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zoom RSS そよちゃんに夢中! 『天然コケッコー』原作を読んで……

<<   作成日時 : 2007/08/19 19:14   >>

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 文庫版『天然コケッコー』全9巻のうち、有楽町駅前の三省堂で4巻まで購入し、ここまでがだいたい映画のベースになっていたので、とりあえずここまで読んでおけばいいかと思っていたのですが、4巻まで読んでしまうとついつい後を引いて、全9巻すべて購入してしまいました。
 少女マンガは初めてではないにせよ、少女マンガには読みづらいタイプの作品があるのも事実なので、『天然コケッコー』はどうなのかなあと思っていたんですが、全然抵抗なしにスラスラ読むことができました。
 映画を観た後、都内の新刊書店(&古書店)を見てまわった段階では、文庫版もコミック版もほとんど見つからないといっていい状況だったのですが、探せばあるものですね〜。5巻〜8巻は都合により都外で購入し、9巻もまた別の県で見つけました。
 入手した文庫の奥付を見ると、文庫版は1〜9巻が2007年5月22日に3刷していて、その後、巻によっては7月16日に4刷しているものもあるようでした。
 原作が入手できる書店とそうでない書店を見てまわった感じでは、3刷の段階で、各巻2万冊ずつ重版して、各10冊、全90冊セット(平積み用)を組んで注文を取り、オーダーした書店のみで平積みされ、そうでない店には全く出回っていない(セット販売で売れた分の補充は4刷でまかなうが、基本的に単品での注文は引き受けない)、今回はそういう売られ方をしたんじゃないかというのが、私の推察です。この推察が合っているとすると、今回『天然コケッコー』の重版分がまかれたのは全国で(2万軒ある新刊書店のうちの)2千軒ということになりますが、それでも全部で19万冊はバラまかれたという計算になりますから、総冊数としてはかなりの冊数が全国の書店を席捲したことになります。

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 まあ、それはそれとして、読後の感想(あくまで私見ですが)を少しメモしておきたいと思います。

 【基本的な視点】

 まず、原作と映画の基本的な違いですが、原作は、ほぼそよちゃんの主観でエピソードが綴られていきますが、映画は、もう少し引いたところから(多少客観的な視点を加味して)物語をとらえています。

 【大沢くんの微妙なポジション】

 映画では、大沢くんの性格がちょっとつかみきれない印象を持ちましたが、原作ではほぼそよちゃんの視点に沿っているため、そよちゃん(および少女たち)が少しずつ男の子の秘密を知っていくという展開が明確で、その時々の大沢くんとの距離感は比較的はっきりしています。映画で、大沢くんがどんな性格なのかつかみきれない感じがしたのは、視点をそよちゃんの主観から少し引いたものにしたからなんだろうと考えられます。

 通常、未知の世界を観客(読者)に紹介するような場合、新参者の視点で新参者がその世界を知っていく過程を通じてその世界を紹介する形を取り(たとえば『メゾン・ド・ヒミコ』のように)、既存の世界に未知の人物がやってきて、その世界に変化がもたらされるような場合は、既存の世界の住人の視点で変化と受容(または拒絶)が描かれることになっています(たとえば『トランスフォーマー』)が、本作の場合は、そよちゃん主観でストーリーを進めつつ、大沢くんの視点で“はじめて目にする田舎の自然と素朴な暮らし”の紹介を行なったことで、観る者に若干のとまどいを感じさせる部分があった、ということなのかもしれません。

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 【田舎と都会】

 映画では、田舎と都会(東京)がかなり対比的、図式的に描かれていますが、原作は、ほぼ田舎からの視点で貫かれていて、「東京」はストーリーの合間に見え隠れする程度です。映画では、大沢くんが高校進学に当たって東京の高校を選択肢に入れていることになっています(そうすることによって、田舎と東京の対比がより強められる)が、原作ではその部分は大沢くんが森高校に行くか、もうひとつの高校に行くかと選択が迫られるというだけでしかなく、そよちゃんと大沢くんが高校では別々になってしまうかもしれないというエピソードにしかなっていません。

 ただし、これは、そよちゃんと大沢くんの別れ(および、大沢くんの決断)が大きなモチーフとなる原作の後半を、(脚本家の方が)前半部分(つまり映画化された部分)に軽く先取りした、と考えることができます。

 【時間の流れと1つ1つのエピソードの処理】

 前回の映画『天然コケッコー』に関する感想のところで、1つ1つのエピソードにオチがついておらず、なんだかしっくりこない感じがすると書きましたが、原作では基本的には1話ずつちゃんとオチがあって、時間の流れもスムーズになっていました(当たり前といえば、当たり前ですが)。
 多数のエピソードが連続的に継起するタイプの映画では、普通、1つ1つのエピソードに対し、これはこれで終わったなと感じさせるある種の“しるし”が刻印される(短いスパンでの起承転結がもたらされる)ものですが、映画『天然コケッコー』では、残念ながらこれがうまくいっていない、というのが私の偽らざる感想です。2007年の夏映画のベストとも言える映画『天然コケッコー』ですが、これが最大の欠点ということになるでしょうか。
 映画に、各エピソードごとに、エピソードのタイトルをインサートで入れればもっとしっくりするのではと思ったのですが、そういうものでもないのかもしれません。

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 【主人公たちの目線と“大人”の視線】

 「もうすぐ消えてなくなるかもしれんと思やあ、ささいなことが急に輝いて見えてきてしまう」という台詞に関して、これは子どもの視点ではなく、大人の視点で組み込まれた台詞なのではないかと私は前回の感想で書いているのですが、原作では、こういう台詞は中学卒業の場面にはありませんでした。
 その代わり、第9巻に
 「毎日のたわいなぁ出来事ひとつひとつがはぁとても大事に思えてきて それまで漂ぉとった時間が急ぇたよぉに流れだして………」
 という台詞があります(p53)。これは、そよちゃんが、大沢くんとの別れを予感して、そういえば高校受験のときもそう感じたことがあったと思い出した時に挿入されるもので、高2になったそよちゃんによって初めて言葉にされるものであり、「それまでの生活の中心である小・中学校生活」が失われるということに対してではなく、「大沢くんとの別れ」に対して限定で使われています。
 まあ、やっぱり、私としては、これは、卒業式を前にして感傷的になったりすることはあるにせよ、前途が希望に満ちて明るく、常に前向きで、後ろを振り返ったり、立ち止まったりすることはないはずの中学生が口にする言葉ではないなと思ってしまいます。
 とはいえ、映画のキー・フレーズとしてこれを持ってきた(スライドさせた)脚本家のうまさに感心してしまったりもするわけですが。

 【通っていた学校がなくなること】

 映画を観た時は、気づかなかったのですが、大沢くんが東京の同級生に旧校舎の欠片をもらうというエピソードは、実は、そよちゃんの母校が廃校になってしまうかもしれないことの対になるエピソードだったんですね。いずれにしても、そよちゃんは感傷的になり、大沢くんはほとんど無関心なわけですが。
 「それまであるのが当たり前だったものが失われてしまうことに対する感傷」は、原作では、大沢くんと母校と2つあったことになります。
 そよちゃんが持ち帰ったその欠片の行方も原作では描かれていて、なるほど、そういうオチをつけるのかとちょっと面白かったですね。
 そよちゃんの母校が廃校になってしまうかもしれないということは、原作では普通だったら目的地とはしない修学旅行の目的地に東京を選ぶということにも結びついていたのですが、映画では、それ(廃校になるかもしれないこと)についてはほとんど触れられていないので、東京への修学旅行も、単に田舎と東京の対比として図式的に使われていた、と考えられることになります。

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 【そのほか、原作を読んで気づいたこと】

 大沢くんが初日の帰り道に「この村に医者はいないのか」と訊いた、その質問に、美都子さんのぜんそくが関わっているというのは、映画を観ただけではちょっとわからないことでした。

 映画では、バレンタイン・デーのエピソードがあって、ホワイト・デーのエピソードがないことがちょっと気になってたんですが、原作にはやっぱりあったんですね〜。

 【ストーリーよりキャラ重視】

 文庫版第1巻の巻末付録で、原作者が『天然コケッコー』では、「話よりキャラを描きた」かったと話していますが、確かに、そよちゃん以外のキャラが前面に出ているエピソードも多く、可能であれば、そよちゃん以外の登場人物を主人公としたサブ・ストーリーもDVDの特典映像か何かで見たい気がしました。『下妻物語』ではそういうことも行なわれたのですが、『天然コケッコー』ではどうでしょうか。個人的には、あっちゃんの(妄想の)エピソードが気になるかな?

 【そよちゃんのキス・シーン】

 監督インタビューで、キス・シーンについて訊かれた監督は、「キス・シーンは3回あって」というようなことを言ってるんですが、1回目は当然神社なんですが、2回目と3回目はラスト・シーン前の大沢くんとのキスと黒板へのキスのことなんでしょうか。原作では、家出のエピソード(scene9)に大沢くんからそよちゃんへのおでこへのキス・シーンがありましたが、まさか、このエピソードが撮影されていたにも拘らず、映画本編では編集でカットされた、ということはないですよね?

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 【血液型】

 原作者くらもちふさこさんが、登場人物の血液型を決めて、そこからキャラクターを固めていくと発言しているのは、目からうろこでした。へえ〜、そうなんだ! 男性の小説家には考えつかないことですよね〜(関連エピソード:第5巻 scene36)。

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 そのほか、原作と映画との細かい違いはたくさんありますが、ここでは細かい違いを列記することが目的ではないので、割愛させていただきます。

 【おまけ】

 ・続編も映像で観てみたい気がしますが、ムリでしょうか。メインとなるテーマが「カップルの倦怠期」ではちょっと弱いですよね?

 ・テレビの連続ドラマにしてみてはどうかとも考えたんですが、企画としてはなくもないんですが、ロケのほとんどを島根で撮影することにし、キャストをほぼ原作に近い年齢から選ぶとなると、現実問題として難しいですよね。深夜枠のアニメだったら、実現の可能性あり、でしょうか?(テレビ・ドラマ化するならやっぱりフジテレビ系列でしょうか? 映画版の製作には関西テレビが加わっていますが、原作は少しフジテレビよりなんですよね〜)

 ・原作を読んでいる間、そよちゃん=夏帆ちゃんのイメージは薄れていって、なぜか代わってイメージされてきたのは新垣結衣でした。大沢くんの声のイメージは石田卓也(アニメ版『時をかける少女』の間宮千昭役)で、原作を読んでいる間ずっと、私の頭の中を流れ続けたのは、なぜか『のだめカンタービレ』のテーマ(ビッグ・バンド版「ラプソディー・イン・ブルー」)なのでした。

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 ↑ ↑ ↑ ↑
 行って帰りま〜す!

 *当ブログ関連記事
 ・映画『天然コケッコー』 リンク集
 ・映画『天然コケッコー』に関するトリビア
 ・夏帆 in 「You and Me」
 ・映画『天然コケッコー』に対する感想

 PS.できるなら、文庫版全巻に巻末付録が欲しかったところですが、そうもしてられない事情があったのでしょうか(3・5・7・8巻には巻末付録がありませんでした)。残念!

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
まずは原作の収集お疲れ様でした(笑)疑問点は解決されました?
原作本は都内ほど手に入り難い感じでしょうか?こちら(埼玉)の書店には置いてあったりします(^^;)

何しろ原作を何度も読んでいた弊害(笑)で、まっさらな感想を持つ事が困難な為、映画で「天コケ」に出会った方の感想がとても気になっていたものですから、海から始まる!?さんのレビューは、とても興味深かったです。

少女漫画ということで篩いにかけられていた本作が、映画化によって多くの方の目に留まり、正当に評価して貰えたのは、やはりファンとして嬉しいですね。
原作はいかがでした?2時間の映画では表現し切れなかった、愛すべきキャラばかりでしたしょ(^^)

余談ですが、9巻に収められている「scene68」は後に描き下ろされたもので、コミックス版には収録されてません。
N耳
URL
2007/08/20 13:04
N耳さま
コメントありがとうございました。
『天然コケッコーの散歩道』とノベライズはどこの書店にも置いてあったんですが、原作本が置いてあった書店は少なかったみたいですね(ちなみに、私が第9巻をゲットしたのは旅先で、JR松本駅の駅ビルに入っている書店でした。)。
私の『天然コケッコー』熱はずっと後を引いていて、「コーラス」誌での映画公開記念特別連載も気になってはいるんですが、さすがにちょっと手が出せないでいます。コミック1冊分にまとまるくらいまで連載が続いて、コミックとして刊行されたりするのでしょうか。
特別連載の舞台が中学なのか、高校なのか、それともそれ以外の時期のものなのか、わからないんですが、本編連載時のまま、そよちゃんたちが成長していたとしたら、今、そよちゃんは新米教師としてどこかの小中学校に赴任しているかもしれませんね。そんなエピソードも読んでみたい気がします。
umikarahajimaru
2007/08/20 21:08
>オチの件。

たぶん、ワザと落としてないかなと。
原作自体ラストで「落ち」
てないですよね。大沢君は帰ってきましたが
そこまで。で、どうなったの?については
語っていない。映画自体もラストは落ちてない
終わり方で、途中のエピソードにきっちり
起承転結つけると、映画のラストで落ちない
不自然を強調するからかなと思いました。

>「もうすぐ消えてなくなる〜」

14日付けの朝日で、沢木耕太郎も
同じ指摘でした。私も最初に予告
で聞いたときひっかかったのは確かです。
これは映画用コピーと、観客への手がかりの
キーワードだと解釈しました。映画としては
抑揚がなく、印象的な台詞もないが、宣伝の為
特徴的なコピーが必要、また映画の
観客も、その台詞を映画から感じさせる
ことがテーマではあるけれど、
観客へのわかりやすい説明としての役割を
もっているような気がします。脚本家
は入れなくなかったのかもしれませんが
あの台詞に納得した人も少なくないようで
結果、効果はあったのかもしれませんが映画の
価値観ギリギリの微妙な譲歩だったかも。

Prince
2007/08/20 22:40
Princeさま
コメントありがとうございました。
う〜ん、どうなんでしょう。Princeさんの問いかけの答えはすべて上の記事に書いてあると思うのですが。
沢木耕太郎さんのレビューは見ていませんが、あの欄に取り上げられると、確実に動員に影響があるので、映画にとってはいいことだったのではないでしょうか。沢木さん、山下監督のこれまでの作品とからめてレビューを書かれたのでしょうか。ちょっと気になります。
umikarahajimaru
2007/08/20 22:51
>天然コケッコー 特別編
コーラスに掲載されるのは全3話。
他に「天然コケッコーの散歩路」にも『ひよっこ編』という描き下ろしが追加されてますが、
ご希望の続編ではなく何れも中学の話です。

内容に関しては拙サイトでも少し触れてますので、宜しければ「天コケカテゴリー」を覗いてみて下さい。

4話合わせてもコミック一冊に満たないと思うので、いつどの様な形で収録されるのかは、今のところ不明です。
N耳
URL
2007/08/21 14:24
N耳さま
特別編の連載は3回で終わりっていうことになってるんですか?
『天然コケッコーの散歩道』の方は読みましたが。
特別編3〜4編だけではやはり1冊のコミックとしては形にならないので、関係のない短編を合わせて「くらもちふさこ作品集」として刊行されるのかもしれませんね。
umikarahajimaru
2007/08/21 19:43

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