしてスペイン内戦に参加するが、ここでの経験が彼を疲弊させ、アメリカへの移住を決意させることになる。1939年にニューヨークに移住。 1941年、カナダで初めての政府フィルム・コミッショナーに就任していたジョン・グリアソンの招きで、カナダのNFB(カナダ国立映画制作庁:the National Film Board)に加わる。 第二次世界大戦中は、戦争支援のための作品を製作。 戦後は、NFBのアニメーション部門で、様々な技法を試み、数多くの実験アニメーションの傑作を生み出した。代表的な技法としては、カメラを使わず、フィルムに直接作画する「スクラッチ・フィルム」や「エングレーヴィング」、人間を実写でコマ撮りする「ピクシレーション」などがある。 音を視覚的に見せようとするような(映像と音楽をシンクロさせた)作品も多い。 1953年には『隣人』で米国アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞を受賞、1955年には『線と色の即興詩』でカンヌ国際映画祭短編部門パルムドールを受賞し、彼の名は世界的に知られるようになった。 アニメーターのイブリン・ランバート(Evelyn Lambert)、音楽家のモーリス・ブラックバーン(Maurice Blackburn)とのコレボレーションが多い。 単なる実験映画というだけではなく、作品に漂うその詩的センスに対する評価も高い。 1949年にはユネスコのサポートにより中国、1953年にはインドでもアニメーションの指導に当たっている。 生涯で200を超える賞を受賞。晩年にはアニメーションに対する長年の貢献を讃えた表彰も多かった(1975年アニー賞ウィンザー・マッケイ賞受賞、1983年モントリール国際映画祭審査員特別賞受賞(映画に対する生涯の貢献に対して)、1984年ジェニー賞特別功労賞受賞、1986年ザグレブ国際アニメーションフェスティバル生涯功労賞受賞など)。 2005年には、ASIFA-CANADAとGuy Gloverによりノーマン・マクラレン賞が設けられ、ノーマン・マクラレンの精神を受け継ぐような、革新的な作品を生み出したアーティストに贈られている。この賞は2006年からカンヌ国際映画祭短編部門パルムドール受賞者に贈られることになった。 2006年にカンヌ国際映画祭でアニメーション作家としては初めてのレトロスペクティヴが行なわれ、その後、世界中で回顧上映が行なわれている。 【フィルモグラフィー】 ・1933年 “7 Till 5”[監督・製作] ・1935年 “Color Cocktail” [監督] ・1935年 “Camera Makes Whoopee” [監督・製作・作曲・編集・音響] ・1935年 “Polychrome Phantasy”[監督・製作] ・1936年 『ヘル・アンリミテッド』“Hell Unlimited” [監督・製作] 『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと)で463位 ・1936年 “Defence of Madrid”[製作・撮影](監督:Ivor Montagu) ・1937年 “Book Bargain” [監督・製作] ・1937年 “Job in a Million”[編集](監督:Evelyn Cherry) ・1938年 “News for the Navy” [監督・製作] ・1938年 “Mony a Pickle” [監督・製作] ・1938年 “Love on the Wing” [監督・製作] ・1939年 『スケルツォ』“Scherzo” [監督・製作] ★ ・1939年 “Rumba” [監督] ・1939年 “The Obedient Flame” [監督] ・1939年 “Allegro” [監督] ・1939年 “NBC Valentine Greeting” [監督・製作] ・1939年 “NBC Greeting” [監督・製作・アニメーター] ・1940年 『星とストライプ』“Stars and Stripes” [監督・製作・アニメーター] ★ ・1940年 “Spook Sport” [監督・製作] ・1940年 『ループ』“Loops” [監督・製作・アニメーター] ★ ・1940年 『点』“Dots” [監督・製作・アニメーター] ★ ※1949年ジェニー賞特別賞受賞 ・1941年 『我らの勝利のために!』“V for Victory” [監督・製作・アニメーター] ★ ・1941年 『郵便はお早めに!』“Mail Early” [監督・製作・アニメーター] ・1941年 『ブーギー・ドゥードゥル』“Boogie-Doodle” [監督・製作・アニメーター] ★ ・1942年 『めんどりの踊り』“Hen Hop” [監督・製作・アニメーター] ★ ・1942年 『2+2=5 貯蓄への誘い』“Five for Four” [監督・製作・アニメーター] ★ ・1943年 『ドル札の踊り』“Dollar Dance” [監督・製作・アニメーター] ★ ・1943年 “Tic Tac Toe”[製作](監督:) ・1944年 『君よ口をとざせ!』“Keep Your Mouth Shut” [監督・製作] ★ ・1944年 “Chants populaires nº 1” [製作](監督:) ・1944年 “Chants populaires nº 2” [製作] (監督:George Dunning) ・1944年 “Chants populaires nº 3” [製作] (監督:George Dunning) ・1944年 “Chants populaires nº 4” [製作] (監督:George Dunning) ・1944年 “Chants populaires nº 5” [監督・製作・アニメーター] ・1944年 “Chants populaires nº 6” [製作] (監督:) ・1944年 『櫂の力』“C'est l'aviron” [監督・製作・アニメーター] ★ ・1944年 『ひばり』“Alouette” [監督・製作・アニメーター] ★ ・1944年 “Our Northern Neighbour”[アニメーター](監督:Tom Daly) ・1944年 “Let's All Sing Together: No. 1”[製作・アニメーター](監督:) ・1944年 “Let's All Sing Together: No. 2”[製作](監督:) ・1944年 “A Rainy Day”[製作](監督:) ・1944年 “Là-haut sur ces montagnes‐Test” [監督・製作・アニメーター] ・1945年 “Let's All Sing Together: No. 3”[製作](監督:) ・1945年 “Let's All Sing Together: No. 4”[製作](監督:) ・1945年 “Let's All Sing Together: No. 5”[製作](監督:) ・1945年 “Let's All Sing Together: No. 6”[製作](監督:) ・1945年 “Là-haut sur ces montagnes” [監督・製作・アニメーター] ・1946年 『絵画の幻想』“A Little Phantasy on a 19th-century Painting” [監督・製作・アニメーター] ★ ・1946年 『ホッピティ・ポップ』“Hoppity Pop” [監督・製作・アニメーター] ★ ・1947年 『灰色のめんどり』“La Poulette grise” [監督・製作・アニメーター] 『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと)で463位 ・1947年 『フィードゥル・ディーディー』“Fiddle-de-dee” [監督・製作・アニメーター] ★ ・1949年 『色彩幻想―過去のつまらぬ気がかり』“Begone Dull Care” [監督・製作・アニメーター・編集] ★ ※1950年ジェニー賞特別賞受賞、1951年ベルリン国際映画祭短編ドキュメンタリー部門 Silver Plaque受賞 短編アニメーション ベスト100で20位 『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと)で93位 ・1949年 “Over-Dependency”[アニメーター](監督:Robert Anderson) ・1951年 『ペイント・パーカッション―ペン先の音楽』“Pen Point Percussion” [監督・製作] ・1951年 『さあ今だ!』“Now Is the Time” [監督・製作・作曲] ★ ※1952年ジェニー賞特別賞受賞 ・1951年 『アラウンド・イズ・アラウンド』“Around Is Around” [監督・製作・アニメーター] ★ ※1952年ジェニー賞特別賞受賞 ・1951年 “On the Farm‐Test”[監督] ・1952年 『幻想』“A Phantasy” [監督・製作・アニメーター] ★ ※1953年ジェニー賞特別賞受賞 ・1952年 『隣人』“Neighbours [監督・製作・アニメーター・作曲] ★ ※1953年米国アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞受賞、1953年ジェニー賞特別賞受賞 アニメーション・オリンピックで12位 短編アニメーション ベスト100で11位 『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと)で110位 ・1952年 “Twirligig”[製作](監督:Gretta Ekman) ・1952年 『ささやかな二つの話』“Two Bagatelles” [監督・製作・アニメーター・作曲] ★ ・1955年 『線と色の即興詩』“Blinkity Blank” [監督・製作・アニメーター] ★ ※1955年カンヌ国際映画祭短編部門パルムドール受賞 アニメーション・オリンピックで26位 短編アニメーション ベスト100で12位 『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと)で8位 ・1956年 『算数あそび』“Rythmetic” [監督・製作・アニメーター・撮影・音響] ★ ※1956年ベルリン国際映画祭短編ドキュメンタリー部門銀熊賞受賞 『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと)で463位 ・1957年 『いたずら椅子(椅子と青年)』“A Chairy Tale” [監督] ★ ※1958年米国アカデミー賞短編映画賞ノミネート、1958年ジェニー賞Best Arts and Experimental受賞 『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと)で821位 ・1958年 『つぐみ―小鳥のファンタジー』“Le Merle” [監督・製作・アニメーター] ★ 『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと)で237位 ・1959年 『つかの間の組曲』“Short and Suite” [監督・製作・アニメーター] ★ ※1960年英国アカデミー賞短編アニメーション賞ノミネート ・1959年 『祝祭』“Serenal” [監督・製作・アニメーター] ★ ※1959年サン・セバスチャン国際映画祭最優秀短編賞特別賞受賞 ・1959年 『クリスマス郵便はお早めに!』“Mail Early for Christmas” [監督・製作・アニメーター] ★ ・1959年 『ジャック・パーの素晴らしき世界』“Jack Paar Credit Titles” [監督・製作・アニメーター] ★ ・1960年 『垂直線』“Lines: Vertical” [監督・製作・アニメーター] ★ 『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと)で338位。 ・1961年 『マクラレンの開会の辞』“Opening Speech” [監督・製作・アニメーター・作曲] ★ 『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと)で449位 ・1961年 『ニューヨーク・ライトボード』“New York Lightboard” [監督・アニメーター] ★ ・1961年 『ニューヨーク・ライトボードの記憶』“New York Lightboard Record” [監督・製作] ★ ・1961年 “Flicker Film‐Test”[監督] ・1962年 『水平線』“Lines: Horizontal” [監督・製作] ★ ※1961年ジェニー賞Best Arts and Experimental受賞 『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと)で338位 ・1962年 “Christmas Cracker” [監督] ※1964年サンフランシスコ国際映画祭最優秀短編アニメーション賞受賞 ・1963年 “Seven Surprizes” [監督] ・1964年 『カノン』“Canon” [監督・製作・アニメーター] ★ ※1965年ジェニー賞Best Arts and Experimental受賞 『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと)で133位 ・1965年 『モザイク』“Mosaic” [監督・製作・アニメーター・出演] ★ 『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと)で338位 ・1967年 “Korean Alphabet”[作曲](監督:Kim In Tae) ・1968年 『パ・ド・ドゥー(パ・ドゥ・ドゥ)』“Pas de deux” [監督・製作] ★ ※1968年ジェニー賞特別賞受賞、1968年プノンペン国際映画祭最優秀短編賞受賞、1969年英国アカデミー賞短編アニメーション賞受賞、1969年メルボルン国際映画祭グランプリ受賞 アニメーション・オリンピックで35位 短編アニメーション ベスト100で32位 『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと)で245位 ・1969年 『球の配列』“Spheres” [監督・アニメーター] ★ ・1970年 “Striations” [監督] ・1971年 『シンクロミー』“Synchromy” [監督・製作・作曲] ★ 『世界と日本のアニメーションベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと)で245位 ・1972年 『バレエ・アダージョ』“Ballet Adagio” [監督・製作] ★ ・1973年 “Pinscreen” [監督] ・1976年 “Animated Motion #1” [監督・製作] ・1976年 “Animated Motion #2” [監督・製作] ・1977年 “Animated Motion #3” [監督・製作] ・1977年 “Animated Motion #4” [監督・製作] ・1978年 “Animated Motion #5” [監督・製作] ・1983年 『ナルシス』“Narcissus” [監督] ★ ※上記のフィルモグラフィーは主にIMDbとNBFのマクラレンのサイト(http://www.nfb.ca/collection/films/resultat.php?idSMF=-1&idF=&type=liste-fonction&numf=01&idp=11192&nom=Norman%20McLaren)を元に作成していますが、資料によりデータが異なる場合があります。 ※★印は、DVD『ノーマン・マクラレン作品コレクション』(3枚組)収録作品です。 ※参考書籍 ・『ユーロ・アニメーション』(フィルムアート社) p34〜39 |
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